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わたしがしたいこと③




三月のよく晴れた日。今日は、朝から雲一つない澄んだ青空が広がっていた。わたしたち卒業生は胸にリボンでできたコサージュを身に着けて、ひんやりと冷たい体育館に集まって整列をしていた。


「みなさん、卒業おめでとうございます」


校長先生の挨拶、答辞、送辞、合唱。式次通りに卒業式は進んでいく。周囲から時折鼻をすする音がした。卒業生の誰しもが三年間を振り返り、しんみりとした空気に浸っていた。


やがて卒業式が終わり、わたしたちは教室に戻った。そして担任の先生からの挨拶で教室の空気が少し湿っぽくなりながら、最後のホームルームを終える。


「じゃあまたな!」

「元気でね!」

「卒アル書いて~」

「待って、写真撮ってない!」


ホームルームが終われば自由解散だ。クラスメイトたちは思い思いに教室での最後の時間を過ごしていく。


「次は合格発表で会おうぜ」

「合格が決まってる奴らはいいよなー」

「片桐さんって国立だったっけ?」

「うん」

「この待ち時間がつらいよな~」

「そうだね」


私立大学と国立大学は受験日が少しずれており、私立大学の合格発表はすでに終わっている。莉子と藤谷と入船は無事に志望校に合格、後はわたしと青葉の志望校の合格発表を待つばかりである。


教室でクラスメイトと話していると、廊下から声がかかった。


「あっ片桐さんよかった!まだいた~!」

「朝倉さん」

「ねえ一緒に写真撮ってよ!卒アルも書いて!」

「うん、ぜひ」


修学旅行で仲良くなった朝倉さんは、私立大学への進学が決まったらしい。


「はい、チーズ!」


教室に入ってきた朝倉さんの携帯で二人で写真を撮る。撮れた写真を確認している朝倉さんに、わたしは声をかけた。


「そうだ、朝倉さん」

「ん?何?」


わたしは周囲に聞かれないように少しだけ声を落として朝倉さんに伝える。


「わたし、気になる人ができたよ。多分」


すると朝倉さんは目を丸くして瞬きを何度かした。


「えっ!!!」

「教えてって言われてたから、一応」

「ちょ、今!?え、誰?詳しく教え…」


しかしわたしの腕を掴んだ朝倉さんに、廊下から声がかかる。


「あっ朝倉いた~部活の方行くよー」

「えっちょっと待って!」


部活で集まりがあるのだろう。朝倉さんを迎えに数人が廊下で手を振っていた。


「え~あっじゃあ!連絡先!連絡先教えて!」

「うん」


連絡先交換に慣れてないわたしの代わりに、朝倉さんが素早く連絡先登録を済ませてくれた。


「後で連絡するから!絶対!じゃあね!」

「うん、またね」


颯爽と廊下に去っていった朝倉さんを見送り、わたしは教室で莉子を待つ。


そんなわたしの前を古城が通り過ぎた。


「じゃ、良きオカルトライフを」


古城はそれだけ言って、手をひらりと振って教室を出ていった。


「うん。またね」


わたしはその後ろ姿に手を振る。先日初めて知ったのだが、どうやらわたしは古城と志望校が一緒だったらしい。これで二人とも合格すれば大学内でも顔を合わせることになる。莉子たちはそれをいい顔しなさそうだが。


