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美幸を好きなひと⑤


ホワイトデーから数日が過ぎた。あの日から美幸としての生活は穏やかな日々に戻り、わたしは一安心をしていた。あと数日この日常を過ごせば美幸の学校は終業式が行われ、春休みを迎えるだろう。そして春が来れば美幸と元に戻るまで恐らく秒読みになる。


そんな春まであと数日の、とある日の帰り道のことだった。


「美幸ちゃん!来週の日曜日、入船くんたちとどこかでかけない?」

「え?」


莉子の言葉にわたしは驚いた。莉子から入船の名前が出るなんて珍しいことだからだ。来週の日曜日は特に用はなかったはずだ。


「でかけるのはいいけど、どこで何するの?」


疑問に思ったことを素直に尋ねると、莉子は困ったように視線をうろつかせた。


「あ、えっとね…」

「…?」


その様子から察するに、ただのおでかけではないような気がした。


「えっと…」


唸る様子をしばらく見守っていると、莉子は観念したように小さい声で呟いた。


「美幸ちゃんの誕生日、みんなでお祝いしたくて・・・」

「ああ」


そこでわたしは次の日曜日、3月27日が美幸の誕生日であることにようやく気付いた。


「ちなみに、みんなって具体的には」

「あたしと入船くんと東雲くんと青葉くん」


やはり彼らの名前が莉子の口から出てくるのは珍しいが、いつもの面子めんつだなとも思った。


「なんでそんなに言いよどんだの」


そこまで悩むほどのことかと思ってそう尋ねたが、莉子はしゅんと眉を下げてこう言った。


「美幸ちゃん、誕生日祝ってもらうの好きじゃないって言ってたから」


わたしは一瞬息を飲む。


「でも嬉しい!あたしはお祝いしたかったの!」


莉子は両手を合わせて本当に嬉しそうに笑った。わたしはそんな莉子を見守りながら、内心少し焦っていた。美幸が誕生日を祝われたくない人間だとは思っていなかったのだ。本人に好きにしていいとは言われているが、なるべく美幸がしたくないことはわたしもしたくない。


しかしもう了承してしまった後なので、美幸には謝っておくことしかできない。もし誕生日までに美幸がこちらに戻ってくれば、さらに申し訳ないけれど。


しかしもし美幸の誕生日までに元に戻らなかったら、美幸の誕生日までわたしが代わりに祝ってもらっていいのだろうか。あくまでその日は”片桐美幸”という人間が生まれたことを祝う日なのに。現時点ではそこに”主役みゆき”はいないのだ。


ーー暖かくなってからかなぁ。


夢での美幸の言葉を思い出す。ここ最近は太陽が出ている時間が徐々に長くなり、日中の気温も上がってきた。そろそろだ、と思う。


「じゃあ集合時間とか決めたらまた言うね」

「うん」


いつも通り、莉子と家の前で別れる。


「また明日!」

「うん、また明日」


わたしは莉子に手を振る。明日が来るのを、ここ最近当たり前のように思っていた。しかし、もうすぐそうじゃなくなる。それを忘れてはいけない。


「ただいま」


わたしは美幸の机の上に、”3月27日 誕生日会 莉子、入船、藤谷、青葉”と書いた紙を置く。いつ美幸がこちらに戻ってきてもいいようにだ。わたしはその紙を眺めながら思う。美幸はどうして祝われるのが嫌なのだろうか。祝われるのは嬉しいことじゃないんだろうか。わたしの世界には誕生日という概念なんてないようなものだったので、その感覚がわからない。


「おやすみなさい」


寝るたびに夢で美幸に会うことを期待し、起きるたびにため息をつく。そのため息に、落胆だけではなく安堵が含まれていることに気付くたびに少し自分を嫌悪する。そんな日々が、続いていた。


そうして迎えた、3月27日。


「おはよう美幸ちゃん、誕生日おめでとう!」

「おめでとう」


朝目覚めてリビングに行くと、美幸の両親からさっそくお祝いの言葉を受けた。


「ありがとう」


わたしはそれに笑顔で答えて、昼過ぎに集合場所へと向かう。


「あっ美幸ちゃん!」


集合場所はよくランニングでも通る公園だ。わたしが公園につくと、莉子、入船、藤谷、青葉もすでに到着していた。彼らが勢揃いしているのを見て、わたしは少し不安になって莉子に尋ねる。


「わたし来るの遅かった?」

「ううん、早いくらいだよ」


莉子はそう言って、笑みを浮かべて美幸わたしを見る。その笑みが、少し固いように見えた気がした。


「じゃあ行こっか!」


莉子はそう言ってわたしの手を取って歩き始めた。ちなみに集合場所だけ教えられて、その先にどこに行くかは教えてくれなかった。


「まだどこに行くかは言えないの?」

「もうちょっと内緒!」


莉子は歌うようにそう言った。莉子とわたしの後ろには、入船たちがついてくる。ちらりと振り返ると入船がご機嫌に笑っていた。藤谷はどこか呆れた顔で、青葉はこちらを見てにやりと笑っていた。


