美幸じゃないということ①
空の青さは深く、太陽に温められた風が吹き、蝉の声が鳴り響く。教室の中にいる生徒たちは、少しでも涼むべく時折下敷きで自身を扇いでいた。今日は何もしてなくても少し汗ばむほどの暑い日だった。空調機が来年教室に設置されるらしいが、今すぐにでも欲しいものである。
教壇に立つ先生も暑さでどこか気怠そうだ。
「それでは明日からの夏休みですが、受験が控えてる人はあまり遊びすぎず、目標に向けて頑張ってください」
「はーい」
去年はこれから夏休みだという期待とわくわく感が教室内に満ちていたが、今年は違う。
「塾の夏期講習が明日からある~夏休み感ねぇ~」
「家で勉強なんて絶対できないんだけど」
「今年は花火大会はいいかな…」
「模試の結果まだ親に見せてないんだよな…どうしよ」
なんとなくうっそうとした雰囲気が漂っていた。
「じゃあまたね、片桐さん」
「うん、また」
帰る仕度をしながら同級生たちに挨拶を返していると、ふと視線を感じた。あえてそちらに顔は向けない。何故ならその視線の元は古城だからだ。
古城はあの一件から一言も言葉を交わしていない。けれど時折目が合うと、強い敵意を持ってこちらを睨んできていた。俺は忘れてないからな、と語りかけてきているようだった。
「…」
それはどうしようもできないことだった。これが解決するのは、わたしが元の世界に帰ることしかない。でもそれを古城に伝えるわけにはいかない。
「美幸ちゃん!帰ろ!」
莉子の教室に向かおうと廊下に出ると、ちょうど莉子がやってきた。
「うん」
その時、わたしと莉子の横を誰かが通り抜けた。思わず顔をあげると古城と目が合った。古城はこちらを敵意を持った目で見据えつつ、その口元には薄く笑みを浮かべていた。
「…」
わたしはその笑みを見て、僅かに肌が泡立つのを感じた。それはいつか見たような、こちらを馬鹿にするような、勝ち誇ったような笑みだった。どうして今そんな顔をすることができるのだろう。わたしは何かしたのだろうかと、一瞬不安に思った。
「…美幸ちゃん」
莉子に腕を掴まれてはっと気付く。
「あ、ごめん」
「あいつが古城だよね?」
莉子は眉を潜めて古城が歩いて行った方向を見る。すでに古城はどこかの角を曲がって姿は見えなくなっていた。
「そうだね」
「なんか嫌な感じ!行こ!美幸ちゃん」
莉子が憤慨したような顔をして歩き始めた。わたしは先ほどの古城の顔がなんだか頭から離れなくて、しばらく後ろを気にしながら莉子について歩いた。
「せっかくの夏休みなのに、なんだかワクワクしないね」
帰り道、莉子が流れる汗を拭いながら呟いた。
「勉強しないとだからね」
莉子はうーんと唸った。
「模試の結果は悪かったの?」
「絶望的ではなかったけど…油断して落ちるのは嫌だからなあ。美幸ちゃんは?」
「結果はまあまあ。でも莉子と同じであんまり油断はできない感じ」
「そっかー」
わたしと莉子は受験勉強の話をしながら家までの道のりを歩いた。そんなふうに夏休みが始まった。
そこは夕暮れの教室だった。誰かが赤く染まった教室の中にいる。誰かと誰かが向き合って話している。
「観念したら?」
この声は古城だ。
「どうしてあんたにそんなこと言われなきゃいけないの」
この声は美幸だ。古城と美幸が言い合っている。
「さっさとこの世界からいなくなってくれない?」
「この世界は私の世界だけど」
向かい合っていた二人が、やけにゆっくりと首を動かしてこちらを見る。
