表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/51

美幸の好きなもの④


修学旅行三日目。修学旅行最終日でもあるこの日の予定は、ガラス工芸が盛んな街と空港の散策となっている。最終日なので、同級生たちはみんな残ったお小遣いを使おうと張り切っている。わたしも例外ではなかった。お小遣いは全部使って来いというのが美幸の両親からの命である。


「じゃあどこから回ろうか、美幸ちゃん」

「端から見て行っていいかな」

「もちろん!」


ガラス工芸が有名なその街にはお土産屋が密集している場所がある。わたしたちの主な散策地はその一帯である。辺りを見ると、一般客の中に同級生たちの姿があちこちに見られた。喫茶店もいくつかあるので、そこで優雅に自由時間を過ごすという同級生もいるようだ。


「あっこのストラップいいな~」

「綺麗だね」


莉子と一緒に片っ端から道にあるお土産屋へと入った。どのお店にあるものもとても綺麗で魅力的に思えたがなかなか買うには至らない。いざ買おうかと商品を手に取ると、本当にそれは必要なものなのか思い悩んでしまうのだ。選ぶのはわたしだが、それは美幸のためのお金であり商品である。そんなことを考えながら真剣に商品と向き合っていると、莉子がお手洗いでわたしの隣から離れて行った。


「・・・」

「あ、おーい!片桐美幸さん」

「・・・」

「片桐美幸!」


肩を叩かれて、わたしはようやく誰かに呼ばれていることに気付いた。


「入船」

「随分真剣に悩んでたな」


入船がわたしを揶揄うように笑った。


「うん」

「いろいろあって迷うよな」


入船はひとりのようだった。


「青葉と藤谷は?」

「二人とも喫茶店だよ」


入船はお店の外を指差した。店内の窓ごしに喫茶店があるのが見えた。あそこに二人はいるということだろう。


「入船は行かなかったの?」

「俺も喫茶店にいたけど、丁度片桐美幸がひとりになっているのが見えたから」


それはわたし(美幸)に会うためにわざわざ外に出てきたような言い方である。わたしは首を傾げた。


「何か用?」


すると入船の顔から笑みがすっと消え、真剣な顔になる。そして声をおさえて、わたしの耳元に近付いた。


「日高さんってキーホルダーよりもストラップ派?」


それを聞くためにわざわざ外に出てきたのか。努力を惜しまないというか、惜しんだ結果がこれというか。入船は何度かわたしに莉子に関する質問をしてきたので、一度直接本人に聞いたらどうだと言ってみたことがあった。しかし入船は万全の状態で挑みたいからそれは駄目だと言ったのだ。


「さっきその辺のストラップ見てたよ」

「なるほど」


莉子が先ほど眺めていた場所を指さすと、入船はその辺りを真剣に見始めた。その真剣な横顔を眺めつつ、わたしは昨晩の朝倉さんとの会話や、告白の現場を思い出した。入船は莉子のことを好きだという。ならば、いずれああいう告白というものをすることになるのだろう。その時に莉子や入船の近くにいるのは、美幸だろうか、わたしだろうか。それが少し気になった。そしてその疑問をそのまま口にした。


「入船はいつ莉子に告白するの」

「え?」


入船が慌てつつ周囲を確認して、わたしを睨む。


「そういう話はもっと声をおさえてくれよ。誰かに聞かれたらどうするんだ」

「ごめん」


それで答えはどうなんだとわたしは入船を見た。わたしの視線を受けて入船は怪訝な顔をしつつ、まあお前にはいろいろ助けられているかなとぶつぶつと呟いてからわたしを見る。


「俺はOKが貰える可能性を百パーセントにしてるとこなんだよ」


わたしはその言葉の意味を吟味し、口を開く。


「OKを貰えるようにならないと告白しないってこと?」

「そうだよ」

「へえ」


それだと一体いつになるかわからないと思ったが、入船自身の問題なので仕方ないだろう。


「今せっかく普通に話せるようになったのに、告白して気まずくなったら嫌だろ」

「確かに」


あの女子生徒と男子生徒のように莉子と入船が気まずそうにされたら、それはこちらとしても心地よいものではないだろう。


「てかそんなの聞いてどうするんだよ、そんなこといいからあともう一個教えてくれ。日高さんが好きな色は?」


入船がそう言った後、口を開こうとしたわたしは、お手洗いから戻ってくる莉子の姿を見つけて口を閉じた。わたしの視線の先を見て、入船も莉子の姿に気付く。莉子はわたしたちの視線を浴びながら、小走りで戻ってきた。


