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ある男の願い④

 思ったままを口にした途端、辺りを取り巻く空気がピリッとなり、ダルウィンは己が失言してしまったことに気づく。


 加えて、目の前の金色の竜が大きすぎて気づかなかったが、よく見れば頭上には空を覆うほどの竜の群れ。


 これは流石に態度を改めなければと、ダルウィンは中途半端な姿勢を取っていた身体を起立の状態にする。


「大変失礼いたしました」


 現国王の父親の前でさえ出したことがない厳かな声で謝罪の言葉を紡いだダルウィンは、しゃんと背筋を伸ばし、片足を一歩後ろに引く。


「今宵は、古の時代に交わした約束を果たさんと遥か遠き天界よりお出ましいただいたこと、このダルウィン・リュ・コンティノア、心より御礼申し上げーー」

「御託はいい。早く願いを言え」

「へ?」


 これ以上ないほどへりくだった言葉を遮られたダルウィンは、間抜けな声を出してしまう。


 それと同時に、かなり昔にカルオットが何かの拍子に「竜は恐ろしいほどせっかちだった」と遠い目をして呟いたことを思い出す。まさにその通りだ。


 とはいえ、竜の言われるがまま願いを口にするのは少々抵抗がある。ダルウィンは、引いた足を戻しながらポリポリと頬を掻く。


 ーーそうは言っても、こっちにも心の準備ってものがあるんだけどね。


 声にこそ出さないが、そんなことを思えるダルウィンはまだ心に余裕がある。


 なにせ長男のフレデリックと三男カルオットは、かつて心臓を差し出さんばかりの覚悟で、己の願いを叶えてもらうべく竜と向き合ったのだ。


 いや、彼らだけがそうだったわけじゃない。直系の王族は皆、神に最も近い生き物を前にして少なからず恐怖心を抱いていた。


 なのにダルウィンは、竜を前にしても怯え竦み上がることはない。竜を呼び出す前の方がよっぽど緊張と恐怖を感じていたと言いきれるほど。


 とはいえダルウィンの心に余裕があるのは、竜の存在を甘く見ているからではない。彼にとって一番の恐怖は、家族が危険にさらされること。自分の知らない間に、家族が辛い思いをすることだ。


 正直言って、家族から総スカンを喰らう方がよっぽど耐えられない。


「その者よ、何を黙っているのだ。早く願いを言え。嘘偽りない真の願いなら、我らに届くだろう」 


 苛立った金色の竜の声に、ダルウィンはもう言葉を選ぶ時間が無いことを知る。


 ーーま、駄目で元々ってことはわかっていたことだし、言わなきゃ損だ損!

 

 おおよそ王族とは思えない台詞を心の中で吐いたダルウィンは、ぐっと拳を握ると己の願いを口にした。


「我の願いはただ一つ。この奇跡の力を別の者に託したい」


 静かに、それでいて揺るぎない口調で伝えた瞬間、金の竜はものの見事に固まった。


 それから沈黙が落ちる。空を覆う竜の群れも、微動だにしない。


 あまりの空気の重さにダルウィンは、どうして翼をはためかせないのに空から落ちないのだろうと、至極どうでも良いことを考えてしまう。無論、答えは出るわけがない。


 どこからともなく柔らかい風が吹く。辺りを囲むのは、人界と天界の狭間にしか咲かない幻の花。しかしその香りは、ひどく身近なもの。


 どこで嗅いだのか。やけに気になったダルウィンは記憶を探る。さほど時間をかけずにこの花の香りは、初代王妃の墓標を取り囲む花ーーアイリスだと気づいた。


 と、その時、石像のように固まっていた金竜が唸り声と共に問いかけてきた。


「……お前は、それが叶えられると思っているのか?」

「そうしてもらえるなら、これ以上の喜びはないでしょう」


 叶う叶わないなど、人である自分にはわからない。お前たちが決めることだ。


 言外にそれを伝えれば、竜は呆れたように喉をグルルゥと鳴らす。


「変な人間だな、お前は」

「ははっ、よく言われます」

「たった一度の奇跡の力を他の人間に渡すなど、我らに対する侮辱とは考えないのか」

「渡したいのではなく、託したいのです。そして託す相手は、直系ではないが王族。ですから貴殿に対して侮辱的な行いにはならないと思っております」


 そう。ダルウィンは、この力をカルオットの子供、ランドルとリシャーナに託したかった。一生、独身を貫くと決めたダルウィンにとって、二人は我が子のように愛しい存在だ。


 しかしダルウィンは明朝、城を去る。これからは遠い国境に面する領地で二人の健勝を祈ることしかできない。


「ま、貴殿にカッコつけても仕方がないから、はっきり言っちゃいますけど、要は俺のわがままですよ。保険みたいなもの。託す必要がなければ、そのままこの願いは消えて構わないし、叶えてもらえるならそれはそれで俺はこの先ずっと安心できる。それだけです」


 砕けた口調で語ったこの言葉はダルウィンの嘘偽り無い本音であり、願いだ。


 自分のことより、他人の幸せを願う。それは人の世界では常ではないが稀でもない。


 しかし崇高なる生き物はその考えが理解しがたいようで、爬虫類のような縦筋のある瞳を細め、しきりに長い尾を左右に振る。


「渡すと託す。そこに違いはあるのか?」

「意味合い的には大体同じです。ただそこに想いの重さの違いはあると思いますが」

「どちらが重いのだ?」

「そりゃあ、託す……だと思いますけど」

「そうか……それを訊いても、お前の考えはよくわからん」  

「ははっ、そうですか」


 笑ってみせたものの、落胆する気持ちは隠せない。そんなダルウィンを見て、金色の竜は空を見上げる。


 竜の視線を追えばそこには銀色の鱗を持つ竜がいた。


「……確証の無い何かに我が力を託す……これもまた”信じる”ということなのか」


 金色の竜は、ダルウィンを見ていない。きっとこれは独り言なのだろう。


 しかしダルウィンは、まさか崇高なる生き物がこんな人間臭い台詞を吐くことに心底驚いた。悩むとか信じるとか。見えない何かに心を動かされるのは、人間だけが持つ特権のはずだから。


「っ……おっと!」


 あまりに驚きすぎてよろめいたダルウィンに、金色の竜は感情を乗せぬ声でこう言った。


「お前の願い、聞き届けよう」

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