始まりの物語
「うわああああっ!!」
Fuse Hyokaは、家を揺らすほどの大声で飛び起きた。
「なんだよこれ!? 王様? ドラゴン? 戦争? どんな夢見てんだ俺!? 勉強のしすぎで頭おかしくなったか?」
彼、フューズ・ヒョウカは十六歳の高校一年生。
黒髪に黒い瞳、ちょっと寝癖っぽい髪型がゲームやアニメの主人公っぽく見える、どこにでもいる日本人の少年だ。
身長は百七十五センチ。痩せても太ってもいない、普通の体型。
――ただし、今の彼はひどい寝相のせいで完全にボロボロだった。
「お兄ちゃーん! 早く降りてこないと遅刻するよー!」
階下から妹の声が響く。
「わかった、わかった! 今行くって!」
まだ頭の中ではさっきの変な夢がぐるぐる回っていたが、初日から学校を休むわけにはいかない。
フューズは制服を引っかけるように着て、階段を駆け下りた。
食堂のテーブルには、妹のミリ・ヒョウカが指でテーブルをトントン叩きながら待っていた。
「ミリ、なんで先に食べてないんだよ?」
「だってぇ〜、大好きなお兄ちゃんと一緒に食べたいもん!」
ミリ・ヒョウカ。十四歳、中学一年生。
ついこの前、小学校を卒業したばかりだ。
鮮やかな青い髪をポニーテールに結んでいて、年齢のわりに大人びた体つきをしている。
ただし、身長はかなり低い。そのギャップがまた印象的だった。
フューズはちょっと気まずそうに言う。
「中学生になったのに、まだ子供みたいなこと言うなよ」
「いいじゃん! それがかわいい妹の魅力なんだから〜♪ お兄ちゃん、照れてるの?」
「……べ、別に照れてねぇし。」
顔を少し赤くしながら、フューズは席についた。
ミリは嬉しそうに笑う。
「じゃあ、いっただきまーす! お兄ちゃんも!」
そのころ、温かい朝食の光景から遠く離れた高層ビルの屋上では——
黒いコートを翻し、ひとりの女が風に吹かれていた。
「……見つけた。やっと、あなたを。」
彼女はそう呟いた。
「我が主」と。
朝食を終え、フューズとミリは並んで家を出た。
二人が通うのは、東京都立ネットワーク学園。
国家公認の進学校で、「七賢人」と呼ばれる天才技術者たちを輩出したことで有名だ。
通学路の途中、フューズはぼんやりとつぶやいた。
「……キング、か。」
「ん? お兄ちゃん、今なんて言ったの?」
「え、いや、なんでもない!」
「ふーん?」
ミリは頬をぷくっとふくらませ、疑いの目を向ける。
「ねぇ、それって、あの“雑誌事件”のこと? まだ怒ってるの?」
「な、なんでそれを今言うんだよっ!? ちょ、声小さくしてくれ!」
フューズは顔を真っ赤にしてミリの口をふさぐ。
「んむー! ちょっとー! 苦しいってば!」
ミリが解放されると、腕を組んでふてくされた。
「じゃあ、なに? 何の話?」
「だから、なんでもないって! ほら、早く行かないと遅刻するぞ!」
「むー……。ま、いいけどね〜♪」
そう言って、ミリはにこっと笑いながら足取りを軽くした。
一方そのころ——
暗い部屋の中、何人もの影が静かに息を潜めていた。
「……動くか?」
「いや、まだだ。」
冷たい声が答える。
「まずは確認しろ。本当に“あの者”なら——殺せ。」
沈黙が支配する。
やがて、一人の影が前に出て、低く告げた。
「任せておけ。」
——そして、“狩り”が始まった。
ネットワーク学園の正門に着くと、二人はそこで別れた。
校舎は羅針盤のように配置されており、南に小学校、東に中学校、西に高校、北に大学、そして中央には管理棟がそびえている。
「じゃあね、お兄ちゃん! あとでねー!」
「おう、勉強がんばれよ!」
「もちろんっ♪」
ミリは手を振りながら東の校舎へ走っていく。
フューズも西の棟へ向かおうとした——そのとき。
「フューズ! 急げよ! もうチャイム鳴るぞ!」
クラスメイトが叫ぶ。
慌てて時計を見ると——
「……十時!? う、うわああああっ!!」
フューズは悲鳴を上げ、全力で駆け出した。
同じ頃、遠く離れた高層ビルの屋上。
黒いコートをまとった女——イリヤは、学園を見下ろしていた。
「……見つけたわ、母さん。彼よ。」
風に乗って、彼女の声がかすかに消える。
“母”と呼ばれた存在が、どこかから応じた。
「よくやった。でもまだ動くな。まずは観察しなさい。」
「了解しました、母さん。」
イリヤの瞳がわずかに光を宿した。
現代の世界では、「RCB」——
人間の脳に直接インプラントされ、思考だけでデジタル世界へアクセスできる装置——が一般的になっていた。
ネットの閲覧、メッセージ、学習。すべて“意識”で完結する時代。
授業中、フューズは机に突っ伏して即爆睡していた。
「おい、フューズ! 起きろって!」
「……え? もう休み時間?」
「お前なぁ、先生キレてたぞ! ウナラ先生、顔真っ赤だった!」
「……ふっ。昨日の宿題地獄の報復だな。」
「やべぇやつだよお前。」
二人は笑い合う。
「そうだ、セントがいつもの場所で待ってるってよ。」
「マジか、サンキュー、イズミ!」
放課後、フューズは急いで行きつけの喫茶店へ向かった。
だが——そこにセントの姿はなかった。
代わりに、黒い服をまとい、大きな荷物を背負った女がひとり。
その膝の上には、不気味な黒いテディベア。
フューズの背筋に冷たい汗が流れた。
「……やめた。今日は帰ろう。」
踵を返そうとした瞬間、肩に手が置かれる。
「うわっ!?」
「おっと、大丈夫か?」
紫の髪をツインテールにした先輩——カフア・フジが、にやりと笑って立っていた。
この喫茶店の店長であり、学園の上級生でもある。
「セントから伝言。これ、渡しとけって。」
「ありが——」
彼女はフューズの耳元でささやいた。
「……今すぐ出ろ。」
「……え?」
その一言に、フューズの背筋が凍りついた。
彼は震える足で店を飛び出す。
背後で——
「出られないよ、アンチ。」
低い男の声が響いた。
黒いテディベアの口が、ゆっくりと笑う。
フューズは公園まで走り続けた。
息が荒く、心臓が跳ねる。
「最悪な日だ……。変な夢、変な人、最悪すぎる……!」
辺りを見回すと、公園には誰もいない。
人も、動物も、車の音すらもしない。
「セント、どこ行ったんだよ……!」
そう叫んだ瞬間——
背中に、鋭い衝撃。
「——ぐああああっ!!」
背骨に沿って痛みが走る。だが、血は出ていない。
「……な、なんだ、これ……?」
振り返ると、そこに立っていたのは——
「……武器フォルダー、アクセス。[ハンドアックス]」
手に斧を構えた、親友のセントだった。




