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美幸の好きなもの②

一時間と少しで、目的地の空港に到着した。わたしは窓の外の景色を眺めているだけだったが、あっという間だったように思う。景色を楽しんでいたわたしは着陸時の結構強い振動に、再びわたしは震えながらシートベルトを強く掴むことになった。隣の青葉が青葉もう地面に足ついてるから大丈夫だと言われるまで、シートベルトから手が離せなかった。


飛行機を出て荷物を受け取り、空港の中を移動していく。わたし含め同級生たちはその空港の広さに目を輝かせながら足を動かした。


「空港内の散策は最終日なので、楽しみにしとけよ」

「今見たいです!」

「だめだー」


先生に尋ねた生徒は残念そうな声を上げる。それもそうだ。こんな広い空港、今からでも歩き回りたいに決まっている。


「はーいじゃあここにクラスごとに並んでくださーい」


空港内の広い場所に出て、わたしたちはクラスごとに並んでいく。


「あっ美幸ちゃんいた」

「莉子」


肩を叩かれて振り向くと、莉子がいた。莉子は嬉しそうに笑った後、少し唇を尖らせる。


「飛行機の席近かったらよかったのに」

「そうだね」

「はい、静かに!移動の説明するから、ちゃんと聞いてくださーい」


一日目はこの後昼食を食べる施設にバスでいき、その後は中心街の散策、そしてホテルへのチェックインとなる。土地が広いため移動の度に一時間ほどかかるが、仕方ないことだろう。


「大きな荷物はバスの下に入れます。貴重品は必ず身に着けておくこと!いいですね」

「はーい」

「それじゃあ一組から立ってくださーい」


立ち上がった同級生たちが楽しそうに歩いていく。多分、わたしもあんな顔をしてしまっているだろうなと少しおかしく思った。


その後バスに乗り込み、昼食会場へと向かう。バスにはガイドさんと呼ばれる案内役の人がいて、移動中わたしたちが飽きないように話をしてくれるという。


「ーーーここの空港、実はこの国で4番目の広さなんです」


ガイドさんの言葉に、同級生たちがへぇーと口々につぶやく。わたしの隣にいる莉子も、わたしも同じ反応をした。あんなに広いのに、あれ以上広い空港がまだこの国にはあるらしい。


「みなさんはこの三日間、たくさんのことを見たり聞いたり知ったりすると思います。全部は覚えて帰れないかもしれませんが、こんなことあったなといつか思い出してくれるよう私も精一杯お話しますね」


ガイドさんはそう言ってほがらかに笑った。バスの中にささやかな拍手が湧き上がる。なるべくすべて覚えて帰りたいと、わたしは拍手をしながら思う。この経験を美幸にちゃんと伝えるために、それと自分のために。なぜなら美幸の身体を離れてしまえば、わたしが自分の世界に持ち帰れるものは自身の記憶しかないのだ。その記憶くらい、充実したものでもいいだろう。


しばらくして、昼食会場の飲食店兼お土産屋に到着した。バスから降りると、ひやりとした風が頬を撫でる。美幸の住む場所とは気候が違うのだなと肌で感じた。


昼食はその土地の名物だという鍋だった。一人用の小さな鍋の器に、野菜ときのこと豆腐と、鮭の切り身が入っている。鍋の下には小さな火がついており、鍋の中身はすでに温められていた。その鍋のほかに、味噌汁、小鉢、白飯がある。修学旅行最初の食事だ。同級生たちはみんなそわそわと嬉しそうな顔をしている。全員が着席したこと確認して、先生が口を開く。


