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ある男の願い⑤

『お前の願い、聞き届けよう』


 金竜の言葉は決して大きな声ではなかったけれど、ダルウィンにはしっかり届いた。


 そう。ちゃんと届いたはずなのだが、ダルウィンの表情は動かない。驚きすぎて感情の全てが抜け落ちてしまっているのだ。


「嘘……だろ?」


 しばらく固まっていたダルウィンが絞りだした言葉に、金竜が冷めた視線を送る。


「我らを安易に虚偽の言葉を吐ける人間と同じにするな」


 手厳しい竜の言葉にダルウィンは正気を取り戻した。


「大変失礼いたしました。ただ……叶えてもらえるとは思ってなかったもんで……」

「嘘偽りない真の願いなら、我らに届くと言ったはずだ」

「っ……!」


 そうだ。竜を前にしてダルウィンは、嘘偽りない心からの願いを口にした。叶う叶わないじゃなく、その思いが竜にきちんと届いたのだ。


 竜は人の心に寄り添うことはしなければ、言葉を選んでくれる優しさもない。ただただ淡々と事実を告げるだけ。


 返す言葉が見つからないダルウィンに、金竜は言葉を重ねる。


「お前が託したいと願った者に我らとの相見を許そう。ただし──」

「嘘偽りない真の願いじゃないと貴殿に届かない、ということですよね?」


 金竜の言葉を奪ったダルウィンはニヤリと笑う。ふてぶてしい人間に向け金竜は怒りはしなかったけれど、呆れたように尻尾をゆるく振る。

 

「……本当に変な人間だ、お前は。まったく行動が読めない」

「ははっ、よく言われます」


 嫌味にも聞こえるそれに、ダルウィンは笑って答える。


 竜は巨大で鋭い爪と牙を持っていて恐ろしい生き物だ。しかし心の内を全て見せた今、ダルウィンは竜に対して恐怖より親しみの方が強かった。


「あ、そうだ!もし俺が託したいと願う相手が貴殿にちゃんと願いを叶えてもらったら、その時はお礼に特上の酒をお持ちするんで。よかったら、一杯どうです?」


 クイッと盃を傾ける仕草をしたダルウィンだが、内心、こんな提案は一蹴されるか無視かと思った。けれども──


「その約束、忘れるでないぞ」

「え……?ちょ、ええ!?」


 目を丸くするダルウィンに向けグルルゥと威嚇するように吼えた金竜は、そのまま大きな翼を広げて空に飛び立つ。


 金竜の後に続き他の竜たちも次々に翼をはためかせ、強い風が吹き荒れる。


「うわっ……!ちょっ、まっ、待ってくれっ。貴殿の酒の好みは甘口か!? 辛口か!? それだけでも」


 教えてくれぇ!とダルウィンは叫びたいところだったが、あまりの強風に思わず目をつぶる。


 再び目を開ければ竜の姿はどこにもなく、月夜に照らされた初代王妃の墓石がほのかに白く輝くだけ。


 瞬き一つで元通りになった現実にダルウィンは竜と対峙した時間は夢だったのかとすら思ってしまう。


 けれどもあの時間は夢ではない。その証拠にダルウィンの足元には虹色の花びらが散らばっていた。


 人間界に存在しないこれがあるのは、竜が願いを叶えてくれた何よりの証である。


 ダルウィンは膝をつくと地面に落ちている花びらを一つつまむ。夜空に掲げた途端、宝石のような花びらは風にさらわれ消えてしまった。


「……ほんっと、竜とはせっかちな生き物だったな」


 あーあとダルウィンはぼやきながら両腕を後頭部に回して夜空を見上げる。星々はきらめいているけれど月はかなり傾き、夜明けが近いことを知る。


 夜が明ければダルウィンは王都を離れ、辺境伯となる。


 国境付近は常に外敵に備えないといけないから、次に王都に足を運ぶのは早くて数年後。もしかしたら二度とこの地を踏めないかもしれない。


「ま、そん時はそん時ってことで。見守っててくださいよ、王妃」


 これまでの一部始終を静観していたであろう初代王妃の墓石に向け、ダルウィンは一礼する。


 出自不明の初代王妃は、単なる一部族だった初代国王に寄り添い、共に戦い、この国を築いたという。


 その血が自分にも流れていると思えば、これから先、たとえ竜の魔法が使えなくてもダルウィンはどんな困難も乗り越えていける気がする。いや、乗り越えられる。


 ただ目下、不安なことが一つだけある。


「竜が好む酒の味なんて……どこで調べればいいんだよ」

 

