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美幸を嫌うひと②


昼食が終わり、わたしは教室に戻るために廊下をひとり歩いていた。そしてひとつの考えに至る。


それは、古城がどうして気付いたかは今は問題ではなく、どんなことを言われても美幸わたしは古城の言うことを決して肯定してはいけないということだ。古城と接する時は、自分が美幸だということを決して疎かにしてはいけない。


この一年やってきたことだ。大丈夫だ。わたしは自分にそう言い聞かせ、教室の扉に手をかけようとした瞬間、扉が開いた。そして開いた扉の先に立っていたのは、古城だ。


わたしは驚きで固まったが、古城は冷たい目で”わたし”を見下ろしてきた。


「学校随一の人気者に取り入れておけば、安心だと思った?」

「…何のこと?」


わたしは不快感を表しながら答える。


「あれ、わからない?」


古城は美幸(わたし)を嘲笑する。


「日高莉子のこと」


ざらりとした嫌悪感が心臓を撫でた。古城に莉子の名前を呼ばれることが、ひどく不愉快に感じた。


「変なこと言わないでくれる?」


わたしは冷たく吐き捨てて、古城の横を通り抜けて教室に入った。古城は深追いしてくるわけではなく、ニタリと笑って美幸の後ろの席に戻った。



古城はそれから、事あるごとにわたしに問いかけてきた。


「出身はどこ?この世界じゃないよね」

「親も友人も騙して楽しい?」

「よく平気な顔してられるよね」


しかも古城は周囲にいる同級生に聞こえるか聞こえないか絶妙に嫌なタイミングを狙ってきていた。


「はいはい」


わたしは古城の言葉をすべて軽く受け流し、相手にすることはなかった。そうしないといけなかった。相手にしたらおしまいだと思った。


しかし古城はそんなわたしの冷たい反応も気にすることなく、しつこく付きまとってくる。しかも常にわたしの一挙一動を観察するような、監視するような視線で。だから教室にいる間はずっと気を張ってなくてはならなかった。ただ幸いしたのは、緊張感がある生活にわたしが慣れていたことだ。あちらの世界は、常に命がけの生活だったから。


そんなある日のこと。


「なあ、これって古城の撮った写真だろ?」


そう言ってクラスメイトが古城の前に一冊の雑誌を出した。


「ああ。そうだ」

「すげー」


その会話を聞いていた他のクラスメイトたちがなんだなんだと古城の席の周りにやってきた。わたしもその騒ぎに乗じて、その雑誌を横目で見る。


クラスメイトたちが視線を向ける先には、”心霊写真特集”と書かれたページがある。女子生徒がひとつの写真を見てキャーと悲鳴をあげた。


「へえー古城って霊感あんの?」


雑誌を眺めていた男子が古城に尋ねる。すると、古城はしたり顔で笑った。


「俺のは霊感じゃない。第六感だ」

「第六感?霊以外もわかんの?」

「ああ。もちろん」

「へえー例えば?」


すると古城が目を細めて、こちらを向こうとしたのがわかった。わたしは興味ないふりをして、視線を前に戻す。


「例えば…異世界人、とか?」


古城の言葉を聞いた瞬間、心臓が握り潰されるような緊張感がわたしを襲った。


「異世界人?そんなのいんの?」

「いるいる」

「じゃあ今度見かけたら教えてくれよ」

「オッケー」


古城はクラスメイトたちと軽口を言い合い、笑い合っている。わたしは教科書を取り出し、一心不乱に授業の予習を始めた。何か別のことを考えていないと、ぼろが出てしまいそうだったから。


その日の昼休み。昼食はいつの間にか莉子、入船、藤谷、青葉、わたしの五人で中庭で食べるのが恒例化しており、そこでわたしは思わず尋ねてしまった。第六感というものを信じるか、と。


「第六感?」


莉子が復唱して首を傾げた。第六感とは、五感(視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚)に加えてもうひとつあるという、六番目の感覚と言われているものだ。勘、直感が鋭い人はこれを持つと言われることがあるという。