「片桐先輩!」

「え?」


廊下から名前を呼ばれて、わたしはそちらを向く。廊下から教室を覗き込んでいたのは、去年体育祭で一緒にリレーを走った大森と橋本だった。


「卒業おめでとうございます!」


あの体育祭以降、二人は廊下ですれ違う度に挨拶をしてくれるので話をすることがよくあった。しかし、この日まで会いに来てくれるとは思わなかった。


「ありがとう」


二人は眉を下げて、わたしを見る。すると橋本が首を振って、わたしに包装された箱を差し出した。


「こ、これ!ささやかですが、私と大森からの送別品です」

「ありがとう、嬉しい」

「大学でも頑張ってください」

「うん」


わたしは笑って、二人を見た。


「二人も、残りの高校生活楽しんでね」

「はい!」

「がんばります!」


二人と話をしていると、ぱたぱたと廊下を走る足音が聞こえてきた。


「美幸ちゃーん!」


そちらを見ると、莉子が紙袋を抱えて走ってきていた。


「ごめん!待った?」

「ううん大丈夫」

「あっじゃあ俺達はここで…」

「うん。来てくれてありがとう。二人とも」


去っていく大森と橋本にわたしは手を振る。


「じゃあね。またどこかで」


そんなわたしを見て、莉子が嬉しそうに笑う。


「あの二人、たまに美幸ちゃんと話してた二人だよね」

「うん、そう」

「随分懐かれたんだね」

「うん。嬉しいもんだね」


わたしは部活に入っていなかったので、知り合いの後輩というとあの二人くらいしかいなかった。だから大学では部活かサークルに入ってみたいと思っている。


「莉子はどうしたの?それ」


紙袋を指差すと、莉子は困った顔をした。


「なんか…クラスメイトとか…知らない人からいろいろ渡されて…」


最後だからと、きっと多くの人が莉子の元に押し寄せたのだろう。莉子は普段はわたしとしか親しくしないが、その華やかな見た目と明るい性格で実は同級生や後輩からとても憧れられている。


「良かったね」

「まぁ…ありがたいけどね」


莉子はまんざらでもなさそうに紙袋を見つめた。


「入船たちは?」

「青葉くんを迎えに行ったよ。勝手にどっかに行かないようにって」


卒業式の今日は学校は午前までだ。だからせっかくなので、莉子、入船、藤谷、青葉でお昼を一緒に食べようという話になっていた。


そんな話をしていると、廊下の奥から入船たちの声が聞こえた。


「ーーそんなに僕って信用ないの?」

「前科があるだろうが」

「最後はちゃんと行くよ」

「最初から来いって言ってるんだよ」

「あっ、日高さん、片桐美幸!」


入船がこちらに気付いて手を振る。


「来た来た」


こうして全員で教室に集まるのも最後である。そう思うと、やはり寂しいものがある。


「じゃあ行こうか」


入船たちが教室の前までやってくるのを待って、わたしは鞄を持って教室から出た。すると、莉子が待ってと声をかける。


「最後に教室で写真撮ろうよ!」


莉子はそう言って携帯を構えて構図を変えて何枚も写真を撮った。全員で撮ったり、二人で撮ったり、黒板と一緒に撮ったり。青葉と藤谷は写真に写るのを嫌がったが、莉子が押し切って撮影をしていた。


「…何枚撮るの?」


青葉が莉子に聞こえないように小さく呟いた。


「まあまあ、最後だし」


わたしたちはやや苦笑いをしつつも莉子の好きなようにさせることにした。そしてしばらくして、莉子は撮影に満足したのか携帯をしまった。


「よし、お待たせ!それじゃあどこ行こうか?」

「やっぱファミレスかな」

「たまには贅沢しない?」


そんなことを話しながら校舎を出ると、校内にはまだ写真を撮ったり別れを惜しんだりしている卒業生たちがあちこちにいた。


「あ、会田くんまだ泣いてる」

「卒業式で豪快に泣いてたからなんか逆に笑いそうになったわ」


そう言われて莉子たちの視線の先を見ると、確かに号泣している男子生徒がいた。彼が莉子たちの話によく出てくる会田という生徒らしい。


「莉子は食べたいものある?」


わたしがそう尋ねると、莉子が突然声をあげた。


「あっ!」

「え?」


思わず驚きで肩が跳ねた。すると莉子が自分の制服の胸元を抑えながら慌てた様子でこう言った。


「ごめん!あたし、教室にコサージュ落とし物してきちゃった!ちょっと取ってくる!」

「一緒に探そうか?」

「大丈夫!先に門まで行ってて!」


そう言って莉子はこちらの返事もろくに聞かずに慌てて教室の方へと走って行った。その後ろ姿を見送っていると、再びあっという声が聞こえた。


「俺も忘れ物したかも!」


そう言ったのは入船だ。


「ちょっと行ってくる!」


入船はそう言って莉子と同じように教室に走って行った。


「…先に門の方行ってようか」


落とし物なら仕方ないかと思って、わたしは藤谷と青葉に声をかける。すると、今度は青葉があ、と声をあげた。


「そういえば、挨拶したい先生がまだいるんだった。ちょっと行ってくる」


それはやけに棒読みに聞こえた。


「え」

「先に門のところで待ってて」

「あ、うん」


そう言って青葉は校舎へと向かった。校舎へというか、多分そっちは図書室の方向だ。


「…」

「…」

「…じゃあ、行こうか」

「そうだな」


藤谷とわたしは顔を見合わせてから、二人並んで校門へと向かうことにした。思わぬところで藤谷と二人きりになったなあと思いつつ、わたしは数日前のことを思い出していた。




受験が終わり、卒業式が迫る中わたしは心に決めた。藤谷に返事をしようと。藤谷はあの時返事はいらないと言っていたが、わたしだけが藤谷の気持ちを知っているなんて不公平だと思ったのだ。そのためにわたしがまずしたことは、ソーゴさんへの連絡だった。


