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美幸を守るために②

翌日。


どんな顔をして学校に行けばいいのかわからない中、いつも通りを装って登校すると古城は教室にいなかった。しかも同級生たちの会話を聞いていると、放課後の藤谷と古城の騒動は不思議とみんなの周知の事実となってるようだった。あの時間帯はそんなに生徒が残っていなかっただろうに、高校生たちの情報収集能力は目を見張るものがある。そんな同級生たちの話をやや冷や汗をながしながら聞いていたが、どうやらそこに美幸わたしの存在は含まれていないようだった。


そんな中、担任の先生を通して学年主任の先生から昼休みに呼び出しがかかった。きっと昨日の喧嘩のことや文化祭の写真のことを聞かれるのだろう。わたしはそう思って戦々恐々としながら、昼休みに職員室を訪れた。恐らく緊張した顔をしていただろう美幸わたしを見て、学年主任の先生は爽やかに笑った。


「大変だったな!」


どちらかと言えば案じられているような声をかけられて、わたしは瞬きをする。明らかにこちらを叱るような雰囲気ではない。


「…あの」


困惑したわたしが声を出すと、先生はまあ座れと会議室へわたしを案内した。


「昨日、片桐は大丈夫だったか?怪我は?」

「いえ、私は怪我はありません」


わたしは机の下でそっとバングルの手首に触れる。バングルの電流は静電気みたいなものだったので、痛みはあったが傷はない。


「呼び出して悪いな。東雲と古城から話を聞いたがどうにも言うことが食い違ってな。一応片桐の話も聞いておきたいと思って」


一体藤谷と古城は何を話したのだろう。


「話せる範囲でいい。教えてくれるか?」

「はい」


わたしは背筋を伸ばして、片桐美幸として口を開いた。


昨日の放課後は古城に呼び出されたこと。

古城に何故か良く思われていないこと。

昨日の放課後も古城に難癖を付けられて、写真で脅されていたこと。

脅されていたところを、藤谷が助けてくれたこと。


わたしが話終えると、先生は机の上に写真を出した。


「写真っていうのはこれか?」

「そうです」


写真には男を蹴る女子生徒と、男を殴る男子生徒が映っていた。わたしは背筋を伸ばしてしっかりと頷く。


「なるほど」


先生は一言呟いて、机の上の写真を手に取った。


「確かに暴力は校則違反であり犯罪だ。現場を目撃したからには処分が必要だ」

「はい」

「しかし、俺は現場を目撃していない」

「えっ?」


先生は写真を手に取る。そしてわたしが何か言う前にそれを勢いよく二つに破った。


「えっ」

「そもそもこの写真が本物だと調べる方法はないからな」


そう言って先生はこちらを見る。そしてものすごく困惑した顔をしていただろう美幸わたしを見て頷いた。


「その様子なら反省もしているんだろう。今後は気を付けろよ。二度目はないぞ」


先生は、文化祭の件は見逃すと言っているのだ。わたしは先生の気遣いに感謝して、頷いて深く頭を下げた。


「以後、気を付けます」

「よし」


そして先生は気を取り直したように口を開く。


「今回の件片桐はこれで終わりだが、現行犯の東雲と古城は一週間の謹慎処分だ」

「…謹慎」


わたしは小さくつぶやく。とりあえず藤谷が退学にならなくて良かった。


「東雲は暴力をふるったこと対してのお咎めだが、古城はそれに加えて片桐に写真で脅しをしてたことのお咎めもある」


そうなのか。わずかに反応する美幸わたしをよそに、先生は苦笑いをする。


「恐喝も立派な犯罪だからな。それをあいつにはちゃんと伝えておいた」


わたしはほっとして息をついた。これで古城の言うことは聞かなくて良くなったということだろう。


「片桐と古城の席も距離を取るように担任に言ったから、そのうち席替えもあるだろう」


その後学年主任の先生と軽く世間話をして、わたしはひとりで職員室を出た。そしてわたしは大きく息を吸って、大きく息を吐いた。


「はあ」


廊下に、美幸わたしの声がひときわ大きく響く。多分、何かが一段落した。


教室に戻って時計を見ると、長い時間先生と話していた気がするのにまだ昼休みは半分以上も残っている。わたしは昼食を片手に少し小走りに莉子たちがいるであろう中庭に向かった。


