最期の雑談
「殺せと言われてもそう簡単にうんとは言えん」
仕事柄間接的に人を社会的な死に追いやったこともあるが、実質的に殺したことはない。
竜になってから狩りなどの殺しには抵抗感は覚えなかったが、人となると抵抗感はある。
それに、上司とよく似たこの方を殺したくはなかった。
「大丈夫だ。王位継承の争いにおいて、正当な理由があれば継承者を殺害でき、継承権を奪える。俺の場合はすでに人を殺してることを理由に殺害されればいいんだ」
「そうは言われても、誰が襲撃したのかは分かるのか?」
「部下にやらせる場合は、継承者を表す紋章があればいい。服でもナイフでも、明確に分かればどこでもいい」
つまり私がリリアの紋章が書かれた服などを着て殺せばいいわけだ。
「・・・どうしても殺さなければならないのか?」
殺したくはない。
自分の手で上司にそっくりなこの方を殺したくはなかった。
「当たり前だ。考えてみろ。表社会では民に嫌われ、裏社会では暴力団に追われる。もうどこにも俺の居場所なんてないんだよ。もう俺は役目を果たしたんだよ。後は民の前で殺されればいいだけだ」
「なぜ俺に殺させる?」
「お前がリリアの部下だからだよ。俺はリリアが王にふさわしいと思っている。あいつが継承権第二位になればもう王座に就くのは確定だな」
「一位の者は?」
「ああ、そいつは病弱でな、いつも部屋にこもってる。あんなんじゃ王の仕事なんてできないし、あいつ自身も王になりたがらない。それでも王位継承の争いから逃げないのは、自分が逃げたら第二位の俺が王になるからずっと耐えてたんだ。だが、リリアが二位なればあいつは安心するだろう」
よく考えてるな。
だが・・・
「ここだけの話だが、俺はリリアに王の器はないと思っている」
「なに?」
「追いかぶせをしたあとリリアと会ったのだが、そのときに
『仕返しを認めはしましたが、これはやりすぎです!裏のことを知らなかった従業員が可哀想です!』
と言われたんだ」
「ああ・・・それなら王の器はないと感じるのも無理はない」
私がそう感じたのは、甘いと思ったからだ。
何かをするのに犠牲は必要不可欠だ。
それが政治レベルともなると、人が死ぬのになんの不思議もなくなる。
清濁併せ吞むことができなければ政治には向いていない。
十人の命と国の利益を天秤にかけたとき、リリアはきっと十人の命を選ぶだろう。
だが私は国の利益を選ぶ。
政治に感情はない。
政治に感情を挟めばもう悪夢だ。
良かれと思ったことがすべて裏目に出て民からは恨まれ他国からは狙われる。
だが・・・
「だが、だからこそ私(官僚)の能力を生かせる」
三権分立で、政治家は立法、官僚は行政を担当する。
政治家が法案を通そうとしても官僚が反対すれば何もできない。
リリアを王(政治家)にすれば私は補佐役(官僚)になればいい。
前世でも役所の傀儡議員もたくさんいた。
政治を動かすのは政治家ではなく官僚なのだ。
まあ、そのせいでとてつもないストレスがかかるしキャリア試験は医師試験と同じくらい難しいし合格しても内定をもらえなければ官僚になれないし出世競争に負ければ悲惨という、地獄のような職場なのだが。
「リリアを傀儡にすればいいだけだ。そうすれば王の器がなくとも大丈夫だ」
「・・・お前、本当にリリアの協力者か?なんつーか、言い方が・・・」
「政治とは表舞台に立つものはすべて操り人形なのだよ」
「お前、めちゃくちゃヤバい顔してるぞ」
「おっと、すまん。癖のようなものだ」
「癖って・・・お前サイコパスかよ」
「政治にサイコパスはつきものだ」
「いやサイコパスは否定しろよ」
こんな感じでしばらく雑談をした。
少しずつイルスタットの顔が引き攣っていったが、なぜだろう。
「おまえ、マジで狂ってやがる・・・」
失礼な。
「まあ、お前がいてくれれば大丈夫だろう。おまえ、ある意味補佐役にピッタリだな・・・それより、俺の殺害は明日の昼だ。場所はザグレブ商会があった場所の前。いいな?」
真剣な顔をして確認してくる。
「・・・分かった」
できればもう少し上司と似たこの方と話していたかったが・・・。
政治に感情はいらない。
だから私は仕事としてイルスタットを殺害する。