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This story continues from”失恋確定の救出劇”

 王城の庭園の木々の枝に一足早く新芽が芽吹く。しかしよく見ると、それは若葉ではなく春を告げる鳥ーーメジロであった。


 鎮座していた冬がその座を退き、コンティノア国に今年もまた春がやってきた。





「お母様、早く早く!」

「おかあさまーこっちですわぁー」


 王城の庭園の奥にある聖地ーー初代王妃の墓標の傍にあるオリーブの木の下で、小さな身体で大きく手を振ってくれる二人の愛らしい子供がいる。


「ええ、今行きますわ」


 その二人の母ティーナは、我が子たちに笑みを浮かべて歩く速度を早めた。


 春到来のささやかなお祝いとして今日の昼食は王城の食堂ではなく、庭園内でピクニックをすることに決めた。


 手に持っているバスケットの中身が踊るように小さく跳ねる。春独特の花の香りを孕んだ柔らかい風が、ティーナの背を押してくれる。


 ティーナが父と決別して、あっという間に10年が経った。


 王城はこの国の中枢だ。国中の出来事や噂話が即座に報告される。良いものも、悪い物も。


 しかし王城に住まいを移したティーナの元に、かつてのスキャンダルもそれにまつわる悪い噂も伝わってくることはなかった。


 王族の皆や家臣、そして使用人達が、もう二度と心を痛めることが無いようにと、ずっと守ってくれていたのだ。そしてほんの少しだけ甘え上手になったティーナは、その庇護を有難く受け取った。


 そうして穏やかな月日だけが過ぎていった。


 とはいえ、もちろん王城には数々の変化があった。夫カルオットの兄であるフレデリックの妻が嫡男を産んだと同時に、国王ローレンスはフレデリックに王位を譲った。


 長年、王の右腕としてこの国を支えてきたフレデリックは、若き王ではある。だがその手腕は期待を大きく上回り、コンティノア国はこの先も安寧の日々が続くであろう。


 そんな平穏な生活の中、ティーナはカルオットの子を身ごもった。そして無事に出産を終えて、今では二児の母である。


 息子ランドルと、娘のリシャーナ。二人とも愛する夫に良く似た利発で愛らしい子供達だ。


「ーーさぁ、二人とも、お昼を食べる手伝いをしてくれるかしら?」

「はい!」

「うん!」


 ランドルとリシャーナの前に立ったティーナは手に持っていたバスケットを二人に見せる。

 

 この中には、シェフが朝から丹精込めて作ってくれた昼食が入っている。子供達が喜ぶ果実のジュースとお茶が入った2種類のポットはメイドが用意してくれた。

 

「では、ランドル。バスケットの中にあるピクニックシートを取り出して敷いてちょうだい。上手に地面に敷けるかしら?リシャーナは……そうね、この果物が入った器を落とさないように持っていてちょうだい」