中庭では、思った通り莉子と入船と青葉の三人が昼食を食べていた。すると莉子が素早くわたしに気付いてこちらに手を振ったので、わたしは莉子の隣に腰を下ろした。


「今からお昼?」

「うん。一緒にいい?」

「もちろん!」


莉子の隣に座ると、入船と青葉がわたしに気付いた。二人とも入船の携帯を見ていたようだ。


「よお、片桐美幸」

「やあ」

「うん」


すると二人は一度顔を見合わせて、入船が口を開く。


「片桐美幸、日高さん、今日の放課後空いてる?」


もう古城から何も言われることはないため、用事などない。


「わたしは大丈夫だけど」


そう言って隣の莉子の様子をうかがう。


「あたしも大丈夫だよ」


莉子はにこりと笑った。入船はわたしたちの答えを聞いてこう言った。


「放課後、藤谷の家に行かないか?」


藤谷の名前に胸がざわついた。


「どうして藤谷の家に?」


入船は携帯に視線を落として答える。


「謹慎があんまり暇なんだと。このままだと出された課題も進まないし爆発する前に一度様子を見に行こうかと」


それを聞いて莉子が肩をすくめて笑った。


「暇って…今日が謹慎一日目じゃないの?」


入船や莉子も藤谷の謹慎のことは知っているようだ。しかし、そのことに対してわたしに何も尋ねてこない。それは藤谷の謹慎にわたしが関わっていることを知らないのだろうか。それとも、知っていて知らない振りをしているのだろうか。


「どう?」


青葉が静かな目をわたしに向ける。わたしは背筋を伸ばした。答えはすぐ決まった。なぜなら、昨日わたしは呆然とするばかりで藤谷に何も言っていないからだ。わたしは藤谷に謝罪とお礼を言う義務がある。


「行く」


そして、入船たちにも藤谷を巻き込んだことをちゃんと話すべきだと思った。


放課後になるとわたしたちは門の前で集合し、ぞろぞろと藤谷の家へと向かった。藤谷の家はアパートの二階のようで、ある部屋の前に来ると入船は勝手知ったるといった感じで扉を開けた。


「おじゃましまーす」


鍵はかけないのだろうか。不用心だ。入船と青葉は特に返事を待たずに靴を脱いであがっていく。わたしと莉子は少しだけ顔を見合わせて、それに続いた。


「よお、藤谷」


リビングに続く扉を開けると、藤谷がソファに座って入船を見上げていた。ソファの前に置いてある机の上には、プリントや参考書が置かれている。


「どうだ、調子は」

「最悪だ」

「えっこれ何?」

「反省文と謹慎中の課題…」


藤谷はそう言いつつ天井を仰いだが、わたしたちに気付いて眉を潜めた。


「…何しに来た」


言葉は冷たいが、声音は柔らかい。


「謝りに来た」


わたしがそう言うと、藤谷の眉間の皺がさらに深くなった。


「別に謝ってもらうことなんてない」


藤谷はもうそこで話が終わったとばかりに視線を外した。わたしは入船や莉子がこちらを不安そうに見つめるのを感じながら、口を開いた。


「藤谷の謹慎は、わたしのせいだ」


その言葉に、藤谷がこちらを向いて睨む。


「お前のせいじゃない」

「違う」

「ま、まあ待てってお前ら…」


わたしと藤谷が睨み合い始めたのを見かねて、入船が美幸わたしと藤谷の間に入る。莉子が控えめに美幸わたしの服の裾を掴んだ。


「……とりあえずみんな座ったら?」


青葉がリビングの椅子に座って、呟いた。確かに藤谷以外みんなリビングに立ち尽くしたままだった。


「そうだな」


入船が藤谷の隣に座る。


「…」


わたしはどうしようかと視線をうろつかせると、莉子がわたしの服の裾を引っ張った。そして引っ張られるまま、わたしはリビングの青葉の向かいの席に腰を下ろす。莉子はわたしの隣に座った。