”ソーゴさんこんにちは。お話ししたいことがあるのですが、お時間いただけないでしょうか”


そんなメールを送った数日後、わたしはソーゴさんとソーゴさんおすすめの喫茶店で待ち合わせをすることになった。


「やあ片桐さん」

「こんにちは、ソーゴさん。わたし遅かったですか?」

「いいや?好きな子を待つ時間は楽しいものだよ」


そのソーゴさんの言葉に、思わず表情が強張ってしまった。それを見て、ソーゴさんは何もかも見透かしたように優しく微笑んだ。


「まあゆっくり話そう。せっかく久しぶりに会えたんだからね」


わたしとソーゴさんはパンケーキを飲み物と一緒に頼んだ。


「試験の方はどうだった?手ごたえは」

「自信があるわけではないですが、全くできなかったってわけではないので、なんとか受かっててほしいって感じです…」


わたしは苦笑いしながら答えた。


「それじゃあ大丈夫だよ、きっと。僕もそんなんだったし」

「本当ですか?」

「そうそう。どちらかと言えば手ごたえなんて無かったから、落ちたと思って合格発表見に行ったよ」

「それはなかなか怖いですね」

「それはもう戦々恐々だったよ。でもいざ発表されたら自分の番号があってね、もうその場で号泣さ」

「ソーゴさんが号泣ですか」


ソーゴさんが泣いているところを想像してしまい、わたしは思わず笑いを零した。


「……片桐さん、なんだか雰囲気が柔らかくなったね」

「え、そうですかね」


するとソーゴさんの目がまるで眩しいものを見るかのように細くなった。


「…好きな人と進展あった?」

「えっ」


想定外の言葉に思ったより大きな声が出てしまい、わたしは慌てて口を抑えた。ちょうどその時注文していた飲み物が運ばれてきた。


「……どうしてそう思ったんですか?」


店員さんがテーブルから離れたところでわたしはソーゴさんに尋ねた。ソーゴさんは何故か楽しそうににこにこと笑った。


「勘だったんだけど、残念ながら当たったみたいだね」


わたしはいたたまれない気持ちになって、思わず頭を下げた。


「すみません…」

「謝ることじゃないよ。今日はそれを言いに来てくれたんだろう?こちらがお礼をいうくらいさ」


ソーゴさんはいつだって優しい。その優しさにちゃんと向き合いたい。わたしは顔を上げて、ソーゴさんを真っ直ぐに見る。


「いえ、わたしはソーゴさんに謝らないといけないんです。実は最初にソーゴさんに告白して頂いた時、わたしに好きな人なんていなかったんです。遊園地の時も」


その時は美幸の代理として振舞っていたためでもあったが、わたしはただ断るためだけにそういう体にしたのだ。


「今は……正直まだ好きかはわからないんですが、気になる人がいます。その人とちゃんと向き合うために、ソーゴさんにはちゃんと話しておかないといけないと思って」

「そっか。教えてくれてありがとう」

「嘘ついてすみませんでした」


するとソーゴさんが軽やかに笑った。


「好きな人がいなかったって話は、正直そうじゃないかと思ってたよ」

「えっ」

「男の勘ってやつだね。だから遊園地でもああ言えたんだ」

「そ、そうなんですね」

「これは片桐さんに本当の好きな人ができるまでに口説き落とせなかった僕の負けだ」


ほんの一瞬、ソーゴさんの眉が悲しそうに下がった。その時、注文していたパンケーキが運ばれてきた。


「まあ今日はせっかく片桐さんから声かけてもらったんだし、後は楽しく話をしよう」


その言葉通り、ソーゴさんはそれ以降告白やわたしの好きな人のことには触れずにいろんな話をして会話を盛り上げてくれた。パンケーキはとても柔らかく、甘く、とても美味しかった。