「「ねえ」」
二人の声が重なって耳に届く。わたしは隣にある窓を見る。するとそこには黒色の髪に、薄暗い茶色の瞳、そして防衛部隊の服を着た”わたし”が窓ガラスに映っていた。
「え…」
わたしがどうして美幸の教室に。周囲を見渡すと、教室の中に人が増えている。
莉子。藤谷。入船。青葉。突然現れた彼らは、みんな冷たい目で”わたし”を見ている。
「これは何…?」
わたしは狼狽えて、美幸に近付こうとする。しかし、それを莉子が阻んだ。
「美幸ちゃんに近寄らないで!」
莉子の蔑んだ表情に、わたしの身体は固まる。
「美幸ちゃんのニセモノのくせに!」
わたしは目を開けた。そしてそこが美幸の部屋であることを確認して、深くため息をついた。
「はあ…」
わたしはゆっくりと身体を起こしながら、汗ばんだ寝巻にぱたぱたと空気を送る。まだ心臓が騒がしく動いていた。思い出すのさえも嫌な夢だった。わたしは先程見たものを考えないように首を軽く振って顔を洗いに部屋を出た。
夏休みが始まって、一週間が過ぎた。受験生の夏休みというのは、遊びよりも勉強に比重がおかれる。受験勉強というのは、予想問題を解いたり過去問を解いたりという感じだが、似たような問題を繰り返し解くので簡単に言えば面白味がない。そして面白味がないので飽きるのが早い。
「…ふう」
朝から机に向かって勉強していると、途中で少し嫌になる。問題文を眺めながら、わたしはぼんやりと考える。
美幸は冬までには元に戻すと言っていたが、受験までに戻ってきてくれないだろうか。受験する大学だって、わたしが仮に決めているだけでちゃんと美幸に選んでほしいし。冬までにはと言っていたのはさすがに受験は自分でやるから、ということなのだろうか。そういう意味ならありがたいのだけれど。
わたしは問題集の問いから目を逸らして机の上に置いてある本を見る。それは青葉から借りた本だ。勉強の合間にもう読み切ってしまった。
あの本の主人公は、元の世界に戻る方法があったにも関わらず異世界に残ることを選んだ。青葉が賛否両論があると言っていたのは、恐らくその主人公の態度だ。
序盤は元の世界に未練があり帰りたいと言っていたのに、作中で異世界の居心地の良さに心を解され、最終的に元の世界より異世界の方がいいと言い切った。確かに元の世界への未練はどこに行ったのかと、元の世界への思い入れはそんなもんだったのかと言いたくもなる。
元の世界に戻る方法があるならば、元の世界に戻るべきだとわたしは思う。だってそれが魂の正しい在り方だ。わたしだって、やり方がわかればとうのすでにやっている。美幸は知っているようだが、いつか教えてくれるのだろうか。
しかし霊術もないこの世界で、美幸は一体どうやって異世界のわたしと入れ替わるなんてことができたのだろう。それに、どうしてわたしなんだろう。
ーー私と××ちゃんは魂の形がとても似てるから
美幸の言葉を思い出す。わたしはシャーペンを放り投げ、机にうつ伏せになる。
「…」
美幸は何か目的があって、それをわたしに隠している。それは間違いないと思う。その目的にはわたしと美幸が入れ替わる必要があった。例えば、美幸がなんらかの方法を用いてわたしの世界を知り、来てみたいと思ったとか。もしくは、わたしに美幸の世界を知ってほしかったとか。そんなことをしてなんの意味があるんだとは思うけど。
そういえば美幸は初めて会ったとき、わたしを見て何を言ったっけ。
ーーようやく会えた!