「じゃあまず君」


青葉の静かな声がわたしに向けられた。


「言いたいことがあって、ここに来たんでしょ」

「……うん」


わたしは膝の上に手を置き、背筋を伸ばした。そして藤谷の方を向く。


「藤谷が謹慎になったのは、昨日藤谷が古城と喧嘩をしたからだ」


藤谷は不機嫌そうにどこかを睨んだままこちらを向かない。口を挟む気はもうないのだろう。わたしはそう思って続ける。


「藤谷が古城と喧嘩をしたのは、わたしが藤谷に助けを求めたからだ」


服の裾を掴んだ莉子の手が少し震えた気がした。


「わたしはここ最近、古城に脅されてた」

「まじか」


入船が小さく呟いた。


「みんなには言ってなかったけど、文化祭の日にわたしは学外から来た男たちと喧嘩をしたんだ。古城はその現場を写真に撮っていた」


心配をかけまいと隠していたのに、回り回ってこんなことになるとは。


「古城に言う事を聞かないと、それをばらまくと言われた」

「ひどい…」


隣で莉子が呟く。


「その写真にはわたしだけじゃなくて藤谷も写ってた。わたしは学校の処分を恐れて古城の言うことを聞くことにした」


莉子たちと一緒に過ごすな言われたこと。変なテストをやらせれていたこと。わたしは古城にやらされたことをできるだけありのまま口にする。


「昨日も古城に呼び出されて……そこに藤谷が助けに来てくれた」


すると藤谷がようやくこちらに視線を向けた。


「あの時はありがとう。本当に助かった」


藤谷は僅かに目を見張り、小さく微笑んだ。


「その礼は俺だけじゃなくて、そいつらにも言ってやるんだな」

「え?」


その言葉にリビング内を見渡す。入船は気恥ずかしそうに目を反らし、莉子は困ったように笑って、青葉はひとり神妙な顔で頷いていた。


「何?」


わたしが首を傾げると、入船が気恥ずかしそうな顔のまま口を開いた。


「……実は、藤谷に片桐美幸の様子を見て来いって言ったのは、俺なんだ」

「えっ」


続いて、莉子が申し訳なさそうに呟く。


「…美幸ちゃんの様子がおかしいのは何か理由があるって言ったのはあたし…」

「えっ?」


最後に平然とした顔の青葉。


「君が放課後あやしい動きをしているって言ったのは僕」


それを聞いて藤谷がニヤリと笑った。


「俺はそいつらの指示で、昨日放課後お前の後をつけたんだよ」

「いやでもまさか暴力沙汰になるとは思わないだろ」

「謹慎って聞いてめちゃくちゃびっくりしたんだからね!」

「遅かれ早かれそうなりそうな気はしたけど。早かったね」

「えっと………」


藤谷たちが再びこちらを見る。あの場に藤谷が来たのは、入船や莉子、青葉がわたしの様子を心配してのことだったらしい。彼らが美幸わたしを案じることがなければ、わたしも古城もどうなっていたかわからない。こんなにも美幸が人に思われているという事実が、とても嬉しく、とても息苦しく感じる。それでもわたしが今いう言葉はひとつしかない。


「みんなありがとう…あと、ごめんなさい。黙っていて」


すると莉子が美幸わたしの身体に抱き着いた。


「本当だよ!すっごくすっごく心配したんだからね!でも良かった。美幸ちゃんが無事で」

「うん…ありがとう」

「もう日高さんに心配かけんなよな」

「うん、そうする」

「また図書室においでよ」

「うん…行く…」

「またあいつに何か言われたら俺に言えよ。ぶっ飛ばしてやる」


藤谷の言葉は聞き捨てならない。わたしは苦笑いをこぼした。


「それはちょっと…」

「なんでだよ」

「また謹慎になるよ。次は停学かも」

「いいよ別に」

「わたしが良くない…」


すると藤谷との会話を眺めていた入船が口を開いた。


「古城ってオカルトばかりに興味があるかと思ってたけど、そういうこともするんだな」


内心ぎくりとする。


「あーそういやあいつわけわかんないこと言ってたな…」


藤谷が独り言のように呟く。そうだ。藤谷は古城の”ニセモノ”や”バケモノ”という言葉を聞いている。あれを聞いて藤谷はどう思ったのだろう。わたしの視線に気付いたのか、藤谷が顔をあげる。藤谷と目が合った。


