我が家の末っ子はやればできる子③
コンティノア国の王族の直系は、生涯で一度だけ竜から与えられた奇跡の力――魔法を使うことができる。
歴代の王族達の願いはそれぞれだったが、総じて類まれなる力を大切な誰かの為に使っている。
無論、ローレンスもフレデリックも愛する者の為に魔法を使った。だからこそ、今の自分がある。
竜の魔法は不可能を可能にする。しかしたった一つの願いを叶えて貰えたところで、全てが己の望む通りに進むわけじゃない。その後は自分自身の力で道を切り開いていかなくてはならない。
それを身を持って知っている二人は、余計な会話をする必要は無いと判断した。
「早く言え。時間が惜しいのだろう?」
フレデリックと同様に「よいしょ」と声を上げてカルオットの前に立った国王は、息子を慈しむ父親の顔だった。
その包み込むような微笑みに背中を押されるように、カルオットは口を開いた。
「お願いがあります」
「ああ」
「まずは王城の庭園に女性が喜びそうな演出をして欲しいのです」
「……ん?」
生真面目に言い放ったカルオットを見て、ローレンスは困惑した。
この国の法であり秩序である人間に力を乞うているのだから、それ相応のものを求めてくると思いきや、予想外に小規模のものでローレンスは肩透かしをくらった。
隣に立つフレデリックに至っては、まるでわからないと言いたげにむやみやたらに瞬きを繰り返している。王妃と第一王子の新妻、それと第二王子ダルウィンも首を傾げている。
しかしカルオットは、そんな家族の反応を無視して言葉を続ける。
「沈黙してもたどたどしい話になっても、女性が退屈して帰ってしまわないような素晴らしい空間をお願いします。そうですね、ま、20分以内に」
「……おい、待て。カルオット」
「あと、今日の夜会の入場は私の指示に従ってください」
「……は?」
「こちらが出ても良いという合図があるまで、緞帳の前で控えていてください。そして指示を出したと同時に速やかに入場願います。それとーー」
「待て、カルオット」
怒涛の勢いで要求を口にするカルオットを強い口調で止めたのはローレンスだ。
途端に、カルオットの表情が険しくなる。
「できませぬか?父上」
「できるさ」
即答したローレンスは、無理難題を押し付けられて待ったをかけたわけじゃない。余計な会話をする必要は無いと判断したものの、息子が一体何をしたいのかまるでわからないのだ。
せめて、要求したそれらに何の意味があるのか説明が欲しいと思ったのだが、カルオットが口にしたのは随分なものであった。
「なら、お願いします」
焦燥感溢れる口調で詰め寄られたら、ローレンスはもう頷くことしかできなかった。
そして協力者を得たカルオットは、礼を言うのもそこそこに突風のような早さでサロンを出て行ってしまった。
残された王族たちは、互いに顔を見合わせる。そして壁に取り付けてある豪奢な時計の長針が一つ動いた頃、フレデリックがポツリと言った。
「カルオットの奴、魔法の痕跡を残したままだが良かったのか?」
その問いに答えるものは誰もいなかった。
なぜなら王族たちは、末っ子の願いを叶えるべくアレコレ忙しく動き始めていたからだ。
*
緞帳の向こうで繰り広げられていたカリナ家のスキャンダルと第三王子の勇姿は、王族達の耳にもそれとなく入っていた。
「……とどのつまり”美味しいところは全部俺がやるから、お前たちは裏方に回れ”ってことだったんだな」
「ま、いいじゃないか」
夜会会場の緋色の絨毯を歩きながら苦笑する次男ダルウィンに、長男フレデリックが軽い返事を返す。
口に出してみたものの、ダルウィンだって本気で不満に思っているわけではない。これまでのヤキモキ感から解放されたノリでちょっと言ってみたかっただけ。
きっと今日からカルオットとティーナの関係は大きく変わるだろう。力強い足取りで庭に向かったカルオットを見て、良い予感しかしない。
「ところでアイツ、まさか”庭の演出は兄上がやった”なんてティーナ嬢に馬鹿正直に言うんじゃないだろうなぁ。お兄ちゃんはちょっと心配だ」
「おそらく言うだろう。だがダルウィン、カルオットがそんなことを言ってもティーナ嬢は気にしないと思うぞ」
「確かに。あのご令嬢はよくできたお方だから、きっとカルオットの失言を兄弟愛として受け止めてくれるよな、きっと」
「ああ、おそらくな」
そんな風に超小声で軽口を叩き合う息子二人を背中に感じる国王ローレンスも、できることなら仲間に入りたいと切に願う。
しかし彼は国王だ。大勢の招待客の前でそんなことはできないし、してはいけない。
「皆の者、楽にせよ」
会場の中央まで歩を進めたローレンスは、国王らしい重く響く声で、招待客に顔を上げるように促す。
静々と姿勢を戻す着飾った招待客をぐるりと見渡すと、再び言葉を放つ。
「二度と戻らぬ今という時を楽しみ、明日の糧にせよ」
国王が軽く手を上げれば、それは再開の合図。
指揮者は楽団に向けタクトを振るい、美しい演奏を奏でる。招待客もダンスホールや歓談席にパラパラと散っていく。
しかし今日に限っては、庭園に足を向ける者はいない。ダルウィンが抜かりなく庭園を立ち入り禁止にしたからだ。
「あとは、カルオット次第ですね陛下」
王子然とした息子フレデリックの言葉に、国王は喉でくつくつと笑う。
「ああ。だが、心配いらんだろう」
「ま、そうですね」
ずらりと肩を並べる王族達は、皆、同じ場所に視線を向けている。そして全員同じ気持ちでいる。
ーー大丈夫。だって、うちの末っ子はやればできる子だから。
その日の深夜、期待に応えた末っ子は、国王に「しばらく婚約者をお城で過ごさせたい」とお願いし、国王は二つ返事で是と言いました。