表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

隣の席の陽キャJKが実は超有名なエロコスプレイヤーだって事を、この世界でただ一人、僕だけが知っている

作者: そらちあき

姫川(ひめかわ)さんだよね、こんなところで何してるの?」

「んえっ……!!!???」


 僕に後ろから声をかけられて、彼女はびくっと肩を震わせる。


 さっきまでとは明らかに違う様子で振り向いた彼女は、マスクをしていてもやっぱり見間違いようがない程に美しかった。


 彼女の名前は姫川セラ。


 透き通るような白い肌、ぱっちり二重の大きな碧い瞳、そして整った目鼻立ち、マスクの下の頬はほんのり赤く染まっている。彼女の片親がイギリス人という事もあって、日本人離れしたその容姿は絶世の美少女といった感じだ。親譲りのブロンドの髪がキラキラと煌めいていて、まるで天使か女神でも見ている気分になる。


 制服姿じゃない彼女を見るのは初めてだが、それでも目の前にいる女の子が姫川さんだってことはすぐに分かった。姫川さんのほうも僕の事をちゃんと認識したようで驚いた表情のまま固まっている。


 クラスでは隣の席だけどあまり話した事はないし、特に親しい関係というわけではない。けれど、挨拶したらいつも返してくれるくらいには知り合いだったはずだし、無言のまま固まってしまうなんてどうしたんだろうと、僕は思わず苦笑いを浮かべながら質問を繰り返した。


「ねえ姫川さん、何してるの?」

「……っ、あ、あんた……武森(たけもり)? ど、どうしてここに……?」


「妹に買い物頼まれちゃってさ。初めて来たんだけど、凄い所だねここ。人が大勢いて」

「は……初めて? ていうか何で、マスクだってしてるのに……わたしって分かったの?」


「え。確かにマスクしてるし服装も学校とは全然違うけどさ、席だって隣だもん。すれ違ったらすぐに分かったけど? それにしても姫川さんってばすごい格好してるね。なんかバニーガール? 青い服に網タイツ履いてるみたいだけど。うさ耳のカチューシャすごく似合ってるね、可愛い」

「っ……! み、見るなぁ!!」

「うわっ!」


 彼女は突然、顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。いきなりだったのでびっくりしたが、よく考えれば別に僕に見られること自体は問題ないはずなので怒られる理由がよく分からない。確かに肌の露出度が凄くて少し目のやり場に困ってしまうけど。


 姫川さんは胸元を隠して背中を向ける。でも似たような格好をしている人はこの場所にたくさんいるし、姫川さんだってこの衣装で人前に出ることに抵抗があるわけでもないはず。それなのに彼女はマスクの下で顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。


 その様子を不思議に思って僕は首を傾げていた。まあ確かにクラスの女子がこんな格好してたら、みんなびっくりしてしまうだろうけど――この『コミケ』というイベントでは、姫川さんの格好も別に珍しいものではないようなのだ。


 妹に頼まれて初めてやってきた『コミケ』というイベント。お祭りみたいな雰囲気でアニメやゲームのキャラクターに扮した人がたくさんいる。姫川さんみたいな露出度の高い服装の人だって大勢いるからそこまで恥ずかしがることは無いと思うんだけど。


 そんなことを考えていると姫川さんは背中を向けたまま震えた声で呟く。


「た、武森……こ、この事は黙っていてよね……。わたしがコスプレしてるなんて知られたら、学校中の噂になって大変なことになるんだから……」

「そっか、うん。わかったよ。誰にも言わないようにする」


「ほ、本当だからね……!? 絶対だよ……!!?」

「うんうん、口は堅い方だし大丈夫だって。じゃあ僕は帰るから。それじゃあまた学校でね」


 そう言って僕は手を振った。そんな僕を見ながら姫川さんは何か言いたそうな表情をしていたけれど、僕はそのまま踵を返し足早に立ち去る。


 体調不良で家から出れない妹に頼まれていた『ドウジンシ』っていう漫画本も買えたし、後は早く帰ってあげるだけだ。


「それにしても『コミケ』って凄いなあ。人も大勢だし、仮装している人だっていっぱいいたもんなあ。それにしても姫川さん可愛かったなあ」


 東京ビッグサイトの国際展示場を眺めながら僕はそう呟いた。コミケ――アニメや漫画の祭典だと妹から聞いていたが、訪れた人達の熱気は凄まじいものだった。人の波に押し潰されそうになってびっくりした。


 高校二年の夏休み、初めて訪れたこの場所で色んな経験が出来たなと今日の事を思い出す。


 でも――この時の僕は知る由もなかった。

 どうしてあの時、姫川さんが僕に向かって怒鳴ったのか。


 この『コミケ』というイベントが一体何なのか、そして姫川さんが何の目的であんなえっちな服装をしていたのか、その事を僕は全然知らなかったのだ。


 そして夏休みが明けた後、僕の運命は大きく変わる。


 それがまさかあんな事になるなんて――今の僕は思いもしないまま、夏の香りを感じながら帰路についたのであった。



 夏休みが明けた直後だった。

 一学期と変わらず僕は学校へと向かい、窓際の一番後ろにある自分の席につく。


 その隣の席には夏休みにも会った姫川さんの姿があって、彼女の周りをたくさんのクラスメイトが囲っていた。


 姫川さんは相変わらず人気者だ。テストの成績は常に上位で運動神経も抜群、ギャルっぽい見た目もとても似合っていて学校一の美少女との呼び声も高い。そんな姫川さんの周りには常にたくさんの人達が集っている。姫川さんはいつも笑顔で明るくて、誰に対しても優しくて、性別の壁を越えて多くの人達から慕われて愛されていた。


 クラスの隅で小さくなっている僕とは住んでいる世界が違う。いわゆる陽キャと陰キャ、僕と姫川さんの席は隣でも会話を交わす機会なんて殆ど無い。


 しかし今日の姫川さんは一学期の時とは少し様子が違った。たくさんの生徒達に囲まれているにも関わらず、隣にいる僕の事をちらちらと横目で見てくるのだ。けれど僕は姫川さんに特に用事があるわけではないので、彼女の視線を気にする事なく読書を続けている。