「…?」


何か違和感を感じつつも公園を出て歩いていると、莉子が突然立ち止まった。


「あっいけない!家に忘れ物しちゃった!」


それがやけに芝居がかって聞こえた。


「ちょっと家に取りに行っていい?」


莉子が何かを企んでいるのはもはや明らかのように見えた。しかし莉子のことをわざわざ警戒する必要はないだろうと思って、わたしは頷く。


「いいよ」


入船たちも了承し、わたしたちは莉子の家へと向かう。莉子の家があるマンションの前まで来ると、莉子は美幸わたしの手を離さずにこう言った。


「美幸ちゃんも来てくれない?」

「え、家の前まで?」

「うん」


そうする意味はわからないが、別に断る理由はない。


「いいよ」


入船たちは下で待っていると言うので、わたしは莉子と一緒にエレベーターに乗り莉子の家の扉の前まで来た。


「ちょっと待っててね」


莉子はそう言って、持っていた鍵で扉を開けて入っていった。どうしてここまで美幸わたしを連れてくる必要があったんだろうかと疑問に思いつつ、わたしは言われた通り莉子の家の扉と静かに向かい合う。


すると、少しして莉子が扉から顔をのぞかせた。


「じゃあ美幸ちゃん、入って!」

「え?」


どうして?と思ったが、莉子が腕を引っ張るのでわたしは分けもわからず莉子の家に入った。


「おじゃましま…」


それを言い終わらないうちに莉子の家のリビングの扉が開け放たれ、そこの光景が視界に飛び込んでくる。


”HAPPY BIRTHDAY MIYUKI”


カーテンに取り付けられた飾りの文字を理解する前に、莉子の声が耳に届く。


「誕生日おめでとう!美幸ちゃん!」


パン!と何かが弾けて色とりどりの紙が視界に入った。


「え…」


笑顔の莉子の手にクラッカーが握られている。すると背後からぱちぱちと拍手の音がした。振り返ると、入船と藤谷と青葉が玄関に立っている。


「…」


思わず呆然と、室内と莉子、そして入船たちを見る。


「今日はあたしの家で美幸ちゃんの誕生日会だよ!」


そこでようやく莉子が美幸の誕生日を祝うために、この場を準備していたことを理解した。


「あ、ありがとう」


まさかこんな形で祝われると思っていなかったので、わたしは動揺しつつお礼を言う。


「すごいだろ、日高さんと協力して準備したんだぞ」


玄関から移動してきた入船が自慢げに言う。聞けば、午前中は莉子と入船、藤谷、青葉の四人でこの部屋の飾り付けをしたらしい。


「ありがとう」

「いやお礼を言うのは俺のほうでもあるな」


まさか日高さんの家にお邪魔できる日が来るとは思わなかったよと、入船は莉子に聞こえないように小さく呟いた。


「はは」


わたしは軽く笑って、藤谷と青葉を見る。


「藤谷と青葉も、ありがとう」

「別に。手伝わないと良光がうるさいから」


藤谷はそう言うも、別に不機嫌という感じではなさそうだ。


「女子の誕生日会の手伝いするなんて初めての経験だったから面白かったよ」


青葉はそう言って、満足そうに莉子の部屋の中を眺める。壁や天井につけられた色とりどりの飾りを入船たちが準備している姿はなんだか面白い。


部屋の中を眺めていると、莉子がお菓子やジュースを手際よくテーブルに並べていく。わたしがそれの手伝いをすると言うと、座っていてと強く言われてしまった。莉子の両親は、誕生日会を気兼ねなくしてもらうために今は外出しているそうだ。


「はい、これ」


莉子に言われた通り椅子に座っていると、藤谷がやってきて美幸わたしの頭に何か乗せた。


「これは?」

「主役の帽子」


帽子は円錐の形をしていて、つるつるとしていた。わたしがその手触りを確かめていると、その様子を眺めていた藤谷は突然愉快そうに笑い出した。わたしが何だと彼を見ると、藤谷はこちらに携帯電話を向けてぽつりと呟く。