まるでわたしを探していたかのように。わたしと会うことを求めていたみたいに。
夢の中で美幸は、青い澄んだ空の下で綺麗な顔に微笑みを浮かべてわたしに向かって言った。
「私は美幸。美しい幸せと書いて、美幸」
言い聞かせるように、何度も。
「××、ようやく会えた」
どうして、わたしの名前を知っているの。
そう尋ねたわたしの顔を美幸が覗き込んでくる。美幸の瞳に、××が写っている。美幸が口を開く。
「だって、私は」
どこかで、何かが割れる音がした。
「やだ!やっちゃったー」
リビングの方から美幸の母親の声がして、わたしは顔をあげた。考え事をしているうちに寝てしまっていたらしい。これは完全に集中力が切れてしまっている。わたしは軽く伸びをして、立ち上がった。
「お母さん、大丈夫?怪我してない?」
「あ、美幸ちゃん。ごめん!美幸ちゃんのマグカップ落としちゃった…」
リビングに行くと、美幸の母が割れたマグカップのかけらを小さい箒で集めていた。美幸専用だと教えられて使っていた花柄のマグカップだったものだ。随分前に親に買ってもらったもののようだったが、割れてしまったものは仕方ない。
「お店で気に入ったのあったら買って来てね。お金払うから」
「うん、ありがとう」
せめて似たような柄のマグカップを探してこようかな。そう思ったわたしは片付けを手伝ってから、美幸の母親に声をかける。
「ちょっと散歩してくる」
「はーい、いってらっしゃい」
一日で一番太陽の高い時間は終わったが、外はまだまだ暑かった。風も太陽に熱されて冷たくはないが、ないよりはましだ。気分転換に少し歩いて、満足したら勉強に戻ろう。わたしは気のおもむくまま足を動かした。
「あれ、ここ…」
しばらく歩いていると、見覚えがある公園に辿り着いた。まだわたしがこちらの世界に来たばかりの頃、喧嘩を見つけて、その後藤谷と逃げてきた小さな公園だ。公園に人はいなかった。
「なんだか懐かしいな」
わたしはあの時座ったベンチに腰かける。肌からじわりと汗が落ちてくる。ぼんやりと雲が流れる空を見上げた。しばらく空を眺めていると、幾分か気分が晴れた気がした。
「…帰るか」
それからわたしは集中力が切れたらその公園まで散歩に行くようになった。
そうして、夏休みが半分終わった。
「はあ…」
夏休みの後半のとある日の夕暮れ時。わたしは公園のベンチに座って、空を見上げていた。受験勉強の進捗はまあまあといったところだった。
莉子や入船からは数日おきに勉強の愚痴やとりとめもない話がメールで送られてきていた。最初はそれで嬉しかったのに、だんだん物足りないと思うようになった。去年の夏休みは、莉子たちといろんなことをしたのに。今年は何もない。
それが、無性に、寂しく思う。
だって夏が終われば秋が来る。そしたら冬なんてあっという間だ。そしたらわたしは彼らと別れなければいけないのに。
「…」
わたしはベンチに座ったまま、空の写真を携帯で撮る。そしてそれを藤谷に送ってみた。
こういう事ができるのも今だけだ。返信は気まぐれでしか返ってこない。今日はどうだろう。返事はそれとなく待つことにして帰ろう。わたしはベンチから立ち上がる。
すると、その瞬間携帯が震えた。携帯を開くと、
それは藤谷からの返信だった。
『そこまだいんの?』
「え?」
返信の意味がよく分からず立ったまま携帯を見つめて首を傾げていると、土を踏みしめる音がした。誰かが公園に来たのだ。