 ――そして放課後になり、僕が帰宅の準備を始めている頃、姫川さんは意を決したように隣の席から立ち上がった。


「あ、あのさ、武森。ちょっと話があるんだけど、いいかな……?」

「え? 話? 別に構わないけど、何の話?」


「ここではちょっと話しにくい事なんだ。だから場所を変えたいんだけど……ダメ?」

「話しにくい事? まあ別に良いけど」

「ありがとう……じゃあ屋上で待ってるから」


 姫川さんはそう言うとすぐに教室から出て行ってしまった。


「どうしたんだろう、姫川さん。朝からなんか様子がおかしかったけど」


 突然の出来事に僕は首を傾げながら鞄を肩にかける。


 姫川さんが何を考えているか分からないけど、とりあえず言われた通りに屋上へ向かう事にしよう。


 ※


 校舎の屋上は夏の日差しが強くて、少し歩いただけでも汗ばむような暑さになっていた。


 扉を開けると強い風が吹き込んできて一瞬だけ涼しい気分になる。

 

 屋上の奥の方には手すりに寄りかかりながら外の風景を眺める姫川さんの姿があった。


 その姿はまるで一枚の絵のように綺麗で思わず見惚れてしまう。

 

 そして姫川さんは僕が屋上に来た事に気が付いたようで、こちらを振り向くと真剣な眼差しで僕の方を見つめていた。


 やっぱり姫川さんは可愛いなあと思いつつ彼女の元へと歩いていく。


 そして姫川さんの前に立つと、彼女は大きく深呼吸をしながら口を開いた。


「あの、まず初めにね。夏休みに武森とコミケで会ったでしょ、あの事をちゃんと黙っていてくれた事……お礼言いたくて。約束を守ってくれてありがとね」

「あーその事か。大丈夫だよ、言ったでしょ。僕は口が固いって」


 友達が居ないから話す相手もいないし、口が固い事もあって妹にすらこの事は言っていない。だから秘密は守られているし、姫川さんには安心して欲しかった。


 そんな気持ちを込めて僕は言葉を続ける。


「あの後さ、調べてみたんだ。姫川さんが着ていた服、ブルアカっていうスマホのゲームに出てくるアスナってキャラクターのイベント衣装だったんだね。すっごく似合ってたよ、あのゲームのバニーガール衣装。キャラそのままみたいで本当に凄かった」


 彼女を褒めてあげようと思っての事だったのだが、何故か姫川さんはぷるぷると震えながら顔を真っ赤にして俯いてしまった。そして言葉を続けようとする僕の口を手で塞ぐと大慌てで首を横に振る。


「ま、待って……! それ以上は言わないで……誰かに聞かれたりしたらやばいから……」


 姫川さんは慌てた様子で屋上の下に広がるグラウンドの方を見つめる。野球部が大声で練習している声がここまで聞こえてくるくらいで、他の誰かに今の会話を聞かれた様子なんてない。


 その様子にほっと胸を撫で下ろしながら、姫川さんは僕の口から手を離していた。


「え、えと……武森。あのね、夏休みのあの時にも言ったけどね、わたしがコスプレイヤーだって、その事はこれからも内緒にしていて欲しいの……」

「これからも内緒、っていうのは分かったけど。どうして? すっごく似合ってたよ、あの時のコスプレ。あれとか文化祭に着たらクラスのみんなも喜ぶだろうし、むしろ姫川さんの人気だってもっと上がると思うけど」

「そ、それはダメ……! 絶対にダメなの……!」


 僕の言葉を聞いて姫川さんは大きく首を振る。


 どうしてそこまで嫌がるのかよく分からず、僕が不思議そうな表情を浮かべていると姫川さんは恥ずかしそうに下を向いてしまった。


「えと……じゃあ武森にはもうバレちゃったから、全部教えるけど……実はわたしさ、その……それなりに有名なコスプレイヤーで、えっと……えっちな服をメインにしてるって言えば分かるかな。それでSNSとかでフォロワーもたくさんいるし……過激なことばっかりしてるから、それがクラスメイトのみんなにバレたらやばいっていうか……とにかく、そういう事情があってみんなには黙っていて欲しくて……」


 姫川さんは早口になりながらも、なんとか言葉を紡いでいく。しかしその内容は僕にとっては衝撃的な内容だった。


 姫川さんが有名なコスプレイヤーでえっちな服を? しかも過激な事ばかりしている? 本人の口から並べられた事実なのだけど、正直あまり信じられなかった。


 姫川さんはとても可愛らしい女の子だし学校でも人気者だ。それに成績優秀で運動神経も良い。明るい性格でいつも笑顔を振りまいている。


 だからそんな彼女がえっちなコスプレをして活動しているだなんて普段の姿からは想像も出来ない。けれど実際に夏休みのイベントで姫川さんのそんな姿を見ているわけだし、彼女が話す内容は全部本当の事なんだろうと僕は納得する事にした。


「うん、分かった。誰にも言わないよ。約束するよ」


 僕が笑顔で答えると姫川さんはほっとしたような笑みを浮かべる。


 そして小さく息を吐くと、嬉しそうにはにかんでいた。


 姫川さんって笑うとこんな感じなんだなあと思いながら、彼女の可愛らしさに見惚れてしまう。


「武森の事は信用してる……だって、夏休みの事も黙ってくれてたから。それでね、もう一つお願いがあるんだけど……」

「ん、何?」


 僕は首を傾げながら姫川さんに問いかける。


 すると姫川さんは少しだけ視線を泳がせながら、上目遣いで僕を見ていた。


 そして恥ずかしそうにしながらも小さな声で呟いたのだ。


「その……わたしね、写真撮るのはいつも一人で、誰かに協力してもらえたらもっと綺麗な写真が撮れるって今まで思ってて。他のレイヤーさん達はプロのカメラマンさんとかと仲良くなって撮影会を開いてるみたいだけど……わたしは高校生っていうのもあるし、実はそういうの苦手で。だからね、その……良かったら武森がわたしのカメラマンになって、写真を撮ってくれない……かな。今まで誰にも言ってなくて内緒にしてて、その……この事を知ってて信用出来る武森にしか頼めないんだ」


 姫川さんは真剣な眼差しで僕の瞳を見つめる。


 その様子はどこか切羽詰まっているようにも見え、必死に何かを訴えかけているように見えた。


 そんな姫川さんの姿に僕は思わず見入ってしまう。そして学校のアイドル的な存在である姫川さんが、普段なら接点の作りようがない僕のような日陰者を頼ってくれている事が凄く嬉しかった。


「うん、いいよ。僕なんかで良ければいつでも協力させて貰うよ」

「ほ、本当!? ありがとう、武森!」


 僕が快く引き受けると姫川さんは目を輝かせて喜ぶ。彼女は僕の手を握りしめて、それはもう嬉しそうにしていた。


 姫川さんの手の柔らかさと温かさにどきりとしながら僕も自然と笑みを浮かべる。


 ――こうして僕と姫川さんの二人だけの秘密の関係が始まったのだった。



「はあああ……Saraちゃん可愛すぎだよおお……」


 家に帰るとリビングのソファーで寝転ぶ妹がスマホを片手に悶えていた。

 

