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ある男の願い①

 竜の祝福を受けしコンティノア国の王族の一人、ダルウィン・リュ・コンティノアは三兄弟の中で一番やんちゃ者である。


 暇があっても無くても、ちょくちょく政務をサボって街に繰り出し、カジノなどの娯楽に興じる。現国王の秘蔵のお酒をこっそり拝借し、空になって慌てて違うお酒を入れてすっとぼける。深夜に仲の良い家臣とこっそり集まり、厩でカードゲーム大会を始める。


 それらが国王陛下にバレるとしばらくは大人しくなるが、またそれらを繰り返す。


 生真面目な長男フレデリックと三男カルオットとあまりに毛色の違う彼に対して、本当に兄弟なのか?と首を傾げる家臣は少なくない。


 しかし、長年ダルウィンの傍で仕えてみると、それが彼の計算なのだということがわかってくる。


 しょっちゅう家族の頭を悩ませているダルウィンだが、実は三兄弟の中で一番家族思いである。


 コンティノアは竜の祝福を受けし国であるが、それは外敵に対しては絶大な効力を発揮する。内政は、どうしたってきな臭い話があちらこちらにある。


 その中の一つ後継者問題は、どの代でも大なり小なり貴族や家臣の間でいざこざがあった。無論、フレデリックが王太子であることは既に公言しているし、ダルウィンもカルオットもそもそも王位に全く興味が無い。


 しかし自分のことならともかく、個人の利益の為だけに大切な兄弟が悪く言われるのは耐えがたい。


 だからこそダルウィンは、幼い頃から自分がどう立ち回れば良いかいつも計算し、己の立ち位置を常に意識していた。


 その結果、出来の良い弟でいるより、出来の悪い弟でいるほうが世の中が上手く廻ることをダルウィンは知り、彼は率先してやんちゃな弟を貫き通している。


 ちなみにダルウィンはカルオットと良く似た顔立ちの美丈夫であるが、女性関係だけは、いっそ拍手を送りたくなるほどクリーンだったりもする。


 とはいっても、遊び呆けているだけなら王族失格だ。


 だからダルウィンは人知れず政務に励み、派手に遊びまわる。ただあまり遊び過ぎても、それが枷となり余計な問題が生じる可能性もあるので、そこのバランスは最大限に気を遣う。


 そんなダルウィンの努力を、フレデリックとカルオットは痛いほど感じている。そして、後々の後継者争いのことも考え生涯独身でいることを選んだ彼に、二人の兄弟は心から親愛の情を持っている。





 思いは変わらぬまま、月日は流れーーあっという間に10年が経った。


 懸念されていた後継者問題は一切起こらないまま即位することができたフレデリックは、父の後を受け継ぎ立派な王となった。

 

 また王城で産声を上げたフレデリックとカルオットの子供たちはすくすくと成長し、城内は活気が溢れている。


 しかし、ダルウィンの心だけは憂いている。


 ーーここ最近、カルオットから敵意のこもった眼差しを向けられるのはどうしてだろう?


 王城の庭園をダラダラと歩きながらダルウィンは溜息を吐く。空を見上げれば、吸い込まれそうな晴天で、どうせならこの憂いも吸い込んで欲しいなどと、ぼやきたくなる。


「あーあ、俺……もうすぐここを離れるのに……。そんなんで良いのかい?カルオット。お兄ちゃんは良くないと思うぞ」


 つい泣き言を吐いてしまったダルウィンは、一月後に王城を去る。


 といっても、これまでの悪行が積み重なって城を追い出されるわけではない。自ら進んで、ダルウィンは王城を離れることを選んだのだ。


 次に彼が住まう地は、かつてフレデリックが蛮族の襲撃からの民を護る為、竜の魔法を使って地形を変えた国境付近の領地。そこで生涯辺境伯として民と地を守ることを決めた。


 その際、カルオットは珍しく寂しげな表情を浮かべ「兄上、どうか身体に気をつけてください。何かあればいつでも飛んでいきますから」などと可愛いことを言ってくれた。


 なのに手のひらを返したように、ここ最近のカルオットはダルウィンに冷たい。


「俺、また何か余計なことを言ったか?……言ってないはずだけどなぁ。でも、万が一ってこともあるし……ちょっくら、兄上に聞いてみるか」 


 顎に手を当てブツブツ呟くダルウィンは、過去に思春期のカルオットに向けて余計な一言を放ってしまった前科がある。


 それを兄フレデリックに指摘されてから、意識して失言しないよう務めてはいるが、もちまえの性格からポロリと零れてしまった可能性は無きにしも非ず。


 そんなこんなでダルウィンの身体はくるりと反転して、足は勝手に王城に向かう。と、ここで馴染みのある可愛らしい声が庭園に響いた。


「おじさまー見つけましたわ!」


 鈴を転がしたような声が心地よく耳朶を撫でたと同時に、茂みから真珠色の髪の美少女がぴょこんと顔を出す。


 声の主はカルオットの娘であり、ダルウィンの姪であるリシャーナだった。御年7歳の少女は、両親に似てとても整った顔立ちをしている。

 

「ははっ、見つかってしまったなぁ。リシャーナは俺を見つける天才だ。宰相だって、こうはいかない」


 大仰に褒めながらリシャーナの元に早足で近付いたダルウィンは腕を伸ばすと、軽々と抱き上げた。すぐに嬉しそうな笑い声を上げて細い腕がダルウィンの首に巻き付いた。


「えへへっ、それはそうですわ!だってわたくし伯父様のことが大好きですもの」


 花が咲いたような笑みを浮かべるリシャーナに、ダルウィンも顔をくしゃくしゃにして笑う。


「そうか。それは光栄の至りだな。俺も愛してるぞ、リシャーナ」

「はい!おじさま、愛している!」


 更に首にしがみつくリシャーナに応えるように、ダルウィンは抱き上げたままのリシャーナを軽く揺らす。


 その光景は、仲の良い伯父と姪でしかなく、一言で現すなら【微笑ましい】光景だった。きっと誰もがつられて笑みを浮かべてしまうくらい、ほのぼのとしたもの。


 けれど世界中でただ一人だけ、この光景を微笑ましいと思えない人物がいた。それはーー


「ほぉ、愛している……ですか」


 心底不愉快だと言いたげにしかめっ面でそう吐き捨てたのは、木の陰から音も無く姿を現した末っ子のカルオットだった。

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