「それではみなさん、手を合わせてください」


パン。と大人数の手を叩く音。


「いただきます!」

「いただきまーす」


食事前の挨拶を済ませた後、一斉に食事に箸を伸ばす。わたしは最初に鍋に箸を伸ばした。鍋の中身をいくつか取り皿に盛り、まず鮭の切り身を口に入れた。


「…!」


味噌を基調としたなべのスープに浸された、柔らかい鮭の身が口の中でそっとほぐれた。美味しさでわたしは目を少し見開いた。


「お鍋美味し~」


隣に座っていた莉子の言葉に、わたしはうんうんと頷く。鮭も鍋も食べたことがあるが、両社が交わることによって味の深みが出ている。白米も一粒一粒がつやつやとしていて、しっかりとした噛み応えと甘みがある。この地は食べ物が美味しいという事前情報は得ていたが、やはり知識として知っておくのと自らが体験するのとでは実感が違う。できることなら、美幸にもこれを食べさせたい。この美味しさを知ってもらいたい。食事を口に運びながらわたしはそう思った。そしてふと視線をあげる。


「美味しいね~」

「さすが」

「これめっちゃ美味しいんだけど」

「これは今日の晩御飯も楽しみなやつ」


同級生たちがみんな楽しそうな、嬉しそうな顔をしながら食事をしている。同じものを皆食べて、同じ時間を共有して。それがこれから、三日間ある。


「美幸ちゃん?どうしたの?」

「あ、いや」


箸が止まっていたのを不思議に思った莉子が話しかけてきた。


「あんまり美味しいから、しっかり味わおうかと」

「本当だね!今日泊まるホテルも料理めっちゃ美味しいらしいよ!楽しみ~!」

「うん」


楽しみなのは本心だった。でも、これから食べる同じ食事を美幸の前に出してもきっと今のわたしと同じ経験は得られないのだろうなと、心苦しく思った。それでも、目の前にある鍋はとても優しい味がした。


食事の後、わたしたちは市内の中心にあるテレビ棟周辺を散策した。青空に映える真っ赤なテレビ棟に登るも良し、周辺の観光施設に行くも良し、お土産さんを回るのも良しという自由時間だ。莉子は高所があまり得意ではないというので、莉子とわたしは周辺のお土産屋さんを見て回ることにした。


「お母さんにチョコとチーズケーキ買って来てって言われたんだけど、これ全部冷蔵だよね」


莉子が名産のチョコやチーズケーキを見て唸っている。


「最終日に買えば大丈夫だと思うけど」

「そうしようかな…美幸ちゃんは?お母さんたちに何か頼まれた?」

「あー…美味しいもの買ってきてって言われた」

「わあ、難しい」

「あと、お小遣いは絶対全部使って来いって」

「わあ、優しい」


わたしにとってはどちらもなかなか難しい要望だった。お土産に所狭しとならんだお菓子を見て、わたしは沈黙する。その様子を見てか、莉子が笑いかけてくる。


「まだ時間はあるし、じっくり考えよ」

「…そうだね」

「ほら、あっちに試食あるみたい!行こ!」


それから口にした試食のお菓子はどれも美味しく、わたしはさらに頭を悩ませることになった。


その後再び集合したわたしたちは、バスに乗って宿泊予定地のホテルへと向かった。ホテルは山あいに建っている大きなリゾートホテルらしく、山の中に温かみのある橙色の大きな建物が見えた時はバスの中でひそやかな歓声が上がった。


夕食は大きな会場でのバイキング形式で、その土地の名産をふんだんに使った料理ばかりだった。本当にどれも美味しく、すべてこのまま持ち帰りたいと思うくらいのものだった。美幸にも、美幸の両親にも味わわせてあげたい。そんなことを思いながら、わたしは食べられる限りの料理を皿に盛った。莉子と入船に食べすぎじゃないかと心配をされてしまったけど、最終的にどれも美味しく頂くことができた。


夕食後は入浴、そして自由時間となる。入浴は事前に決められたグループで入るが、他のお客もいるということで、ひとつのグループの持ち時間は10分。なかなかにシビアな時間設定だとは思ったが、急げばなんとかなるもので無事に先生の怒りを買う事なくわたしたちのグループの入浴は終了した。