 妹の彩香は中学二年生。今年で十四歳になるのだが、今彼女の中で猛烈な『推し』がいるらしい。それが今さっき言っていた『Sara』という女性の事だ。


 なんでもその人はSNS上にアニメやゲームのキャラクターに扮したコスプレ姿を投稿している超有名コスプレイヤーで、妹の話では去年の夏頃に突如として現れ、その日本人離れしたスタイルの良さとコスチュームの完成度の高さとそのえっちな姿から、デビューした直後から注目を集め続けている人物なのだそうだ。


 彩香はSaraのデビュー当時からの大ファンらしく、今日も帰ってきてからずっとSaraがアップしたコスプレ写真の数々を眺めている。


 一体Saraという女性の何が妹を惹き付けるのかと、スマホを覗き込もうとすると彩香は素早く画面を隠してしまった。


 そしてジトッとした目で僕を見つめてくる。


「もうっ! あたしのスマホを盗み見しないでよ、お兄ちゃん!」

「ごめんごめん。でも気になっちゃって」


「いまさら~? あたしがSaraちゃんの事を見つけた時、お兄ちゃんに布教しようって思ったのにぜーんぶ無視して、ぜーんぜんあたしの言う事これっぽっちも聞いてなかったじゃんかぁ」


「あの時は本当に興味がなかったからさ。でもなんか急に興味がわいて」

「ふうん。まあ心を入れ替えたっていうなら許すけどぉ……」


 そう言いながら持っていたスマホの画面を僕に向けてくる。


 そこに映っていたのは金髪碧眼の美少女で、とあるゲームに出てくるキャラクターの衣装を身にまとっている。そして、そのコスチュームは凄く露出度の高いものだった。


 胸元は大きく開けられ、たわわに実った大きな胸とその谷間が露わになっている。スカートも短くてパンツまで見えてしまいそうだ。ニーソックスに包まれた柔らかでむっちりとした太ももが眩しいし、腰回りにはピンク色のレース生地のリボンが巻かれており、コスプレというよりもランジェリー姿に近い印象を受けた。


 マスクをしていて鼻や口元は見えないが、ぱっちりとした二重瞼の大きな瞳には愛らしさが溢れている。


 ――そして画面に映るその少女の事を、僕は良く知っていた。


「あ……セラさん」

「むっ、セラじゃなくてサラ! Saraちゃんだよおおお間違えないで!!!」


 鋭く睨みつける彩香を前にして、僕は苦笑いしながら妹をなだめた。


「ご、ごめんごめん。つい呼び方間違えちゃった」

「全くもう。お兄ちゃんはリスペクトが足りないんだから。ほら見てよ、こんなに可愛くてさ……ふああ、Saraちゃんてぇてぇなあ……」


 彩香はまたもやスマホに視線を落とし、画面に映るSaraのコスプレ姿を眺めながらうっとりとしている。そして早口でエロコスプレイヤーSaraの魅力を語り始めた。


「超魅力的だよねえSaraちゃん。えっちな服でさ、おっぱいとかめちゃ大きくてさ、自分の良さを存分に引き出してるよね。あと顔立ちが日本人離れしてて、ハーフっぽい感じが凄くいいの。それでいて童顔なのに大人の魅力があって、ギャップ萌えって感じ。まあそもそもマスクをしてて顔の半分は見えないから途中からは想像なんだけどね。でもでも、それがむしろミステリアスな感じがして良いよねえ」


「すごい詳しいね……彩香」


「ずっと追いかけ続けてるんだもん、当然だよ! あとさ、Saraちゃんの写真って超えっちなんだけど、大切な所――いわばSaraちゃんの聖域は絶対に見えないのがまた最高なんだよ! 見えちゃったらエロいだけだけど、ぎりぎり見えてないから神秘的っていうか、侵す事は許されない神聖な感じがあってまさに芸術なんだよね……ただ、もっと引きの写真があれば最高なんだよお、いつも自撮りな感じだからそれだけが惜しくて。撮り方変えたらもっと人気爆発すると思うのになあ」


「それもSaraさんの写真?」

「もちろん! だってSaraちゃんがSNSに上げてる写真は全部保存してるもん!」

「へぇ……本当に凄いコスチュームばっかりだね……」


 彩香が持っているスマホに映し出されているのはどれもこれも際どい衣装ばかりで、まるで下着同然のようなものもある。


 確かに彩香が夢中になるのも分かる気がした。妹は小さい頃からかっこいい男の子より可愛い女の子に憧れていたのだ。それは中学生になってスマホを持つようになってから更に加速し、今では男性よりも女性アイドルに夢中になっている。そして最終的に行き着いたのがエロコスプレイヤーSaraだった、という事だ。


 僕はスマホの画面から目をそらして立ち上がる。そろそろ夕食の支度を始めないといけない時間だ。


「彩香、スマホで遊ぶのも良いけどちゃんと宿題も忘れずにね」

「お兄ちゃんはお母さんみたいにうるさいんだからあ。分かってますよ―だ、あたしだってそんなバカじゃないもんっ」


 彩香はそう言ってソファーから起き上がり、キッチンへと歩いていく僕に向かって舌を出した。


 僕と彩香は二人暮らしをしている。お父さんもお母さんも仕事で忙しくて今は海外に出張中。だから兄である僕が自堕落な妹に色々と言って聞かせようとしているのだが、聞く耳を持ってもらった事は今まで一度もない。


 今日も変わらない妹の様子に小さくため息をつきながら冷蔵庫の中の食材へと手を伸ばす。そしてさっきの妹とのやり取りを思い出していた。


 エロコスプレイヤーSara。

 ――彼女の正体は、僕の隣の席に座る姫川セラ。


 彩香の推しである超有名なエロコスプレイヤーが姫川さんだったなんて思ってもいなくて、正直言ってさっきは驚いていた。そして僕が姫川さんから写真を撮って欲しいと頼まれているだなんて、彩香にはとても言えない。


 だって彩香は姫川さんの大ファンなんだから、もしそれが知られたら大変な事になってしまうのは目に見えている。僕は頭の中でどうやって隠し通したら良いのかと考えを巡らせつつ、夕食の準備を進めるのだった。



