美幸の世界①
青ヶ島遊園地とは、青空市の海沿いにある遊園地である。海に半分せり出した大きな観覧車が目玉で、休みの日には多くの客で賑わうという。
「おはよう!美幸ちゃん!」
「おはよう、莉子」
莉子にその遊園地での撮影の補助スタッフとしてのアルバイトの話をもちかけられて、わたしは了承をした。ここ最近莉子に心配をかけた申し訳なさと、古城がいないところで気分転換をしたかったのと、青ヶ島遊園地という場所が気になったからだ。そしてその遊園地での撮影は、早朝から行われるためわたしたちは当日朝早くに公園で待ち合わせをしていた。
莉子と話をしていると、待ち合わせをしている残りの二人がやってくる。
「日高さん、片桐美幸、おはよー」
「おはよう入船くん、東雲くん」
「おはよう」
「……………ああ」
いい笑顔の入船とは対照的に、眠そうな顔の藤谷。
「今日はよろしくな、片桐美幸、藤谷!」
そう、アルバイトするのはわたしだけじゃない。なんと藤谷も一緒だ。
莉子と入船曰く遊園地での撮影は人手が多くいるそうだが、急遽当日に別の撮影会が入ってしまったためスタッフの人手が足りなくなってしまったらしい。なのでモデルの知人にも声をかけて来れる人がいないか探していたというわけだ。
モデル側として出ることになっていた莉子と入船は、それぞれわたしと藤谷を誘った。その結果がこれである。入船がどう藤谷を誘ったかは聞いていないが、わたしが知った時には藤谷はアルバイトに参加するということになっていた。ちなみに入船は青葉も一応誘ったらしいが、即答で断られたという。
四人で撮影スタジオに向かい、そこからバスに乗って青ヶ島遊園地へと向かう。そして午前中は撮影を行い、午後は自由時間となる。
スタジオの前に着くと、もうすでに大型バスが到着していてスタッフの人が出席を取っていた。
「おはようございます。日高莉子と、スタッフアルバイトの片桐美幸です」
「はーい。ありがとうございます」
莉子と共に受付を済ませ、自由席だというバスに乗り込む。
「美幸ちゃんと遊園地行けるなんて楽しみ!」
莉子はそう言って嬉しそうに笑った。あくまでわたしたちは仕事のために遊園地に行くのであるが、確かに正直楽しみではあった。
「日高さん、飴食べる?」
「え、くれるの?ありがとー」
「ほら、片桐美幸も」
「ありがとう」
わたしたちの後ろに座った入船が飴を座席の隙間から差し出してきたので、それを受け取る。その時にちらりと後ろの席を覗くと、藤谷は座席にもたれかかって目を閉じていた。
「もう寝てる…?」
「昨日俺んちに泊まって遅くまでゲームしてたんだよ」
入船が笑いながら飴を口に放り込んだ。
「そういえば、入船はどうやって藤谷を誘ったの?」
藤谷が寝ている間に聞いてしまおうと、わたしは密かな疑問を口にした。
「ああそれは」
入船が口を開こうとすると、バスの中にぞろぞろと人が乗り込んできた。
「おはようございまーす」
「おはようございます」
莉子たちに合わせて、わたしもバスに入ってくる人たちを見つつ軽く頭を下げていた。すると。
「あれっ」
ちょうどわたしの座席の横を通りがかるソーゴさんと目があった。
「ソーゴさん」
「片桐さん」
わたしが軽く会釈をすると、ソーゴさんは足を止めた。
「久しぶり!驚いたよ、来るならそう言ってくれればよかったのに」
「お久しぶりです。まさかソーゴさんがいるとは思わなかったので…わたしも驚きました」
「本当だね、でも会えて嬉しいよ」
ソーゴさんは優しい笑みを浮かべる。あのホワイトデー以来メールはしつつも会ってはいなかったので、随分久しぶりな気がした。
「また後でゆっくり話したいな」
「そうですね」
「じゃあ」
ソーゴさんはそう言って、バスの後ろの方に歩いて行った。
「ソーゴさんもいたんだね」
そう言って莉子の方を向くと、莉子は眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。
「……莉子?」
「あっごめん!なんでもないよ!」
莉子の態度に勘付いたわたしは、耳打ちをして尋ねる。
「もしかして、莉子ってソーゴさんと仲悪いの?」
「違うよ!仲が悪いってわけじゃないの」
「そうなの?」
「そ、そうそう!」
莉子が笑顔でそう言うが、何とも歯切れが悪い。後で入船にもこっそり聞いておいてもいいかもしれない。
