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再び幸せが訪れる

 王都のすぐ近くのミルケーイスという名の港町まで視察に赴いた時に見かけたそれは、一目見ただけで彼女に似合うと思った。


 とはいえ自分が贈ったところで、彼女に受け取ってもらえるかどうか。


 そんなことを考えつつも身体は正直で、気付けば勢い良く店の扉を開けていた。


「すまないが店頭に飾ってあるそれを見せてくれないか?」


 カランコロンと軽やかな音色が異国の雑貨を取り扱う店内に広がる。


「あいよ!お兄さん、お目が高いね。これは今日入ってきた一級品だよ」


 カルオットに声を掛けられたカウンターにいる店主は、呑気に猫とじゃれていた手を止め、弾かれたように立ち上がった。


 次いでふくよかな身体を揺らして、ソレをカウンターに置くとカルオットに「手に取ってみてごらん」と手招きする。


 王族相手に随分と気軽な対応だが、本日のカルオットの服装は身軽に動けるよう軽装だった。おそらく店主は田舎貴族が遊びに来たとでも思っているのだろう。


 好きな人への贈り物をアレコレ詮索されたくないカルオットは、これ幸いにと早足でカウンターの前に立つ。


 手に取ったそれは、やはり彼女が手にするのに相応しい可憐で美しいものだった。 


「恋人への贈り物かい?なんなら同じ柄の香水とハンカチもあるよ。女性ってのは、小物が大好きだからね。幾らあっても嫌がられるもんじゃないよ」


 商売上手な店主は、うんちくを語りながらあっという間に小物を並べていく。悔しいが、そのどれもが彼女が手にするのに相応しい品々だった。


 しかし香水の匂いは好き嫌いがあるし、ハンカチは”別れ”を意味する。


「色々見せてくれてありがとう。だが今日はこれだけでいい。悪いが急いで包んでくれ」

「あいよ!」


 強く進めないのが商売繁盛の秘訣と言わんばかりに、店主はカルオットの願い通り素早く会計を終わらせ店先まで見送ってくれた。


「お買い上げありがとうございます!あ、今度は恋人さんと一緒にお越しくださいね」


 背を向けて歩き出した途端に苦いことを言われてカルオットの頬が引き攣る。


 つい先日も兄二人と婚約者について探りを入れられ、大人げなく部屋に引きこもってしまったばかりなのだ。


「……くそっ、どいつもこいつも」 


 感情に任せて悪態を吐いてみたものの、一番苛立つのは不甲斐ない己自身だ。


 そのことを痛いほど自覚しているカルオットは、前髪をかき上げながら気持ちを切り替える。


「式の日取りを早めてもらおう」


 港町のここは活気があって、潮風が心地よい。海面は陽の光でも月明かりでも、それが反射していつでもキラキラしていて美しい。


 きっとこの光景を目にしたら、彼女も微笑んでくれるだろう。


 新婚旅行という名目で、ここに連れてくれば店主との約束も果たせるはずだ。そしてその時は、あの店で彼女が気に入った品を全て買おう。


 そんなことを考えながら、カルオットは帰路に就く。婚約者に贈るそれを、それはそれは大切に抱えながら。


  

*  



 ーーカルオットがミルケーイスを発って数日後。


 それは何の変哲もない秋の終わりの夕刻だった。


 西の空に沈みかける夕日を浴びて、庭園が茜色に染まっていく。窓から見える圧倒されるほど美しい景色に、ティーナは感嘆のため息を吐く。


 ーーこの風景をあの方にもお見せしたい。


 肩を並べて奇麗ねと微笑み合って、夜の帳が下りるまでずっとずっとカルオットの傍にいられたら、それ以上の幸せは無いだろう。


「でも、お城の庭園の方が遥かに美しいわね」


 カルオットは王族だ。天上に最も近いと評される王城の庭に自由に行き来できる彼にとって、この光景は見劣りするものだろう。


 それになにより、そんなことの為に自分と一緒に過ごすことは時間の無駄だと言われてしまうかもしれない。 


 カルオットの冷たい横顔を思い出したティーナは窓辺から離れて、ソファに深く腰掛ける。


 彼に、会いたい。冷たくされても、会話が弾まなくても。この瞳に彼の姿を映すことができるだけで、心が満ち足りてしまう。


「次は、いつお会いできるかしら」


 世間では、許嫁同士というのは頻繁に顔を合わせ、文のやり取りを交わすらしい。


 しかしティーナとカルオットは、貴族の努めとして出席する夜会や茶会以外では顔を合わすことはないし、たわいない日常を綴った文を送り合うこともしない。


 頬を染めながら婚約者のことを語る他の貴族令嬢を目にすると、寂しいと思う気持ちになる。けれど、その不満を彼にぶつけるような勇気は持っていない。


「仕方がないわね。殿下はお忙しい方だから……」


 ありきたりな理由を呟き、己を納得させたティーナはおもむろに立ち上がる。図書室に向かうために。


 夕食までまだ少し時間がある。いつかカルオットとの会話で役立つように、経済書でも読んで少しでも知識を高めよう思ったのだ。


 しかし扉まであと3歩といったところで、突然ノックの音が響く。何事かと慌てて扉を開ければ、無表情の執事が小さな箱を手にして立ってた。


「カルオット殿下の使者からお預かりしました」

「……殿下から?」 


 見たところ可愛らしいリボンがかかっているので贈り物だろう。しかし今日は誕生日でもなければ、何かの記念日でもない。


 これを贈った意図は何だろう。箱を受け取ったまま硬直するティーナだが、執事はそれを無視して去っていった。


 再びソファに腰を下ろしたティーナは、震える手で箱を空ける。箱の中身は、ボビンレースが美しい扇だった。親骨部分には可憐なスズランの彫刻がされている。


 一目見ただけで、ティーナはこれを気に入った。


「とても……素敵だわ」

 

 箱を空けるまでは無駄に色々と考えてしまっていたけれど、いざ扇を手にすれば理由なんて何でも良いと思ってしまう。


「ありがとうございます、殿下」


 ここには居ない大好きな婚約者に、ティーナは頬を染めながら礼の言葉を口にする。


 気まぐれでも義務であっても、彼が自分の為に何かを贈ろうと思ってくれたことが、とても嬉しかった。


 心から大切にしようと思った。これから先、ずっとカルオットの冷たい態度が変わらなくても、一生彼が心を傾けてくれなくても、このたった一つの事実があれば生きていける。


 そう思いつつも、ほんの少しだけの歩みよりは許して欲しい。


「殿下に礼状を送りましょう」


 言うが早いか扇を胸に抱いて立ち上がった自分の声はびっくりするくらい弾んでいて、思わず噴き出してしまった。


 それから文机に移動したティーナは、夜更けまで時間を掛けてカルオットに礼状を綴った。


 書き終えて封蝋をして、窓に目をやる。窓の向こうには雲一つない夜空に星々が輝いてとても美しい。


「ふふっ……次の夜会はいつかしら?」


 普段なら苦痛でしかない夜会が、今はとても待ち遠しい。そんなことを思う自分に、また小さく声を上げて笑ってしまった。





 スズランの花言葉  【再び幸せが訪れる】

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