 学校での一週間が終わり、休みがやってきた今日――。


 僕は姫川さんから呼び出しを受けていた。


 昨日の夜に行われたスマホでのやり取りを僕は確認し直す。


『土曜日。新作のコスチュームをお披露目したいから、武森に写真を撮ってもらいたいの』

『え。何処で?』


『わたしの家。一人暮らしだから遠慮とかしなくて良いから』

『えっと……それってつまり、僕が姫川さんの家に行くって事?』


『そういう事。集合場所は後で説明するから』

『え、あの、本当に良いの?』


『平気。それに武森にもわたしのコスプレ姿に慣れて欲しいから。こういうのは早め早めが良いかなって』

『分かった。それじゃあ、明日おじゃまするから』

『うん、よろしくね』


 そんなやり取りを何度も読み返してみるけれど、やっぱり現実味がない。


 姫川さんの家に行って写真撮影をするだなんて想像すら出来ない。しかもその時に着る服装が、彩香から見せてもらった露出度の高いコスチュームと似たようなものだったりするのだ。


 大丈夫かなぁ、と不安に思いながらも待ち合わせ場所の公園に向かう。するとそこには既に姫川さんの姿が見えた。


 彼女は黒いキャップを被っており顔には分厚いマスクを付けて、長いブロンドの髪を後ろで縛っている。そして紺色のシャツにデニムパンツといった格好をしていた。その格好はまるで芸能人がお忍びで外に出るような姿で普段の明るい笑顔を振りまく彼女とは全く違う雰囲気だ。あれも何かのコスプレ衣装なのだろうか?


 姫川さんも僕の存在に気付いたのかこちらを向いて軽く手を振った。そして僕の方に歩み寄ってくる。


「やっほ、武森。急に呼んじゃってごめんね」

「ううん、僕は全然大丈夫だよ。ていうか、その格好はどうしたの? それも何かのコスプレ?」


「ち、違うよ! ほら、わたしと武森の関係って秘密でしょ? もし学校の外で会ってるのを見られたら、色々とバレちゃうかもしれないから」

「あ~なるほど。姫川さんだってバレないようにしてるんだね」


「そっ、だからこの格好なの。でも本当はもっと可愛い服とか着たかったんだけどさ、まあ家に帰るまでお預けかな」

「あのさ、気になってたんだけど。その写真撮影する時ってどんな格好するの?」


「今日着るのはソシャゲで人気のキャラが着てる衣装だよ」

「やっぱり、えっちな服なの……?」


「えっちな服だよ! めっちゃえっちで可愛いやつなの、絶対に着てみたいって思ったんだよね。もうね、胸を隠すのなんて上から布を被せるだけだし、それとすっごいミニなチャイナドレスっぽい感じがして、横から見るとほとんど何も履いてないみたいで――」

「そ、そうなんだ……」


 興奮気味に語る姫川さんに僕は苦笑いを浮かべる事としか出来なかった。だって学校では常に明るくて誰からも慕われるような陽キャな姫川さんに、こんなオタクっぽい一面があるなんて全く想像出来なかったからだ。


 だけどそのギャップが逆に可愛く感じてしまうのだ。姫川さんがエロコスプレイヤーだという秘密を知っているのはこの世界で僕だけ。仲の良い友達ですら知らない秘密なのだ、そう考えると何だか胸の中に優越感のようなものが湧き上がってくる。


 そして同時に心の中で、彩香に黙っていて本当に良かったと思った。ついこの前まで全く興味のなかった兄がデビュー当時からの大ファンである妹を差し置いて、エロコスプレイヤーSara――姫川さんのコスプレ姿を写真ではなく生で見てしまっただなんて知ったら、嫉妬で怒り狂って僕と一生口をきかないなんて事もあり得る話だったからだ。


 そんな事を考えていると姫川さんは僕の手を引いて歩き出す。


「じゃあ、行こっか。ここにいると人目についちゃうし」

「そうだね。あ、タクシー使うならお金払うけど」

「だいじょぶ。わたしの住んでるとこってすぐそこだから。ほらあそこ」


 そう言って姫川さんは高層マンションに指を差した。


 そこは僕の住んでいるアパートとは比べ物にならないぐらい高級な場所で思わず言葉を失ってしまう。けれど姫川さんは気にせずに僕の手を引いたままそのマンションへと向かっていった。


 果たして今日の写真撮影はどうなってしまうのか、少し心配になりながら僕は姫川さんの後に付いて行くのであった。



 マンションの一室の前で姫川さんは立ち止まる。

 姫川さんの部屋のドアには鍵穴がなく、代わりに指紋認証装置が設置されていた。


 彼女が自分の親指を押し当てる。すると機械音が鳴り響き、扉がゆっくりと開いた。


「ささ、上がってー」

「お、おじゃまします……」


 玄関には女の子らしい小物が並べられており、とても綺麗に掃除されていた。


 こうして異性の家の中に入るのは初めてで緊張で足が震えてくる。そんな僕の事を見ながら姫川さんはくすっと笑った。


「そんなに硬くならないで良いからさ。一人暮らしだからわたししか居ないし安心してよ」

「そ、そっか。それじゃあ遠慮なく……」


 姫川さんは僕を部屋の中へ案内する。


 その部屋もやはり僕の家とは全く違い、まるでモデルルームのように整頓された清潔感のある空間が広がっていた。しかし床には美少女フィギュアやタペストリーなどが無造作に置かれているので、そのアンバランスさがまた不思議な魅力を生み出している。


「ご、ごめんね。本当は掃除しないといけないの分かってるんだけど……衣装作るのが忙しくてなかなか手が回らなくて」

「へえ凄いね。自分でコスプレに使う服まで作ってるんだ」


「うん。やっぱりこういうのって徹底的にこだわりたくて。床に転がってるフィギュアとか、あれを参考にしてるんだよ?」

「え、そうなの……?」

 

 僕はもう一度、床に置かれた美少女フィギュアをまじまじと見る。どのフィギュアも際どい服装をしていた、短いスカートに胸元は大きく開いていて谷間が見えるようなデザインだったり、中には大切な部分だけを隠したほぼ全裸のような格好をしているものもある。


