思い出
ちょっと悩んだけど、答えは至極簡単でした。
答「全部書けばよくね?」
「------ッ!」
「神だと?貴様が?ふざけるな。貴様のせいでどれほどの民が苦しんだ?平民は道具で使ってやってるだと?いかにもクズらしい考え方だ」
竜様が、怒っていた。皇帝の首を掴んで息ができないようにしていた。
今まで怒った姿を見たことはなかったけど、怒ると途轍もない威圧感と恐怖を周りに与えるなんて。
私が今までに感じたことのあるどの威圧感よりも強く、恐怖も比べ物にならなかった。
「貴様のようなクズ共をのさばらせるためにいいように利用される平民の気持ちなんぞ分からないだろうな。すべてを奪われ、抵抗できず、生きるだけで精一杯の者たちの気持ちが。どうだ?抵抗できずに殺生与奪権を握られる気持ちは?安心しろ、命はとらん。貴様を殺すと面倒になるからな」
・・・?
平民?
どうして平民?
竜様が怒っているのは皇帝のひどすぎる態度が原因だと思っていた。
だけど竜様は、平民のすべてを踏みにじっていたことに対して怒っている。
意味が分からない。同時にさらに謎が深まる。
なぜ弱者を庇うのか。なぜそこまで弱者の気持ちが分かり、同じ立場になれるのか。
聞いてみたいけど、答えてくれないだろう。前にもそういうことを言っていたし。
それより、竜様を止めなければ。
命はとらないと言っているが、止めないといけない。
なぜかは分からないけど、竜様のやるべきことではない気がした。
何かの拍子で命を奪ってしまうかもしれない。
「竜様!やめてください!それは竜様のやるべきことではありません!」
竜様の腕をつかむ。
硬くて、全く動かない。全力で動かそうとしても、びくともしない。
「竜様!もう十分です!竜様!」
何度も呼びかけ続けて、ようやく竜様の力が緩んだ。緩んだといっても、まだまったく敵わない。
竜様は皇帝の首から手を放し、
「・・・頭を冷やしてくる」
と言ってどこかへ行ってしまった。
皇帝は口から泡を吹いて白目をむいて子供にはとても見せられない顔になっていた。
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危うくとんでもないことになる所だった。
リリアがいなければうっかり殺していただろう。
「・・・」
どこの世界も、生まれながらの権力者はああなるようだ。
他人を見下し、自分が最高だと信じて疑わない。
どういう処分になるのか分からないが、あの様子だとどんな処分でも喚き立てるだろう。
「・・・最悪だ」
皇帝のせいで忘れかけていた思い出を、はっきりと思い出してしまった。
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「君、この書類を今日中に片づけておいてくれ」
そう言って俺の机に大量の書類を置く出向先の太った上司。
もうすぐ定時だと言うのに、この量を片づけろと言うのはどう考えてもおかしい。
顔をあげると、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた上司と目が合った。
「なんだね?」
「・・・なにも」
「そうか。期待しているよ、キャリア君?」
・・・いじめか。
相手にするのは面倒だ。残業して片づけよう。
その日は自分が最後まで残って片づけた。
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「さすがキャリア君だ。これも頼むよ」
昨日よりも明らかに多い書類を、定時の三十分前に嫌らしい笑みを浮かべてまた置いた。
口調もほめると言うより嫌味を言う感じだった。
キャリア官僚の俺に嫉妬しているのだろう。
「情けない」
ぼそっと呟いたのが聞こえたらしい。
「なんだとぉ?」
額に青筋を立てて睨んできた。
「いいえ、何も」
「・・・フン」
次の日から書類だけでなく、仕事の妨害や嘘の報告、俺の名を騙り取引先に迷惑をかけるなどの嫌がらせが始まった。
また、俺の仕事の報告を不正に変えて多大な不利益を被ったりした。
ここの同僚は見て見ぬふりをするか、同情するかで、励ましてくれるのは数人だけだった。
出向期間が終わるまでの辛抱だと我慢していたが、あまりにもひどいのでハッキリと言ってやろうと思った。
それと後で困らないようにボイスレコーダーも買った。
