:マリアベル、頑張る:
さすがダンジョン、とでもいうべきか。
曲がりくねった道が、縦横無尽に走っている。
「ここはさっき、通ったような? いえ、気のせいだわ……」
「にゃん」
「あら、そっち?」
もう、どこからきてどこへ向かって歩いているのか、さっぱりわからなくなっていた。それどころか、マリアベルは、生まれてこの方体験したことのない出来事に次々と遭遇している。
周囲が明るいため、たいまつは火を消してかばんに突っ込んだ。手が空いてラッキーだと思ったのだが、その喜びはすぐに霧消した。
「……てっ! やっ!」
不思議な掛け声のマリアベルは、ドレスの裾をはしたなくもがばっと抱え、飛び石の上を軽快に飛び跳ねていた。
踝どころか、白く形の良い足がまるまるむき出しになり、家庭教師やナニーが聴いたら卒倒しそうな掛け声を放っているのだが、この際、仕方がない。なにせ、慎ましく歩いて渡ることは不可能なほどに大きな水たまりが、マリアベルの目の前に出現したのだ。気合も入るというものだ。
ためしに手にした枝をそっと浸してみたら、深さも結構あり、しかも、泥水だった。うっかり踏み込めばずぶずぶと沈んで大変だ。
「まぁ大変。どうしましょう……」
と、最初のうちはマリアベルも、慎ましかった。
「書物に、大きな水たまりを歩いて渡る方法は書いていなかったわ」
あまり使いたくはないのだが、この際、魔法でどうにか出来ないかと試みる。ただ、意図的に魔法を使ったことがあまりないので、うまくできる自信はない。
(水を……移動させるのよ……)
跪いて胸の前で手を組む。マリアベルの胸の奥がざわざわと乱れ、体が淡く輝く。
「ベンサーキン プレネス ヤシヨル……」
水を移動させるイメージ。それを、強く念じる。マリアベルの目の前で水たまりがふわりと浮かんだ。しかし浮いて横に動いたものの、すぐに地面に落ちた。
「みゃう!」
「きゃあ!」
泥水が派手に跳ね上がり、マリアベルは慌てて顔を擦った。
「ううっ……どうしてわたくしが、泥水を被らなくてはならないの……」
再度挑戦するが、結果はあまり変わらなかった。泥水を拭いながら、唇を噛み締める。
それもこれも――あの国王のせいである。
「生きて帰って、引っ叩いてやらないといけないわね!」
気を取り直して、もう一度魔法を使ってみる。
「だめだわ……」
「みゃあ……」
「手のひら程度の小さな水たまりなら動かせるけれど、あんなに大きいものは、消すのも動かすのも無理よ」
そうだろうねぇ、と、言わんばかりに猫が尻尾を振る。それくらい、水たまりは大きいのだ。
「水たまりが消せないなら……そうよ! 橋を架けてみましょう。板とか岩とか……」
本来はそっちを先に試すべきだったわよね、と、マリアベルは苦笑する。周囲を歩き回ってみたが、しかし、厚板や手ごろな岩がそうそう都合よくあるはずもなく、しばし悩んだマリアベルは、ぽん! と手を叩いた。
「周りにある岩を、使えばいいのよ!」
魔法で岩を運ぶ自信はないが、腕力にはもっと自信がない。しかし、やらなくてはならない。
「……お願いよ……わたくしのお願いを聞いて!」
先ほどとちがって、岩を動かすイメージをはっきり脳裏に描くことができた。
「動いて!」
マリアベルの願いを聞き届けた岩が二つほどふわりと宙に浮き、大人しく水たまりの中に納まった。
「出来たわ! 即席の『飛び石』完成よ!」
やった、と、マリアベルが飛び跳ねて喜ぶ。猫も尻尾を振って喜んでくれる。
「さ、行きましょう! どんどん進まないといけないわ」
猫を抱き上げる。しかし、岩と岩との間隔がかなり広いため、助走とそれなりの勢いが必要だ。そのため、猫はマリアベルの頭にのぼり、マリアベルは出来る限りドレスの裾を抱えて飛ぶ羽目になった。
「えーい……!」
両親にはとても見せられない姿である。
「冒険するのよ、なりふり構っていられないわ!」