 そしてエロコスプレイヤーSaraが撮ったコスプレ写真と同じ服装をしたフィギュアもあって、姫川さんの言っている事は全部本当なんだと思い知らされる。


「えっと……それで、姫川さんが今日着るっていう服装はどのフィギュアと同じなの?」

「まだその服装のフィギュアは発売されてなくてさ。来月発売だったかな……でも待ち遠しくて我慢出来なくて、ゲーム画面をスクショしてスマホの画面を見ながら作ったの」


「そ、そこまで好きなんだね」

「えへへ。もう本当に可愛くてえっちなの。それでめちゃくちゃ時間かけて丁寧に作ったんだから。武森も期待してて、それと絶対に良い写真撮ってよね」

「う、うん……出来る限り頑張るよ」


 自信満々な様子で語る彼女に圧倒されつつ、僕は小さく返事をした。


 それから姫川さんは着替えをする為にクローゼットを開ける。そしてハンガーラックにかけられていた衣装を手に取った。


 それは僕が今までの人生で一度も見た事のないえっちな服だった。黒い生地に白いレースをあしらった透け透けなデザインのキャミソールとガーターベルトにストッキング。そしてブラジャーは大切な部分がぎりぎり隠れる程度の超マイクロビキニで、ショーツに至ってはもはや紐にしか見えない代物だ。まさかあれを着るのかとドキドキしながら見ていると、彼女はその服をまた元の場所に戻していた。


「あは、今の着るかと思ってびっくりした?」

「び、びっくりしたよ……今のほとんど裸になりそうな服だし……」


「ふふ、残念ながら今日はこれじゃないんだ。武森が上手に写真を撮れるようになったらお願いしよっかな。ほら、今のってぎりぎり過ぎて危ないでしょ? 何枚も写真撮ったのに大切な所が見えててボツになったら勿体無いし」

「確かに……僕の写真撮影の技術が試されるってわけだもんね」

「そそ。まだ初めてだしこれからーって事で。それで今日着る衣装はこっち!」


 そう言って姫川さんは別の衣装を取り出す。


 それは公園で彼女が言っていたように、一見するとチャイナドレスのようにも見えた。けれど胸を隠す布がない、下半身だって超ミニで股の間は上手く隠せているものの、そのまま着たらパンツが見えてしまうだろうというギリギリのラインだった。


「どう? 可愛いでしょ? アズレンのシリアスってキャラが着てる春節仕様の特別な衣装なんだ」

「か、可愛いけど、めちゃくちゃ露出度高いっていうか……胸を隠すのはどうするの?」

「あ、だいじょぶだよ。おっぱいを隠すのには別のパーツがあるの、それがこれね」


 そう言って姫川さんはクローゼットの中から細長い布を二枚取り出していた。それを胸に被せて上手に大切な部分を隠すそうで、胸元に金具で取り付けてそのまま布を垂れ下げる仕組みになっている。しかしこんな薄い布で隠すだけじゃ心もとないのは当然に思えて、僕は慌てながら姫川さんに問いかけた。


「あ、あのさ、その布の下ってもちろんブラジャーとかするんだよね……?」

「え、しないよ。この布をおっぱいにそのまま被せるだけだよ」


「えぇ!? そんなの危なくないの?」

「だいじょぶ。激しく動かなきゃズレないし、布の先端に重りになる飾りが付いてるの。これがあるからちょっとくらいなら動いても平気なの」


「じゃあ二プレスとかを付けて隠すって感じ……?」

「外で着るならそうするかな、万が一もあるし。でもねゲームのキャラクターは下にニプレスとか絶対に付けてないと思うの。やっぱりコスプレするならさ、そのキャラクターの事をリスペクトしたいから、こういうのは出来るだけ再現したいんだ。それに室内の撮影だし写真はちゃんと隅々までチェックしてからアップするから、安心してね」


「そ、そういう問題なのかなぁ……」

「そういう問題! わたしなりのこだわりなの。それじゃあ着替えてくるから武森はここで待っててね!」


 そう言い残して姫川さんは隣の部屋に入っていく。僕はそんな彼女の後ろ姿を眺めながら、えっちな衣装に身を包む姫川さんの魅力を引き出す写真を撮れるのか、不安を覚えずにはいられなかった。



「着替えてきたよ、武森」

 

 姫川さんの声が聞こえて僕は恐る恐る振り返っていた。衣装だけでもえっちだったのに、それをあのスタイルが良くて可愛い姫川さんが着ている姿なんて、想像しただけで心臓がばくばくと高鳴ってしまう。それでも姫川さんとの約束を守る為に僕は意を決して振り向いていた。


「あ……」


 思わず声が漏れる。


 僕の目の前に立っていたのは、えっちな服を着こなす天使のような美少女だった。


 チャイナドレス風のえっちな衣装を身に纏った姫川さん。


 たわわに実った大きな胸を隠すように細長い布が被っているだけで胸の谷間は丸見えだし、布からこぼれた柔らかそうな横乳も下乳もそのまま見えて、少しでも横にずらすと姫川さんの大切な部分が露わになってしまいそうだった。


 下半身の方は腰から太腿にかけて縦に紺色の布が伸びているけれど、そこから伸びる健康的な色をしたむちむちの太ももが眩しいくらいに露出している。透明感のある白のニーハイソックスに包まれた足はすらりと長くて綺麗で、太ももに食い込んだガーターベルトが肉感たっぷりてセクシーさを際立たせていた。


 チャイナドレスっぽい衣装のスリットからは赤い下着がちらっと見えていて、可愛らしいまん丸の大きなお尻にはぴっちりと布が張り付いて、その形をくっきりと浮かび上がらせる。


 その服は姫川さんのえっちな魅力を存分に引き出していた。


 そして白銀色の細い髪が伸びたウィッグを被っていて、姫川さんが本当にゲームのキャラクターに変身してしまったんじゃないかなんて錯覚を覚えてしまう。


「どうかな?」


 少し恥ずかしそうにはにかんでみせる姫川さん。


 その表情もまた僕には刺激的で、姫川さんが男性にとって魅力的な少女である事実を改めて認識してしまう。


「こ、これがコスプレ……なんだ」

「そそ。こうやってゲームの世界のキャラクターにだってなれちゃうんだよ」

「姫川さん、すっごく似合ってるよ……すっごい可愛い」


 姫川さんの可愛いさを上手く言葉に出来ず、僕は自分の語彙力の足りなさを悔いていた。そしてそのまま見惚れていると、彼女は頬を赤くしてさっきよりもずっと恥ずかしそうに顔を俯かせる。


