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美幸を好きなひと④

状況を整理しなくては。


まずわたしは片桐美幸の代理をしているだけの存在。やがて元の××の身体に戻る。ソーゴさんは雑誌を見て美幸のことが気になったと言っていた。その雑誌の手伝いをすると決めたのは美幸の代理をしていたわたしだ。そしてクリスマスパーティでソーゴさんと連絡先を交換して、メールを続けたのはわたし。ソーゴさんと仲良くしていたのは、美幸ではない。わたし自身だ。


ソーゴさんは美幸自身を好きになったというよりも、美幸の代理をしているわたしを好きなったと考えられる。それならばこの状況の落とし前はわたしがつけるべきだ。美幸は、暖かくなったら元に戻ると言っていた。それならばこの冬の間に、わたしはソーゴさんと決着をつけなければならない。


決着をつけると言っても、結果はもう決まっている。わたしはソーゴさんと恋人同士になることはできない。だってわたしはこの世界の人間ではないから。でもそんなこと面と向かっては言えない。


それなら、何て言えばいいのだろう。

そう悩んでいるうちに、バレンタインから一週間が経過した。


「ねえ美幸ちゃん、最近何かあった?」

「え?」


一緒に通学をしていた莉子がわたしの顔を少し除きながらそう尋ねてきた。


「・・・何か変かな」


確かにずっとソーゴさんの返事のことで悩んではいるが、顔と態度には出さないように気を付けていた。


「変っていうか…」


莉子は眉を下げて困ったような顔をする。


「なんとなくだけどね。元気ないような気がしたの」


気遣ってくれているのだろう。わたしは莉子を安心させるべく微笑んだ。


「・・・そんなことないよ。でも、ありがとう」

「ううん、何でもないならいいんだ」


莉子は控えめに笑う。その笑みを見て、莉子に言うべきだったかもしれないと少し後悔をした。しかしこれはあくまでわたし自身の問題であり、莉子を巻き込むなんてことはできない。それに莉子とソーゴさんは同じ仕事をしているので、万が一わたしのせいで二人の関係に影響があるのは避けたいと思った。


『この前降った雪で作った雪だるまを、事務所の人が冷凍庫に入れてたらしい』


あの日から変わらず、ソーゴさんは時折メールを送ってくれる。冷凍庫に収められた小さい雪だるまの写真は、とても可愛らしい。けれど返信しようにも告白のことが頭をよぎってしまい、うまい言葉が思い浮かばない。そうして数日悩んでいると、別の新たなメールがソーゴさんから届いた。そしてわたしはそのメールにも返信することができないまま、携帯を開く回数を少し減らした。


そんなある日の水曜日。莉子がバイトでいないので、わたしは図書室に赴く。恋愛小説をピックアップしたコーナーで、一番読まれているであろう本を手に取った。


主人公が想いを伝えその思いが報われる結末に、わたしは本を閉じてつい息を吐いた。今のこの状況を打破する参考になるかと思ったが、そんなことはなかったからだ。やはり自分で答えを出すしかないかと、わたしは本の表紙を眺めながら悩んでいるとふと視線を感じた。


「・・・?」


なんだろうと顔をあげると、向かいの席に青葉と藤谷が座っていた。青葉は本を机の上に置いてはいるが、開いてはない。藤谷にいたっては本も持たずに腕組みをしている。二人はただわたしに視線を向けていた。


「・・・ど、うしたの」


そう言葉を投げると、藤谷と青葉は顔を見合わせた。二人は数秒無言で見つめ合って、藤谷が不機嫌そうに先に視線を反らした。青葉はそれを見て少し眉を下げてわたしに顔を向ける。


「君、最近元気なくない?」

「え?」

「って藤谷が」


そう言って青葉が藤谷を横目で見る。


「うるせえな」


藤谷は吐き捨てるようにそう言ったが、否定はしない。青葉はそんな藤谷を見て少し笑って、わたしに視線を戻した。


「まあ僕も同意見だけど」


再び二人に視線を向けられて、わたしは慌てて口を開く。


「いや、別に元気だけど」


わたしの答えに、青葉と藤谷は僅かに眉を潜める。


「いやさっきもため息ついてたでしょ」


青葉の言葉に同調するように藤谷が頷く。


「それは、そうだけど・・・」


わたしは言葉を濁す。確かにここ数日ソーゴさんのことで悩んではいるけれども。でもわざわざ無関係の二人にいう事でもないと思う。しかし先ほどのわたしの答えに二人は納得していないようだった。それならどんな言葉を返せばいいのだろう。


