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美幸という名の女の子④

窓の外から鳥の声が聞こえて、わたしは目を覚ました。そしてその瞬間に、わたしはまだ美幸の身体にいるとわかった。


「…」


わたしは身体を起こして周囲を見る。昨日寝た時と変わらない、美幸の部屋だ。頭はやけにすっきりとしている。夢で美幸に会うかと思ったがそんなことはなく、しっかり熟睡したようだ。


ベッドの横に置いてあった目覚まし時計というものは、昨日思い切り叩いたせいで動きを止めてしまったので今が何時かわからない。わたしは布団から出て、顔を洗いに行く。


「おお、美幸。おはよう」

「あら、美幸おはよう。今日は早いのね」


リビングに行くと、美幸の母と父が食事を食べていた。わたしを見て少し驚いた顔をしている。


「おはよう」

「もう食べる?」


美幸の母がテーブルの上を指さす。すでに美幸の分の食事も用意されていた。


「うん」


わたしはテーブルに座って、美幸の両親と共に食事を食べた。美幸の両親はそれぞれ別の仕事をしているようで、昨日こんなことがあった、今日はこんなことがあると話している。二人から出てくる単語がどういう意味なのか、何を示しているのかわからないけれど二人の会話を聞くのは嫌じゃなかった。両親が先に食べ終わり、わたしは玄関まで二人を見送る。


「じゃあ、行ってきます」

「行ってきます」

「いってらっしゃい」


美幸の世界には、誰かを送り出す言葉があり、迎える言葉がある。美幸の両親が出て行った扉が閉まり、部屋には美幸ひとりとなる。


「…」


不思議だ。言葉を交わしただけで、満ち足りたような気持になっている。この気持ちはあちらの世界で感じたことがない。この気持ちはなんだろう。リビングに戻り、ひとりで朝食を食べていると、トントンと扉を叩く音が聞こえて明るい声が聞こえてきた。


「美幸ちゃん!おはよう!おじゃまします!」


莉子はいつもこうやって美幸を迎えに来ているようだ。莉子は慣れた様子で部屋に入り、リビングにいたわたしを見て満面の笑みを見せた。


「おはよう!美幸ちゃん」

「おはよう、莉子」


朝食を食べ終わり、わたしと莉子は昨日と同じように並んで学校に向かう。二人で歩く間、莉子はひとりで楽しそうにいろんなことを話す。担任の先生は面白い人だ、これからの授業についていけるか心配だ、昨日のテレビのここが面白かったなど話題がころころ変わっていく。


「ね、美幸ちゃん」

「うん」


莉子は時折わたしに同意を求めるように話しかけてくる。わたしはそれに簡単に返事を返す。すると莉子は嬉しそうに笑って、また話を続ける。莉子は本当に美幸を慕っているのだろう。そう実感すると、美幸の中身が美幸じゃなくて申し訳なくなる。そして不思議なのが、莉子も美幸の両親も誰も今の美幸わたしについて疑問を持たないところだ。夢の中で会っていた美幸はどちらかというと莉子みたいな性格だったはずだが、今のところわたしの素のままの性格でなんら問題は無いようである。


学校に到着して教室に入る。すると入船、東雲、青葉の三人が固まって何かを話しているのが目に入った。最初に入船がこちらに気付き、手を挙げた。


「おはよう、日高さん」

「おはよ」


莉子が挨拶を返す。入船はその後わたしに目を向けた。


「片桐美幸さんもおはよう」

「おはよう」


わたしも同じように挨拶をする。入船がわたしの名前を呼んだ瞬間、東雲がこちらを見たが一瞬こちらを睨んですぐに視線を反らした。青葉は相変わらず言葉を発しない。昨日の一件で確執を生んでしまっていたら美幸には申し訳ない。これ以上何かしでかすわけにはいかないので、なるべく大人しくしておかなければ。


