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美幸という名の











これはさすがに死んだだろう。



どこか深いところでそんなことを考えているのは、わたしの魂だろうか。そりゃそうだろうな。あの美幸の身体は助かる見込みが低いと思う。それにしてもまさか美幸があちらで死ぬより、わたしがこちらで死ぬ方がはやいとは。そういえば肉体が死んだら、わたしはどうなるかな一緒に死ぬのか。


美幸、ごめん。


今さら美幸への言葉を言っても伝わらないだろうけど。謝っても謝ってもやりきれないし許されることでもないけれど。いやでも、勝手に入れ替わりをした美幸にだって責任はある。なんて八つ当たりのように思ってみる。でも結局全ての始まりは美幸であることに間違いはないだろう。


最初から美幸が入れ替わりをしなければこんなことにはならなかったのに。いや最初からこれが全てわたしの夢だったらよかったのに。まあただ死んでしまっただろう今となっては、どんな仮定も意味はない。


もはや何も意味がないなら、それなら思うだけなら、許されるだろうか。やけくそのような、悪あがきのような、そんな気持ちが湧いてくる。


例えば、最初から美幸の世界に生まれていたかったとか。


なんて。


思ってみるだけでもなんだか情けなくて渇いた笑いが込み上げてくる。しかしもうこれで全部終わりなんだから、これくらいいいか。


美幸の世界で死んだわたし魂はどこに行くのだろう。元いた世界に戻るのか、この世界にとどまるのか。元いた世界には、命は巡るという考え方が一般的だった。もしそれがこちらの世界にも適用されるとしたら、次に生まれる時も美幸の世界に生まれるのだろうか。それは少し、嬉しいかもしれない。


ああ、でも。今から生まれたら、莉子たちとはもう会えないか。


それは嫌だな。


わたしは、


莉子と、藤谷と、入船と青葉と、


あの澄んだ空がある世界を、あの空の色を飽きてしまうくらいに、


”わたし”として


生きてみたかった。





そんなことを思いながら何かと何かの狭間で揺蕩っていると、どこか遠いところから音がした。



ドン!



それは花火みたいな、しかし花火じゃない音だ。それに対して、恐怖は感じない。むしろなんだか懐かしい気がする。そうだ、随分昔にわたしは”わたし”としてこの音を聞いたことがあるじゃないか。



ドン!



何故忘れていた?いつこの音を聞いた?



ドン!



ーー××!!


遠い記憶で名前を呼ばれた。”それ”がわたしの名前だと、最初はわからなかった。



ドン!



ーー私の名前は美幸。


それなのに、初めてその名前を聞いた時不思議と耳に馴染みがあった。まるで最初からその名前を知っていたかのような。



何かが割れた音がした。その瞬間、映像が、音が、声が、流れ込んでくる。



濁った空の下。埃っぽい空気。心配そうにこちらを見る知らない人たち。


ーーどうして記憶がないんだ?まるで幼児化してるみたいだ。

ーー霊術の失敗か?仕方ない。体の記憶で補うしか…



青空下でわたしを見つけて、喜びに震えながら叫ぶ人。


ーーようやく会えた!!私は間違ってなかった!



暗闇の中、小さな火を囲む人たち。


ーー青空?空は青くなんてないだろ。

ーー事故の後遺症か?疲れてるんだよ、もう寝ろ。



光に満ちた部屋の中で、笑顔を向けてくる人。


ーー四歳の誕生日おめでとう!

ーーこれからも健康に、元気に生きてね。



青空の下で笑いかけてくる人。


ーーそう警戒しないで。私はあなたの味方だよ。

ーーずっとあなたに会いたいと思ってたの。



部屋の窓から青空が見える。空を見ていると、優しく頭を撫でられる。


ーー空が本当に好きね。

ーーどんな女性になってくれるのか、お母さんとっても楽しみよ。




記憶の濁流の中、わたしは気付く。これは、わたしの記憶だ。忘れていたことも忘れていたけど、どれも身に覚えがある。


しかしすぐに違和感を覚える。身に覚えがある?何かおかしい。だってあり得ない。わたしは××だ。××の世界では有り得ないことをどうして記憶している。


すると、遠くから誰かの声がした。


「思い出して」


聞いたことがある声だ。思い出す?何を。


「最初のあなたを思い出して」


最初?


するとふと暖かい何かがどこかに流れ込んできた。



ーー産まれてきてくれてありがとう。



これは記憶だ。暖かい記憶。


「あなたは覚えているはず」


わたしが?



ーーあなたの名前、お父さんとお母さんで一生懸命考えたのよ。



産まれた時にもらった最初の、一番の贈り物。


「あなたの名前は?」


わたしの?



ーー人として美しく、幸せに生きてほしいと願ってつけたの。



これはわたしの記憶だ。わたしが聞いた言葉だ。ということは。そうか。わたしは確信する。


昔、空が透き通るような青になっているところを見たことがある。あれは、夢ではなかったのだ。あれは、わたしが産まれた時に見たものだったのだ。


「そう」



誰かが微笑んだ。



「さあ起きて。美幸という名のあなた」


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