美幸を好きなひと②
クリスマスが終わると、美幸の学校の冬休みが始まる。
わたしは冬休みは夏休みと同じく、基本は読書と勉強を主軸とした生活を送った。特に用がない日はとりあえず図書館に赴き、興味が引かれるままに本を読んだ。そしてクリスマスパーティ以降”幸せ”という単語に引っかかりを覚えていたわたしは、タイトルに”幸せ”が含まれているエッセイや心理学の本を何冊か読んでみた。美幸の世界でも”幸せ”というものの定義づけには多くの人が挑戦しているようであり、本には様々な幸せの形がえがかれていた。けれど、どの本を読んでもしっくり来るものは今のところない。
そんな冬休みのとある日。日課のように図書館に行くと、青葉と藤谷が同じ机に座っていたのを見つけた。青葉は冬休みにも何回か図書館で顔を合わせていたが、藤谷とは図書館で初めて会ったと思う。
「藤谷がいるなんて珍しいね」
「・・・することがないんで」
そう小声で声をかけると、文庫本を読んでいた藤谷は顔を上げて答えた。そういえば本を読む姿を見るのも初めてかもしれない。すると青葉が藤谷の隣でにやりと笑う。
「あんまり暇暇ってうるさいから、連れてきたんだ」
「そうなんだ」
「ねえ藤谷?」
藤谷はふんと鼻で息をして、文庫本に視線を落とした。青葉は含み笑いをして、わたしに目を向ける。
「藤谷は悪い遊びから卒業したんだよ」
「悪い遊び?」
青葉の言葉を復唱して、すぐに思い当たる。悪い遊びというのは、喧嘩のことだろう。文化祭でもう潮時だと言っていたが、本当に喧嘩をすることはなくなったらしい。
「それはよかったね」
わたしは藤谷に向けてそう言ったが、藤谷からの返事はない。わたしと青葉は顔を見合わせて、軽く肩をすくめた。青葉が読書に没頭し始めたので、わたしも今日読む本を選びに本棚へ向かう。
そして本棚で本を物色していると、ポケットに入れていた携帯が震えた。メールが誰かから届いたしるしだ。わたしはポケットから携帯を取り出し、内容を確認する。
『これは今日飲んだ新作のジュースです。何味だと思う?』
そんな文と共に、オレンジ色と緑のグラデーションになっている飲み物の写真が送られてきていた。ソーゴさんからのメールだった。
不思議なことに、クリスマスパーティー以降ソーゴさんとのメールのやりとりが続いている。だいたいはソーゴさんからこのように写真が一枚送られてきて、それの説明とクイズのような質問のような問いを投げられる。
わたしは少し考えて、返事をその場で返す。
『夕焼けみたいな綺麗な色ですね。オレンジ味ですか?』
そしてわたしは携帯を閉じてポケットの中にしまった。最近はこんな感じでメールをやりとりする人が増えた。もともとよくメールをしていたのは入船だ。といっても入船から送られてくるのは基本的に莉子に関する内容で、意見を求められることがなければ返事をしないことも多い。最近は定期的に届くメールマガジンのようなものだと思い始めた。
もう一人は藤谷だ。藤谷とはもっと簡素なやりとりだ。藤谷が見たら笑うかなと思う写真をわたしが撮って、それを送る。しばらくするとその判定が藤谷から返ってくる。ただそれだけ。ここ最近で一番反応が良かったのは、美幸の母親が作ったオムライスだ。オムライスにケチャップ文字を書くのが美幸の家では恒例なのだが、何を書いてほしいかリクエストされたときに、試しに笑えるものと言ってみた。すると、オムライスには赤いケチャップでこう書かれた。
”笑えるもの”
その写真を見た藤谷の返事はこうだ。
『ちょっと面白い』
これを面白いと感じて、ツリーの折り鶴は微妙と感じるらしい。藤谷の判断基準は未だによくわからない。そういえば、そんな藤谷はどんな本を読んでいるのだろう。あとでこっそり本のタイトルを見てみよう。わたしはそう思いながら、本棚から一冊の本を手に取る。美幸の世界に来て、結構な数の本を読んだと思う。しかし、図書館にはまだまだわたしの読んでいない未知の本が山ほどあった。それは嬉しいと同時に、歯がゆくもあった。