「・・・えっと」


なんだか最近そういうことばかり悩んでいる気がする。わたしは言葉に詰まって、思わず手元に視線を落とした。


しばらく沈黙が続いた。


わたしが何か言わなければいけないと、少し焦り始めた頃に今度は藤谷が口を開いた。


「・・・お前が元気ないと、回り回って俺たちに影響するんだが」


わたしは顔をあげて藤谷を見る。藤谷は不機嫌そうに眉を潜めて美幸わたしを見ていた。


「お前が元気ないと日高もつられて元気がなくなるし、日高が元気なくなると良光がめんどくさいんだよ」

「ああ・・・」


なるほどそういうことだったのか、わたしは小さく息を吐く。


「ごめん。藤谷たちに迷惑をかけるつもりはなかった」


回り回って藤谷たちに悪い影響を及ぼすとは思わなかった。やはりソーゴさんの件は早いとこ解決しないといけない。


「もうすぐなんとかするから」


そう言えば二人は納得して目の前から去ってくれるだろうと思った。しかし、二人は困ったようにまた顔を見合わせた。


「・・・えっと」


妙な沈黙に内心焦る。


「何か駄目だった…?」


思わず小声になってそう尋ねると、青葉は小さく首を振った。


「違う違う。そういうことじゃないんだ」

「じゃあ何で」


二人ともなにがそんなに心配なんだ。


「藤谷の言い方も悪かったね」

「俺のせいかよ」

「もっとちゃんと言ってあげなよ」

「はあ?」


藤谷が釈然としない表情でこちらを横目で見る。少しの間の後、藤谷はしぶしぶと口を開いた。


「お前はひとりで抱え込むのが好きだろ」

「いや別に・・・」


好きではないけど。そう否定をすると、藤谷はまた不機嫌そうに眉を潜めた。そんな藤谷を見かねてか、青葉が隣から口を出す。


「また一人で抱え込むくらいなら、誰かに相談したらどうだって藤谷は言いたいんだよ」

「あぁ、そういうこと・・・」


わたしが納得して呟くと、藤谷がまた口を開いた。


「こっちが迷惑してるからなんとかしようとしてるんじゃない。お前が困っていないか心配してんだ」


藤谷のその言葉は、重みを持ってわたしの胸に飛び込んできた。


「・・・そうか」


二人が心配していたのは、美幸わたしのことだったのか。申し訳ない気持ちと同時にじわじわと込み上げてくるのは、喜ばしいと思う感情だった。


「・・・そう、だね」


気にかけてくれるということは、こんなにも嬉しいことなのか。


「そうしてみるよ」


わたしがそう言うと、再び沈黙が落ちる。少しして、青葉がこちらを伺うように尋ねてきた。


「それって僕らには言えないこと?」


それはつまり、今抱えているものを青葉と藤谷に言ってみろということだろう。しかし、ソーゴさんのことを青葉と藤谷の二人に言っていいものだろうか。他人の色恋沙汰なんて、二人が一番無関心そうな話題なのに。でもそれも面と向かって言うのも二人に失礼な気がする。そんなことを考えながらわたしが言葉を詰まらせていると、青葉が小さく笑う。


「別に僕らに言いにくいことなら言わなくていい。でも君のことを心配してる人間がいるってことは、覚えておくといいよ」

「・・・わかった」

「じゃあこれで話は終わりだな」


そう言って藤谷が席から立った。そしてそのまま図書室を出て行く。ここに来た用事は、わたしと話すことだけだったようだ。そんな藤谷の背中をなんとなく眺めていると、席に残った青葉が可笑しそうに呟く。


「藤谷は不器用だね」

「そうなの」

「君もたいがいだけどね」

「…そうかな」


わたしの言葉に青葉は小さく笑って、青葉は手元の本を開いた。ここで話は終わりのようだ。わたしもずっと手に持っていた本を見る。そこでふと、先程は決めつけてしまったが青葉は恋愛事の相談にも乗ってくれるものなのだろうかと疑問に思う。一人で抱え込むなと言われてたばかりなので、試しに聞いてみるだけならいいだろうか。


「・・・青葉は、こういう話は得意?」


本の表紙を見せながら尋ねると、青葉は視線をわたしが持っていた本に向ける。青葉は本のタイトルを見て、なるほどと小さく呟いた。さすが青葉、この本も知っているようだ。視線を少し彷徨わせた後、青葉は小さく首を振った。