昼休み、昨日と同じように食事を買いに行こうと莉子がわたしの元へとやってきた。


「うん」


わたしは莉子についていき、購買でパンを買う。こんな美味しいものが手軽に入手することができるなんて本当にすごい。昨日と同じくしみじみと感動していると、莉子がこう言った。


「ちょっと図書室寄っていい?」


図書室。美幸にとっては聞きなれている単語のようだが、わたしにとっては未知の場所だ。


「うん」


莉子についていく形ではあったが、美幸の足は図書室への道を覚えているようだ。自然と足が莉子と同じ方向を向く。


「今日が返却期限なんだよね」

「そう」


莉子が何か手に持っていることに気付いた。本のようだ。美幸の世界は紙の資源も豊富なのだろう、数えきれないほど本がある。わたしの世界ではそもそも紙を作る材料はほとんどなくなっており、紙があってもすぐに戦闘で燃えてしまうので本などの類はとても貴重なものだっま。美幸の部屋でもわたしにとっては信じられないくらいのたくさんの本があったが、きっとこの世界にはまだまだ大量の本があるのだろうなと思っていた。


「じゃあ返してくるから、ちょっと待っててね」


図書室に入ったわたしは、あまりの感動でしばらく口を閉じることができなかった。


「…」


なんだこの本の量は。視界に入る本棚の全てに本がある。わたしはよろけそうになりながら本棚の一つに近寄り、一冊手に取る。


「…」


数行読んで、物語であることがわかった。美幸の記憶があるおかげで文字を読めることを、ただひたすらに感謝した。


「お待たせ、美幸ちゃん」


もくもくと読み進めていると、莉子が戻ってきた。


「あれ、その本借りるの?」

「…そうしようかな」


もう少し、その物語を読み進めてみたかった気持ちが勝った。


「どうするんだっけ」

「あれ、本借りたことなかった?えっとね」


正直に尋ねると、莉子は特に変な顔をすることなくわたしに本の借り方を教えてくれた。


「貸出期間は二週間だよ」

「ああ」


図書室を出ると、莉子は貸出期間をもう少し伸ばしてほしいとぼやいた。二週間はどうやら短いらしい。


「市立図書館は三週間なんだから、それに合わせてくれたっていいと思うんだよね」


市立図書館。何故だろう、わたしは知らないはずなのにとても馴染みがある単語だ。音が似ているので、恐らく図書室と同じようにたくさん本があるのだろう。そして、美幸がきっと訪れたことがある場所だ。


「そうだね」


わたしは動揺を隠しつつ、借りたばかりの本の表紙をそっと撫でた。昼休み、食事を食べ終わったらさっそくわたしは借りた本を読んだ。チャイムが鳴るまで、頁をめくる手を止めることはできなかった。


「美幸ちゃん、帰ろ」


全ての授業が終わり、莉子がわたしの元にやってくる。


「うん、帰ろう」


わたしはすぐに立ち上がった。早く家に帰って、物語の続きを読みたくて仕方なかった。


その日、家に帰ったわたしは美幸の両親が帰ってくる前までにあっという間に物語を読み切ってしまった。そしてさらに物語を読むことへの欲求が高まった。



翌日、わたしは朝莉子に会うなりこう言った。


「莉子、わたし今日の放課後図書室行っていい?」


昼休みではなく放課後にしたのは、時間をかけて本を物色したかったからである。


「いいけど、もしかして昨日の本もう読み終わったの?」

「うん」

「美幸ちゃんはやい!」


莉子は驚いた後、そう言って笑った。


「だから、今日は莉子先に帰っていいよ」

「えっ」


どれだけ時間がかかるかわからないのでそう言うと、莉子は一瞬表情を固めた。その顔を見て何かまずいことを言ったのかと内心焦ったが、次に瞬きをしたときには莉子は穏やかに笑っていた。


「うん、わかった」


その笑みがどこか寂しそうに見えたが、そんな莉子に伝える言葉が見つからずわたしは無言で頷くだけだった。そしてあっという間に一日は終わり、待ち望んでいた放課後になる。