「はい!おまかせください、お母様!」

「うん!ぜったいに、おとしませんわ」


 ランドルはバスケットからシートを取り出すと、真剣な表情で地面に敷いていく。まだ8歳の彼には、少し難しいお手伝いかなと思ったけれど完璧にこなしてくれた。


 対してリシャーナも、果物が入った器を真剣な眼差しで抱えてはいるが、どちらかというと今すぐ食べたいという欲求と葛藤しているという表情の方が正しい。


 そんな二人の子供を見つめ、ティーナは目を細める。心から愛おしい、と。


 自分のお腹に愛する人の子がいるとわかった時、ティーナは絶対に母のようにはなるまいと固く誓った。


『カルオット、わたくしは絶対にこの子達を置いて死んだりなんかしないわ』


 医師が懇切丁寧に妊娠初期の注意事項を語っていたのに、ティーナはそれを無視して隣で心配そうな顔をするカルオットに力強く宣言した。


 それを聞いたカルオットは、すぐさまティーナを抱き寄せた。


『ああ、そうしてくれ』


 もう二度と奇跡を起こせない彼からしたら、この言葉ほど嬉しいものはなかったのだろう。


 感極まったカルオットは、ついうっかり医者の存在を忘れて妻に口付けをしようとしてしまった。寸前のところで、ティーナに止められたのは言うまでもない。


「お母様、できました!さぁ、お座りください。リシャーナも、おいで」


 カルオットから常に男は紳士であれと教育されているランドルは、いっぱしの紳士気取りでピクニックシートにティーナをエスコートした。続いて、リシャーナも。


「ふふっ。ありがとう、二人とも。では、お待ちかねのお昼ご飯をいただきましょう」

   

 大きなバスケットから、ハムや卵のサンドイッチと食べやすいようにカットされたチキンの香草焼きを取り出す。続いてチーズや魚のフライ、デザートのカップケーキと食器類もまとめてシートの上に置く。 


 大人1人と子供2人では広すぎるシートの隙間があっという間に埋まった。けれど、ここで参加者が一人増えた。


「お、丁度いいタイミングだったな」


 音もたてずに姿を現したのはランドルとリシャーナの父であり、ティーナの夫であるカルオットだった。


「お父様!」

「わー、おとうさまっ」


 きゃぁーと愛らしい声を上げて子供に飛びつかれたカルオットは、軽々と二人とも両腕に抱える。


「会議が早く終わったんだ。間に合ってよかった」

「終わらせたのではなくて?」

「そうとも言うな。ははっ」


 呆れ顔になるティーナに向けて軽やかな笑い声を立てたカルオットは、優雅な仕草でティーナの隣に座る。


 雪解け季節は雪崩被害が各地で起こる。そのためカルオットはここ最近、その対応に追われてとても多忙だった。今日だって一日会議が埋まっていたはずだ。


 ーーそれなのに抜け出してきて……大丈夫なのかしら?


 愛する人が傍に居てくれるだけで心がときめく。でも、その為に何かを犠牲にして欲しくない。


 そんな気持ちを込めてティーナはジッとカルオットを見つめる。すぐにアイスブルーの瞳が魅力的に輝いた。


「コンティノア国は、竜の祝福を受けた国。夫は妻を、妻は夫を……そして家族の絆を大切にしなければならないんだ。ということで、愛する家族との昼食を邪魔できる権利は誰にもないんだ」


 きっぱりと言い切るカルオットは溜息が出るほど男前であったけれど、初代王妃の墓標の前でそれを言うのは如何なものかと思う。それでも国を背負う王族か!?と叱られてしまいそうだ。


 なのにカルオットは、ティーナの不安を読み取りカラカラと笑うだけ。


「大丈夫さ。初代王妃はそんなことで怒ったりはしないさ。なにせ初代王妃はーー」


 突然始まったカルオットのおとぎ話に、子供は昼食そっちのけで目を輝かす。


 そんな夫と子供達にティーナは困り顔になりながら、飲み物を用意する。日差しはどこまでも穏やかで、木々の隙間から吹く風が心地よい。


 カルオットが語る建国神話に耳を傾けながら、ティーナは初代王妃の墓標に目を向ける。


 墓標を囲むのは国花であるアイリス。初夏に紫色の花を咲かす美しい花だ。しかし不思議なことに1輪だけ咲いている。


 ーーまるで初代王妃殿下が、この子たちに会いに来てくださったようですわ。


 この花は、かつて天界と人界の狭間にしか咲かない虹色の花だった。しかし、初代王妃がここで息絶えた時、虹色の花はこの地に留まることを選んだ。


 虹色の花びらを紫色に変え、名をアイリスとして。


 ランドルとリシャーナは、王城で生まれ育ったが直系ではないから、カルオットのように竜の魔法は使えない。


 けれどもティーナは、なぜだか二人の子供は、これから先の未来で竜の魔法と縁があるような予感がした。

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