「ごめん、そういうのは守備範囲外だ」


そう言った後は青葉はもうこちらを向くことはなかった。やはりそういう話は不得手のようだ。それは仕方ない。


しかし青葉や藤谷の言う通りわたしの頭で解決策が出ないなら、こういう話が得意な人に相談するしかない。しかし誰かいるだろうか、そんな話が出来る相手が。莉子は一度断った手前もあるし、やはりソーゴさんとの関係者のため言いづらい。美幸の知り合いの人物をひとりひとり思い浮かべていると、ある人の言葉を思い出した。



ーーじゃあぜひ、好きな人ができた時には教えてね。



わたしは図書室にかかっている時計を確認する。まだ下校時刻ではない。わたしは席を立って、図書室を出た。向かうのは体育館だ。


放課後の体育館は、部活が行われていてとても賑やかだった。わたしはそっと体育館の入り口を覗いてみる。体育館の中では、バトミントン部が練習をしていた。あれっ、と思って注意深く体育館の中を見渡していると、ポンと肩に誰かの手が乗せられた。


「!」


驚きで飛び上がりそうになりながら振り返ると、親しみを込めた笑みを浮かべた朝倉さんが立っていた。


「やっぱり片桐さんだ。こんなとこにいるなんて珍しいね」

「あ」

「どうしたの?誰か探してる?呼んでこようか」


朝倉さんはにこやかに笑う。わたしは首を振った。


「朝倉さんを探してた」

「え?私?」


朝倉さんは目を丸くする。


「ちょっと聞きたいことがあったんだけど、部活中だよね?」

「えっわたしに?今日バスケ部ミーティングの日なんだ。もう終わって自主練中だから全然今聞くよ!」


そう言って朝倉さんはからからと笑った。


「あ、そうなんだ」


朝倉さんの都合が良いのは有難い。しかしだ。わたしは周囲を見る。体育館の入り口前に立つわたしたちを通りがかる生徒たちが横目で見ていく。内容的にここで話すには少し憚られる。しかし、どういった話をするのかは朝倉さんに伝えたい。わたしは朝倉さんに一歩近づいて、声を抑えてこう言った。


「・・・告白されて断る時ってどう言えばいいものなのか、聞きたくて…」


そう言うと、朝倉さんは勢いよく美幸わたしの顔を見た。


「えっ!?恋バナ!?」


わたしはそう叫んだ朝倉さんの口を思わずてのひらで覆った。さすがに他の人にこの話を聞かれるのは気まずいからだ。


「声が大きい」


てのひらの下で、朝倉さんがもごもごと謝る。わたしが手を離すと、朝倉さんはどこか興奮した様子で美幸わたしの手を取った。


「こっちおいで!」


そう言って連れて行かれたのは、体育館に併設されている会議室だったり。


「ここって、勝手に入っていいものなの?」

「うん、さっきまでミーティングで使ってただけだし」


朝倉さんはそう言って会議室の扉を閉じ、一番近いパイプ椅子を引いて座った。わたしもそれに習って、椅子のひとつに座る。


「それで?」

「え」


朝倉さんの目が好奇心に輝く。


「告白されたって?誰に?いつ?どこで?詳しく聞いていい?」

「えっと・・・」


わたしは朝倉さんの勢いに気圧されつつ、ぽつりぽつりと質問に答えた。莉子のバイトの先輩に、バレンタインに、帰り道で、と。


「わあー」

「へえ」

「きゃー」


朝倉さんは真剣な顔でわたしの話を聞きながら、時折興奮したように相槌を入れた。そしてわたしの話が終わると、深く頷いてこう言った。


「なるほどね。それで?片桐さんはその先輩のことが好きじゃないんだ」


朝倉さんのその問いは、わたしの頭にがつんとした衝撃を与えた。その方向は考えたことがなかったからだ。


「・・・あ、えっと、好きじゃないわけでは…」


ソーゴさんのことは好きか嫌いかと言われれば、どちらかと言えば好きな方だ。そう言うと、朝倉さんは首を傾げた。


「え?好きなら付き合えば」


わたしはすぐに首を振る。


「いやでも、そう言うんじゃなくて…」


すると朝倉さんは何かを察したのか、うんうんと頷いた。


「好きとは言っても、恋愛対象ではないってことね」


まあそういうことになるだろう。


「でも今はまだ恋愛対象じゃないってことも有り得ると思うけど、試しに付き合ってみるとかはナシなの?」

「試し?」


恋愛にはそんな制度があるのか。


「いや、でもそれは、できない…」

「そうなの?あっ他に好きな人がいるの?」


朝倉さんは遠慮なくこちらに質問を投げかけてくる。相談に乗ってくれるのは有難いが、答えに窮してしまう。だってわたしは、美幸に好きな人がいるかどうかを知らないのだ。しかしこの場では、とりあえずいないということにするしかない。