「ちょ……っ。なんかコミケ会場でいろんな人に見られてた時より恥ずかしい……かも」

「そうなの? たくさんの人に見られる方が普通は恥ずかしいんじゃない?」


「そのはずなんだけど……おかしいな、やばいっ。なんでこんなにドキドキするんだろ……?」

「それはほら、僕が同級生で、会場だと周りは知らない人ばかりだから、とか」


「あ……そうなのかな……。こうやって知ってる人にまじまじと見られるのって初めてだから、それでなのかな……」

「うんうん。リラックスしてよ、きっと慣れたらへっちゃらさ。ほら、笑顔笑顔」

「あぅ……」


 そう言って姫川さんは困ったような顔のまま笑ってくれる。だけどすぐにまたもじもじと恥ずかしながら下を向いてしまった。


 そんな仕草の一つ一つが可愛らしくて、僕は姫川さんから写真撮影を手伝うように頼まれて本当に良かったと思った。

 

「わたしのコスプレ衣装に武森が慣れてもらう為、って思ったけど。その前にわたしが武森から見られるのに慣れないとダメみたい」

「あはは。そうだね、これから写真撮影もあるし緊張して硬いままだとポーズも取れないかもだし」


「うん、じゃあ……深呼吸して……すう、はあ……よしっ。武森、撮影室に行くからついて来て。カメラはもうスタンバイしてるから」

「わかったよ。それじゃあよろしくね、姫川さん」

「こちらこそ、よろしくね。武森」


 こうして僕は姫川さんがエロコスプレイヤーSaraとして、普段から写真撮影に使っている特別な部屋を訪れる。


 こんなに可愛い姫川さんの魅力を存分に引き出せるよう頑張ろうと、えっちなコスプレ姿をした彼女の背中を追った。



 撮影室はとても幻想的な空間だった。部屋の真ん中には古風な大きなベッドが置かれていて、周りを取り囲むように様々な種類のぬいぐるみが置かれている。天井からは無数の小さなスポットライトがぶら下がっていて、古びた家具やらたくさんの小道具が並び、まるでファンタジーの世界に迷い込んでしまったような気分になってしまう。


 そんな素敵な空間の中央に、姫川さんは立っていた。


 チャイナドレス風のえっちな衣装を身に纏い、両手を腰に当てた姿勢で立っている。その姿はどこか自信満々といった感じだ。


「撮影室は二つあってね、こっちは色々と小道具を並べて幻想的な空間に仕上げてるんだ。隣の部屋は真っ白な壁紙に撮影用の背景スタンドが置いてあって、後は照明器具だけ取り付けてあるシンプルな作りにしてるの。でもね、わたしはどっちかというとこういうのが好き。こっちの方がわたしの好きな雰囲気が出せる気がするんだよね」

「へえすごいなあ……本格的だよね。衣装もそうだけど撮影する場所もこんなにこだわってるなんて」


「わたしの親がすごいお金持ちでさ、わたしのコスプレ趣味の為に色々と良くしてくれてるんだ」

「えっちなコスプレ写真を撮ってるのに許してくれるんだ。趣味に理解のある親って良いね」


「あはは……流石にそれは内緒だけど。お父さんやお母さんには露出少なめなコスプレ写真しか見せないから、バレちゃったら活動も続けられなくなるし……今の一人暮らしも出来なくなっちゃう。コスプレに使うもの全部没収されちゃいそうで」

「だよねえ。そういう事もあって色んな人に秘密にしてるんだね、姫川さん」


「うん。親もそうだけどクラスメイトのみんなにも内緒、友達にだって絶対に言えないもん。特に男子には絶対無理。でも武森には言っちゃったけど、コミケ会場でバレちゃったもんね」

「たまたまだけどね。ちょうど横を通り過ぎた時に、姫川さんだってすぐに気付いて」


「あれ本当にびっくりしたんだから。マスクもしてたし普段とは格好も全然違うから、知ってる人が見ても絶対に気付かれないと思ったのに……」

「姫川さんって可愛いから。一目見て分かったんだ」


「あうっ……。もう、武森ってば今日は褒めてばっかり! 学校じゃ全然見向きもしないのに!」

「学校じゃ話す機会もないから。姫川さんって友達も多いから、いつも忙しそうに見えて。僕なんかが話し掛けるタイミングもなかったしさ」


「僕なんかって……全然そんな事ないのに。もっと話しかけてよかったんだよ? いつ話しかけられても良いように……普段からその、準備してたんだから」

「え、僕とお話したかったの? どうして?」


「そ、それは……えっと。も、もうっ! この話は終わり! 上手に写真撮ってね、武森!」

「うん、姫川さんを可愛く撮れるように精一杯頑張るからね」


 何だか上手に誤魔化されてしまったような気もするけど、姫川さんとの話を終えた僕は彼女を撮影する為に動き出す。


 用意されていた立派なカメラに手を伸ばして、その使い方を姫川さんから教えてもらう。スマホでしか写真を撮った事はなかったけど、姫川さんの教え方が上手ですぐに使い方を覚える事が出来た。


「それじゃあわたしがポーズを撮るから、武森はカメラを構えてシャッターボタンを押して。ピントとかはカメラが自動でしてくれるからね。じゃあいくよー」


 そう言った直後、姫川さんの表情が変わった。先程までの姫川さんらしいあどけない表情から、妖艶な雰囲気を漂わせる大人っぽい女性の表情へと変わる。まるで本当にゲームのキャラクターになってしまったかのような、姫川さんが別人になってしまったかと思う程の変わり様だった。


 その変化に思わず目を奪われていると、姫川さんはベッドに座りながらポーズを取った。両手を広げて胸元を強調し、太股を大きく広げて挑発的な視線を向けてくる。チャイナドレスのスリットが大きく割れて、そこから赤い下着がちらりと見えた。


 姫川さんの取ったポーズはあまりにも扇情的で、その刺激に僕の鼓動が高鳴っていく。けれどこのまま見惚れているわけにはいかない、僕はカメラを構えてシャッターボタンに指を伸ばした。


 ――カシャリ、と音がしてカメラのレンズに姫川さんの姿を収める。


 初めて自分で撮った姫川さんの写真は、今まで見たどんな写真よりも魅力的だった。


 姫川さんのえっちな姿を撮っていると、まるで現実ではないような感覚に陥ってしまう。夢でも見ているような気分になって、僕は角度を変えたり場所を変えたりしながら何度もシャッターボタンを押し続けた。


「そうそう。色んな感じで撮ってみて。後で確かめて一番良いのをSNSにアップするつもりだから」

「うん、わかった。もっと撮ってみるね」


 それからしばらくの間、僕は姫川さんの姿を撮り続ける。シャッターの音が響く度に、艶やかな表情と淫らなポーズで姫川さんは応えてくれる。


 こんなに可愛い女の子が、学校のアイドルとして慕われて愛される姫川さんが、普段見る制服姿からは考えられないようなえっちな服装で、僕を誘惑するかのようなポーズを取ってくれているのだ。