そしてやってきた、12月31日。
この日は大みそかと呼ばれ、わたしは美幸の両親と一緒に家の大掃除をすることとなった。一年の汚れをはらい、新たな気持ちで新年を迎えるためだという。大掃除をして、晩御飯は年越しそばというものを食べ、夜は除夜の鐘を聞きながら年が越すのを待つ。それが美幸の家の恒例行事らしい。わたしはいつもなら零時まで起きていることはないが、テレビを見る美幸の両親に付き合っていたら、いつの間にか年越しはもうすぐそこまで来ていた。
「おっカウントダウンはじまったな」
美幸の父親がテレビを見ながら呟く。テレビに映るどこかの神社には、こんな深夜の寒い中たくさんの人が集まって、声を出している。
「5!」
「4!」
「3!」
「2!」
「1!」
年を越す瞬間、何故かちょっとどきどきした。
「あけましておめでとう!」
「あけましておめでとう」
美幸の両親がそう言って、わたしもそれに習った。
「あけましておめでとう」
すると、携帯がメールを受け取って震えた。こんな深夜になんだろうと思って携帯を開くと、莉子からのメールだった。
『美幸ちゃん!あけましておめでとう!今年もよろしくね♡』
それを読んでいると、また一通メールが届いた。入船からだ。
『あけおめ!今年も日高さんのことよろしくな!』
さらにまた一通増える。今度はソーゴさんからだ。
『あけましておめでとう。片桐さんにとって良い一年になりますように。またどこかで会えると嬉しいな。』
わたしはそれを読んでいると、美幸の母親と父親はあくびをして伸びをした。
「そろそろ寝るか」
「そうね〜あっ美幸ちゃん、あけおめメール来たの?」
「うん」
「いいわね〜じゃあお母さんたち寝るから、美幸ちゃんもそろそろ寝なさいね」
「うん。おやすみなさい」
「おやすみ」
そうしてわたしは携帯を持って美幸の部屋に戻る。美幸の机の椅子に座って、莉子、入船、ソーゴさんに新年の挨拶を送り返した。そこでわたしは送受信ボックスを眺めて、藤谷からは何も来なかったなと思った。別にそれはおかしなことではない。いつもメールを送り始めるのはわたしの方だし。じゃあわたしから送ればいいじゃないかという話だが、今は判定を受ける写真があるわけではない。
「…」
わたしはしばらく考えて、挨拶をしておくのは礼儀ということで藤谷へのメールを作成した。
『あけましておめでとうございます』
これくらいなら差し障りないだろう。差し障りないくらいなら別に送らなくてもいいんじゃないかと思わないでもなかったが、わたしはそのまま送信ボタンを押した。そして携帯を閉じて、目を閉じる。しばらくその状態で携帯が震えないか待っていたが、いつのまにか寝てしまっていた。
翌日の朝は、夜更かしのせいかいつもより少し遅く目が覚めた。起きて早々に携帯を開くと、莉子からの新しいメールが一通来ていた。
『おはよう美幸ちゃん!よかったら今日の昼から初詣行かない?』
初詣。それは、年が明けてから神社や寺院などに参拝する行事のこと。美幸の世界ならではの行事のひとつなので、ぜひ経験しておきたいところだ。そこでわたしは美幸の両親に許可を取って、昼から初詣に行くことにした。
そして昼ごはんを食べてから初詣に行く準備をしていると、入船からメールが届いた。
『日高さんって初詣とかいつ行くのとか知ってるか?』
わたしはそれに返事をする。
『今から近くの神社に莉子と行くよ』
そのメールに一分もかからずに返事がきた。
『まじか』
たった三文字だけだが、入船の驚いた顔が頭に浮かんだ。この辺りで近くの神社と言うと、ひとつしかない。もしかして、いまから慌てて出て来るのだろうか。入船なら全然やるなと、そう思いながらわたしは家を出た。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