「い、いないけど…」

「ふーん。なるほどね」


朝倉さんは腕を組んで、何かを考えるように目を閉じた。そして数秒経って目を開く。


「それなら、その素直な気持ちを伝えるしかないんじゃない」


それは単純明快な答えだった。


「嫌いでも見知らぬ相手でもないんだったらさ」


わたしは朝倉さんにさらに尋ねる。


「それで傷つけることになっても・・・?」


すると朝倉さんはあっけらかんと笑った。


「まあ返事を保留にしてる方がやばいとは思う」


耳が痛い。美幸わたしの苦い顔を見て、朝倉さんは励ますように肩を叩いた。


「返事をするのが怖いのはわからないでもないよ。人としては普通に好きな相手を悲しませることになるのが嫌なんだよね」


でも、と朝倉さんは優しい声音で続ける。


「相手はきっと勇気を出して告白してくれたと思うんだ。それなら今度はこっちが勇気出さないと」


バレンタインの日の、ソーゴさんの真剣な顔が脳裏をよぎる。


「それが礼儀ってもんじゃないかな」


朝倉さんの言葉は、胸にすとんと落ちてきた。胸にもやもやと渦巻いていたものが、解かれていくのを感じた。


「・・・そうだね」


それからわたしは返事をするタイミングはいつがいいのかさらに尋ねてみた。


「告白されたのってバレンタインなんでしょ。じゃあ返事はホワイトデーにしたら?そういうキッカケがある方が呼び出しやすいでしょ」

「なるほど…」


それからいくつかの朝倉さんのアドバイスを聞いた。


「それでまた何かもめたらまた相談して!」

「うん、ありがとう」

「お礼に試合見に来てくれてもいいよ!」

「うん、わかった」

「それじゃあね!」


朝倉さんは笑って、自主練に行くのだと言って走り去っていった。朝倉さんの所属するバスケ部は、休みの日に他校のチームと練習試合をしているらしい。バスケの試合はちゃんとみたことがないので、お礼に観戦しにいくのも悪くない。


