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たった5分で終わった父との決別④

 昨日の回想を終えたティーナは、未だ泣き続けるシャシェに視線を落とす。次いで、ゆっくりと口を開いた。


「ねえ……シャシェ、あなたは今、何を望んでいるのか教えてくださいます?」


 掠れ声でティーナが問い掛ければ、シャシェは目を見開いた。


「首を跳ねられたくない……あたし」

「そう。それだけ?」

「それだけって……今、ここで何か言ったら叶えてくれるの?」

「それはわからないわ。でも知りたいの」


 緩く首を降って告げれば、たちまちシャシェの目付きは鋭くなる。しかし暴言を吐くと思ったその唇は別の言葉を紡いだ。


「おかあさんに謝りたい……また、おかあさんと一緒に暮らしたい。そうできるなら……あたし、何を捨ててもかまわない……うん、絶対に」


 ぎゅっと鉄格子を握ってそう言ったシャシェの涙はもう止まっていた。ただし頬は、涙でぐちゃぐちゃのままだ。


「まずは、お拭きなさい」


 ティーナはハンカチを取り出すとシャシェに手渡した。


 うん、と子供みたいに頷いたシャシェは鉄格子越しにハンカチを受け取り、豪快に顔を拭く。その仕草は、貴族令嬢とは程遠い。


「……本当にそなたとは大違いだな」


 あきれ果てたカルオットの呟きに、ティーナは再び苦笑する。


 無口で冷徹で感情など持ち合わせていないと思っていた彼は、二度目の生を歩み始めてからびっくりするほど口数が多くなった。


 その一言一言がどんな内容であれ、いちいち胸が高鳴ってしまうことは当分の間、カルオットには秘密にしておこうとティーナはこっそり誓う。


「ねえ……それで、あたしにこんなことを聞いてどうするわけ?まさか、あたしをより不幸にしたいとかじゃーー」

「減らず口を叩くな小娘」

「なによ!だってっ……ずっとあたしは、牢屋越しにあんた達の幸せを見せつけられているのよ!?これくらい言ったっていいじゃない!!」

「ほう」


 冷めた口調で言い捨てたカルオットから、再び殺気を感じたティーナは慌てて彼の腕を掴む。


「お怒りはごもっともですが、どうぞお静まり下さいませ」

「……わかった」


 不満を隠そうともせず頷いたカルオットに背を向け、ティーナはシャシェに向け口を開いた。 


「シャシェ、あなたの望み通りここから出してあげるわ。その代わり、一つだけ条件があるの」

「条件?ま……まさか、おかあさんがあたしの代わりに罪を償うの?嫌よ!そんなのっ」

「違うわ」

「じゃあ何?ここから出して、あたしをどっかに売り飛ばす気?それとも奴隷としてあんたに一生仕えろって言いたいの?」

「……あなた、すごいわ。驚くほど想像力が豊かなのね」

「ちょっと!馬鹿にしてるの!?」


 嫌味では無く純粋に褒めたはずだが、シャシェを苛立たせる結果となりティーナは肩をすくめてしまう。


 きっとどんな未来を選択しても、この子とは絶対に相容れることはできないだろうと痛感した。けれど、それで良いと思う。


 向き合って話をしたのは、仲良くなりたかったからじゃない。だからと言って、一度目の生で受けた数々の辛い出来事をそっくりそのまま返したいわけでもない。


 そして赦す為でもない。でもティーナは、これからシャシェに温情を与える。ただそれは優しさからではなく、より幸せになる為の手段として。


「安心して、シャシェ。あなたも、あなたのお母様にも、これ以上、罪には問わないわ。わたくしが出す条件って言うのはねーー」


 簡潔に伝えたそれに、シャシェは怒りを覚えることも、不満の声を上げることもしなかった。ただただ不思議そうに首を傾げるだけ。


「あんたの要求って、そんなこと?本当に?」

「ええ」

「そんなこと言って、あとでやっぱり違う要求を突き付けてくるとか……」

「神に誓って、条件を加えることは絶対にしないわ」


 用心深く問いかけるシャシェに、ティーナは一つ一つ耳を傾けきちんと即答した。


「わかった。あんたの要求を呑んであげる」


