第4章 小説『憎たらしい先輩』
翌日の昼休み、部室へ行くと三島先輩はまた一人でノートパソコンに向かって原稿を書いていた。
「三島先輩、新しい作品を書きました。ぜひ読んでください」
あたしは昨日徹夜で書いた小説の原稿を差し出した。タイトルは『憎たらしい先輩』だ。三島先輩は原稿を受け取り、読み始めた。先輩の顔は次第に青ざめ、それから赤くなった。
「な、何だこれは……」
「書いてあるとおりです」
三島先輩は顔を真っ赤にして黙ったまま、あたしの目を見つめていた。
小説『憎たらしい先輩』には、友人に誘われて入部した文芸部の先輩に憧れる少女のことが書かれている。
しかしその先輩はとても厳しく、少女の書いた小説を酷評する。少女はその先輩を憎たらしいと思うが、ある日ふと、先輩が自分のことをかわいいと言っているのを耳にする。
少女はその先輩との関係を『憎たらしい先輩』という小説に書いて、先輩に手渡す。そして最後に、小説を読み終わって戸惑う先輩に、愛を告白するのだ。
「三島先輩、あたし、先輩のことが好きです。付き合ってください」
「急にそんなこと言われても……」
「先輩はあたしのこと、どう思ってるんですか。正直な気持ちを教えてください」
先輩はしばらく黙っていたが、やがて意を決したように言った。
「朝倉、おれもおまえのことが好きだ。初めて会ったときから、ずっと好きだった。付き合ってくれ」
「はいっ!」
そうして先輩はあたしを抱きしめ、熱く口づけをしてくれた。あたしが書いた小説『憎たらしい先輩』のラストシーンのように。
先輩に強く抱きしめられたまま、あたしは心の中で思った。今日うちに帰ったら、小説の続編を書こう。二人は愛し合い、いくつもの障害を乗り越えて、やがて結婚し子供も生まれ、いつまでも幸せに暮らしましたというハッピーエンドの物語を。