「今日はありがとうございました」

「こちらこそ。また受験の結果教えてくれると嬉しいな」

「はい!また連絡しますね」


わたしは手を振ってソーゴさんと別れた。言いたいことが言えたので、心が軽くなった分だけ足取りも軽いように感じた。


「今日はヤケ酒かなー」


だから小さく呟いたソーゴさんの声は、もうわたしには届かなかった。




ソーゴさんとの話を終えて、わたしはさあ藤谷に返事をしようと意気込んだ。しかし意気込んだはいいものの、いつどうやってどういう風に返事をするかで頭を悩ませることになった。


参考図書として恋愛小説を何冊か読んでみたが、読んだ本は登場人物たちは恋愛の”好き”がどういうものかを知っていて、その上で告白なりなんなりをしていた。しかし、わたしには恋愛の”好き”というものがいまいちピンと来なかったのだ。


わたしがわたし自身のことでわかっているのは、藤谷のことは嫌いじゃなく、むしろ好んでいること。莉子や入船たちに対するとは多分違う感情を抱いていること。けれどそれが恋愛感情に置ける”好き”なのかは自信がなかった。


途方に暮れたわたしは、とうとう莉子に相談することにした。莉子と受験が終わったらわたしのマグカップを買いに行く約束をしていたのだ。その買い物の帰り道、わたしは莉子に切り出す。


「あの、莉子」

「ん?なあに?


莉子が柔らかく微笑む。わたしは少し緊張しながら、口を開く。


「……莉子は恋愛の好きってどんなものか、わかる?」

「えっ」


すると、穏やかだった莉子の顔がぐらりと歪んだ。わたしは重い口を無理矢理開いて、言葉を選ぶ。


「実は………告白の返事をしていない人がいて…悩んでいて…」

「……」


莉子が口を開いたり閉じたりして、最終的に息を吐いた。


「…それって、ソーゴさんじゃないよね。もしかして東雲くん?」


わたしは驚いて莉子を見る。莉子はわたしの思ったことを見透かしたように笑った。


「美幸ちゃんを見てればわかるよ」

「そ、そうなんだ」


なんだか恥ずかしく、顔が熱くなる。


「そっかあ、東雲くんが美幸ちゃんをね~」


しみじみと莉子が呟く。


「でも返事してないってことは、美幸ちゃんは東雲くんのことを断る気もあるってこと?」


わたしは赤裸々に話すことの恥ずかしさを感じつつ、控えめに首を振る。


「断るとかじゃなくて、返事として自分の気持ちを伝えたいと思ってるんだけど…今のわたしの気持ちが”恋愛における好き”なのか、自信が…無くて……こんな状態でも返事ってしていいのかなって思って…」

「そっかあ」


莉子はわたしの言葉を聞いて、眉を下げて微笑んだ。


「そうだなあ…」


莉子は少し遠くを見つめてから、わたしを見る。


「美幸ちゃんは、東雲くんと話す時どんなこと考えてる?」

「え…」

「楽しいとか、緊張するとか、苦手だとか」


藤谷と話す時、わたしはどんな感情を抱いているか。藤谷と話すときのことを思う。


「…嬉しいと、思ってる」

「うんうん」


莉子が頷く。


「それじゃあ、卒業してしまうともう学校で気軽に会えなくなるよね。それをどう思う?」


それは。


「…寂しいと、思う」


藤谷は、わたしにとっての藤谷は。わたしは歩く足元に視線を落としながらぽつりぽつりとこぼす。


「藤谷の顔を見れると嬉しい。もう会えないと思うと、寂しいし悲しい。できればたくさん会いたいし、いろんなことを話したいと、思ってる…」


そう莉子に言いながら、途中で気付く。もしかしてわたしは今結構恥ずかしいことを言っているのではと。そう思いつつ、顔をあげると莉子が優しい目でこちらを見ていた


「大丈夫」


それはとても強く優しい響きだった。


「恋愛感情の好きってことに自信がなくても、美幸ちゃんが今言ったことをちゃんと東雲くんに伝えてあげれば、きっと大丈夫」

「そう、かな」

「うん。あたしが保証する」


莉子が力強く頷いた。なんだかそれだけで、不思議と大丈夫なんだと思えた。


「ありがとう、莉子」

「ううん。こちらこそ、話してくれてありがとう」


すると莉子はこちらから目をふと反らした。


「ちょっと悔しいけど」

「…悔しい?」

「なんでもなーい」


わたしが聞き返すと、莉子はからからと笑った。


「頑張ってね、美幸ちゃん」

「うん」




そうやって莉子から自信をもらったものの、いざ藤谷を目の前にしたときのことを想像すると言葉が全く出てこなくなる。藤谷と話す機会はいくらでもあったが、躊躇しているうちにとうとう今日の卒業式の日まで来てしまった。自分の気持ちを伝えるということがどれだけ大変で、怖くて、緊張してしまうものなのかを知らなかった。世の告白する人たちは凄いなと感心し、自分が思ったより臆病であることを知った。