 自分の味覚と金竜の味覚がどうか同じでありますようにと祈りながら、ダルウィンは城内へと足を向けた。


 



 東の空が白くなる頃、旅服に着替えたダルウィンは姪のリシャーナ部屋の前にいた。


 ノックをしようか躊躇って、結局しないまま扉を開ける。


 桃色を基調とした愛らしい部屋の中央にある天蓋付きのベッドでリシャーナは小さな寝息を立てて横たわっている。


 ダルウィンは足音を立てないよう慎重に歩を進めると、リシャーナの枕元に立つ。


「俺の小さなお姫様、しばしの別れだ」


 夢の世界にいるリシャーナの耳元で囁いたあと、ダルウィンは手に持っていた本を枕の上にそっと置く。


 この本は数年前に王都で大流行した異国の王子と令嬢の恋のお話。だが読む人が読めば、二人の主人公がティーナとカルオットであることはすぐにわかる。


 10歳にも満たないリシャーナにはまだ読むのには早いが、女の子の成長は早い。あっという間に恋のお話に胸をときめかせる年頃になるだろう。


 その時、最初に読む恋物語が両親の馴れ初めだったら……父親はきっとびっくり仰天するだろう。


「ははっ、カルオットはどんな顔をするやら」 


 ここ数日の八つ当たりの意趣返しとしては我ながら粋な演出だと満足したダルウィンは、リシャーナの部屋を後にした。





 荷物を乗せた馬車が次々と城門を出ていく。ひっそりと旅立つつもりだったダルウィンだが、流石にそれは許されず多くの官僚や使用人たちに見送られ馬車に乗り込んだ。


 御者が恭しい手つきで扉を閉めようとする。しかし、それを阻止する不届き者がいた。


「ダルウィン!」

「兄上!」


 同時に声を発したのは現国王であり兄でもあるフレデリックと、弟のカルオットだ。


「なんだっ、どうしたんだ!?」


 ぎょっとするダルウィンを無視して、フレデリックとカルオットは馬車に乗り込む。そしてフレデリックは御者に出立しろと指示を出した。 


 国王陛下の命じるまま走り出した馬車に揺られること数分、ダルウィンは小さく咳払いをして口を開いた。


「兄上、政務放り出して何やってるんですか?」

「……」

「カルオット、お前もさぼりか?」

「……」


 フレデリックとカルオットは何も答えない。ただその瞳は雄弁に語っている。”寂しい”と。


「ずっと一緒だったもんなぁ。なんかやっぱ俺も寂しいもんだ。でも離れてても俺の心は兄上とカルオットと共にある。だから泣かないでくださいよ、兄上」


 ニヤリと意地悪く笑ったダルウィンにフレデリックはギロリと睨む。


「別に私は泣いてない。泣いているのはカルオットだ」

「……兄上、私だって泣いてないですよ。泣いているのは──」

「やめろ、カルオット!」


 フレデリックは慌ててカルオットの言葉を止めた。なぜなら涙を流していたのは他でもないダルウィンだったから。


「ったく、だから夜明け前に出立したかったってのに……兄上は意地が悪い」


 恨み言を吐くダルウィンにフレデリックは上着のポケットからハンカチを取り出す。


「餞別だ。返さなくていいからな」

「嫌だ。洗わずに送り返してやる」


 憎まれ口を叩きながら受け取ったダルウィンの口元は弧を描いていた。


 その後兄弟三人は王都の端に到着するまで馬車で語り合い、それぞれの生活に戻っていった。




 これは竜の魔法を大切な家族に託した男のお話。


 のちにこの竜の魔法は、一人の孤独な青年を救うことになる。

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