「それじゃあ美幸ちゃん、私先帰るね」

「うん、また明日」

「うん。ばいばい」


莉子はいつも通りにわたしの机のところに来てから、挨拶をして帰っていった。教室を出て行く莉子を見送っていると、揺れる金髪がどこか寂しそうに感じた。


「…」


しかし、今のわたしは図書室のことしか頭になかった。ひとりで足が覚えているままに図書室へ向かい、ひとりでその扉を開ける。


「…」


扉を開けると本が視界いっぱいに広がる。二回目でも実に感動的な光景である。わたしは図書室に足を踏み入れ、本棚をひとつひとつ見ながらゆっくりと歩いた。図書室の中はとても静かで、自分の足音と衣ずれの音が妙に大きく聞こえる。


「…」


ひとつの本棚で、気になるものをみつけた。


「写真集…」


小さく声に出すその単語は、わたしは知らないが美幸は知っている。物語の本よりも大きいそれを手に取り、脈が速くなるのを感じながら表紙を見た。


『写真集 世界の美しい景色』


その写真集にはそう書いてある。表紙には青々とした空と、その空を映した水面が映っている。


「…」


わたしははやる胸をおさえつつ、その写真集を持って図書室の読書用の席へ向かった。図書室には机と椅子が並べられており、本を読む人、何か勉強をしている人たちが何人か座っていた。わたしは人が周囲にいない席を選び、そこに座る。


「…」


小さく深呼吸をして、わたしは表紙を捲る。


「…!」


目を奪うのは、鮮やかな色、見たこともない建築物、生きている動植物たち。思わずため息をついてわたしは一枚一枚の写真を食い入るように見た。すごい。こんな景色がこの世界には本当に存在しているのか。こんな景色のことを、美しいというのか。


「…」


しばらく写真集に没頭していると、ふと自分の向かいの席に人の気配を感じた。美幸の世界に危険は少ないが、自分の傍に突然の気配があると確かめずにはいられない。ゆっくりと写真集から顔を上げると、一番に灰色の髪が視界に入った。


「めずらしいね。ここで会うなんて」


向かいの席に座って薄く微笑んだ人間の名は、青葉響一。入船、東雲とよく一緒にいる三人組のひとりだ。東雲を投げ飛ばして以降、三人とは口をきいていなかった。というか、わたしとしてはこの青葉という人間とは言葉を交わすのが初めてだった。


「…」

「市立図書館はもう行き飽きた?」


わたしが返答に迷っている間、青葉は親しげに話しかけてくる。美幸と青葉はもしかして親しい仲だったのだろうか。それと青葉の口ぶりからして美幸は市立図書館という場所によく行っているようだった。


「…別に」

「そう」


わたしがとりあえず淡白に返事をすると、青葉は特段気にしていない様子で自分の本に視線を落とした。入船、東雲と違ってあまり積極的に関わってこようとはしない人間らしい。そう思ったが、わたしは気になっていたことを聞く丁度いい機会だと思って口を開いた。


「そういえば」


美幸わたしの声で、青葉は顔をあげる。


「東雲の身体、大丈夫そうだった?」


すると青葉は目を見開いた。そんな変なことを聞いたつもりはなかったのに。


「へえ」


青葉は面白そうに微笑んだ。


「君ってそんなことを気にするんだ」


この人にとって、美幸はこういうことを言わない人間だったのかもしれない。しかし口に出してしまった後だ。わたしは平然とこう言う。


「駄目かな」

「いやいいんじゃないの。それで東雲は全然元気だと思うよ。あいつも身体鍛えてるからね。普段の喧嘩じゃなくて女子の一本背負いで怪我したなんてプライドが許さないだろうし」


あまり聞きなれない単語がいくつか出てきた。しかし、まあ大事でないならそれでいい。


「そっか」


そこで会話がおわっただろうと思って、わたしは再び写真集に視線を落とす。その後青葉は話しかけてくることはなく、わたしが写真集に夢中になっている間にいなくなっていた。