「美幸ちゃん!お待たせ!あれ、入船くんじゃん。何話してたの?」


莉子がわたしの隣に立ちつつ入船に尋ねる。入船は先程の怪訝な顔から一転して、朗らかな笑みを莉子に見せた。


「やあ日高さん。偶然ここに入ったら片桐美幸さんがいたから挨拶してただけだよ」

「そうなんだー」


わたしは先程入船から受けた質問を思い出して、莉子に尋ねる。


「莉子、このストラップを買うなら何色選ぶ?」


わたしは先程莉子が眺めていたストラップを指差した。そのストラップの先には色の付いたガラス玉がついてるもので、カラーバリエーションが豊富だった。だからこの中に莉子の好きな色くらいはあるだろうと思った質問だ。


「え?うーん…え〜っとね…」


莉子は少し不思議そうな顔をしてから、ストラップをまじまじと眺める。


「これかな」


数秒唸った後、莉子は黄色のガラス玉のストラップを指差す。


「莉子の髪の色だね」


わたしがそう言うと、莉子は一瞬ぽかんとしてその後すぐに花が咲くように笑った。


「うん!あと、美幸ちゃんの眼の色だよ!」


そう言われて多分わたしも莉子と一瞬同じような顔をしたと思う。なんだか不思議とくすぐったいような気持ちになった。わたしは微笑みつつ頷く。


「確かに」


隣では入船は真剣な顔をして首を縦に振っていた。莉子はそんな入船には気付かず、首を傾げる。


「じゃあ美幸ちゃんは?買うならどれ?」

「え…」


それは思いもよらない質問だった。わたしは並んだ色とりどりのストラップを見る。そして内心で焦り始めた。そういえばわたしは知らないのだ。美幸の好き色を。


「えーと…」


わたしはストラップを見つつ、美幸の記憶や持ち物を頭の中で並べてみる。


「うーん」


いやわからない。持ち物も色に統一性はないし、好きな色がわかる記憶なんて出てこない。わたしがストラップを睨みつつ動かなくなると、隣で入船が笑った。


「いや悩みすぎ」

「いや…迷って…」


わたしはごまかすようにそう言って、ええいとひとつのストラップを指差した。


「これ…かな」


それは青色のガラス玉のストラップだ。美幸の好みがわからないので、自棄でわたし自身が一番良いと思うものを選んだ。美幸への言い訳は後で考えることことにした。莉子はわたしの選んだストラップを見て、うんうんと頷いた。


「美幸ちゃんっぽい」

「え、そう?」


正解を選んだかと内心で息をつく。そんなことは知らずに、莉子はにこにこ笑いながらこう続けた。


「美幸ちゃん、空好きだもんね」


莉子の言葉にわたしは小さく息を飲んだ。それと同じ言葉をつい数日前に青葉に言われたばかりだったからだ。


「美幸ちゃんこのストラップ買うの?」


美幸へのお土産としてそれは悪くないと思う。


「…うん。買おうかな」

「じゃあ私も!」


わたしが青いガラス玉のストラップを手に取ると、莉子も黄色のガラス玉のストラップを手に取った。


「いいねー俺も記念に買おうかな」


入船はそう言って、緑色のガラス玉のストラップを手にした。莉子の眼の色だなと思ったが、入船のために口には出さないでおいた。


その後三人一緒にレジでストラップを購入し、入船は喫茶店に戻っていった。その後ろ姿を莉子と見送ると、喫茶店の窓から藤谷と青葉の顔が見えることに気付いた。青葉は相変わらず本を読んでいるようだった。藤谷は何をしているんだろうと思った瞬間、彼が窓の外を見た。目が合った気がする。


「ちょっとお腹すいたね」


隣からそう聞こえたので、わたしは喫茶店の窓から視線を外して隣の莉子を見た。


「どこか入る?」

「ほんと?実はあっちの方に可愛いお店があって、気になってたの!」

「いいよ、そこに行こう」

「やったあ」


莉子がわたしの腕を取って歩き出す。わたしはその場を離れる前にもう一度なんとなく喫茶店の窓を見たが、藤谷は入船と言葉を交わしていてこちらを見てはいなかった。


その後わたしと莉子はチーズケーキを喫茶店で食べ、自由時間の残りをそこでゆっくりと過ごした。


「はい!ではここが最後の買い物できる場所です荷物預けたあとは大きいものは買わないようにしてくださいね」


とうとう最後の日程、空港へとわたしたちは到着していた。出発時間までの最後の自由時間を与えられ、わたしたちは買い物のため、写真撮影のためなど各々の目的のため空港へと散らばっていった。


