我が家の末っ子はやればできる子①
これは『たった5分で終った復讐劇』の舞台裏のお話です。
「お?そろそろじゃないか」
「……いや、まだだ。落ち着け、息子よ」
「でも、時間的にはもういいのでは?」
「急いてはことを仕損じますわ。あなた、もう少しお待ちを」
「とはいえ、遅すぎるのもアレだ。そろそろ出るか」
「まぁ、陛下までそんなことを仰って……ですから時が来れば家臣がーーあ、来ましたわ」
ここは王城の夜会会場の手前。王族専用の出入口でひそひそ話をしているのは、国王陛下ならびに王妃とその家族。
彼らロイヤルファミリーは、自分達の出番を今か今かと待っている。そして汗だくで走って来た家臣を見て、その時が来たことを知る。
「ご報告申し上げます!カルオット殿下より……はぁ、はぁ」
このタイミングで息を切らす家臣に少々苛立ちを覚えつつも 絢爛豪華に着飾った王族一同は、じっと続きの言葉を待つ。
「失礼いたしました。改めてご報告申し上げます!カルオット殿下より、お出ましいただくよう指示を受け取りました!」
「わかった」
一つ頷いた国王は気合を入れるためにバサリとローブを背に払う。
それを合図に、家臣が夜会会場に向け声を上げた。
「国王陛下の、お成ぁーりぃー」
会場の隅々まで行き渡るような厳かな声と共に、重い緞帳が上がる。
国王陛下を先頭に王族たちが登場すれば、下段にいる招待客は恭しく腰を落とし最上の礼を取る。
そんな中、国王陛下の後ろを歩く第二王子ダルウィンは「おっ」と弾んだ声を出す。
「我が家の末っ子が、お嬢様と一緒に庭に行ったぞ」
「そうか。……ところでダルウィン、あっちの準備はできているのだろうな」
「まっかせてくださいよー、兄上。俺の部下たちは、超優秀ですからとっくにムーディーな演出を終えてますよ」
「なら、安心だ」
口元を最小限に動かしながらそんな会話をするのは、第二王子ダルウィンと第一王子であるフレデリックである。
国王譲りの銀色の髪。瞳の色こそ違うが、二人の王子は大層見目麗しい。
4つ違いの彼らは、共通の特技がある。それは高貴な血を引く者しか浮かべることができない優美な微笑と気品漂う歩き方をしつつ、どんな状況でも無駄口を叩くことができることである。
随分と図太い神経を持っているように見えるが、それくらいできなければ王族の名折れであるというのが、彼らの持論である。
そんな王子二人は、この国を支えるなくてはならない御仁であり、雲の上の存在でもある。
しかし蓋を開けてみれば、中身はどこにでもいる弟思いのお兄ちゃんで、そんなお兄ちゃん達はついさっきまで末っ子カルオットの為に色々と走り回っていたりした。
*
イロス大陸の南に位置する大国コンティノアは、女神の祝福を受けし国。そして初代国王は妻となった女神に永遠の愛を誓った。
そんな歴史があるため、この国では法で夫婦は一夫一妻制と定められており、妻を夫を、そして家族の絆を大切にしている。
例にもれず現国王であるローレンス・リュ・コンティノアも王妃オリヴィアを心から愛し、三人の息子にも惜しみない愛情を注いでいる。
そして王妃も息子たちも互いを想い合い慈しみ合い、それはそれは仲の良い家族であった。
……ある、1点を除いては。
「兄上!これは私と彼女の問題ですから、余計な口出しは無用です!!」
バンッとテーブルを叩いて立ち上がったのは、第三王子カルオットだった。
本日は晴天。気圧差も小さく、外に出ても風をほとんど感じることができない状態のはずなのだけれど、王族専用の執務室の窓ガラスだけがガタガタと揺れる。
それほど、カルオットの張り上げた声はすさまじかった。
対して第一王子フレデリックは耳をつんざく大音量で怒鳴られてもムッとすることはしない。ただただ呆れ顔になって、肩をすくめて見せるだけ。
「なぁ弟よ、そこまで怒らなくてもいいじゃないか」
「兄上が余計なことを言わなければ、私だって怒りを覚えたりはしません!」
「……なぁ……なぁーあ……ちょっと落ち着けよ、カルオット。兄上はただティーナ嬢との近況を聞いただけじゃないか」
割って入ったのは第二王子ダルウィンは、持ち前のヘラヘラ笑いで場の空気を和まそうとしたけれどーー
「それが余計なことなんです!とにかくこの件については二度と触れないでください!!」
そんな台詞と共にカルオットは更に不機嫌になり、とうとう執務室から出て行ってしまった。
残された王子二人は、同時に顔を見合わせ溜息を吐く。
「数年前までは私のことを”自慢の兄上です”と言って慕ってくれていたのに……」
「俺にも”兄上を尊敬してます”ってキラキラした顔で言われてたはずなんだけどなぁ」
遠い目をする王子二人は、突如としてやってきた末っ子の反抗期にどうしたものかと頭を抱えたくなる。
「あーあ、ウチの末っ子気難し……」
ぼそっと呟いたのはダルウィンだけれど、フレデリックも同じ気持ちだ。ただ次期国王となる彼は軽はずみな発言は控えている。
なのに弟であるダルウィンは、そんな兄の心情を無視して更に言葉を重ねた。禁句に近いそれを。
「この調子じゃあ、ティーナ嬢に愛想をつかされるのも時間の問題だぞ」
「……言うな、ダルウィン」
「でも、さ」
「駄目だ、もう二度とそれを口にするな」
言葉は言霊。口にすれば、良くも悪くも何かしらに影響を与えてしまうのだ。
……というのは、あくまで迷信で遠い異国の伝説。ではあるが、笑い飛ばせるほどの余裕はフレデリックには無い。
弟カルオットとその婚約者であるティーナ嬢のあり得ない不仲説は、王城のメイド達にまで伝わってしまっているのだ。
はっきり言って根も葉もない噂である。
カルオットはティーナに想いを寄せているのは間違いない。ただ救いようが無いほど不器用なだけ。
それが致命的な問題だと言われたらそれまでなのだが、常日頃から婚約者のことを想っている弟を見ていれば、どうしたって兄としたら二人の行く末を案じてしまうのは仕方ない。
そんなこんなで、それとなく近況を聞いたらついさっきのアレである。
「我が家の可愛い弟がこじれたのは一体いつからなんでしょうね、兄上」
「そうだなぁ……あ、お前の失言じゃないのか?」
顎に手を当てながら記憶を探っていたフレデリックは、じろりとダルウィンを見る。
「えぇ!?俺ですか!?……参ったなぁ」
頭を抱えるダルウィンは、思い当たることが微塵もない様子だ。
そんな弟を捨て置いて、長男のフレデリックは更に記憶を辿る。
カルオットとティーナが出会い、こじれたその経緯をーー