「・・・よし」


わたしは体育館から離れて、人通りが少ない廊下へと移動した。そこで携帯を開く。そこで未読のメールが入っていることに気付いた。入船からだった。


『日高さんが元気ないんだけど、片桐美幸がなんかした?』


つい苦笑いをしてしまう。随分な言い方だが、突き詰めてしまえば間違っていない。わたしはそれに返信をする。


『大丈夫、なんとかするから』


そして、わたしはこの前から返信をしていないソーゴさんからのメールを開いた。そして、そのメールに返信をする。


『しばらく返信していなくてごめんなさい。3月14日の放課後、会えませんか』


3月14日。この日はバレンタインデーと対の日とされる、ホワイトデー。

数分後にソーゴさんから快諾の返事が来た。わたしは携帯を握りしめて、深呼吸をした。



その翌日のことだ。帰り道に莉子がこう尋ねてきた。


「ねえ、美幸ちゃん。来週のホワイトデーなんだけど、スタジオの近くのカフェがホワイトデー限定のケーキ出すらしいの。良かったら一緒に行かない?」


知っているカフェのような気がしてぜひ行きたいとは思ったが、残念ながら先約がある。


「ごめん、その日は」

「・・・もしかして誰かと会うの?」


莉子は目を細める。


「え・・・」


図星を突かれて驚いた美幸わたしの表情の機微を莉子は見逃さなかった。


「絶対そうだ!そうなんでしょう!」

「・・・まあ」

「誰?」


莉子がじっと美幸わたしの顔をのぞき込んでくる。


「えっと」

「あたしには言えない人?」

「えっと・・・」


わたしは言葉を濁そうとしたが、莉子の眼力はそれを許してくれないようだった。


「・・・・・・・・・ソーゴさんと、会う」


とうとう折れて白状すると、莉子は悲壮感を漂わせながら両手で顔を覆った。


「やっぱり・・・!」


そう呟いて、莉子はちらりと美幸わたしの顔を見る。


「・・・もしかしてバレンタインとかにソーゴさんに何か言われた…?」


さすが、莉子は察しがいい。わたしは莉子に嘘をつかないように言葉を探した。


「…そうだね」

「そうなんだ……」


莉子が不安そうに見上げてくる。どうして莉子はそんなに怖がっているんだろう。理由はわからないが、わたしは莉子を安心させてあげたかった。


「会って、少し話すだけだ」

「…」

「それだけだよ」

「そっか…」


少し落ち着いた様子の莉子は頷いて、念のためどこで会うのか聞いていいかと尋ねてきた。それくらいならいいかと思って、わたしは莉子に待ち合わせ場所を教えた。


そして、ホワイトデー当日がやってきた。


当日は正直言って授業に全然身が入らなかった。ひたすらソーゴさんに会った時のシュミレーションをしていたからだ。戦場に出る時より、よっぽど緊張すると思った。休み時間には朝倉さんがホワイトデーのお返しのクッキーを持ってきてくれた。


「頑張ってね!」


別れ際に朝倉さんはそう言って美幸わたしの肩をぽんと叩いた。それがなんだかとても心強く思った。


放課後、わたしは莉子と別れて美幸の学校の最寄り駅へと向かう。駅のロータリーは、相変わらず待ち合わせをしている人が多い。ロータリーを見渡していると、声をかけられた。


「片桐さん」

「あ、ソーゴさん」


振り返ると、ソーゴさんは穏やかな笑みを浮かべて立っていた。


「あ、えっと・・・」


ソーゴさんの顔を見ると一気に緊張が押し寄せてきた。あんなにシミュレーションをしたのに、何と言っていいかわからなくなった。そんなわたしを気遣ってか、ソーゴさんはゆっくりとこちらに歩いてきて微笑んでこう言った。


「少し歩こうか」

「・・・はい」


ロータリーから出て歩き始めると、ソーゴさんは話題を振ってくれた。最近のモデルの話、最近食べた美味しいもの、大学の面白い講義の話。まるでわたしの緊張を解いてくれるかのように、何気ない日常の会話をしてくれた。


やはりソーゴさんはいい人だ。わたしは本心からそう思った。こんな人が近くにいてくれるなら、とても心強いとも思う。けれどやはり恋愛小説で読んだような恋人関係になるのは違うと思った。


ーーその素直な気持ちを伝えるしかないんじゃない。


朝倉さんの言葉が、そっとわたしの背中を押した。しばらく歩いて、わたしたちはとある公園に辿り着いた。


「ここ久しぶりに来たな」


ソーゴさんは公園に足を踏み入れながら、懐かしそうに呟く。夕暮れの公園は子どももおらず、静かだ。話をするなら、今ここしかない。わたしはそう覚悟を決めて、息を吸った。


「あの、ソーゴさん」

「うん?」


立ち止まったわたしに合わせて、ソーゴさんも歩みを止めた。わたしは顔をあげて、ソーゴさんの顔を見た。


「この前の、返事なんですけど」

「うん」

「聞いてくれますか」

「もちろん」


夕暮れの陽に照らされるソーゴさんは穏やかに微笑んでくれる。その目を、しっかりと見てわたしは言葉をつむいだ。


「わたしは、ソーゴさんはいい人だと思います。ソーゴさんのことは、嫌いじゃないです。どちらかと言えば好きです。でもわたしは、ソーゴさんの気持ちに応えることはできません」


たどたどしく言葉を紡ぐわたしをソーゴさんは優しく見守ってくれていたが、わたしが言葉を言い終えるとふうと息を吐いて眉を下げた。


「そっか・・・」


悲しそうな顔を見ると胸が痛い。


「・・・他に好きな人がいるのかな?」


朝倉さんにも聞かれたことだ。本当はわたしが美幸に聞きたいくらいだ。けれどそんなことをソーゴさんには言えない。だから、こう言うしかない。


「はい。大事な人がいます」


真っ赤な嘘ではない。わたしには何より優先すべき、大事な人がいる。その人の代理で、ここに”わたし”は立っているのだ。


「だから、ごめんなさい」


わたしは深く頭を下げた。


「ありがとう。ちゃんと返事をしてくれて」

「・・・いえ」


わたしはゆっくりと顔をあげる。そしてこう続けた。


「ソーゴさんの気持ちは、嬉しかったです。こちらこそ、ありがとうございました」

「そっか」


ソーゴさんの笑みは柔らかく、そこに悲壮感は感じられなかった。ただそう見えるように振舞っているだけかもしれないけれど。


「じゃあ今日のところは、これで退散することにするよ」


ソーゴさんはそう言うと、踵を返して公園の出口へと歩き始めた。


「あ、はい」


その背中を見送っていると、数歩進んだソーゴさんがこちらを振り向いた。


「・・・またメールはしていいかな?」


その表情は少し固かった。わたしは、ソーゴさんとのメールのやりとりをするのは好きだった。恋人になることはできないが、それくらいなら美幸も許してくれるだろう。そう思ったわたしは笑って答える。


