第七話:深夜のチェーンソー
第七話
深夜一時ごろだろうか。なんだかチャイムの音が聞こえて目が覚めた。
「ん」
実際、それは幻聴などではなく俺の耳にしっかりと聞こえているものでどうやらこの遅い時間帯に誰か来たようである。不審に思いながら隣の布団に入っている白銀を起こすことにした。
「おい、おい、白銀」
「………ゆ、勇者が………すぴぃ」
悪夢を見ているようで顔色が悪い。起こすのがかわいそうだったので今度は黒金さんの姿を探す。
「おい、蒼疾」
「え、黒金さん起きていたんですか」
「ああ」
目は赤く光っており、まがまがしいオーラが出ていた。ま、まぁ、悪魔だから仕方がないかと割り切って一緒についてきてもらうことにする。どうも、怖くて一人で行く気になれないのだ。
「どうやら、勇者が来たようだな」
「は」
さらりと恐ろしいことを言われたような気がしたが、チャイムの音が戸をたたく音に変わっている。
「はいはい、今開けま………」
ヴゥーン。
すりガラスの玄関が割れ、チェーンソーの刃が俺の前ぎりぎりまで迫ってきた。ああ、真っ二つにされてしまうと一瞬思ったが迫ってくるだけでそれ以上よってはこない。
「………」
し、死ぬかと思ったぁ。
刃はぬかれて、割れた玄関から白装束の女が入ってくる。
「あれ、ここ君の家だったんだ」
「ななな、な、あんた何がしたいんだっ」
「いや、ちょっとこれから山に登って人形に五寸を打とうと思ってたらおなかすいてさぁ。何か食べ物出してくれないかな」
うなりをあげ、無言のプレッシャーを俺にぶつけてくる。しかし、あいにくチェーンソーの言葉は理解ができないので無視だ。
「そ、そんなもの出すわけないだろ」
「強がっていても足は震えるもんなんだね」
にこにこ笑いながら近づいてくる。くっ、めちゃくちゃ怖い。目がはるか遠くを見つめているような感じだし。
白銀に助けを求めようと思ったが、それはそれでかなりださいだろうし、解決してくれるとは到底考えられない。
「ふ、不法侵入で訴えるぞ」
「でも、それって君が生きてないと訴えることなんてできないよね。ふふふ、おもしろいことを言う人だな」
目が、笑っていなかった。
チェーンソーを振り上げ、俺のほうへと迫ってくる。急いで逃げようとしたが怖くて足が動かなかった。
もう駄目だ。
目をつぶってしばらく動かない。しかし、いつまでたってもうなり音が俺の頭上で止まったままだったりする。
「女、それ以上蒼疾をいじめるというのならこのわたしが相手だ」
「へぇ、しゃべるお人形か。君、おもしろいの持ってるね」
チェーンソーを受け止めていたのは約二十センチの剣。火花を散らしながら、黒いドレスをまとった黒金さんが俺のことを助けてくれたのだ。
「去れ、これ以上ここで暴れるというのならそれ相応の覚悟が必要だぞ」
「しょうがないな、わかったよ」
チェーンソーを放り出し、白装束の女は俺に背を向けた。
「君、名前は」
「え、お、俺か………俺の名前は蒼疾だ」
「そう、なるほど」
捨てたチェーンソーを拾うことなく、女は俺の家から出て行った。主を失ったチェーンソーは壁に刺さったまま稼働を止めていない。
「って、ちょっと待てよっ。これをどうにかしていけよっ」
「はぁ、片付けぇ。あのね、そんなものは君がするもんでしょ。あたしはこれからペレッペ星人に会いに行かないといけないから。時期が時期だからね」
相変わらずおかしいことを言いながら俺の前から去って行った。
「行ったか」
「はぁ、一体ぜんたいあいつは何なんだ」
「言っただろう、あいつは勇者だ」
勇者は絶対にチェーンソーなんて使わない。そう、俺の心が叫んでる。
「しかし、蒼疾も愚かなことをしたな」
「え、何のことですか。さっきのあれに刃向かったことですか。まぁ、男は時として勝てない戦いに………」
「いや、そうじゃなくて名前を教えるなんて自ら呪ってくれと言わんばかりじゃないか」
「………え」
「自分の名前は大切なものだ。お前もそれをよく考えておくといい」
「………」
「じゃ、わたしは寝るからな」
だ、大丈夫だよな。別に、名前ぐらい。
しかし、黒金さんの言う言葉を俺は実感することになる。とても最悪な形で。
次回、蒼疾の身に危険が迫る予定です。