第1章 文芸部
「新入部員はまだ私一人しかいないのよ。だからお願い!」
「でもあたしは普段はマンガぐらいしか読まないし」
「大丈夫、マンガも小説も似たようなものよ」
「そうかなあ」
「そうだよ。それにやさしくてかっこいい先輩たちばっかりなんだよ」
親友の立花エリカから拝むようにして頼まれ、あたしはまったく入るつもりもなかった文芸部についつい入部してしまった。それがそもそもの間違いだったのだ。
エリカに連れられて図書室の隣にある文芸部の部室へ行くと、そこは部室とは名ばかりの書庫だった。中央に古びたテーブルが一つだけ置いてあり、六人ほどの部員がその周りのパイプ椅子に座っていた。
「入部希望者を連れてきました。同じクラスの朝倉シオリさんです」
「朝倉です。よろしくお願いします」
お辞儀をして顔を上げ、前にいる部員たちを見ると、男子が四人、女子が二人だった。女子は二人ともメガネをかけている。一人はロングヘアで知的だけど、顔つきはきつそうだ。もう一人はショートボブで、こっちを見向きもせずに読書に集中している。いかにも腐女子といった感じの人だ。
男子の方はと期待して見てみると、みんなもっさりしていてオタクっぽい。かっこいい先輩たちなんていったいどこにいるんだ。
だまされた。あたしはエリカに非難の眼差しを向けたが、エリカは目を逸らして知らんぷりをしている。すると黒縁メガネをかけた四角い顔の男子部員が口を開いた。
「ああ、エリカちゃんの友達なの? 好きな作家は?」
「え、ええっと……夏目漱石とか……」
あたしは戸惑った。マンガ家の名前ならたくさん言えるのだが、小説家なんてほとんど知らない。かろうじて夏目漱石の名前を挙げたけれど、中学の課題図書で『坊っちゃん』を読んだことがあるくらいだった。ロングヘアの女子部員は馬鹿にしたように苦笑した。黒縁メガネは続けて質問した。
「ふうん、漱石のどんなところが好きなの?」
「ええっと、あの、その……」
あたしが返答に窮していると、突然後ろのドアが開いた。振り返ると、背が高くてほっそりした銀縁メガネの男子生徒が立っていた。
「ああ、三島先輩。この人、入部希望者だそうです」
「ああそう。部長の三島です。よろしく」
「あっ、朝倉シオリといいます。よろしくお願いします」
あたしは慌ててお辞儀をした。かっこいい先輩って、この人のことだったんだ。だったら「先輩たち」なんて複数形じゃなくて、単数形で言ってほしかったな。でもよく見ると、たしかにイケメンだけど、なんとなく冷たそうな感じ。ほんとに「やさしい」先輩なのかな。
ちょっと不安に思ったが、不幸なことにその不安は的中した……