翌日。放課後の図書室を気に入ったわたしは、再び莉子にこう言った。


「莉子、今日も図書館寄るから先帰っていいよ」

「えっ」


莉子は昨日と同じように一瞬固まって、すぐに微笑んだ。二度も同じような顔をさせたことにさすがに違和感を感じたが、莉子はいいよいいよと明るく笑った。


「ひとりでも帰れるもの」

「…そう」


そう言い切る莉子に対してかける言葉が見つからず、わたしはまた静かに頷くだけだった。


そして放課後。昨日と同じように莉子と別れ図書室に向かおうとしていたわたしは、背後から明らかにこちらに標準を向けた足音が聞こえて振り向いた。


「…なに?」


そこに立っていたのは橙の髪を持つ男、入船良光だ。入船は基本人当たりの良い笑顔を浮かべているような人間だと思っていたが、今は違う。険しい顔つきでわたしを真っ直ぐに見ている。わたしも少し警戒して入船を見た。


「片桐美幸、お前のことは信頼してたんだ」

「?」


何の話だ。思わず眉間に皺を寄せる。しかし入船はわたし以上に眉間に深い皺を寄せた。そして重々しく口を開く。


「こんなに早く日高さんを見捨てるなんて思わなかったよ」

「…は?」


日高は莉子の名前だ。わたしがいつ莉子を見捨てたというのだ。わたしは首を傾げると、入船は痺れを切らしたようにわたしに一歩近づいた。


「わからないようなら、一緒に来てもらう」

「?」


入船は険しい顔のまま、わたしの手を取って歩き始めた。しっかりとした握力を感じる。わたしは何がなんだかわからないため、何が起きてもいいように身構えながら入船に大人しく従うことにした。自分一人ならまだいいが、莉子が関わってくるなら話が変わるのだ。


「…あっ!」


ぐいぐいと入船に手を引かれながら、わたしはいつの間にか校舎を出て、校門を出た。そして入船が見つめる先に、莉子の金髪が見えた。その隣に、別の人影が立っている。


「…い!」

「くそっ!」


莉子の荒げた声が聞こえた瞬間、入船はわたしの手を離して走り始めた。何か異常が起きているのだと察して、わたしもすぐ後に続く。莉子に近付くと、声がはっきりと聞こえた。莉子の隣に立っているのは黒い服を着た男性だ。


「離してください!」

「いや、話を聞いてもらうだけだから…」


莉子の手がその男性に掴まれていた。明らかに嫌がる莉子。これはいけないと感じ、わたしは走るスピードをあげる。美幸の身体はしっかりと体力作りがされているので多少のことで息切れしないし、足の回転も早い。


「ほら、あっちに喫茶店があるんだ。コーヒーおごるからさ…」

「ちょっと…」


莉子が嫌そうに自分の手を引いて、足音で気付いたのかこちらを向いた。表情がパッと明るくなるのが見えた。


「やめろ!」

「やめてください」


その瞬間、わたしと入船は莉子と男性の間に飛び込むように割り込んだ。


「なっ」


男性は突然現れたわたしたちに動揺してか、莉子の手を離す。その隙に莉子が抱き着くようにわたしの背中にまわった。


「なんだお前ら…!」


男性はわたしと入船の顔を交互に見てあからさまに不快そうな顔をする。


「この子、嫌がってたでしょう」


わたしがそう言うと男性は一段と顔を歪めたが、わたしの背後にいる莉子とわたしの顔を交互に見比べ始める。


「…なんだ、君もいい顔しているようじゃないか」

「は?」


一瞬何を言われたのかわからず、反射で威圧感の声を出した。男性はそれは気にしないようにして、わたしに手を伸ばす。


「仕方ない、ふたり一緒でもいいよ。いい話を聞かせてあげよう」

「み、美幸ちゃん…」


背後から莉子が怯えた声を出した。いい状況じゃない。仕方ない、あまりこの世界でしたくはないが体術を使わせてもらおう。わたしがそう思った瞬間、わたしに近付いていた男性の手を横から入船が掴んだ。