入浴が済めば自由時間である。ホテル内ならどこでも移動して良いことになっており、同級生たちは他の部屋に遊びに行ったり、ホテル内にあるお土産屋を物色したりと好きに過ごしていることだろう。このホテルは大きく、お土産屋もなんと二か所あるらしい。土産の種類も微妙に違うとスタッフの人がいっていたので、ぜひ覗きに行きたいところだ。そんなことを考えていたわたしはふと足を止めた。隣を歩く莉子がごそごそと入浴道具を入れたトートバッグを漁っていたからだ。


「どうしたの」

「髪ゴム、浴場に置いてきたかも…ちょっと見てくるね」

「ついていこうか」


そう言うと莉子は嬉しそうに笑って、小さく首を振った。


「大丈夫!すぐそこだし!美幸ちゃんは先にお土産屋さん行ってて!」

「そう?じゃあ…フロントの近くのお土産屋さんでいい?」

「うん!」


頷いた莉子は少し小走りで浴場の方へと向かって行く。わたしはその後ろ姿を見送って、莉子が行った方向とは逆に足を向けた。


何を買おうか、そんなことを考えながら廊下をひとり歩いて行く。


「ーー好きです。付き合ってください」


突然そんな声が聞こえてきて、わたしは驚いて足を止めた。


「…あ、ありがとう…」


その声は今わたしが足を踏み入れようとしてた曲がり角の先のから聞こえてきた。ひとりになったのでせっかくだからホテルの中を少し歩き回ってみようと遠回りをしようとしたのが徒になったか。


「…あの、気持ちは嬉しいんだけど…」


部外者が聞いてはいけない会話だと察し、わたしは踵を返す。しかし会話は否応なしに耳に入ってきた。


「…私、他に好きな人がいて…」

「そ、そっか…」


想いを伝える側は、あえなく玉砕したようだ。小説で読んだような青春劇が、今すぐそばで行われているのだとなんだか不思議な心地だった。


「じゃ、じゃあ…」


たったいま青春劇をしていたふたりのどちらかがこちらに来そうで、わたしは慌てて近くにあった階段に飛び込んだ。


「…」


ぎりぎりのところで相手にわたしの姿は見られなかったはず。振られた方、恐らく男子生徒は早足でわたしが身を隠した階段の前を通っていった。


「…」


少しの間様子を見て黙ってそこにいたが、廊下から何も聞こえないのでわたしはそっと階段から顔を出した。そしてそのまま足を進めた。


「あ…」


しまった。まだ早かった、と内心で呟く。通路の先には、先ほど告白を受けた方の女子生徒が立っていた。別のクラスの女子だと思う。少し紅潮した頬で困った顔をしていた女子生徒は、こちらのの姿を認めると慌てて足を進めてわたしとすれ違う。


「…」


わたしの読んだ小説に記されていた恋は、大抵のものが成就していた。二人の男女は幸せな結末を迎えていた。しかし、現実はそうならないこともある。そんな当たり前のことを、ようやく実感したような心地でわたしはひとりで歩みを進めた。


「あ、片桐さん」


土産屋がもうすぐだというところで、声をかけられた。誰だろうと思いつつ、わたしを知っているということは同級生なんだろうなと思いながら振り返る。


「なに?」


振り向いた先に立っていたのは、三人の同じクラスの男子生徒。わたしが首を傾げながら尋ねると、男子の一人が笑いかけてきた。


「今トランプやってんだけど、俺らの部屋来ない?」

「え?」


思ってもみない誘いだった。


「人数足りなくて困ってるんだけど、片桐さんが来てくれるとありがたいな~」


困っているのか。それじゃあ手助けをした方がいいだろうか。


「それならまあ…」

「日高さんも連れてきてもらっても!」

「確かに、人数多い方がいいからなー」


男子たちは楽しそうに話している。わたしひとりならいいけど、莉子はどうだろう。


「莉子今いないから、ちょっと待ってもらっていい?」

「まあとりあえず片桐さんだけでも!」


そう言ってひとりの男子がわたしの背後に回り、背中を押してきた。その強引さに思わず眉を潜めてしまったが、別に逃げたり振り払ったりする理由はない。しかし、莉子には連絡する必要がある。だが困ったことに携帯は自分の部屋に置いてきたままだ。


