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ある男の願い③

 弟と甥に敵視されたダルウィンは「俺はコンティノア国で7番目に理不尽な目に合っている」と、兄フレデリックに泣きついた。


 返って来た言葉は「で?」の一言だった。


 真冬の湖に放り込まれたような。もしくは、氷山で丸裸にされたような気持ちになったダルウィンは、それから肩を落として残り少ない王城での日々を過ごした。


 とはいえダルウィンは、ずっと孤立していたわけではない。


 姪のリシャーナは惜しげもなく愛らしさを振りまいてくれるし、カルオットの妻ティーナは何とか兄弟仲を元に戻そうと心を砕いてくれた。


 しかしカルオットにしたらそれは面白くないことだった。更に不貞腐れる弟に、ダルウィンは呆れを通り越して可愛いとすら思ってしまっていた。無論、口には出していない。


 ーーそんなこんなで、明日はとうとう王城を去る日である。

                 

 荷造りも王城で担当していた政務の引継ぎも終えた夜、ダルウィンは王都の酒場に繰り出した。


「おう!ウィン、来たか」

「待ってたぞ。今日は帰さねぇからな」

「早くこっちに座れ!」

「やっぱお前がいないと、どうも盛り上がらねぇ」


 赤ら顔で熱烈な歓迎をする面々は、年齢こそ違うが全員男である。唯一、酒を運んで来てくれた店員は女性だが残念なことに夫だけを愛する人妻だ。


 王都最後の夜であるが、ほとほと色気が無い。


 しかしダルウィンはそれに寂しがることもなく、満面の笑みを浮かべて野郎共の仲間に加わる。


 すぐさま男達は「これを食え」「いやいや、こっちの方が旨い」「ばぁーか、これが一番最高だ」などと酒と料理を勧めてくる。


 そんな中、ダルウィンの横に座る壮年の男は、ゆったりとグラスを傾けながら口を開いた。


「いやぁー、来てくれて助かったよ。主役が居ない送別会はどうにも締まりが悪くてな」


 人の良さそうな笑みを浮かべるこの男は、昼間は警護団に所属するそこそこ地位のある人物だ。ダルウィンも制服をビシッと着込んだ彼を王城で何度も見かけたことがある。


 そして酒場でガッハッハッと笑い、喋り、グラス片手に料理を頬張る男達は皆、この国を支える人物でダルウィンが信頼を置く者達だ。 


 家臣からの報告にどれだけ真剣に耳を傾けても、王城に居るだけでは全てを把握することはできない。腹が立つことに、悲しい事件になればなるほど水面下で行われている。


 だからこそダルウィンはやんちゃなフリをして時間を作っては城下に足を向けていた。そして自分の目と手足になる人材を見つけ、人知れずこの国の安全を守ってきた。


 もちろん全ての事件事故を防げたわけじゃない。できたことは自己満足の範疇だ。でも自分が城を去っても、ここにいる者達はこれからもずっとダルウィンの意思を継いでくれるという。


 親に叱られ、官僚に呆れられてきたけれど得る物は十二分にあったのだ。それがとても嬉しい。


「しばらくはあっちで忙しくなるが、何かあったらいつでも便りを寄越してくれ。すっ飛んで行くことはできないが、居ないよりはマシだと思うくらいには何かする」


 出された料理と酒を全て平らげたダルウィンは、彼らにそう言った。別れの言葉を口に出すのはどうも性に合わない。


 そんなダルウィンの性格を知っている男達は「ああ、頼りにしてるぞ」と急に神妙な顔になって言い、最後は寂しげな笑みを浮かべる。最年長の学者は懐からハンカチを取り出し、すんっと鼻を啜った。


 またな。元気でな!


 最後は仲間と手を振り合って別れたダルウィンは、城に戻らず馬を走らせる。流れるように過ぎ去っていく街並みの全てに思い出がある。


 良いことも悪いことも、辛いことも悲しいこともあったけれど、今となってはその全てが愛おしい。 


 王都の夜空に浮かぶ月が少し動いた頃、馬は王城の敷地内に入り足が止まった。しこたま酒を飲んだはずなのに、馬を下りたダルウィンの足取りはしっかりとしている。


 最後の夜遊びを快く送り出してくれた衛兵に馬を預けてダルウィンは、王城の庭園に向かう。王城で過ごす最後の夜、どうしてもここでやりたいことがあるのだ。


「……さぁて、偉大なる竜殿は俺の願いを聞き入れてくれるかな」


 前髪をかきあげながら呟くダルウィンはひどく緊張していて、普段の彼からは想像できないほど表情が硬い。


 ここだけの話、寒さのせいだと自分に言い訳をしているが、実は指先が少しだけ震えている。気を抜くと躓いてしまいそうなほど、膝だってガクガクだ。それでもやると決めた。


 決意を胸に勝手知ったる王城の庭園の最奥まで進んだダルウィンは、初代王妃の墓石の前に立つと跪き、片手を胸に当てた。


「命あるものの頂点に君臨する汝に告げるーー」


 ダルウィンが紡ぐ言葉は人生で一度だけ使える魔法の呪文。竜の祝福を受けた王族直系にしか使えない奇跡の技。


 彼は今、己の願いを叶えるために竜を呼び出そうとしている。


 木々のざわめきが微かに聞こえる静かな庭園に響くこの言葉は、幼い頃に父が寝物語のように一度だけ語り聞かせてくれたもの。


 はるか昔に聞いたそれを一語一句間違えること無く紡ぐことができるのは、やはり奇跡でしかないとダルウィンは頭の隅で思う。


 しかし、そんな他事を考えていられたのはここまでだった。


 一歩も動いていないのに視界が変わる。瞬き一つする間にコンティノア国の王族に祝福を与えた崇高なる生き物がダルウィンの前に現れた。


 要塞のような大きな身体。輝くような金色の鱗。鳥とは異なる翼。この世にある全てを切り裂くことができるであろう鋭い爪と牙。


 そんな崇高なる生き物を見たダルウィンは、つい見たままを口にしてしまった。


「うわっー。こりゃまた、おっかないね」


 すぐさま崇高なる生き物が苛立ちを現すようにグルルッと喉を鳴らした。

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