「まあ、ある人はあるんじゃないかな?あたしは持ってないからわかんないけど」

「響一は持ってそうだよな」


入船の言葉に青葉に視線が集まる。青葉は早々に昼食を食べ終えていて、文庫本を開いていた。


「なあ響一?」


呼びかけられて、ようやく青葉がゆっくりと顔をあげる。


「何?」

「響一って第六感持ってる?」

「第六感?」


すると、青葉は何気ない仕草で一度こちらに視線を向けた。その動きが何故か先ほどの古城を思い出させて、わたしの心臓はまた委縮した。しかし青葉はわたしに何も言わず、入船に視線を戻す。


「無いね」

「じゃあこの中では誰も持ってないな」


入船がそう結論付けた。藤谷も特に否定をしなかった。


「そうか」

「美幸ちゃんがオカルト的なこと話すの珍しいね。古城くんが何かしたの?」


古城の名前に動揺しかけたが、わたしはそつなく返事をする。


「そう。なんか雑誌に心霊写真が載ったとかで…」

「え~やだー」


莉子は怖いものは苦手のようだ。わたしはその”第六感”そのものの方が怖かった。第六感はちゃんと人々に認知されている能力のようなので、古城が言ったことも人によっては信じてしまうだろう。それなら。


もし、古城があの教室の中で”わたし”が”異世界人”だと”第六感”でわかったと言ったら。


”美幸”はどうなる?


「くだらね」


俯いて考えていたわたしに、吐き捨てるような声音の藤谷の声が聞こえた。


「他の人間がわからないなら、第六感なんてただの勘違いだろ」

「おっ藤谷は反対か」

「反対って言うか、他人しかわからないものを信用できるかよ」


ははーんと入船が腕組をする。


「藤谷はあれだな、自分で見たもの聞いたものしか信じないタイプだな」

「良光だってオカルトあんま好きじゃねえだろ」

「まあ…」


入船がちらりと莉子を見て、その次に美幸わたしを見た。その視線の流れの理由を察して、わたしは莉子に尋ねてみる。


「莉子はオカルト好きなの?」

「うーん。怖いからあんまり」


莉子の答えを聞いて、入船がだよなと相槌を打った。現金な奴だ。入船を生暖かい目で見ていると、莉子がさらに口を開いた。


「幽霊とか宇宙人とか、よくわからないものは怖いよ」


その言葉には、不意打ちで頭を殴られたような衝撃があった。だってそれはつまり、わたしの存在は本当は莉子にとって怖いものと言われてるのと同じだったからだ。


「…」

「ね、美幸ちゃんはオカルト好き?」


一瞬硬直していた美幸わたしに莉子が尋ねてくる。


「え?あ、えーと」


わたしは慌てて美幸としての言葉を考える。


「苦手、かも?」

「そうなんだ~一緒だね」


莉子が屈託なく笑う。わたしはその笑みを見て少し安堵する。


大丈夫だ。まだ莉子にはバレていない。


もし、もし。わたしがこの世界の存在じゃないと知られたら、莉子はこの顔を見て恐怖するのだろう。それは、あまり見たいものではない。わたしはそう思った。


そしてとある水曜日。


莉子がモデルの仕事があるので、美幸は一人で帰る日だ。帰る前に学校の図書室に寄ったわたしは、借りた本をしまう途中でノートを机の中に置いてきたことに気付いた。ノートがないと課題ができないため、わたしは急いで教室に戻ることにした。


そして教室の扉をがらりと開けて、わたしは息を飲んだ。


教室には人がいた。


古城一人が。


「…!」


古城はこちらに視線を向けることなく、手元のノートに目を落としていた。そのノートの表紙が目に入り、わたしは舌打ちをする。どうして美幸のノートが古城の手にあるのだ。


「何をしているの」


わたしは語気を強めて古城にそう言った。


「…」


古城はふらりと顔をあげてわたしを見た。そしてニタリと笑ったのだ。


「あれ、なんで戻ってきてんの」

「それを取りに来たんだけど」


わたしは早足で古城に近付き、古城が手にしていたノートに手をかける。


「返して」

「あんたのじゃないのに?」

「わたしのだ」


古城と睨み合う。


「あんたは片桐美幸じゃない」

「違う」

「片桐美幸のふりをしている得体の知れない何かだ」

「うるさい!」


わたしは強くノートを引っ張り、古城から奪い返した。


「…」


ノートを抱きかかえるわたしをあざけるような目で見てくる古城。


「…それじゃあ」


わたしはもうこれ以上この場にいたくなくて、踵を返した。


「本物の片桐美幸はどこ?」


背後から投げられる言葉に、わたしは唇を噛む。古城の言葉に耳を貸すな。心を乱されるな。今のわたしは美幸であることを忘れるな。


「よくあんたみたいなやつに、周りの奴らも騙されてるよな」


その言葉に、しんと頭が冷静になるのがわかった。こんな好き勝手言う奴を、美幸として許していていいのか。わたしは足を止めた。


「あんたどこから来たの?何が目的?」


考えろ。本当の美幸なら、この言葉にはどう返す?