「あ。ところでさっきの」
話の続きをしようと思って後ろを見ると、藤谷と目が合った。
「あれ?起きてる」
「………どこかの誰かが煩かったからな」
わたしとソーゴさんの会話で起こしてしまったのだろう。
「ごめん。声大きかったかな」
「……別に」
藤谷はぽつりと呟いてまた目を閉じた。これ以上眠りを妨げるのは悪いので、わたしは話を切り上げて前を向き直す。
「美幸ちゃん」
「ん?」
莉子に腕をつつかれてそちらを見る。莉子はとても真剣な表情でこちらを見ていた。何故だかその迫力にはやや鬼気迫るものがあった。
「今日、なるべくひとりにならないようにしてね」
「え?うん」
「約束だからね!」
「う、うん。わかったよ」
そんな会話をしていると、大人の人がバスに乗り込んで手をあげた。
「それでは全員揃いましたんで、バス出発しまーす」
そうして一時間ほどバスに揺られて、わたしたちは青ヶ島遊園地へと到着した。
広い駐車場に降りると、すぐそこに大きな観覧車やジェットコースターのレールが見えた。今日は天気も良く、空も澄んでいる。撮影日和というやつだろう。
「モデルの方々は控室にお願いします!」
「スタッフアルバイトの方はこちらに集合してください!」
「それじゃあまたね、美幸ちゃん」
「うん。頑張って」
「じゃあな、藤谷。しっかりしろよ」
「はいはい」
莉子と入船は控室に、わたしと藤谷はアルバイトの人たちが集合している方へと向かう。藤谷が隣で欠伸をかみ殺しているのに気づき、わたしは声をかける。
「藤谷、昨日遅くまで起きてたんだって?大丈夫?」
「まあ」
藤谷は曖昧に頷いて、こちらを見た。
「お前こそ」
美幸を映した瞳が、少しだけ細められる。
「無理するなよ」
古城の一件があってから、莉子をはじめ入船や青葉は美幸に対して過保護のような態度をとることが増えた。美幸を心配してのことだから大変有難いとは思いつつ、その度に申し訳なさや罪悪感という感情も沸いてくる。
藤谷だけは特に態度が変わったという感じはないが、なんとなくこちらを案じてくれているのはわかる。古城は態度ではわかりにくいが、基本的には優しい。古城から助けてくれた時だって、古城に言われた言葉だってわたしの気持ちを察して莉子たちに言わないでくれた。
「うん。ありがとう」
「ん」
そしてわたしたちはスタッフとしての仕事内容の説明を受け、さっそく仕事が始まった。スタッフとしての仕事は水や弁当の差し入れの準備、備品の運搬、モデルが使用する小物の管理などだ。上の人の指示でわたしたちスタッフはあちこち動き回るので、中々忙しい。
「スタッフさん、これあっちに持って行ってください」
「はい」
しかしその合間に莉子や入船、そしてソーゴさんがモデルをしている姿を間近で見ることができる。
「目線こっちお願いしまーす!」
「次は笑顔で!」
「じゃあ背中合わせになってもらっていいですか~」
莉子と入船がモデルをしているところは前も見たことがあるが、何度見てもその姿につい感心してしまう。
そしてソーゴさんはやはりモデルの先輩という感じで、莉子や入船よりも手慣れているなと感じた。その場で作る立ち姿とその表情は遊園地の風景に馴染み、さながら一枚の絵のようになっている。つい見惚れてしまうくらいに。そんなことを思いながら仕事の合間にソーゴさんの撮影を見学していると、ソーゴさんの視線が一瞬こちらを向いた気がした。
「おっソーゴいいね!」
「ソーゴ気合入ってんね」
「さすがソーゴさん」
通りがかったモデルの人やスタッフの人がそう呟いているのが聞こえてきた。やはり一目おかれる存在らしい。目を引く容姿をしていて、仕事もできて、さらには優しい。ソーゴさんはそういう人なのだ。そういえば優しいといえば、後で話す機会があれば前にくれた植物園の招待券のお礼を直接言っておいてもいいかもしれない。メールで簡単にお礼は言ったが、感想とかも伝えていないし。
「ではちょっと休憩しまーす」
「レイアウト変えるので、スタッフさんお願いしまーす」
ソーゴさんの撮影が終わり、わたしたちスタッフは次の撮影の準備を始める。それがひと段落すると、ぽんと肩を叩かれた。
「スタッフさん、水貰いたいんですけど」
「はい」
振り返って、わたしは瞬きをする。
「ソーゴさん」
ソーゴさんはにこりと微笑んだ。
「お疲れさま」