「似合わねー」


カシャ。


その言葉と同時にシャッターが押された。なんだか失礼だとは思ったが、藤谷が楽しそうなので大人しく黙っておくことにする。


「もうケーキ出しちゃってもいい?美幸ちゃん、食べれる?」

「うん」


莉子は冷蔵庫から白い生クリームと色鮮やかな果物で綺麗に着飾られたケーキを机の上に置いた。


「誕生日ケーキはあたしとお母さんで作ったの!」


わたしはまじまじとケーキを見る。この前美幸の母と作ったものとは大違いだ。きっと大変な手間がかかっているのだろう。


「すごいね」

「ロウソクは駄目って言われたから、歌だけね」


莉子はそう言って、入船たちに席に座るように促す。


「ハッピバースデートゥーユー」


莉子が歌い始める。入船もそれに合わせて歌い始める。藤谷と青葉は口は開かずとも手を叩いていた。


「ハッピバースデー美幸ちゃん」


なんだか照れた心地になってわたしは莉子たちや部屋の中を落ち着きなく見渡した。するとふと視界に、窓から覗く青空が入った。


「ハッピバースデートゥーユー」


青空が見える部屋で、誕生日を祝われる。わたしの世界では、決してありえないことだ。


「おめでとー!」


当たり前だ、ここは美幸の世界なのだから。

莉子たちが拍手をしてくれる中、わたしは笑ってお礼を言った。


「ありがとう」


美幸は愛されている。


家族に、そして友人に。産まれたことを喜ばしく思われている。でも、わたしはそうじゃない。片桐美幸という人間の生活を代わって体験しているだけのわたしという存在は、彼らに愛されているわけでも、慕われているわけでもない。そう考えて、一瞬胸が詰まるような閉塞感を覚えた。わたしは目を細めた。途端に目の前の光景が眩しくて、見てられないような気持ちになったからだ。


「美幸ちゃん?どうしたの?」


しかし今は、わたしが美幸だ。美幸として、この誕生日会を楽しまなければならない。わたしは微笑んだ。


「ケーキの出来がすごいから、見とれてたんだ」

「でしょ?めちゃくちゃ頑張ったの」


莉子が笑ってケーキの説明をしてくれる。そして莉子の手で綺麗なケーキは切り分けられ、わたしたちは美幸の誕生日ケーキを口に運んだ。ケーキは甘くて柔らかくて、まるで美幸の世界そのもののように思えた。


そしてわたしは美幸の誕生日プレゼントを受け取った。莉子が選んで、四人全員でお金を出し合ったそうだ。


「美幸ちゃんに似合うのを探したの!事務所の人とかにおすすめも聞いたんだよ」

「俺のお墨付きだぜ」


莉子から受け取ったリボンのついた四角の箱を開けると、そこには腕時計が入っていた。盤面が青で皮のバンドは白い。まるで美幸の世界の空みたいだなと思った。


「ありがとう。嬉しいよ」


きっと美幸も嬉しいと言うだろう。わたしは笑顔でそう言った。


「よかったら付けてみて」

「うん」


わたしは箱から腕時計を取り出し、美幸の左腕につける。腕時計は、美幸の細く白い肌に良く似合っていた。


その後わたしたちは莉子の家でカードゲームやボードゲームをして過ごした。全体的にわたしが一番弱く、青葉が一番強かった。莉子と、莉子の両親のおすすめの美味しいお菓子もたくさん食べた。入船がモデルの仕事は苦労と喜びがあるという話を聞いて、藤谷が最近はまっているテレビゲームの話や、青葉が読みたかった本がテレビドラマ化すると興味を無くすという話を聞いた。莉子に、二年生になっても同じクラスがいいねと手を握られて祈られた。


楽しかったと思う。

美幸にとって、楽しい一日になったと思う。


そんな誕生日会は賑やかなまま終わり、わたしは日が落ちる前に家に帰った。美幸の部屋に入ったわたしは、腕時計を外して丁寧に箱に戻した。


「…」


わたしは美幸の椅子に座り、自分の日記帳を手に取る。わたしはペンを握って、しばらく白いページと腕時計を交互に見つめた。


しばらく考えて、わたしはゆっくりと文字を綴る。


”3月27日

美幸、誕生日おめでとう。今日は莉子が美幸の誕生日会を開いてくれた。入船と藤谷と青葉も一緒に祝ってくれた。誕生日プレゼントに、青い腕時計を貰った。”


さらにそこに文字を加える。


”早く美幸に渡したい。”


それは、わたしの世界に戻りたい。と言っているのと同義だ。美幸としての生活を始めてから、今一番それを強く願っている。その理由を明確にはしたくなくて、わたしは日記をそこで終えた。そしてわたしは息を吸って、小さく呟いた。


「わたしの名前は、××」


随分久しぶりに、わたしの名前を声に出した。わたしの名前は、意味のない音の塊となって霧散する。


わたしはわたしの姿を思い浮かべる。


髪の色は黒、眼の色はわたしの世界の空に似た茶色。防衛部隊所属、霊術担当。多分20年以上は生きていて、誕生日も両親も知らない。仲間はたくさんいて、彼らのためなら努力を惜しまない。


わたしはずっと戦争と共に生まれ、戦争と共に生きてきた。


「…」


わたしはその夜、柔らかく暖かい布団の中で固く冷たい世界を思い出しながら眠りについた。


そして美幸が高校三年生となる始業式の前日。その日に、わたしは熱を出した。


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