第九話:魔王
第九話
黒金さんは俺の肩に乗り、腕組みをしている。
「しょせん人間などこんなものだ。わたしの敵ではない」
電波女も気絶すれば静かなもので、アスファルトを枕に動かない。チェーンソーも再び黒金さんが剣を突き刺して壊してしまったため、静かだ。
「あの、黒金さん………もしかしてやりすぎたのではないですか」
「蒼疾もそう思うか」
そう思うかって………。
「なかなかいい手ごたえを感じたな、うん」
「…………」
悪魔の一撃をくらったのだ。もしかして、このまま目覚めないってこともあるかもしれない。
「蒼疾、まずは心臓が動いているか確認しろ」
「はい」
胸に耳を当ててみる。どうやら死んでいないようで本当に気絶しているようだった。
「蒼疾、お前………」
「なんですか」
「妻の前で他の女の胸に顔をうずめるという行為が浮気に発展するということを知らないのかっ」
「………あなたがやれとおっしゃったんでしょう」
「む、そうだったな」
ともかく、ここらに置いておくわけにもいかないだろう。結局、背負って学校へと向かうことになったのである。当然、壊れたチェーンソーはそこに置いていくことにする。
――――――
授業中は静かなもので、俺のクラスの不良どもはしゃべるよりも眠るか、サボるかを選んでくれるのでうれしい限りだ。胸ポケットに潜んでいる黒金さんも、この静けさが好きなようで眠っているので本当に静かだ。
「じゃあ、この問題を各自解いておけ」
高校生にもなって宿題かよと思ったのだが、どうせ自分ではやらないのだからこうやって宿題を出してもらったほうが成績は良くなるだろう。問題箇所をノートに写して午前中の授業も終わりを迎える。購買へパンを買いに行く連中はこれから戦いに放り出されるわけだ。
さっさと教科書をかばんにしまって弁当を食べようとしていると先生が再び教室へとやってきた。
「ああ、忘れるところだった。このクラスに神崎っているだろう。保健室に来いって連絡があったぞ」
「はぁ、わかりました」
出していた弁当を戻して保健室を目指すことに。面倒だなとは思うのだが呼ばれているのならば行かなくてはいけないだろう。
購買へと必死な表情で向かっている歴戦の戦士たち。その横をひっそりと抜けながら保健室へと一歩一歩着実に向かっている。いつもと違ってとても暗いような雰囲気が保健室に漂っている気がしてならず、正直言って扉を前にした心境は魔王の城を前にした勇者の気持ちである。
やっぱり、無視したほうがよかったかなと思ったころにはすでに決断が遅かったようでひとりでに引き戸が開いた。
保健室にいるのはあの恐ろしいチェーンソー女だけ。もし、あの女が俺のことを呼んでいるのならば襲いかかってくることは間違いないだろう。
自分の気のせいだと割り切って俺は保健室へと歩を進める。
「失礼します」
そういうと、引き戸はひとりでにしまり、あわてて出ようとしたが引き戸はびくともしなかった。
「しまった、扉が閉まったっ」
これが何かのドッキリだというのならばはっきりいって性質が悪い。
戻れないというのなら何があっても進むしかないため、俺は消毒液の匂いがする保健室を進む。白いカーテンで仕切られている場所にはあの女が寝ていることだろう。影が動いていないところをみるとしっかりと寝ているようだ。
「ぐごごごごご………」
しっかりといびきまでかいているから気にしなくてよさそうだ。しかし、それなら誰が俺をここに呼んだのだろうか。
「よく来たわねぇ」
「ひっ」
そちらのほうに神経が集中していたので隣から声をかけられたときは正直、心臓が止まってしまうかと思ってしまった。
声がしたほうにはパーマをかけ、小太り、サンダル履きの中年おばさんがおひとり様いるだけだった。先に言っておくが、ここの保健室の先生ではない。保健室の先生は男で、今日はいないそうである。女子に人気で一部男子からは恨みを買っているというすごい先生である。
「あ、あの、あなたは誰ですか」
「簡単に言うならそこで眠っている娘の母」
どこからどう見ても普通のおばさんで、電波な娘さんとは違うようである。てっきり、娘が電波なら家族も相当おかしな連中だろうと思っていたのだが意外と普通だった。
「そんなことよりあんたからミシェルの匂いがするんだけど一緒にいるのかい」
「ミシェルって誰ですか」
唐突にそう聞かれるが、当然、知らない。俺の知り合いの中にそんな外国人はいないし、親戚の中にも当然いない。そういえば、中学のころに外国から来た先生が一人いたがダニエルという名前だったしホームシックにかかって母国へと帰ったはずだ。
「ミシェルを知らないのかい。ああ、こっちではもう違う名前か」
一人納得し、うんうんうなずいている。
「ん~、もう昼過ぎか」
そんな時、俺の胸ポケットから黒金さんが顔をのぞかせ、目の前のおばさんを驚いたような顔で見つめていた。
「ま、魔王っ」
「ええっ」
それが冗談や寝ぼけた言葉だったならばどれほど良かったことだろうか。しかし、現実は変な話が本当にあるもので、目の前のおばさんは本当に魔王だった。
「ミシェル、お前今はなんという名前だい」
「今は黒金だ。魔王よ、お前こそなんでこんなところにいるのだ」
黒金さんの質問に対して魔王と名乗った人物は笑っていた。
「今じゃ一児の母親なのよ。こんなバカ娘を拾ってきてくれた変人の顔を拝みたくてここまで呼んだの」
「なるほど、こっちじゃあの勇者の母親か。魔王、お前はそれで満足なのか。仮にもお前を殺した勇者だぞ」
「敵はミシェルがとってくれた。今の私は単なるおばさんなのよ」
「そうか、お前がそういうのならばわたしは何も言わない」
「あんたこそ人間には絶対になびかないって言ってなかったかしら」
どこからどう見てもおばさんがそんなことを言う。黒金さんはそんなおばさんを見ながら言うのだった。
「時間が経てば考え方など変わるものだ」
「そうかい、それなら仕方ないね。神崎君、娘は神崎君にお熱だから気をつけないとねぇ」
「え、お、お熱って………」
もしかしてあのチェーンソー女、俺のことを………
「勘違いも大概にしておいたほうがいいぞ。あの女、相当お前の首と胴体を切り離したいと見える」
「………」
やっぱり、話はそっち方面に進むんですね。
「安心していいけどあの子は前世のような力を持ってない」
「でも、チェーンソーを振り回したりしていますよ」
「それも人間ができる範囲さ」
よっこいしょという元魔王を見て俺はやっぱりおばさんにしか見えなかった。
「ま、あんたの名前の刻まれた藁人形をこの前ちらりと見かけたからあと一週間以内に見つけてどうにかしないとやばいとだけは言っておくわね」
「え、それって………」
「じゃあ、私はタイムサービスがあるから」
それだけ言うと、瞬時に消えてしまった。
「まだある程度の魔法は使えるようだな」
「魔王って便利ですね」
「そうだな」
「って、そんなことよりあと一週間以内に藁人形を見つけてどうにかしないとやばいって言ってましたよっ」
「そうだな、どうにかしないとな」
黒金さんは何かを思い出して懐かしんでいるようだった。それは結構なのだが、これからの未来も大切ではないのだろうか、とくに俺の未来についてどうにかしてほしい。
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