外の空気はひんやりと頬を刺したが、どこか新鮮な気持ちがした。
「美幸ちゃん!あけましておめでとう」
「あけましておめでとう、莉子」
莉子と待ち合わせて、神社へと向かう。神社に近づくにつれ、わたしたちと同じ初詣を目的とした人たちが増えていく。
「やっぱり元旦は人が多いね」
「そうだね」
神社に着くと、境内の中はあちこち人で溢れていた。賽銭箱の前にも行列ができている。この人混みだと、入船がやってきても莉子を見つけるのは難しいんじゃないかと内心入船を哀れに思った。
「美幸ちゃんは神様に何を願うの?」
賽銭箱の列に並んでいると、莉子がそう尋ねてきた。美幸の世界では、賽銭箱にお金を投げ入れた時に神様という存在に何かを願うらしい。
「…考え中だな…莉子は?」
すると莉子は照れたように笑って、人差し指を口元に当てた。
「それは美幸ちゃんにもないしょ!」
「じゃあわたしも内緒」
「えー」
そんなやり取りをしていると、わたしたちの番がやってきた。初詣の作法は、ちゃんと予習をしてきた。まず賽銭を賽銭箱に投げ入れ、頭上の鈴を鳴らし、二礼。そして二つ手を叩く。そこで神様に挨拶と、願い事。最後に深く一礼。
わたしは握りしめていた五円玉を賽銭箱に投げ入れる。五円玉は、小さな音と共に賽銭箱に吸い込まれていった。
そして次に目の前の綱を掴んで、賽銭箱の上にある鈴を鳴らす。ガランガランと、音が頭上で響いた。
そして頭を二回下げ、手を二叩いた。
ここで口には出さずに挨拶と、願い事。
ーーはじめまして。××と申します。
ーーどうか、穏やかな生活がこのまま続いていきますように。
そう心の中で唱えて、わたしは最後に深く一礼をした。そして賽銭箱を離れる。莉子もすぐに後ろに続いた。
「結構並んだね〜」
「そうだね」
三十分くらいは列にいた気がする。莉子は境内を見渡して、とある場所を指差した。
「おみくじ引いていい?」
おみくじとは、一年の運勢を占うものだ。こちらも初詣といえば恒例のもの。おみくじを引く場所も賽銭箱ほどではないが列ができているが、ここまで来たなら今できることは体験してみるべきだろう。一番良い運勢は、大吉で悪いのは凶。しかし神社によっては凶自体入れていないところもあるという。
「いいよ。わたしも引きたいし」
「やった!行こ行こ」
莉子と一緒におみくじの列に並んで、わたしはふと境内を見渡す。すると視界の端になにか見慣れたものが通った気がした。なんだろうとそちらを見ると、それと目が合った。
「あ」
「ん?」
わたしと目が合った藤谷は、驚いたように少し目を開いてそれからふっと笑った。してやったりという感じの、藤谷にしては子どもっぽい笑みだと思った。
「見つけた」
藤谷のその声は、やけにはっきりと耳に届いた。雑踏のざわめきが、一瞬遠くになったような気がした。
「美幸ちゃん?何見てるの…ってあれ?東雲くんだ」
わたしの視線を追いかけて、莉子が藤谷の存在に気づく。藤谷は携帯を開きながら、ゆっくりとわたしたちに近づく。
「東雲くん一人って珍しいね」
「あいつらも来てる」
「あ、そうなんだ」
携帯をいじりつつ、莉子と言葉を交わす藤谷。何をしているんだろうと、藤谷の携帯を眺めていると藤谷が顔をあげた。わたしと目が合うと、訝しげに眉をひそめる。
「…なんだよ」
「…いや何も」
藤谷が眉を潜めたままもう一度携帯に視線を落とすと、彼がやってきた方と逆から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「日高さん!片桐美幸!」
「あ、入船くんだ」
「ちっ」
軽く手を振りながら入船が現れたのと同時に、藤谷が舌打ちをした。
「え?」
思わずどうしたのだとそちらを見ると、藤谷は今後は先ほどとは打って変わって不機嫌そうに小声で呟いた。
「先にお前らを見つけたら良光が俺たちに奢る約束だったんだ」
「あぁ…」