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「あの、嫌がらせはやめてください」
「なんだね急に?」
「あなたが私に対して様々な嫌がらせをするのをやめてくださいと言っているんです」
「おいおい、嫌がらせとは人聞きの悪い。私はそんなことをしていないぞ」
「定時前に大量の書類を私だけに処理させるのは嫌がらせと言わないんですか?私の名を騙り取引先に迷惑をかけるのは?どう考えても嫌がらせです。しらばっくれても無駄ですよ。すでに証拠はあるので」
証拠なんてない。
ただ、信じてくれれば警告という名の脅しをして二度と嫌がらせをさせないつもりだ。
「なんだと?私に歯向かうつもりか」
「嫌がらせは否定しないんですね」
「どうせお前ここから追い出せばいいだけだ」
「・・・情けないですね。キャリアの私に嫉妬して、嫌がらせをするなんて。そんなんだから係長どまりなんですよ」
「なに!?」
「別にキャリアでなくとも出世はできるんですよ。ただキャリアの方が出世に非常に有利というだけで、ノンキャリアでも優秀であれば出世できるんですよ」
本当はノンキャリアは大出世はできないに等しいが。
審査が厳しいのと、キャリアにポストをとられてしまうため、よっぽど優秀でなければだいたい課長どまりだ。
「あなたは自分で自分の首を絞めているんです。出世できない不満を私にぶつけたせいで職場の評価だけでなく、人望も失ったんですよ。いい加減、そのことに・・・ぐッ!」
いきなり殴られた。
目を見開き、額に青筋を立てている上司が私を殴ったのだ。
「お前に何が分かる・・・」
この時に余計なことを言わなければ、大問題にならなかっただろう。
だが俺は殴られたことで頭に血が上り、余計なことを言ってしまった。
「分かりませんよ、つまらないことで嫉妬して自分の首を絞めてるのに気が付かない人のことなんて」
次の瞬間、上司が机を蹴り倒し、私にタックルをしてきた。
太っているのでかなり痛い。
「・・・っ!」
すぐに起き上がり、上司の顔を殴り返す。
そしてまた殴られる。
職場で喧嘩になり、机は倒れ書類は飛び交い、ひどい有様だった。
しばらくすると上司がハサミを拾い、それで俺を刺そうとしてきた。
右の脇腹をかすめ、シャツが赤く滲んだ。
俺は少年時代、親に捨てられたのと小学校でそのことでいじめられたため、かなり歪んでいた。
学校をさぼり、ヤンキー仲間といつもつるんで縄張り争いで喧嘩もしょっちゅうあった。
そのおかげで喧嘩は強く、性格も喧嘩っ早く、今はマシだがカッとなるとすぐに手を出してしまうようになった。
ただ、今回はそれが裏目に出た。
反撃で思いきり顔面を殴ったのだが、強すぎて上司が窓を突き破ってしまった。
幸い一階だったので死にはしなかったが、ガラスの破片により大怪我を負ったらしい。
俺も殴られまくったのでボコボコだ。
まもなく警備員が来て俺は取り押さえられ、救急車もきた。
そのあとはよく覚えていない。
覚えているのは俺が思っていたよりも重傷だったこと、上司と俺の間に何があったのかの事情聴取があり、もとはと言えば上司が悪いと、同僚とボイスレコーダーのおかげで証明されたので俺は二ヶ月の出勤停止で済み、上司は懲戒解雇になった。
この件がマスコミにバレれば省庁の権威が失墜するとかで、処分が終わったらこの件などなかったことにされた。
複雑な気分だったが、上から黙っていれば出世の邪魔にはならないと言われて渋々納得した。
ただ、そのあとかなりの間同僚の間で噂され、肩身の狭い思いをしたため、嫌な思い出になった。
上司も、二度と関わりたくなかった。
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皇帝とは全然違うが、ところどころでは共通していることがあった。
他人を見下し、妨害することに何のためらいもない。
自分より弱いものを攻撃する。
権力をちらつかせて抵抗させない。
私は最終的に暴力で抵抗したが、クソ上司の職場の同僚は抵抗できず、嘘の報告などのいじめでノイローゼになった者や減給されてひもじい思いをしていた者が非常に多かった。
権力は人を変える。
・・・。
皇帝を見れば、また思い出すだろうからもうしばらくここにいよう。
嫌な思い出など、さっさと忘れたい。
浮世のすべては酒を呑んで笑いに変わるというが・・・。
この思い出は笑いに変える気にはなれないし、変えられないと思った。