顔を上げると、携帯を片手にした藤谷の姿がそこにあった。
「あれ?」
わたしは携帯と藤谷を見比べる。藤谷はこちらを見て少し可笑しそうに笑いながら一歩ずつ近寄ってくる。
「写真に見慣れた外灯が写ってたから、まさかと思ったが」
「なるほど」
写真を見返すと、公園の外灯が見切れていた。
「何してんだこんなとこで」
「ちょっと気分転換で散歩に。藤谷は?」
「コンビニ」
藤谷の手にはコンビニの袋が下げられている。偶然とはいえ、久しぶりに会うとなんだか嬉しいものだ。しかし藤谷とこの公園にいると、まるで去年のあの時のようだ。そう思っていると、公園を見渡した藤谷が口を開く。
「こんなことにいるから、またあいつらから逃げてるのかと思った」
あいつらとは、かつての藤谷の喧嘩相手であり、わたしが文化祭で相手をした奴らのことだろう。わたしはその時のことを苦く思い出しながら、藤谷に返す。
「もしそうだったらもっと早くに藤谷に連絡してるよ」
すると藤谷は薄く笑みを作った。それを見て、去年より藤谷の笑顔を見ることも多くなったなと思う。
「それならいいけど、あいつら諦め悪いから油断はするなよ」
「そうなの」
もう文化祭の一件から数か月は経っている。わたしも少し忘れかけていたくらいだ。
「藤谷はあれからあの人たちには会った?」
「会ったは会ったけど、話さずにすぐ逃げたから今どうしてるかは知らん」
藤谷はそう言って、コンビニからペットボトルの飲み物を取り出して飲み始めた。
「そうか…」
気を付けておくに越したことはないだろう。しかし思い返してみたら、あの春に藤谷の喧嘩に首を突っ込んでしまったことがちょっとずつわたしの生活に影響している。
「…」
わたしが静かに項垂れていると、藤谷が尋ねてきた。
「なんだよ」
わたしは苦笑いを浮かべながら、正直に白状する。
「去年わたしが藤谷の喧嘩に手を出してなければ、文化祭で男たちに絡まれることもなかったし、古城に脅されることもなかったなって…」
そう言うと、藤谷は不快そうに眉を潜めた。わたしは慌てて付け加える。
「でもそれは多分、無理だとも思って」
あの場で藤谷を見捨てて帰る選択肢は未だにない。
「何度同じ場面に出会っても、わたしは藤谷を助けたよ」
美幸だったらわからない。でもわたしだったなら、きっと助ける。だってそれがわたしなのだから。美幸ではない、わたしなのだから。
藤谷はしばらく黙って、視線をそらして呟いた。
「…くだらね」
「そうだね」
これは意味のない仮定の話だ。わたしは気を取り直して藤谷を見る。
「ところで受験勉強は進んでる?」
「…まぁ」
藤谷は曖昧に答える。大丈夫かとやや心配になる。しかし前に藤谷が謹慎の時にみんなで課題を手伝ったときに知ったが、藤谷は別に頭が悪いわけではない。それにもともと美幸の学校は進学校に分類されるようなので、勉強ができない人は入学もしてないだろう。
そうだ、謹慎で思い出した。
「藤谷、前に藤谷の家にみんなで集まった時、莉子たちに黙っていてくれてありがとう」
そう言うと藤谷は僅かに首を傾げた。
「何かあったっけ」
「古城が、わたしに言った…」
そこまで言いかけて、あの時の古城の声が頭によみがえった。
ーー片桐美幸のニセモノ
それと同時に、先日見た夢まで思い出してしまった。
ーー美幸ちゃんのニセモノのくせに!