「あ?」

「このこたちに手出さないでもらえます?」


入船は笑顔で男性に向かってそう言った。


「あ?なんだお前っていたたたたたた」


男性が入船に掴まれた腕を慌てて抑える。


「話なら俺が聞きます。さ、喫茶店に行きましょうか」

「いや、お前に用はっっていたい!いてえって!!やめろ!はなせ!」


男性の手を掴む入船の手は、ものすごい力が込められているのが一目でわかった。騒ぐ男性の手を掴んだまま、入船はわたしたちから離れていく。ある程度離れて、入船はこちらを振り返った。


「ちゃんと送って帰るんだぞ!いいな!」


なるほど、入船が危惧していたのはこういう状況だったようだ。


「わかった!」


わたしは入船に大声でそう返す。入船は小さく肩をすくめて、そのまま痛いとわめく男性とどこかに消えて行った。辺りが静かになって、わたしは背後にいた莉子に顔を向ける。


「帰ろうか」

「うん」


ふたりで帰り道を歩きながら、わたしは莉子に謝る。


「ごめん、ひとりにして」


あの状況になったのは莉子をひとりで帰らせたわたしの責任もある。


「ううん、美幸ちゃんが謝ることじゃないよ」


莉子はそう言ってくれるが、確かめないといけないことがある。


「…実は、この前高熱出してから記憶があいまいなところがあるんだけど、一緒に帰る約束してたっけ」


我ながらうまい言い方だと思った。これで、もし莉子と美幸が何か決めていたことがあったら怪しまれずに知ることができるだろうと思ったのだ。すると莉子はわたしの言葉に少し驚いた様子で、静かに首を振った。


「ううん、約束はしてなかったよ」


莉子は小さく微笑む。


「私が一緒に帰りたかっただけ」


そうだったのか。


「でもいつの間にか、一緒に帰るのが当たり前だと思ってたかも」


だからひとりで帰れと言われた時に、少し寂しそうな顔をしたのか。


「というか、記憶曖昧なの初めて聞いたんだけど!他になにか思い出せないことあるの?」


莉子は自分のことはもういいと言うように、美幸わたしのことを心配し始めた。


「いや、どうだろう」

「何かあったら、私にまず教えてね」

「ありがとう」


莉子はやたら美幸のことを慕っているが、わたしにとってはとても助かる。会話はいったんそこで終わって、しばらくお互いの間に足音だけが響く。


「そうだ、忘れてるかもだから言っておくけど」

「うん」

「水曜はモデルのバイトがあるから、一緒には帰らなくていいからね」

「うん」


モデルってなんだろうと思ったが、素直に頷いておいた。


「…でも嬉しかった」


頷くわたしの耳に、ぽつりと零れたような莉子の言葉が届いた。


「…何が?」

「美幸ちゃんが追いかけてきてくれたこと」


入船くんと一緒だったけど、と莉子が小声で付けした。


「初めてじゃない?」

「…そうかな」


莉子に尋ねられたがわからず曖昧に首を傾げる。しかし莉子はすぐ違うかとひとりで声をあげた。


「最初に会った時、追いかけてきてくれたんだった」

「…」


莉子は少し遠くを見るように、懐かしむようにそう言った。しかしその記憶はわたしにはない。美幸の記憶の中のどこかにあるだろうかと思って少し探すも、すぐには出てこない。


「ねえねえ、美幸ちゃん」


美幸の記憶の中を漁っていたが、莉子に話しかけられて集中力が霧散する。


「なに」

「やっぱり美幸ちゃんも一緒にモデルやらない?そしたら水曜も一緒にいられるし」

「…」


モデルって何だと思いつつ、莉子の眩しい笑顔にわたしは少し目を細めて応えた。


「…気が向けば」


ここで了承してしまったら美幸に迷惑がかかるだろうと思ってとりあえずその場をしのぐ言葉を口にした。この美幸との入れ替わりはそう長いものではないだろうと勝手に思っていたから。


しかしそれから一か月が経過しても、わたしは美幸のままだった。


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