なるほど、入船に言われて莉子を探していたのか。それを理解したら、落胆したような気持ちが湧いてくるのを感じた。そして次の瞬間にどうして落胆しているのかと自分自身に驚いた。
「よくあたしたちのこと見つけたね」
「なんとなく知り合いがいないかなって見渡してたんだ」
隣から莉子と入船の会話が聞こえてくる。入船は莉子だけをこの人混みの中から探していただろうに。
そう思って、すとんと腑に落ちた。そうか。わたしは嬉しかったのだ。藤谷が、わたしを探して見つけてくれたように錯覚をして。
「あっ次だよ、美幸ちゃん」
「あ、うん」
あの時美幸と目があった藤谷は、莉子と一緒にいる美幸を見つけてあの一言を口にしたのだ。ただ、それだけだ。それを嬉しく思うのはお門違いだ。
「ではこれを振って棒を一本出してください」
そもそも、美幸の世界にいる間は”わたし”に向けられるものはない。すべて美幸のものなのだ。わたしの感情は結局は意味のないものだ。
「棒に書いてある番号を教えてください」
「えっと…六番です」
「はーい。六番はこちらです」
「ありがとうございます」
巫女の格好をした女性から紙を受け取り、おみくじの列から離れる。そして半分に曲げられた紙をそっと開いた。そこに書かれている結果は。
”凶”
「…」
わたしは言葉を失う。これは、”どちら”の結果だ?
「あたし末吉だった〜美幸ちゃんは…って…うそ?!凶?!」
莉子の驚愕した声が聞こえたが、わたしはおみくじの結果から目が離せない。
「…」
これは美幸が凶?わたし自身が凶?いやどちらでも困る。しかもわたしが美幸に入っているから凶という見解もあり得る。どうしようこれから美幸の身になにか不幸とかあったら。いや、結構美幸にとって良くないこともやらかしているからそれのことかもしれない。いや、でもこれって新年を占うものだし。これってどうしたらいいんだろう。もしかしておみくじなんか引かない方がよかったのかも。
「ふっ」
すぐ近くで誰かが吹き出す声がしておみくじから顔をあげる。藤谷が顔をそらして口に手を当てていた。
「え」
「美幸ちゃん、大丈夫だよ!おみくじなんてただの占いだから!」
莉子が真剣な顔で力強くそう言った。
「え、あ…うん」
「片桐美幸、いまめちゃくちゃ悲壮な顔してたぞ」
入船が励ますようにわたしの肩を叩いた。
「…そんな顔してた?」
莉子に尋ねると、莉子は真剣な顔のまま頷いた。そしてわたしたちの視線は、わたしから顔を反らして肩を震わせている一人に集まる。
「おい、藤谷。あんまり笑ってやんなって。片桐美幸がかわいそうだろ」
「そうだそうだー」
入船と莉子の言葉に、藤谷はゆるゆると顔をあげる。
「いやーいいもん見たわ」
藤谷のそんな清々しい顔は初めて見た気がする。いやでも藤谷に笑われる理由がわからない。思わず眉を潜めると、藤谷はまた愉快そうに笑った。
「もう!美幸ちゃん、東雲くんなんか放っておいておみくじ結ぼ!」
少し頬を膨らませた莉子が美幸の腕を取って、おみくじが無数に結ばれている神社の一角に向かった。
「おみくじ結ぶと、運気が向上するんだよ。だからきっと大丈夫だよ!」
莉子はそう言って、わたしを励ますように笑った。
「うん、ありがとう。莉子」
わたしは結ぶ前に、もう一度おみくじを見返しておく。だいたいの項目に運勢はあまり良くないと書かれている。しかし、ひとつの項目だけはそうではないようだった。
待人 来る 驚く事あり
待人ってどういう意味だろう。あとで調べておこう。そう思っていると隣ではさっそく莉子が手を伸ばしておみくじを結び始めていた。
「あたしここにしようっと」
「あ、じゃあ…わたしはこっちに」
わたしはおみくじを見納めて、丁寧に縦に四つ折りにする。そして、破れないようにそっと結んだ。一歩離れればわたしが引いたおみくじは、他の人たちのおみくじに埋もれてもうどれかわからなくなった。