「お疲れ様です。水ですね。とってきますよ」
「いいよ。取りに行かせるのは悪いから、一緒に行く」
歩き始めたわたしの横にソーゴさんが並ぶ。
「さっき僕の撮影見てたでしょう」
「はい」
ソーゴさんはどこか嬉しそうに目を細めた。
「どうだった?」
そう尋ねられて、わたしは先程感じたものを素直に口にする。
「つい見惚れてしまいました。ソーゴさんはすごいですね」
「ほんと?片桐さんにそう言ってもらえると嬉しいな」
「本当です。ソーゴさんの笑顔は人を魅了する力がありますよね」
「照れるなあ」
ソーゴさんは嬉しそうに笑った。自分が言ったことで嬉しそうな顔をしてくれるのがなんだかこちらも嬉しくて、わたしはさらに続ける。
「それでいて親しみやすくて、とても優しい人ですよね、ソーゴさんは。尊敬します」
「ありがとう…僕にしてみたらそこまで言える片桐さんの方がすごいけどなあ」
「いえそんな」
わたしは思ったことを言っているだけなのだ。わたしは首を振っているときにはたと気付く。
「あ、そういえばソーゴさん」
「ん?何かな」
「前に植物園の招待券譲ってくださってありがとうございました」
「ああ、これはご丁寧に。どういたしまして。楽しかった?」
「はい、とても」
「そりゃ良かった。本当は僕が片桐さんと一緒に行きたかったんだけどね」
「それは…」
わたしはソーゴさんを仰ぎ見る。ソーゴさんの視線を受けて、わたしの中で警鐘が密かに鳴った。わたしは前を見るふりをして、そっとソーゴさんから視線を外す。
「そういえば」
「はい」
「僕も片桐さんに次会ったら聞こうと思ってたことがあるんだ」
「なんでしょう」
ふと、ソーゴさんが歩みを止めた。わたしも合わせて足を止める。
「片桐さん」
名前を呼ばれたので、つられるようにソーゴさんの顔を見た。その熱のある視線は、見覚えがあった。捕まったなと、なんとなくそう思った。
「あのね、」
「おい!」
ソーゴさんの言葉に被せるように、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。思わずそちらの方を見ると、藤谷が眉間にシワを寄せてこちらに歩いてきているところだった。
「藤谷、どうしたの」
「向こうで人が足りてないんだってよ」
「えっ」
それはいけない。行かないと。そう思って藤谷の方に足を向けかけて、わたしはソーゴさんの顔をうかがう。
「すみません、ソーゴさん」
そう言うと、ソーゴさんは先程の熱はどこかに潜ませて、にこっと笑った。
「いやごめん、こっちも無理に引き止めちゃったね」
そして藤谷に目を向ける。
「君は片桐さんの友だち?」
「…はい」
何故か藤谷はソーゴさんを警戒したように見ている。
「そっか。自己紹介したことないよね?僕は浦川壮悟です。片桐さんとは親しくさせてもらってるんだ」
「……東雲です」
満面の笑みのソーゴさんと、やや硬い表情の藤谷。二人は言葉もなく数秒見つめ合ったかと思うと、藤谷が先に視線を外した。
「行くぞ」
藤谷はそう言って、美幸の手を取った。そしてそのまま歩き出したので、わたしは慌ててソーゴさんに軽く頭を下げる。
「あっうん。すみません、ソーゴさん。失礼します」
「うん。またね」
ソーゴさんは微笑みながら手をこちらに手を振った。藤谷に歩みを合わせていると、あっという間にソーゴさんの姿は見えなくなった。手を引かれたままだと歩きづらいのでわたしは藤谷に声をかける。
「藤谷、人手が足りないってどこ?」
すると、藤谷は足をピタリと止めた。そしてやけにゆっくりとこちらを向く。
「お前なあ、日高にひとりになるなって言われなかったか?」
「え?」
確かにバスではそう言われた。しかし、なぜそれを藤谷が気にするのか。そう考えて、わたしはひとつの可能性を思いつく。
「もしかして藤谷、莉子にわたしを見とくように頼まれてたりする?」
藤谷の頬がぴくりと動いた。当ててしまったかもしれない。
「…まあ、バイトのついでに」
歯切れ悪く藤谷は答えた。わたしは思わず苦笑いをしてしまう。
「莉子は心配症だな」
すると藤谷がじろりとこちらを見る。
「お前は警戒しなさすぎ」
「え、そうかな」
「もういいから。行くぞ」
「え、うん」
釈然としないような気持ちを抱えつつ、わたしは歩き始めた藤谷の後を慌てて追いかけて横に並んだ。