卒業までに伝えることはもう無理かと思っていたが、もしかして今が絶好の機会なのでは。わたしはひとり静かに緊張の汗を流した。


やがてわたしと藤谷は校門に近い桜の木の下に佇むことにした。桜は蕾が膨らんでいるが、咲くまでもうしばらくかかりそうだ。そのせいかまだ寂しい桜の木の周りには人がほとんどいない。そこに立つわたしと藤谷の間には、人が一人立てそうなくらい距離がある。わたしは桜の蕾と青い空を眺めて、口を開く。


「…今日、天気いいね」

「そうだな」

「卒業式泣いた?」

「泣いてない。周りの奴らは結構泣いてた。お前は?」

「ちょっと潤んだけど、泣くほどでは」

「なんだ」


藤谷はつまらなさそうに呟いた。


「泣いてほしかったの?」

「そう言われると語弊があるが」

「…わたしは人より一年短いから、高校生活」


片桐美幸としての自覚が出来てからだともっと短いが。


「三年間、ちゃんと過ごしていたらきっと泣いたんじゃないかな」

「…じゃあ大学卒業の時にはさぞ大泣きなんだろうな」

「それはもう」


わたしと藤谷は静かに笑った。空は青く、日差しは暖かく、隣には藤谷がいる。穏やかな空間だった。ずっとこの場にいたいと思った。だから、わたしは覚悟を決めた。


「あの、藤谷」


わたしは藤谷の方を見て声を掛ける。その声に緊張感が滲んでしまったのだろうか、藤谷はすぐにこちらを向いた。


「なんだ」


目が合うと、心臓が一回大きく鳴った。ここで怖気づくなんて情けない。わたしはお腹に力を入れて、言葉を絞り出す。


「…あの、前に言ってくれた藤谷の気持ちへの返事、今してもいい?」


すると藤谷の瞳が明らかに動揺したように揺れた。


「え」

「えっごめん、嫌ならやめとく」


そう言うと藤谷は一瞬さらに狼狽したように見えた。しかし唇をくっと結んでこう言った。


「聞くに決まってる」


その返事を聞いて、わたしは少しほっとしながら身体を藤谷の方に向ける。


「あの日、藤谷が気持ちを伝えてくれた時、何も言えなくてごめん」


緊張で手が震えてしまいそうで、胸の前で握りしめた。


「あの時、わたしはまだ自分がソラさんだと思ってたから藤谷に何も言う資格がないと思っていた」


当時を思い出したのか藤谷が少し苦い顔をする。


「…ああ」

「でも、今なら言えることがある」


わたしは。片桐美幸は。


「わたしは藤谷の気持ちを聞いて、本当に嬉しかった」


そう言葉に出すと、不思議と緊張が緩んだ。ずっと言いたかった。伝えたかったのだとわたしの心が喜びに打ち震えているようだった。しかしここで終わりではない。わたしはさらに続ける。


「でもわたしはあんまり恋愛ってよくわからなくて、なんて返事をしたらいいかずっと悩んでた」


大丈夫。莉子に言われた言葉を胸の中で繰り返した。


「これで返事として合っているかはわからないけど、わたしの気持ちを返事として伝えたい」

「…ああ」


体温が上がっている気がする。頬が熱い。少し冷たい風が気持ちいい。


「わたしは、藤谷と話すと嬉しいし、楽しい。顔を見れただけでも嬉しいし、もう会えないって思うと寂しいと思う。卒業すると、気軽に会えなくなるけどこれからも藤谷といろんなことを話したいし、藤谷といろんなところに行ってみたい」