しかし、わたしが引いたおみくじの結果は変わらない。せめてわたしが美幸である間に、悪いことが起きなければいいけれど。なんだかもう一度参拝したくなってきた。賽銭箱の方を見ながらそんなことを考えていると、コートの袖を莉子が引いた。
「ね、美幸ちゃん!せっかくだし、なんか美味しいもの食べて帰ろ?」
いけない。先程から莉子に気を使わせてしまってる。
「うん、いいね」
わたしは気を取り直して微笑んだ。
「えへ、やった」
「日高さん、片桐美幸!このあとなにか用事ある?よかったらどっか寄って帰らない?この辺に俺のおすすめのケーキ屋があるんだけど」
そう言いながら入船と藤谷がこちらにやってきた。わたしと莉子は顔を見合わせて、笑い合って頷いた。すると藤谷が辺りを見渡して入船に尋ねる。
「てかそういえば響一は?」
「あ、連絡忘れてたわ」
青葉も来てるのか。わたしも軽く辺りを見渡すが、それらしき姿は見えない。
「…おっかしーな…電話しても出ない…」
「その辺で本読んでるんじゃねぇの」
困った顔の入船と呆れた顔の藤谷。二人はため息ついて境内を見渡した。
「探しに行くか…」
その様子を見ていたわたしたちはもう一度顔を見合わせた。そして莉子が頷いて口を開く。
「あたしたちも手伝うよ。見つけたら連絡したらいい?」
「申し訳ない…頼むよ」
そういうことで、わたしたちはそれぞれ青葉を探すために散り散りになった。
わたしは入口の鳥居の方に向かう。まだまだ入口からは人がたくさんやってきていた。青葉が本を読んでいると仮定するならこんな人通りが多いところではないだろう。わたしは入口辺りで踵を返す立ったままじゃしんどいので、腰が下ろせるところがあればいいと思う。そして、あまりに人が通らない隅ならより良い。わたしならそうする。
わたしは鳥居から少し離れて、人気がない方に向かう。神社の周りには植え込みがある。それに沿って歩いていると、俯いて本を読んでいる人影を見つけた。
「いた」
青葉だ。案の定、植え込みの縁に座り込んで本を読んでいる。わたしはホッとしながら、ゆっくりと青葉に近付いて声をかける。
「青葉」
少し間があって、青葉が顔をあげて辺りを見渡した。するとわたしと目が合う。
「あれ、片桐さん。あけましておめでとう」
顔をあげた青葉はあっけらかんとわたしにそう言った。わたしは思わず苦笑いをこぼす。
「あけましておめでとう。みんな青葉を探してるよ」
「え?あー」
青葉がようやく気付いたように携帯を開いて呆けた声を出した。わたしも美幸の携帯を開く。そして入船と莉子と藤谷を宛先に入れて、青葉が入口の方の鳥居の近くの植え込みにいたと打ち込んだ。
そして送信ボタンを押して顔をあげると、すぐ目の前に藤谷がいた。いつからいたのだろう。気付かなかった。
「驚いた」
わたしが素直な気持ちを口にすると、藤谷は唇を歪める。
「もっと驚いた顔しろよ。見つけるの早いな」
「見つけたのは、運が良かったみたい」
「運勢は凶だったのにな」
「…」
それを持ち出してくるのは性格が悪い。思わず半眼になって藤谷を見る。すると藤谷はまた愉快そうに声を上げて笑ったのだ。
「…何がそんなに面白いの」
わたしは不快に思うよりも、純粋に疑問が先立ってそう尋ねた。すると、携帯を見ていた青葉が笑う藤谷の代わりに口を開いた。
「君っていつもすましてるから、表情に色がつくと新鮮なんだよ」
確かにあまり感情を露わにするのは避けているが、そこまで言われるほどなのだろうか。わたしは頬を抑える。すると青葉はわたしに尋ねる。
「それで?おみくじで凶引いたの?」
「………そうだけど」
極力不満が顔に出ないように慎重に頷くと、青葉までふっと息を漏らして笑うではないか。
「青葉まで」
「いや、ごめん」
わたしが二人に憤慨していると、そのうちメールを見た入船と莉子がやってきた。その後わたしたちは気を取り直して入船おすすめだというケーキ屋さんに行き、みんなで新年初のケーキを頂いた。