わたしはもうほとんどお小遣いを使い果たしていたので、莉子と一緒にのんびりと空港内を散策することにした。


空港はとても広く、お土産屋さんだけでなくいろんなお店があった。その中のひとつに本屋があったが、そこに青葉の姿を見つけた。入船と藤谷は一緒ではないようだった。


せっかくなので展望台にも行ってみることにした。飛行機が飛ぶところが見える展望台は、わたしたち修学旅行生だけでなく一般の人たちもたくさんいた。


「おーっ」


飛行機が飛び立つたび、飛行機が着陸するたび、どこかで誰かの嬉しそうな声が聞こえた。


「あっ飛んだ!」


莉子が飛行機を指差して笑う。展望台から見える飛行機はとても小さいが、あそこには何十人もの人が乗っている。青い空には飛行機が通った印である白い雲が残り、風に吹かれて徐ろに散っていく。


夢のような光景だと思う。


わたしの世界でこんな光景はどれだけ生きていても、どこに行っても見ることはできないだろうから。美幸の世界のあたりまえのほとんどは、わたしの世界のありえないだ。


この数日の修学旅行で経験したものほぼ全ては、わたしの世界では手に入らないものだ。想像さえもできないだろう。


「いってらっしゃーい」


莉子が飛行機に手を振る。わたしもそれを真似して飛行機に手を振った。そうしていると不思議と、その飛行機に乗っている決して出会うことない人たちの幸運を願ってみたくなる。自分以外の誰かのことを考えるほど余裕があるのも、美幸の世界にいるからこそだ。


夢なんだろうな、と思った。


美幸の世界は全てが夢だ。目が覚めれば手には何も残らない。あるのは夢を見たという記憶だけ。わたしが自分の世界に戻れば、ここで手にしたものは何一つわたしの手には入らない。きっと唯一残るであろうものは、ここで過ごした記憶だけ。それでいいと思う。そうでなくてはだめだ。


せめて、少しでも長くその記憶を持っていられたらいいなと思う。


そうしていとあっという間に帰りの飛行機の出発時間となった。帰りの飛行機の席順は行きと同じだ。わたしが自分の席に行くと、既に青葉が通路側に座っていた。


「窓側どうぞ」

「ありがとう」


わたしは青葉の好意を受け入れ、また窓側の席に座る。離陸する前からずっと窓の外を見ていたが、着陸する直前に目が覚めたのでいつの間にか寝てしまっていたようだ。


隣を見ると、青葉も本を閉じて眠りについていた。行きに比べて飛行機の中がとても静かだったので、同級生たちはみんな同じように眠っているのだろうと思った。


家に帰ったら日記には何をどうやって書こうかと、わたしは美幸の街を見下ろしながらゆっくりと考えた。


家までの道のりも、あっという間だった。


気が付いたらわたしは美幸の家にいて、美幸の両親にお土産を渡していた。わたしが選んだお土産はほとんど食べ物だ。試食で、見た目で、美味しいと思ったもの、美幸の両親、もし美幸がこの身体に戻ってきたら食べれそうな長く保管ができそうなもの。


お風呂に入って寝る前、わたしは美幸のデスクで自分の日記帳と向き合っていた。修学旅行の出来事を書いていると、あっと言う間に一頁が埋まる。とりあえず満足のいく出来になったところでわたしは日記をまた机の奥へとしまう。


青色のガラス玉のストラップは、とりあえず美幸の鞄につけてみた。わたしがこの身体にいる間はつけさせてもらうことにした。美幸がこの身体に戻ってきたら、好きにしてくれと言って置かなければいけないなと思った。


美幸に言わなければいけないことと、聞きたいことがたくさんある。けれど今美幸に一番聞きたいのは、好きなものについてだった。


美幸の好きな色は何色?


色だけじゃない。美幸の好きな食べ物は?好きな飲み物は?好きな科目は?わたしはそれについて何も知らない。美幸が何をして何を聞いて何を見たのかという記憶を持っていても、美幸自身のことはほとんど知らない。夢で美幸に会った時にそんな話をしたことはなかった。わたしがあまり知ろうとしてこなかったというのもあるけど。でも今ならそういう話ができると思う。


美幸が空が好きだと言ったら、わたしも同じだと笑ってみたい。


そんなことを思いながら、わたしは美幸のベッドに寝転んだ。心地よい微睡みを感じて目を閉じたらこの数日のことがまだ色濃く瞼の裏に残っていて、わたしは深く息を吐きながら呟いた。


「楽しかったなぁ」


わたしは数日間の修学旅行のことを何度も何度も思い返しながら、満ち足りたような気持ちで眠りについた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