「はい。それはぜひ」

「良かった」


ソーゴさんは嬉しそうに笑ってくれて、わたしもようやくほっと息をついたのだ。


「いえ、こちらこそ」

「日高さんによろしくね」

「はい」


ソーゴさんに手を振って、その後ろ姿が見えなくなるまでわたしはそこに立っていた。すると近くから人の気配を感じて、わたしは公園の中を見渡す。


「・・・ん?」


するといつからそこにいたのかはわからないが、公園の隅にこちらに背を向けている四人組の男女が目に入った。


「・・・」


それは明らかに美幸の学校の制服で、彼らの後ろ姿には見覚えがあった。まさかなと思ったが、しかしそれにしか見えない。


「・・・莉子?」


試しに小さい声で名前を読んでみると、四人組のうち一人が驚くように飛び上がった。そしてその一人がこちらをおずおずと振り返る。思った通り、莉子だ。すると残りの三人も検討がつく。


「み、美幸ちゃん・・・」


莉子は気まずい表情をして美幸わたしの名前を呼んだ。それに合わせて観念するように残りの三人もこちらを向く。やはり入船、藤谷、青葉だ。三人は美幸わたしと目を合わせるのを避けるかのように視線を左右に彷徨わせている。すると莉子がもうなりふりを構うことは止めたのか、一目散にこちらに走って来た。


「莉子、どうしてここに」

「あのっごめん美幸ちゃん!」


莉子は美幸わたしの手を取る。


「美幸ちゃんが心配で…つい…追いかけてきちゃった」

「ただ話すだけって言ったのに」

「美幸ちゃんがソーゴさんにたぶらかされてると思ったの〜!」


莉子が泣きそうになりながらそう叫ぶ。莉子の中のソーゴさんは一体どんな人物なんだと逆に心配してしまう。わたしは莉子の後ろの方で所在なさげに立っている入船たちに視線を向ける。


「もしかして、入船たちも莉子が呼んだの?」

「…万が一のボディガードとして…」

「はは…」


思わず乾いた笑みが出た。そんな変な心配をさせてしまっていたとは思わなかった。


「ごめん、ちゃんと言っておけば良かったね」

「美幸ちゃんは悪くない!あたしが勝手に心配して…」


莉子はソーゴさんが歩いて行った方向を横目で見る。


「ソーゴさんとは・・・付き合わないん、だね?」

「うん」


頷くと、莉子はじっと美幸わたしを見つめてきた。莉子の瞳は口よりも雄弁だ。その理由を聞きたいとありありとそこに書いてあった。


「…ソーゴさんは…」


莉子にも、本当のことは言えないが誠実でありたいといつも思ってる。


「付き合うってお互いが好きにならないと駄目でしょ。わたしは、あの人を好きにはならない」

「…そっか」

「うん」


わたしが静かに頷くと、莉子はふうと小さく息を吐いた。ようやく落ち着いてきたようだ。そして莉子は振り返って、入船たちに話しかけた。


「入船くんたちもごめんね。付き合わせちゃって…」


莉子の言葉に入船たちがようやくこちらに近付いて来る。


「俺は別にいいよ」


入船が莉子に笑いかけて、次に美幸わたしを見た。


「まあ何事もなくて良かったな」


てっきり入船は莉子を悩ませるなんてなんてことをするんだと怒っているかと思ったが、そうではないらしい。わたしを気遣うように笑ってくれている。一方そんな入船の隣に立つ青葉と藤谷はなんとも言えない顔をしている。


「…悩んでいたのはこのことだったんだ」


青葉と藤谷にそう言うと、青葉は頷いて藤谷は僅かに眉を潜めた。


「でも解決したのは二人のおかげでもある」


あの日の放課後に青葉と藤谷に会わなければ、朝倉さんに相談するということも思いつかなかっただろうから。


「心配してくれて、ありがとう」


青葉はにこりと笑って、藤谷はしぶしぶといった感じで頷いた。


「じゃあ帰ろうか」


その帰り道の途中で、ホワイトデーだからと言って入船と青葉と藤谷がわたしと莉子にコンビニであんまんを買ってくれた。あんまんは暖かく、甘く、とても美味しかった。




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