そしてケーキ屋を出る頃には日が沈み始めていて、辺りはすでに薄暗い。夏と比べて冬は太陽が出ている時間が短いのだと実感して、昼間からぐっと下がった気温に身を震わせた。完全に暗くなる前に解散することになったわたしたちだが、入船が莉子とわたしを送って帰ると言うので神社から一番近い莉子の家までみんなで歩くことになった。
「それじゃあ、もうここまででいいよ!みんな今日はありがと!じゃあまたね美幸ちゃん」
「うん、またね」
莉子を見送って、わたしたちは再び歩き始める。青葉と入船が歩くその後ろにわたしと藤谷が続く。入船は青葉はゲームの話をしているようだ。それをなんとなく聞いていたら、美幸の携帯が震えた。ちらりと画面を確認すると、ソーゴさんからのメールのようだ。あとで確認しようとポケットに携帯をしまい込んで、わたしは思い出した。
「そうだ、藤谷」
藤谷にそう声をかけると、前を向いていた藤谷がこちらに顔を向ける。
「あけましておめでとう」
わたしのその言葉に、藤谷は虚をつかれたように目を丸くした。そしてふんと息を吐く。
「今更?あともうメールで聞いたけど」
確かに今更だし、メールも送った。それはそうなんだけれど。
「直接言っておきたかったから」
メールだけでは味気ないような気がしたのだ。せっかく今は言葉を交わせる距離にあるのだから。
「変なやつ」
藤谷はそう言って、呆れたように笑った。今日は藤谷の笑った顔をよく見る。
「というか、藤谷は言ってくれないんだ」
「言ってなかったっけ」
「聞いてない」
「じゃああけおめ」
素っ気なく放り投げられた新年の挨拶を受け取って、わたしは達成感に似た何かを感じた。
そして美幸の家の前で、藤谷たち三人と別れた。これから三人は入船の家でゲームをするらしい。わたしは美幸の家に帰り、携帯を開いてソーゴさんのメールを読んだ。
『今日は初詣に行ったよ。すごい人だった。おみくじ引いたら大吉!片桐さんは初詣は行く予定?』
メールと一緒に送られてきていた写真には、大吉と書かれたおみくじが写っていた。なるほど、大吉はこんな感じなんだなとしみじみとしながら写真を眺め、返信を打った。
『わたしも今日初詣に行きました。おみくじは凶だったので、ソーゴさんが大吉を見せてくれてよかったです』
それを送ると、返信は一分もかからずにソーゴさんから送られてきた。
『凶?!凶引いてるひと初めて聞いたよ。逆に運いいんじゃないかな』
そうかそういう見方もすることができるのかと、ソーゴさんの言葉に少し救われた心地になる。確かに凶を引く確率はとても低いはずなのだ。
『そう思うことにします。ありがとうございます』
『気休めだけど、縁起がいいもの送っておくよ。去年のだけど、登山して撮った初日の出の写真だよ』
それは、雲の海から太陽が顔を出している写真だった。黄金に染まる一面の風景は、現実感がなくとても神々しい。
『ありがとうございます。この写真が見れてたので、凶を引いたのも悪くない気がします』
わたしはそう返事をして、携帯を閉じた。そして美幸の机を開き、わたしの日記帳を手に取る。
”1月1日
莉子と初詣に行った。おみくじを引くと、凶が出た。何か悪いことが起きなければいいけれど。”
そこまで書いて、おみくじの「待人 来る 驚く事あり」のことを思い出した。思い出したので、伝言代わりに日記にそれも書いておく。
”1月1日
莉子と初詣に行った。おみくじを引くと、凶が出た。何か悪いことが起きなければいいけれど。おみくじに、待人が来るけど驚くと書いてあった。これから何か起きるのだろうか。あと神社で入船、藤谷、青葉に会って一緒にケーキを食べに行った。ケーキはとても美味しかった。”
日記を読み返して、凶を引いた割にはこの一日は充実したものだったように思う。この美幸としての生活がいつまで続くかわからないが、美幸であるうちは美幸らしく穏やかに生きてこうと改めて決意をする。
「今年もよろしくお願いします」
わたしは美幸に、自分自身に、そう呟いた。




