第一章44 『牽制』
背後からの言葉にジールとミリファはすかさず振り返る。ジールはその男を瞳に映すと大きなため息を吐く。そして怪訝そうにジールは男に尋ねた。
「ノブナガの家臣とは、どういう事なんだ?」
「そのままの意味ですよ。おんぶされている耳長族は、ノブナガ殿の家臣のハンベイ殿です。異職の再来とまで言われている御方ですよ。レジェンダリージョブと同じ価値があると、言われている大物です。ここまで言えば、お分かりですね」
男は微笑を浮かべ、楚々な和服から扇子を取り出し口元を隠しながらジールにそう答えた。それを聞き、ジールとミリファは携えている武器をアイテムに収めた。
「そうか、ノブナガの家臣達がダンジョンを消滅させたって訳か――」
「そうだと思います。しかし、ノブナガ殿は今、アルクス教国に人を手配しているはず。どうして、アムル王国にいるかは分かりかねますが」
男はそう言った後に、何故か俺に視線を転じた。その目線につられる様にジールとミリファも俺に視線を送る。俺はこの男も知っている。紫の長い髪に和服を好んでいる着る、この男はナガマサの家臣のヤヘイだ。
ヤヘイのおかげでジール達との戦闘は避けられたが、ノブナガの名前がヤヘイから出るとは少し面倒になりそうだ。ここで俺がノブナガの名を借りるのは――
「しかし、ここで会えたのは何かのご縁、私と一緒にアムル王国に行きませんか?」
「俺達がアムル王国に向かうのと、ノブナガは全く関係ない。アムル王国に多く出現しているダンジョンのお零れを貰うために足を運んでいるだけだ。だから、お断りさせていただく」
「まぁいいでしょう。いつでも貴方を歓迎致しますので、その際は――」
ヤヘイはあっさりと俺の言葉を受け入れ、俺達に会釈をした後、踵を返して行った。ジールとミリファも何も言わずに振り返り、その場を離れようとした。
「ジール、俺達はアムル王国に向かう。落ち着いたら、さっきの件は――話せる部分は話す。必ずだ」
その言葉にジールは少し目を見開き、俺を一瞥する。そして、優しい微笑みを浮かべながら。
「分かった。兄ちゃん達を信じる」
そうして、ジールとミリファはヤヘイがアイテムボックスから取り出した、スクロールの【旅人の方舟】を使い、アムル王国に転移して行った。
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俺達はハンベイが起きるまで――念の為にこの場を離れ、来た道を戻っていた。
「マスター、ハンベイが目を覚ましました」
「ライト様、おはようございます」
シャロが俺の背中を見るなり、そう伝える。そして、俺の背後から寝起きの可愛い声が耳へと降りた。
「起きたか、ハンベイ」
「申し訳ないのです。スリープのスキルを使われるとは、一生の不覚なのです」
「みんな無事だったんだ、問題ない」
ハンベイは何かしらのスキルを使われ眠らされていると思っているが、そうでは無い。ユキムラはハンベイに何もしていない。ハンベイには状態異常の表示すら出ていなかった。
あの時は何かに遮られるように、いや締め出されるように、ハンベイは眠らされたのだ。俺とシャロが眠らなかったのは、アルカディアのバグが原因なのだろうか。
俺はハンベイをゆっくりと背中から降ろした。ハンベイは地に足が着いた直後、俺の右手をにぎにぎし始めた。
「ライト様、あの後、何がありましたか?」
「厄災の黙示録には逃げられてしまった」
「そうですか……」
「今回は仕方がない。次も頼りにしてるぞ、ハンベイ」
「はい!」
ハンベイは少ししょんぼりとしていたが、直ぐに元気な返事を返した。紅葉みたいな小さな手から、強い気持ちが伝わってくる。それを聞いていたシャロは無表情だか、ケモ耳をぴょこぴょこさせている。
「ハンベイ、ナガマサの家臣のヤヘイと数分前に出会した」
「そうですか。でもライト様は何も気にする事はないのです。僕がライト様に同行するのを許可を頂いたから、ノブナガ様はこれから起こる全てに、身を任せているんだと思うのです」
ハンベイは俺と同行する事をノブナガに確認を取っていたのか。まぁ、ノブナガの家臣であるハンベイが報告するのは当たり前だが。しかしダンジョンでのビデオ通話はなんの為の茶番だったのだろうか……俺は内心ため息を吐いた。
「わかった。俺が思うままに行動する」
「はい! それが僕の望みであり、ノブナガ様の望みです」
「マスターはそのままがいいです」
アスラル王国の冒険者ギルドでこの姿で初めてノブナガと出会ってから、ノブナガはどれだけ先を見越しているのだろうか。いや、この御業は俺の右手を握りしめている者の力だな。
「ライト様、シャロ。今からアムル王国へのスクロールを使用します。いいですか?」
「あぁ!」
「はい」
ハンベイはアムル王国へ転移ができる、スクロールを使用した。そして、俺達は白い光に包まれ転移された。
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スクロールが使用されました。
転移します。
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ほんの一瞬、身体がふわっとした後、足下が降り立ったのを意識した。目を瞑っていた俺だったが直ぐに瞳を開けた。そこに広がるのは空漠とした風景、俺達はアムル王国に降り立っていなかった。
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