「……」


言わないでほしい、と思った。まだ心の準備ができていない。そう思ったのが通じたのか、ふいに藤谷が視線を外す。


「……ただ気に喰わねえってだけじゃねえの」

「ふーん。まあ元から不思議系だもんな。何考えてるかなんてわかんないか」


わたしは内心安堵の息をついた。しかし古城の件はこれでひと段落はしたが、解決したわけじゃない。


古城がわたしを目の敵にする理由は、わたしが美幸の身体に入っているから。わたしが美幸としてここにいる間は、解決することがない。


いっそ話した方がいいのだろうか。莉子や藤谷や入船や青葉や古城に。わたしは美幸ではなく、別の世界の者であるということ。こうしているのは美幸がそう望んでいるからであること。美幸がこの身体に戻ってくるまで、わたしを美幸として扱ってほしいと。


でも、話して。それで、受け入れられなかったら?

”ニセモノ”だと、”バケモノ”だと、”気持ち悪い”と言われて距離を置かれたら?


そう考えると、血の気が引いていくのを感じた。駄目だ。そんなことになったら耐えられる気がしない。まだ美幸としての生活はもう少し続くと思われる中、そんなリスクがあることなんてできない。今はまだこのままの生活守るべきだ。例え莉子や藤谷、入船、青葉に嘘をつき続けることになっても。


「美幸ちゃん」


名前を呼ばれてはっと気付く。いつの間にか握りしめていた手に莉子の手がそっと添えられた。


「大丈夫だよ。美幸ちゃんには、あたしたちがいるから」

「………うん」


莉子の手は暖かい。わたしはそれを噛みしめながら頷いた。話がひと段落したところで、入船が明るく声をあげる。


「よし!じゃあ藤谷の課題の手伝いでもするか」

「は?」


藤谷が眉を潜める。


「なんでだよ」

「いやだってそのために俺たち来たんだろ?」

「ええ?そうだったけ?」

「初めて聞いた」


入船の言葉に莉子や青葉が反論する。二人から反論されて、入船はこちらに顔を向けた。


「なあ片桐美幸、そうだったよな?」


昼休みの会話をなんとなく思い出すが、そんなことは言ってなかったような気もする。しかし藤谷ひとりではあの課題の量は進まなさそうだ。


「…うん、そうだった」

「えー?美幸ちゃんまで?まああたしはいいけど…」

「僕は手伝わないよ」

「じゃあ頑張るぞ!藤谷!」

「嫌だ……」


藤谷がだるそうにソファにもたれかかる。その姿を見て、気の抜けた笑みが零れた。ようやく息が吐けた、そんな感覚になった。藤谷はそれに気付いて、こちらをじろりと見る。


「……笑ってないで、手伝えよ」

「うん」


そうして陽が落ちるまで、五人で机を囲んで藤谷の反省文と課題の手伝いをした。翌日美幸のクラスでは席替えが行われ、わたしは古城と席が離れることになった。



そして一週間後、藤谷の古城の謹慎が解けた。登校してきた古城は、一瞬こちらを見たが先生からの言いつけを守ってか特に接触してくることはなかった。そしてわたしは昼休みは再び莉子たちと一緒に食べるようになっていた。


そんなある日のことだ。


「ねえ美幸ちゃん。モデルの仕事で今度青ヶ島遊園地で撮影があるんだけど、よかったらアルバイトに来ない?」


莉子がアルバイトの話を持ち掛けてきた。


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