わたしは途中で止まってしまわぬように、一気にそう言った。


「…」

「…」

「これって、恋愛の好きってことだと思う?」


最後にそう付け加えると、わたしの話を口元を抑えながら聞いていた藤谷は途端に呆れたような顔をした。


「…俺に聞くなよ」


それはそうなんだけど。でも、藤谷も多分と言っていたじゃないかと内心思う。


「ご、ごめん」

「いや謝ることでもないけど」


藤谷は宙に視線を彷徨わせながら、ゆっくりと口を開く。その頬がほんのり色付いている気がした。


「…お前の気持ちはよくわかった」

「うん」


藤谷がゆっくりと視線をこちらに向けた。口元には微笑み。


「…じゃあ、恋愛の好きかどうかはこれから確かめていくということで」

「ということで?」

「これからはお前が好きなだけ、俺と一緒にいてくれればいいよ」


一緒にいる。わたしは瞬きをする。藤谷は楽しそうにこう続けた。


「お前が俺と話したくなったら、話しかけてくればいい。メールでも、電話でも、会いに来ても良い」


心臓がまた大きく脈打っているのがわかった。けれど不快なものではなく、むしろ心地よいと感じた。


「どこか行きたいところがあるならどこでもついて行ってやる」


思わず口元が緩んでしまう。


「ほ、本当に?」

「ああ。俺と一緒にしたいことがあるなら何でもやってやる」


その言葉にわたしは目を丸くする。


「な、なんでも?」

「俺は別に構わない」


涼しい顔をして藤谷は笑った。


「お前の考えることなんて可愛いもんだろ」


そうだろうか。藤谷にとって嫌なことを提案する可能性はゼロではないだろうに。わたしはそこでふと思いつく。


「…わかった。それじゃあ藤谷もわたしと一緒にやりたいことはなんでも言ってね」


すると藤谷は目を丸くして、そのあと笑った。今日の天気のような、晴れやかな笑顔だった。


「お前らしいな」


わたしはその笑顔を見てただ嬉しくなったが、まだ少し不安も残る。


「でも、そうしていく中でわからなかったらどうするの?」

「そん時はそん時考えればいい」

「…わかったら?」

「その時点で言ってくれたらいい」

「…わたしがわかる前に藤谷の気持ちが変わったら?」

「そん時は俺もお前にちゃんと言う。多分変わんないけど」


なんてことないようにさらりと藤谷はそう言った。


「…不満か?」


わたしは慌てて首を振る。


「嬉しい」

「そりゃ良かった」


わたしは藤谷とのこれからを想像しわくわくしながら、ひとつ思いつく。胸の前で組んでいた手はいつの間にか解けていた。


「じゃあさっそくやってほしいことがあるんだけど、いい?」

「へえ、なんだよ」


藤谷が挑発的に微笑む。わたしは高鳴る胸を抑えながら、こう言った。


「美幸って呼んでみてほしい。わたしのこと」


藤谷が虚をつかれたような顔をした。わたしは密かに思っていたことを告げる。


「わたしが美幸であること、藤谷からも認めてほしいと思って」


わたしは気付いていた。藤谷がわたしのことを一度も片桐美幸って呼ばないことを。自分のことを××だと思っていたときはそれがありがたかったが、今はもうわたしが片桐美幸だ。だから。


「俺は別に」


藤谷は何か反論をしたそうに口を開いたが、少しむっとした顔をして小さく呟いた。


「・・・まあいいか」


藤谷のその表情は、照れた時によくしているやつだ。


「呼べばいいんだろ」

「うん」


藤谷が息を吸って、声を出す。


「美幸」


それは、心に染みるような響きだった。わたしは嬉しい気持ちのまま返事をする。


「はい」


わたしの顔を見て、藤谷が視線を反らして遠くを見た。そこでなんだか気恥ずかしくなって、わたしも同じようになんとなく遠くを眺める。


すると、莉子と入船と青葉が遠くの校舎の入口に立っているのを見つけた。いつの間にそこにいたのだろう。


「莉子たちだ」

「ああ」


藤谷も同じようにそれに気付いた。莉子たちはこちらを見ておらず、話し込んでいる。莉子が少し膨れた顔をしたのが見えた。


「…なにか揉めてる?」

「さぁな」


どうしたのだろうかと眺めていると、莉子がこちらに気づいた。そして、手を振って手招きをする。


「わたしたちを呼んでる?」


莉子に合わせるように、入船と青葉もただこちらを見ている。まるでわたしたちを待っているようだ。


「なんだ?」


藤谷が怪訝な顔をした。なぜかは分からないが、莉子が呼んでいるなら行かないわけにはいかない。わたしは一歩踏み出して、藤谷を振り返る。


「一緒に行こう、藤谷」


わたしは藤谷に笑いかける。わたしを見て、藤谷は少し呆れたように笑みをこぼした。


「美幸がそう言うなら」


わたしたちは桜の木を背に、莉子たちの元へ歩き始めた。












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