「あの、やっぱり」

「いいからいいから!」


もしかして思ったより困った状況なのでは。そう思い始めて、男子たちの手を振り払おうか考え始めたところで、後ろから声がした。


「片桐さん」


それは知っている声だった。振り返らなくてもわかる。青葉だ。男子たちと一緒にわたしは振り返る。やはりそこには青葉が立っていた。なんだろうと青葉の顔を見ると、彼はほんの少し怪訝な顔をして口を開いた。


「見つけた。さっき先生が呼んでたよ」

「え」


それは大変だ。なんの用だろう。


「案内する。通り道にいたから」


青葉がそう言うので、わたしは男子たちに軽く頭を下げる。


「ごめん、先生のとこ行く」


同級生が困っているとはいえ、この場では優先されるべきは先生だ。


「あ、ああ」

「こっち」


何故かあっけにとられたような顔をした男子たちに見送られながら、わたしと青葉はその場を後にした。


青葉と隣に並んで歩こうとすると、少し彼が早足なことに気付いた。そんなに急を要することだったのだろうか。


「青葉、どの先生が呼んでたって?」


わたしがそう尋ねると、青葉はちらりとこちらを見てさらに後ろを確認してその場に立ち止まった。


「あれは嘘だよ」


青葉の言う事が一瞬理解ができずに首を傾げた。


「なぜ嘘を?」


青葉は先程の怪訝な顔をする。あれはわたしに向けたものだったのだ。


「女子ひとりがのこのこと男子の部屋に行くもんじゃないよ」


こちらを叱るような言い方にわたしはやや違和感を感じつつ口を開く。


「…危険はないと判断した」

「そりゃ命の危険はないだろう。別の問題だよ」

「どんな問題?」

「日高さんに聞いてみたら」


面倒になったのか返事が投げやりになった。話が終わったことになったのか、青葉が再び歩き始める。先ほど違ってゆっくりとした歩調なのでわたしは隣に並んだ。


「…」

「…」


なんとなく重い沈黙が二人の間に転がっているような心地がした。しばらく歩いて、青葉がちらりとわたしを見てきた。


「…なに」

「あまり日高さん心配かけるようなことはしないほうがいいよ」


それは優しく諭すような言い方だった。その言葉を無下にすることはいけないことのような気がした。だから、わたしは素直に頷いた。


「わかった」


即答した美幸わたしを見て、青葉は喉の奥で笑ったようだった。


「本当かな」


その時、目の前の曲がり角から莉子が飛び出してきた。


「あっ!美幸ちゃん!いた!」


何故か莉子に続いて、入船も現れた。


「響一が一緒だったのか」

「もう!お土産屋さんにいなかったから探したんだから」

「ごめん」


莉子に簡単に今あったことを説明しようと口を開くと、わたしの発言を遮るかのように青葉が莉子にこう言った。


「片桐さん、男子に絡まれてたよ」

「えっ!」


その瞬間、莉子が顔を青くした。そして、美幸わたしの腕にぎゅっと抱きついた。もしかして、たった今心配させてしまったのでは。まず言い方が良くないと、わたしは青葉を咎めるように見る。


「あれ、日高さんには聞かれたくなかった?」


青葉にニヤリと笑みを返された。


「そうじゃない」

「もう!美幸ちゃん!部屋に戻ろう!」

「えっお土産屋さんは?」

「そんなのあと!美幸ちゃんは警戒心がなさすぎるんだよ!」


莉子は突然ぷりぷりと怒り始めて、腕をぐいぐいと引っ張ってきた。


「じゃあね〜おやすみ〜日高さんと片桐美幸さん〜」

「ごゆっくり」


わたしたちを見た入船と青葉がなんだか可笑しそうな顔をして手を振っている。それになんとなく手を振り返して、わたしは莉子に引きずられるように部屋に戻った。


その後、莉子に絶対男子の部屋には一人で行くなとこんこんと話された。そのせいで、お土産屋さんにはついに行くことはできないまま点呼の時間となったのだ。


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