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たった5分で終わった父との決別①

 竜の魔法で己の運命を変えたティーナは、カルオットのたっての願いで夜会後はしばらく王城で過ごしていた。


 とはいえ生家での隠し子事件は恥でしかないと決め込んでいたティーナは、内心、カルオットからの提案に戸惑いを覚えていた。


 はっきり言って歓迎などされるわけはないと思っていた。最悪、立場を弁えよと王族から冷たい目を向けられても仕方が無いと覚悟すらしていた。けれども、


「まずはおかえり、ティーナ嬢」

 

 王城で過ごし始めた初日、朝食に招かれたティーナに向け、国王はそう言って穏やかに微笑んだ。王妃も王子たちも同じように。


 ティーナは、その言葉で王族達がカルオットが竜の魔法を使ったことに加え、それまでの経緯を全てを知っていることを悟った。そして自分のことを心から歓迎してくれていることを知った。


 嬉しかった。でも、少しでも疑ってしまった自分を深く恥じた。


「……申し訳ありません……どうかお許しを」


 崩れるように跪き、うなじが見えるほど深く頭を下げながら謝罪するティーナに、王族達は「なんでティーナ嬢が謝るんだ!?」とぎょっとして食堂は一時騒然となった。


 そんな初日を迎えてから、ティーナは王族と共に食事を取り、カルオットに手を引かれて庭園を散歩するのが日課となった。


 時には王妃と第一王子の妻と一緒にお茶を楽しんだり、一人静かに読書にふける午後もある。


 それは、一度目の生では決して与えられることが無かった穏やかで温かい時間で、ティーナは心と身体を十分に癒すことができた。


 とはいえティーナは、ただただ王城の生活に身を任せていたわけではない。


 振り返ることなく二度目の生を歩んでいくために、やらなければならないこと、目を背けたままでいてはいけないこと。それらと向き合う覚悟を決めていた。





 カツーン、カツーンと、石畳の階段を降りる度にヒールの音が響く。


 咎人が刑の執行をするまで過ごす場に向かうティーナの身体に、ジメジメした空気と、鼻の奥にまで侵食しそうなカビの匂いがまとわりつく。


 なのに不快でしかないこの匂いと空気に、どこか懐かしさを覚えてしまうのはどうしてだろう。


 そこまで考えて、ティーナはこれが一度目の生で終焉を迎えた部屋の空気によく似ていることに気付いた。


「ティーナ、大丈夫か?」 

 

 日が当たらない粗末な部屋。たった一人で死を迎えた時の孤独感。それらを思い出した途端、ティーナの腰に大きな手が回された。


「ええ、大丈夫ですわ」

「そう見えないから聞いているのだが」

「本当に大丈夫ですわ」

「……そなたの大丈夫という言葉ほど不安にさせるものはない」


 腰を抱かれたままカルオットにぎゅっと手を握られて、ティーナはこんな場所だというのに赤面する顔を隠せない。


 すぐさま護衛の為に付き添ってくれる衛兵達がわざとらしく視線を泳がせる。おそらく自分達を気遣ってのことなのだろう。


 場の空気を読んで素早く気配を消そうとする彼らは、よく出来た衛兵達だ。

 

 しかしそうされる側のティーナとしたら恥ずかしくて堪らない。これまで好きな人と触れ合う機会など無かったし、人の目がある前で堂々としていられる度胸はおそらく一生持てないだろう。


 なのにカルオットは、これが当然の権利と言わんばかりに触れてくる。無論、嫌ではない。ただ、赤面する度に嬉しそうな顔をする彼に、ちょっとだけ物申したい。


 などと頭の中でグルグルと考えていたのは一瞬で、ティーナはすぐに視線を階段の先へと向ける。


 この階段を降り切った先にあるのは、牢獄。鉄格子の向こうには、シャシェが捕らえられている。


 とはいえ、今のシャシェは王家主催の夜会を汚したという名目で捕らえられているだけ。ちなみにティーナの父親であるジニアスは一夫一妻制を破った容疑で、現在、カリナ邸で軟禁されている。


 つまり二人は刑に処されていない。そして量刑は全てティーナに委ねられている。


「扉を開けよ」

「はっ」


 牢獄に繋がる最後の扉の前に立つ牢番に、カルオットが命ずる。すぐにギギッと軋む音が辺りに響く。


 牢番が4人がかりで開けた扉の先には、階段よりも更に薄暗くかび臭い空間が広がっていた。


「お前たちはここで待て。……ティーナ、辛いなら私一人で行こう」

「いえ、わたくし一人で参ります」

「はっ、馬鹿を言うな」


 心底呆れた顔で鼻で笑ったカルオットは、絶対に何があっても共に行くという意思を体全部で示してくる。


 牢獄には頑丈な鉄格子と、複製不可能な錠が下ろされている。だから身の危険が及ぶことは万に一つもないだろう。


 それにここに向かう途中、ティーナはカルオットにシャシェと二人っきりで話がしたい旨を伝えてある。是という返事は貰えなかったけれど、否とも言われなかった。


 だからてっきり、ここからは一人で向かうものだと思っていたティーナは困惑した顔になる。


「王城の牢獄は大陸一丈夫です故、そう心配なさらずとも」

「それだけでは安心できる理由にはならない」 

 

 ならどんな理由なら納得してもらえるのだろうか……と、そこまで考えていたティーナの唇が震えた。カルオットに頬を撫でられたから。


「傍にいさせてくれ……頼む」

「……っ」


 カルオットの混じりけの無い氷のような瞳が熱を帯びている。ティーナの主張を却下して、己の主張をゴリ押しする手段としては随分と卑怯だ。


 けれどその表情にトクンと心臓が撥ねた時点で、もうティーナの負けだった。


「貴方は少しずるいですわ、カルオット」


 拗ねた口調で軽く睨めば、カルオットはどうとでも受け取れる微笑みを浮かべて器用に片方の眉を上げるだけだった。





 カルオットに先導されてティーナは一つの牢の前で足を止める。


 剥き出しの石の壁に、粗末なベッド。使い古された小さなテーブルの上に手つかずのまま置かれている最低限度の食事。


 ーーどう? あなたが夢見た生活と真逆の現状は。


 ティーナはこちらに背を向け地べたに座り込むシャシェに、心の中で問いかける。


 約束されていたはずの名門貴族の令嬢としての生活が一変して、こんな惨めな扱いを受けないといけないなんて、きっと悔しさで何もかも滅茶苦茶にしたいだろう。


 どうして自分だけがこんな目に合わないといけないのかと世界中の人間を呪いたいだろう。


 一度目の生で、貴族令嬢としてシャシェが満たされていた生活を送っていたことを知っているティーナは、今、彼女がどんな気持ちでいるのか手に取るようにわかる。


 大嫌いな存在だった。夜会で衛兵に連行される姿を見たとき、ざまあみろという気持ちを持ったのも事実だ。なのにーー


「……シャシェ」


 嘲笑ってやろうと、意地悪く微笑んでやろうと思っていたのに、己の声は自分の耳を疑うほど弱々しいものだった。

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