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彼がパンを完食した理由

 ヴェント族の長ユージーンは、争いの無い国を造ろうと目標を掲げ、戦に明け暮れる日々が続いていた。


 このお話は、その合間におとずれたささやかな幸せの欠片──。



 チュンチュンと小鳥がさえずる穏やかな朝、ユージーンは身支度を整えて拠点テントから一歩足を踏み出した瞬間、目を丸くした。


 有り合わせの木々で作った長テーブルの上に、巨大なクッションが乗っかっていたのだ。


 戦いは体力勝負である。心が折れようが、足が折れようが、とにかく食事を取ることが何よりも大事だ。


 食べることができているうちは、人はなんとか生きていける。それがユージーンの信念である。だがしかし、さすがにクッションは食べることができない。


「なんで椅子じゃなく、テーブルの上に置いてあるんだ?」


 まず最初に気になったことを口にしながら、ユージーンは大股でテーブルに近付く。間近でそれを見た瞬間「なんだこれ!?」と思わず大声を出してしまった。


「ちょっと、(おさ)ぁー。そんな大声出しちゃ駄目っすよ!」


 間延びした口調でユージーンを叱ったのは、側近のアーレイだった。彼の表情があまりに真剣だったので、ユージーンは更に混乱する。


「諜報部隊から奇襲の報せでも受けたのか?」

「まさか違いますよ。そうじゃなくって、ルゥ様に気付かれちゃうじゃないですかぁ」 

「は?気付かれて困るものでもあるのか?」


 ルゥことルースは、ある日突然ヴェント族の仲間入りをした美少女のことである。

 

 見た目はとても儚げで美しい容姿を持つルースは戦にめっぽう強く、ヴェント族歴4年を迎えた今では戦いの女神として部族の皆に慕われている。無論、他部族の間者でもない。


 そんな彼女に気付かれて困るものなどあるわけないが……と、ユージーンは物言いたげな目をアーレイに向ける。すぐさま側近の眉毛がつり上がった。


「目の前にあるじゃないっすか!ほら!ここ!これ!」


 アーレイが力強く指差すのは、テーブルの上のクッション……もとい巨大なパンである。


 どうやらアーレイはサプライズ演出でびっくりさせてから、ルースにこの巨大パンを食して欲しいようだ。……という推測を立てたユージーンは、これ以上無いほど馬鹿な子を見る目になって吐き捨てた。


「お前、朝っぱらから何をやってんだ」


 部族長から冷ややかな目を向けられた側近は、落ち込むどころかむしろキリっとした顔でこう言った。


「長ぁ、見てわかんないんですか?料理っすよ、料理!」


 いつから自分の側近は、料理男子になってしまったのだろうか。


 勇ましく弓を引いて無数の矢を放ち、的確に自分の指示を各部隊に伝令してくれた優秀な側近が、たった一晩で変わってしまった理由はわからない。


 ただその理由を問いただすよりも、まずは一言だけ言わせて欲しい。


「なぁ、アーレイ。このパン、デカすぎるんじゃないか?」


 思ったままを口にすれば、料理男子はエヘヘッと照れ笑いを浮かべて口を開いた。


「ルゥ様って丸くて大きくてフワフワしたのがお好きなもんで、俺、ちょっとばかし頑張っちゃいました!」


 頑張るところがなんかちょっと間違っていると思ったが、ヴェント族の長はただただ静かに「そうか」と頷いた。





 しばらくして眠たい目をこすりながらテントからテトテト歩いて来たルースは、巨大なパンを見た途端、目を輝かせた。


「うぁーすごい!ねぇ、ユージーン。これルゥの朝ごはんなの?」

「ああ、そうだよ」

「やったぁー。あ、ユージーンも一緒に食べよ」

「いや、俺はもう食べたから、これはルゥが全部お食べ」

「いいの!?嬉しい!ありがとう!」


 満面の笑みで礼を言ったルースは、そのまま勢いよくかぶりつく。その光景は、巨大なパンがルースを呑み込んでいるようにも見える。


「中にチーズと干しトマトが入ってるー。美味しい!」

「そうか」


 短い食リポを終えて、一心不乱にパンを頬張るルースと、包み込むような優しい眼差しを向けるユージーン。朝から大変ほのぼのとした光景である。


 けれどその背後では、恨みがましい目を向ける人物がいた。側近のアーレイだ。


 実はあの後、無駄に負けん気を持ってしまったユージーンもパンを焼いた。しかもアーレイのやつよりも一回り大きく、中の具材にもこだわった力作を。


 今、ルースが頬張っているのはユージーンの手作りパンである。アーレイのパンは味見と研究の為にユージーンのお腹の中に消えてしまった。


「……(おさ)ぁ、俺、ちょっと泣いてくるんで席外します」


 すんと鼻をすすりながら林の中に消えていく側近に、部族長は心の中で「すまん」と呟き手を振った。


 今更なにを言っても言い訳になってしまうが、ユージーンはアーレイが焼いたパンを全部食べる気は無かった。半分はルースに残しておくつもりだった。


 けれどルースが自分以外の男が焼いたパンを「美味しい」と言って頬張る姿を想像したら得も言われぬ苛立ちが生まれてしまい、気付けばアーレイ作のパンを完食していたのだ。

 

 その気持ちが何なのか、今のユージーンはまだ気付いていない。


 ただアーレイには今日一日とびきり優しく接してやろうと、ユージーンは心の中で固く誓った。

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