 それに狭い部屋に男女で二人きりという状況を意識してしまうのか、時折キャラクターになりきるのを忘れて恥ずかしそうな顔で微笑んでくれるのも堪らない。姫川さんの魅力を引き出そうと頑張っていたはずなのに、いつしか彼女の魅力に溺れるように魅せられてしまっていた。


 けれど必死に理性を奮い立たせて、姫川さんの約束に応えようと僕は撮影を続ける。その真剣な想いが姫川さんにも伝わってくれたのかもしれない。彼女は嬉しそうにたくさんのえっちなポーズを僕に披露し続けてくれた。


 胸に被った布を持ち上げて、大切な部分がぎりぎり隠れた様子を見せ付けて来たり、スカートの裾を掴んでゆっくりと持ち上げていき、まん丸のもちもちとした柔らかな大きなお尻を半分ほど露わにしてみたり、大胆に両足を開いて下着を見せつけてきたり。


 姫川さんは様々なえっちな姿を見せてくれた。そんな彼女の魅力的な姿をカメラのレンズの中に収め続けて、あっという間に時間が過ぎ去っていく。


 外が夕焼けで赤く染まり始めているのに気付いたのは、撮り続けた写真でカメラのストレージがいっぱいになった時だった。



「武森、すごいよ! めっちゃ綺麗に撮れてる! これならたくさんの人から良い反応が貰えそう!」

 

 カメラの保存データをパソコンに取り込んだ後、さっき撮った写真をパソコンの大きな画面で確認している最中の事。


 着替えを済ませてTシャツに短パンの部屋着姿の姫川さんは興奮した様子で僕を褒めちぎってくれた。どうやら僕の撮った写真は姫川さんの想像以上の出来栄えのようで、その一枚一枚をじっくりと見つめながら姫川さんは満足げに笑っていた。


 けれど僕はパソコンのモニターに映った写真の数々をしっかりと見る事が出来ないでいた。えっちな服装に身を包んだ姫川さんの妖艶な姿が映し出されていて、そのどれもが僕には刺激的過ぎたからだ。


 それに撮影した写真を見ていると、さっきの光景を思い出してしまう。僕はこの目で姫川さんのえっちな姿を直接見てしまったのだ。学校では決して見れない姫川さんの艶やかな姿、脳裏に焼き付いて離れない光景、思い出すだけで心臓の鼓動が激しくなっていくのを感じる。


 そんな僕の心境など知る由もなく、姫川さんはマウスを操作して次々と写真ファイルを開いていった。


「ねえ武森、こうやって誰かを写真で撮るのって初めての経験なんだよね?」

「え……あ、うん。初めてだよ、スマホで道端の花とかを撮った事はあるけど」


「その写真って見せてもらえたりする?」

「いいよ、大したものはないんだけど」


 僕はスマホを取り出して、以前に撮った花の写真を姫川さんに見せた。


 コンクリートの道路の僅かな亀裂に芽吹いた小さな白い花の写真、それを見た姫川さんは小さな息をこぼしていた。


 何か変なものでも映っていたのだろうかと不思議に思って聞いてみる。


「あの、どうかした? おかしいものでも映ってたかな……」

「ううん、違うの。ちょっと感動してただけ。構図とか凄すぎるよ、ただ撮っただけって感じじゃないの。この白い花の小さな命が必死に生きてるって、ここに確かに存在しているって、たった一枚の写真なのに物語を感じちゃったの」


 僕が何気なく撮った写真を眺めながら、姫川さんは感動と共に声を漏らす。


 そこまで褒めてもらえるなんて思っていなくて、なんだかくすぐったい気持ちになってしまう。


「武森、これってきっと才能だよ。初めて撮っただなんて、そんなふうには絶対に思えないもん。だってさ、武森はカメラを通してわたしに魔法をかけてくれるの。わたしの事をこんなに素敵で綺麗に、可愛く撮れる人は武森以外にはいないと思う」

「そ、そうかな……? でも姫川さんのポーズとか表情とか衣装が完璧だったから、僕もそれに合わせようって思って頑張ってみただけで」


「それなら尚更だよ。武森が撮ってくれた写真、本当に素敵なのばっかりだった。わたしがコスプレイヤーとして活動し始めて、今まででいっちばんの写真ばっかりだもん」

「そこまで褒めてくれて嬉しいな。姫川さんだって凄かったよ。可愛いし色んなポーズも決まってて、ゲームの中のキャラクターが目の前にいるみたいで。カメラで撮りながら感動してたんだ。本当に姫川さんは凄い人だなって。さっきの撮影の時間はまるで夢を見ているみたいだった」


 僕は正直な感想を口にする。すると姫川さんは頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに目を逸らしてしまった。


「た、武森にそこまで言われるなんて。わ、わたしも夢を見てるみたい……」


 僕の前でもじもじと指先を動かしながら、姫川さんがそんな言葉を呟いてくる。どうしてこんなに照れているのか良く分からないけど、姫川さんが喜んでくれているみたいで僕も嬉しかった。


 そして姫川さんは意を決したようにぎゅっと目を瞑った後、突然僕の手を握ってきた。


 彼女の体温が伝わってきて、僕の手が熱くなっていく。


 驚いて姫川さんの顔を見ると、彼女は真剣な表情で僕の瞳を覗き込んでいた。宝石のようにきらきらと煌めく姫川さんの双眼、その美しさに吸い込まれてしまいそうになりながらも彼女の視線を受け止める。


「あのね。もう一度ちゃんとお願いしたいの。武森は真面目で優しくて約束だって決して破らない、そしてそんな信頼出来る武森が撮ってくれる写真は、わたしの想像のずーっと上をいく凄い写真ばっかり。ねえ武森。わたしのパートナーになって、これからもずっとずっとわたしの写真を撮って欲しいの」