「…」
しまった。こんなこと思い出すなら言い出すんじゃなかった。
わたしが不意に黙ったので、藤谷は不思議そうにこちらを伺ってからふと宙に視線を漂わせてからこう言った。
「…別にもう覚えてない」
たぶんそれは嘘なのだろう。
「…そう」
覚えているだろうに、知らないふりをしてくれて。
「俺はもうあいつの言ったことなんて覚えてないから、お前も気にすんな」
お礼だけいうつもりだったのに、慰められてしまった。そんな気を遣わせるつもりではなかったのに。
「うん。ありがとう」
「あいつと何かあったら言え。またぶん殴ってやる」
「殴るのはやめてほしいけど」
わたしは苦笑いをする。
「藤谷は優しいよね」
そう言うと、藤谷は目を丸くして不思議そうな顔をした。
「そんなこと初めて言われたな」
「そうなの」
わたしは思い返す。”わたし”が一番最初に藤谷と出会った時はつい敵認定して投げ飛ばしてしまったが、喧嘩の後は濡れたタオルを貸してくれたし、花火大会の時もイヤホンを貸してくれて、体育祭だって真剣に走ってくれた。
「藤谷はいつもわたしに優しいよ」
わたしはそう呟いた。藤谷は釈然としない顔をしている。
「………」
そんな藤谷の顔を見て、もしかして他の人にはそうじゃないのか。ふとそんな考えが沸いてきた。
それは。
「どうし…」
どうして。
そう呟こうとしてわたしは途中で口を抑えた。そんなことを聞いて何になるというのだ。久しぶりに会えたからとつい考えなしに話しすぎた。
「なんでもない」
すると藤谷は怪訝な顔をする。
「……」
「……」
数秒の間、沈黙が流れた。すると藤谷が小さくため息をつく。
「俺が、お前に優しいのはどうしてかって?」
「いや、大丈夫」
わたしは急いで首を振る。藤谷は眉間に皺を作った。そして少し考え込んだ後、ぽつりと呟いた。
「……教えてやってもいいけど」
それを聞いては、駄目だ。わたしの中の何かが叫んだ。
「い、いいや」
すると藤谷がむっとした表情になる。
「そんなの聞きたくないって?」
「えっと…」
わたしは視線を下に落とす。だって胸騒ぎがする。こんな話の流れにするつもりはなかった。
「お前な」
藤谷の声が思ったより近くに聞こえて、わたしは顔をあげた。いつの間にか藤谷に距離を詰められていた。すぐ目の前に藤谷が立っていてこちらを見ていた。その表情は真剣だった。
「え」
「教えてやる」
待ってくれ。目を反らしたい。耳をふさぎたい。
「俺は」
でも目が離せない。耳を澄ませてしまう。
「お前が好きなんだよ」
息を止めた。夕方の風が頬を撫でた。
「……」
心臓が煩い。手を握りしめた。
「…多分だけど」
少しの沈黙の後、藤谷はそう付け加えて少し笑った。感情をもてあますような、そんな笑みだった。
「……」
わたしは何を言っていいかわからず、口を開いたり閉じたりする。だってこれは何だ。
誰が、誰を好きだって?
藤谷が、わたしを?
いや、違う美幸を?
わたしが中にいる美幸を?
美幸の中にいるわたしを?
いや、待て。これは、状況的にはソーゴさんの時と同じじゃないのか。それじゃあ、あの時と同じ言葉を伝えればいいんじゃないのか。
しかし何かがつっかえたように言葉が一向に出てこない。わたしはどうしようもなく途方に暮れて、俯いた。
「…」
「…別になんか返事が欲しいわけじゃない」
藤谷の声に、わたしはのろのろと顔をあげた。きっとわたしは、美幸がしないようなひどく情けない顔をしているに違いなかった。藤谷はそんな美幸を見て、呆れたような照れたようななんとも言えない顔をした後、こう付け加えた。
「なんとなく、お前には知っておいてほしいって思っただけだ」
わたしは何も言えない。今口を開けば、何を言ってしまうか自分でもわからなかった。
「じゃ、またな」
藤谷はそう言って、わたしの返事も待たずに公園を出て行った。わたしはその場に立ち尽くしたまま、藤谷の背中を見送った。
「…っ」
瞳が熱くなって、わたしは顔を覆った。藤谷に何も言えなかった理由は、自分でもわかっていた。葛藤してしまった。拒絶したくないと思ってしまった。”わたし”の言葉で応えたいと思ってしまった。しかし言えるはずがない。だって、今のわたしは”美幸”だから。”わたし”ではないのだ。この身体は。藤谷が見ている人間は。
「う…」
全てを言ってしまいたいと思った。
わたしは美幸じゃないのだと。この世界の人間じゃないのだと。みんなを騙して、生きているだけの正体不明の何かなのだと。全て吐いて楽になってしまいたい。
そのうえで藤谷と話したかった。でもそんなことをすれば、全て失ってしまうかもしれない。
それに耐えられる自信は、もうなかった。