 最後まで随分な態度を取るシャシェに、カルオットは青筋を立てたが、ティーナは気品あふれる笑みを浮かべて頷いた。






 それから数日後ーーティーナはカリナ邸に向かった。父と決別するために。


 玄関ポーチまで馬車で乗り付けたティーナとカルオットが降りたと同時に、玄関扉を警護していた衛兵達は一斉に敬礼した。


「殿下、ティーナ嬢。どうぞお入りください」 


 カリナ邸はジニアスの逃亡を阻止するために衛兵達が至る所に配置されている。


 一夫一妻制の法を破ったジニアスには、もう門扉の開閉の権限は無い。


「行こう、ティーナ」

「ええ」


 手を引かれて、ティーナはカリナ邸の中へと足を踏み入れる。


 玄関ホールを抜ければ食堂に続く廊下があり、そこには祖父母の肖像画が飾られている。そのまま食堂を通り過ぎて、父の書斎へと向かう階段の踊り場には、曲線が美しい大きな花瓶がある。それは5代前の当主が異国から取り寄せた自慢の品。


 何も変わっていない。けれど生まれ育った我が家のはずなのに、どこかよそよそしく感じるのは、人の気配を全く感じられないから。


 貴族の財力を誇示する方法の一つとして、使用人をどれだけ多く雇うかという手段がある。


 ティーナがカリナ邸で過ごしていた頃、この屋敷には沢山の使用人がいた。部屋付きメイドに始まり、洗濯女中に庭師。シェフも日替わりで代わり、執事も見習いも含めて4人いた。


 しかし、彼らのほとんどはここにはもう居ない。解雇されてしまったのか、沈みかかった船から己の意思で逃げ出したのか。


 ーーきっとお父様は、惨めな生活を送っていらっしゃるのでしょうね。お痩せになっていなければ良いけれど……。


 あれほどの仕打ちを受けていながら、ティーナはまだ父親に対しての情を捨てきれないでいる。


 血とはなんとも厄介なものだ。他人にされてもどうということはない事でも、家族にされると心を抉られるほど辛い。なのに縁を切ろうとしても、心のどこかでそれに抵抗を覚える自分がいる。


 ではどうしたら良いのだろう。母の墓前で謝罪をしてもらえればそれで満足できるのだろうか。


 自己愛の強いあの男なら、家門を守るためなら迷うことなくと口先だけの謝罪をするだろう。その時、自分はどんな感情を持つのだろうか。虚しさに押し潰されてしまわないだろうか。


 そんな気持ちを胸の奥に押し込んだティーナは、姿勢を正して父親の書斎の前に立った。


 部屋の扉の前には、最も警戒すべき場所として城から派遣された衛兵たちが槍を構えて立っている。顔つきも険しい。


 しかしティーナを見ると表情を柔らかくして、恭しい礼を取り扉の前の空間を譲る。


 だがティーナはすぐには中には入らない。なぜなら隣にいるカルオットが同席する気満々だったから。


「カルオット、わたくし一人で行きますのでお待ちくださいませ」

「面白いことを言うな。そんなことを私が認めるわけないだろう」

「いいえ、お認め下さいませ」


 秒で却下されたが、今回に限ってはティーナは引き下がらない。


 だって死に戻った夜会では自分の力で運命を変えようと意気込んだけれど、結局、カルオットに全部持っていかれてしまったのだ。


 無論、あの時は彼の力が必要だったのは認める。そして救ってくれたことがとても嬉しかったのも事実だ。


 でも今回は、どうしても自分でケリをつけたい。長年抱えてきたこの気持ちは、父と二人っきりで向き合わなければ終止符を打つことができないから。


 そんな思いをカルオットに告げるが、彼は頷かない。恐ろしいほど強情だ。


 だからティーナは奥の手として取っておいた、カルオットが夜会の時に言ったセリフを口にした。


「そうお待たせすることはございません。五分で終わらせます」


 言い返す言葉を失い渋面になるカルオットの頬にティーナは手を伸ばす。


「行ってまいりますわ」

「……ああ」


 包み込むようにカルオットの頬に触れて、ティーナは父親の書斎に入室した。

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