 姫川さんは緊張した様子で、けれどはっきりとした声でそう言ってきた。真っ直ぐに向けられる姫川さんの想いが、僕の心に響き渡っていく。


 誰からも慕われて愛されて、学校のアイドルとしてきらきらと輝く姫川さん。


 そんな彼女が僕の事を信頼してくれて、僕の撮った写真に感動してくれた。その事実は僕の心を激しく揺り動かしていた。


 姫川さんの期待に応えたい、姫川さんの力になりたい、そんな気持ちが強く湧き上がってくる。


「うん、僕で良ければこれからも協力させて欲しい。姫川さんと一緒に頑張れたら僕も凄く楽しいし」

「武森……」


 僕と姫川さんは見つめ合う。


 そうしているうちに姫川さんは口元は緩んでいった。


 緊張の糸が切れたかのようにふにゃりと表情を崩した後、姫川さんは子供みたいな無邪気な笑みを浮かべていた。


「ありがとね、武森。わたし、すっごく嬉しいよ。これからもよろしくね」


 満面の笑顔と共に放たれた姫川さんの言葉は僕の心を強く打っていた。


 夏休みのあの日、姫川さんと会えて良かった。そうして今日、彼女の可愛らしい姿を撮影出来て本当に幸せだったと改めて実感させられる。


「武森から素敵な写真をたくさん撮ってもらう為にわたし頑張るから! 素敵な衣装を作って着こなして、もっともっと可愛くなるからね!」

「うん、僕も姫川さんの魅力を引き出せるようにもっともっと上手くなって、見てくれる人達をうんと驚かせるような写真を撮ってみせるよ」


「武森……ありがとう。わたし達で力を合わせて最高の作品を作ろうね」


 姫川さんは楽しそうに笑いながら、ぎゅっと握った手に力を込めてくる。それが嬉しくて僕も彼女の手を握り返した。


 そしてこれは二人だけの秘密。


 隣の席の姫川さんがえっちなコスプレイヤーで、そんな素敵な彼女のえっちな写真を撮るのは僕。


 誰にも言えない秘密の関係はこれからも続いていくんだ。



 家に帰るとリビングに居た妹が全速力で玄関へと駆けてきた。


 興奮した妹の様子に首を傾げながら、僕は履いていたスニーカーへと手を伸ばす。


「お、お兄ちゃん! 聞いて! ――じゃなくて見て! すっごいんだよ!!」

「彩香……どうしてそんなに興奮してるの? 大丈夫?」


「大丈夫じゃないよ! Saraちゃんがさっきアップした写真、めちゃくちゃ凄いんだよ! 最高だよ!!!」

「あーSaraさんの新作? それで興奮してたんだ」


 僕は興奮する妹をなだめながら脱いだ靴を丁寧に並べ直していた。


「お兄ちゃん、呑気にしている暇なんてないの! とにかくこれ見てよ!」


 彩香がスマホを差し出してくる。僕はそれを受け取ると画面を見た。


 そこに映し出されているのはさっき僕が撮った姫川さんのコスプレ写真だ。


 僕が撮った時はマスクもしないで顔を隠さずそのまま撮っていたのだけど、アップされた写真では編集されて上手に口元を隠して顔バレを防いでいる。僕が帰っている間にパソコンで加工したのだろう。


「それでこれがどうしたの?」

「お兄ちゃんは鈍感だなあ……ううん、美的センスがないっていうか……この写真を見ても何も感じないわけ?」


「うーん、Saraさん可愛いよね。新しい服もすごく似合ってるし」


「そうだけどそれだけじゃないのおおお!! Saraちゃんの可愛さもコスチュームのクオリティも半端じゃないけど、写真の撮り方とか構図が凄すぎるの!! 今までSaraちゃんは自撮り写真ばかりだったけど、今回アップされたのはちゃんとカメラマンさんがいるみたいで、しかもそのカメラマンさんの腕前がやばすぎるの!! SNSで話題沸騰だよ! 超新星エロコスプレイヤーに続いて謎のスーパーカメラマンが現れたって!!」


「へえ、そうなんだ。その写真ってそんなに良く撮れてるんだね」

「はあ……お兄ちゃんは本当に分かってないなぁ……最高のコスプレイヤーに最高のカメラマンの組み合わせで世界の法則が覆るレベルで凄いのが分かんないなんて」


「大げさだなあ。Saraさんはともかく、カメラマンの人はそれ普通に撮ってるだけだよ」

「ばかばか! これが普通ってお兄ちゃんの常識はどうなってるわけ!?」


 お兄ちゃんの常識、って僕が撮ったものだからそれが僕の常識なんだけど――とは言えず僕は彩香の言葉を黙って聞いていた。


 何を言っても分かってもらえないと観念したのか、妹はため息まじりにリビングへと戻っていく。


 それから僕が夕飯の支度でもしようかとキッチンへと行こうと思った時だった。

 

 スマホに通知が来る。姫川さんからのメッセージだった。


『武森、今日はありがとね。おかげで素敵な写真が撮れて、フォロワーのみんなからもすごい大反響だったよ』


 妹の反応からも想像出来たけど、姫川さんのファンからしたら今日撮った写真は彼らの常識を覆す程のものだったらしい。そして姫川さんから感謝のメッセージが届いて嬉しく思いつつ、僕はそのメッセージに返信しようとスマホの画面をスクロールさせて気が付いた。


 写真が一枚添付されていて一緒にメッセージがいくつか並んでいる。


『今日のお礼にこの写真送っておくね。他の誰にも見せちゃ駄目だから、武森だけのものにしておいてね』


 僕はそのメッセージと共に姫川さんが送ってくれたお礼の写真を見てしまう。


 それは姫川さんのえっちなコスプレ写真。けれど僕が撮ったものではなかった。姫川さんの自撮り写真で――それはネットには絶対にアップ出来ないような代物だった。


 さっきまで僕が見ていたえっちな衣装を着て、胸を隠す為に被せていたあの縦長の薄い布をぺらりとめくった姫川さん。


 彼女からのお礼の写真には、柔らかな白い肌とメロンみたいな豊満なおっぱいがそのままに映し出されていて、大切な部分だけはアプリか何かでハートのスタンプを貼り付けて上手に隠してある。


 そしてSNSにアップされた写真と違って、姫川さんは顔を隠していなかった。カメラの向こうの僕に向けて『これからもよろしくね♡』とメッセージを添えて、可愛い笑顔を浮かべている。


 その写真を見て僕は改めて実感するのだ。


 隣の席の姫川さんが実は超有名なエロコスプレイヤーだって事を、この世界でただ一人、僕だけが知っているって。

☆読者様へお願い☆


この作品のことを


『面白かった、気に入った。姫川可愛かった!』


と思って頂けましたらブックマークや下にある評価【☆☆☆☆☆】で応援してもらえたら励みになります。これからも読者の方に喜んでもらえるように頑張りますので応援よろしくお願いします。


最後まで読んで下さってありがとうございました!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] すごくよかった。短編なのは残念なので長編連載を希望します。
[良い点] こんな出会い欲しかった! [一言] 続編希望です!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