我が家の末っ子はやればできる子②
コンティノア国では、性別を問わず16歳で成人とみなされる。
カルオットがカリナ家の一人娘ティーナと婚約したのも成人してすぐの頃だった。
婚約が正式に決まった日、ティーナはカリナ家当主ジニアスと共に登城した。近い将来家族となる王族と顔合わせをするために。
その時のカルオットは見ものだった。
これまで王族の鑑だと謂われてきたその姿が、ものの見事に崩れたのだ。
赤くなった耳。ソワソワする背中。ティーナへ挨拶する時など、ゼンマイ仕掛けのおもちゃのような動きで、兄二人は笑いを堪えるために互いの腕を抓り合わないといけないくらいだった。
「良かったなぁ、カルオット。素敵な婚約者で」
「こら!」
顔合わせが終わってサロンに移動した途端、思春期の青年に絶対に言ってはいけないことを口にしてしまったダルウィンに、フレデリックは慌てて叱る。だが、時すでに遅し。
「自室に戻らせていただきます」
絶対零度の視線を向けたカルオットに、兄二人は当然だよなと甘受したけれど、あの時からすでに遅い反抗期が始まってしまっていたのだろう。
時間を遡ることができるなら、あの時にもどってダルウィンの口の中にありったけの茹で卵を詰め込みたいとフレデリックは事あるごとに思ってしまう。
そうすれば婚約者とも、もっと素直に仲良くなれていたのだろうか。
「いや、そうとも限らないな」
カルオットの美点は冷静沈着で大層真面目であることだ。
成人してから兄二人と共に王政に関わるようになった彼は、持ち前の頭脳を発揮し次々と難題を解決していった。
私情を挟まず徹底して不正を許さないその態度は、兄二人からすれば頭をなでなでしたくなるくらい立派だ。だがしかし唯一欠点を挙げるとするなら、何事にもストイックな部分がある。
無論、王政は多くの民の生き死にが関わるものだから、遊び半分でするのは言語道断だ。己を律し、公明正大でいることは王族が生まれた時から課せられた使命でもある。
だがしかし王子という立場を一旦置き、好きな女性を前にしたなら、一人の青年で居ることは罪にはならないだろう。
いやむしろ、そこでありのままの自分でいなければ、いつ自分でいられる?肩の力が抜ける時があるからこそ、完璧な王族でいられるというものだ。
なのに、カルオットは婚約者の前でもストイックだった。
正直言って、一体何を守りたくてストイックになっているのだろうかと兄二人は首を傾げてしまう。
二人で話し合った結果、きっとカルオットも、わからなくなっているのだろうという結論に達した。
その推測は大正解で、カルオットは婚約者であるティーナを好きすぎるあまり、距離の詰め方を見失ってしまっていたのだ。
「でもさぁ、兄上。いい加減、ガツンと言ってやらないとティーナ嬢がかわいそうだよな」
「確かにそうだな」
16歳からつい最近までのカルオットの姿を思い出していたフレデリックは、ダルウィンに食い気味で同意する。
一目見ただけで弟を恋に落としてくれたティーナに、兄二人であるフレデリックとダルウィンはとても好感を持っている。
特にティーナが社交界デビューをした夜会で、彼女が髪飾りを無くしてしまった他の令嬢に己の髪飾りを貸してあげたのを目にしてから更に好感が増した。
温かみのある色の髪と瞳。ある意味石化してしまったカルオットに寄り添い続けてくれるたおやかさと芯の強さ。そんなティーナのことを、フレデリックとダルウィンは、妹と呼べる日が来るのを楽しみにしている。
なのに、雲行きは日に日に怪しくなっている。
カルオットはこんなにもティーナのことを想っているのに。そしてティーナも、間違いなくカルオットのことを想ってくれているのに。
「なあ、兄上。先々代が薬師に特注で作った自白剤をカルオットに飲ませるのはアリか?」
「アリよりのアリだな。だがしかし副作用は未知数だ。それなら二人を密室に監禁したほうが良いだろう。極限状態になればアレも素直な気持ちを口にするかもしれないな」
「なんか今のって、切実感がありすぎるんですけど……よもや兄上は、義姉のアンジェリア様に極限状態の時に想いを告げちゃったとか?」
「極秘情報に興味を持つな、バカタレ」
「……告げちゃったんですね」
「その口をすぐに閉じろ」
なぜか最終的に、妻との甘酸っぱい思い出をイジられる結果となってしまったフレデリックは苦い顔になる。
「自白剤を飲ませるにしても、監禁するにしても、どうやって二人をここに呼び出すかが問題だな」
再び物騒極まりない発言をし始めたレデリックとダルウィンは、決して悪気はない。むしろ弟への想い100パーセントからくる発言だ。
ちなみに今の提案は、かなり本気だった。しかし、それは実行されることは無かった。
兄二人をとことん悩ませてくれた5日後、弟カルオットはようやっと己の殻を破って本気モードに入ってくれたのだ。
微かに聞こえる楽団の演奏。廊下から聞こえる使用人達の忙しない足音。それらを聞くともなしに聞きながら、夜会会場にもっとも近いサロンで入場までの時間を適当に潰していた国王を始めとする王族たちは、突然飛び込んできた末っ子にぎょっとした。
「父上!兄上!お願いがあります!!」
土下座でもしそうな勢いで家族の前に立ったカルオットは、これまでに無いほど慌てた様子だった。
「あらあら、カルオットったら。一体、どうしたっていうの?まさかティーナ嬢にーー」
と、最初に口を開いた王妃オリヴィアを手で制したのは国王であり、カルオットの父であるローレンスだった。
「息子よ、何をすれば良い?」
理由も訊かずに話を進めようとする国王に同意するように、フレデリックもソファから立ち上がりカルオットの肩を叩く。
「なんでも言ってくれ。お前の為なら何でもしてやる」
「……ありがとうございます、兄上」
強く頷くフレデリックと国王は、カルオットがサロンに飛び込んできた瞬間から気付いていた。彼が王族の直系にしか使えない【竜の魔法】を使ったということを。
カルオット本人は気付いていないかもしれないが、竜の魔法を使った証がしっかりと残されていたのだ。