「…」


わたしは振り返った。古城は目を細めて美幸わたしを見ている。教室には他に誰もいない。はっきり言うなら今しかない。わたしは腹に力を込めて、古城を強く睨む。


「変なこと言うのやめてって言ったよね」


わたしが、片桐美幸だ。それを古城に示すのだ。


「わたしが嫌いならそれでもいいけど、わたしの周囲の人を陥れる言葉までは使うな」


”わたし”を美幸と信じてくれている人を、馬鹿にするな。


「これ以上こんなこと続けたら、わたしは古城を許せない」


そう言うと、古城は愉快そうに笑った。


「へえ」


その笑みは、どこか余裕も感じられた。


「これ以上続けたら、あんたが俺に何をする?」


わたしはその古城の態度に疑問を持つ。この人は、どうしてこんなに美幸わたしに対して優位に立っているような立ち居振る舞いができるんだと。


そしてその答えは、古城の手の中にあった。


「こんな風に、俺を殴るの?」

「・・・は?」


そう言って古城は制服のポケットから一枚の写真を顔の前に掲げた。男たちに回し蹴りをする女子生徒の姿が、そこにあった。その姿には見覚えがある。身に覚えがある。わたしは息を呑んだ。


「…っ」


その女子生徒は、美幸(わたし)だ。


それは、文化祭でわたしが男たちと喧嘩していた時の写真だった。どうして。そんなものがこの人の手に。絶句するわたしを他所に、古城は勝ち誇ったように高らかに笑う。


「あんたのことは入学式の時から目をつけてたんだけど、二年になった途端にやけに臭いって思ったから、たまに遠くから様子を見てたんだよ」


気付かなかった。そんな風に美幸を見ていた人間がいたなんて。


「この時も男たちと一緒に歩く姿見かけて、なあんか怪しいと思って後をつけたかいがあったよ」


古城はひらひらとわたしの前で写真を揺らす。


「暴力沙汰は、停学処分だったと思うけど?この時期なら進路にも響くよね」


わたしは手を強く握る。そして小さく息を吸って、口を開いた。


「そんな脅しまでして、何が目的なの」


わたしは感情を押し殺して、静かに尋ねる。古城は、ぎらつく感情をそのまま視線に乗せて、わたしを射貫く。


「最初に言っただろ。俺はあんたが片桐美幸のニセモノだと思っている」


写真が古城の制服のポケットに仕舞われていく。


「あんたがそれを否定するなら、俺はそれを暴いてやる」


それは”わたし”に対する宣戦布告にも等しい言葉だ。わたしは息を吸う。真っ向からやってやる。


「暴くも何も、わたしはニセモノなんかじゃない。古城がやっていることは全部無駄だ」

「はっ」


古城は吐き捨てるように笑った。


「いつまでそう言ってられるかな」


古城はその言葉を最後に、教室から出て行った。


「…」


教室に一人残されたわたしは、大きく息を吐いた。平静にと抑え込んでいた心臓が、一気に騒がしく動き始める。心臓に手を当てて、わたしは何度か深呼吸をした。


しかし何度深呼吸をしても、冷や汗が止まらない。なんということをしてしまったのかという、後悔しか沸いてこない。文化祭のあの一件が無ければ、美幸として立ち居振る舞いをしているだけでよかったのに。


文化祭のあの一件は、先生たちにバレなかったために何のお咎めも受けていない。しかしあの写真を先生が見たら、さすがに何もなしというわけにはいかないだろう。その場合、美幸には一体どんな処罰が待っているかわからない。万が一、退学なんてことになったら。美幸は高校三年生だ。進学だって、もしくは就職だって控えているのに。


顔から血の気が引いていく。そんなことは絶対できない。そのためには、古城を何とかしなければいけない。


”わたし”がなんとかしなければ。

”わたし”がしでかしたことだ。

”わたし”が蹴りをつけなければ。


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