:マリアベル、最初のモンスターと遭遇:
周囲は、ぼんやりと明るく光っている。ぐるっと見渡せば周囲の壁に、光る石が埋め込んであることがわかる。何とも不思議なスペースである。
「ふぅ……なんだかもう疲れちゃったわね……」
ふと何気なく足元を見ればドレスに、小さな毛玉――いや、生き物がくっついてつぶらな瞳でマリアベルを見ているではないか。
「あ、あら?」
白い猫のようである。が、可愛いが翼が生えているところを見ればこれはきっとモンスターだろう。
だが、妙に人懐こい。
「あなたも、離宮流しになったの? まさかね……」
「みゃあ?」
鳴き声も仕草もまるで猫だ。マリアベルは思わず笑顔になった。その柔らかい体をゆっくりと膝に抱き上げて、一頻り撫でる。猫の方も、マリアベルに抱かれて大人しくしている。
「絶対に生きて戻って、国王陛下に、よくもこんなところに放り込んでくれたわね、って文句を言いましょうね」
マリアベルの言葉がわかったのかどうか。白い猫は、マリアベルの膝から飛び降りると元気よく地面を跳ねながら水飲み場へと向かう。
「このお水、わたくしが飲んでも大丈夫かしら?」
「みゃあ!」
猫が、ぴちゃぴちゃと水を舐め始める。みゅ! と、促してくれるようなしぐさもする。
「……わ、わたくしも……」
意を決してそっと手で水を掬えば、冷たくて心地よい。匂いも自邸の井戸から汲み上げた水と、よく似ている。
「……えいっ!」
こくり、と、一口。
「あ、美味しい……」
喉を潤すとは、このことだろう。そのまま、マリアベルは水を何度も飲んだ。もちろん、生まれてこの方このような飲み方はしたことがない。
「あ、そうそう、水筒……」
門番に貰った水筒を取り出し、たっぷりと水を注ぐ。そこからも水を飲んでみる。特に変化は感じられない。
「これでいいわ……」
ふと、水面に映った自分の頬が汚れ、髪も乱れていることに気付いたマリアベルは、手早く身支度を整えた。顔の汚れを丁寧に落とし髪は簡単に結う。ドレスも出来る限り綺麗に直しているときに、指先が馴染みのソレに引っかかった。
「あ……割れてしまった……?」
いつの間にか、ルビーのペンダントに細かくひびが入ってしまっていることに、気付いた。
「ああ……わたくしの宝物なのに……!」
慌てて外してじっくりと見る。幸い、石は欠けてはいないらしい。が、無残である。
「……絶対に、無くしたくないわ! お守りよ……」
強い魔力に翻弄されて自室に引きこもりがちになっていた頃、旅の老人がくれたペンダントだ。
竪琴で不思議な歌を歌いながら、首にこれを掛けてくれたのを覚えている。
「不思議と、これを持っていると心が落ち着くのよね……」
旋律も歌詞も、羊皮紙に書き留めてくれた。
――ベンサーキン プレネス ヤシヨル……
心が乱れたときはそれを歌うように教えてもらった。歌とペンダントのおかげで、マリアベルの魔法は抑えられていると言っても過言ではない。
その、大事なペンダントが無くなっては大ショック間違いなしだ。だからマリアベルは、少し考えた後、首へ戻すことなくカバンの底へと大切にしまった。
「さ、先へ進みましょう。道がまっすぐ続いてるわね。猫さん、さようなら! また会うことがあったら一緒に遊びましょうね」
「みゅー……」
深呼吸をして再び歩き出すマリアベル。その背中を、猫が首を傾げて見送った。