第二十四話:世界の創造主
第二十四話
「蒼疾さん、蒼疾さん、起きてください。学校に遅刻しちゃいますよ」
「う………ん」
目を覚ます。目の前には白銀のあどけない顔があった。身体を起こし、あたりを確認するとそこは俺の部屋だ。
そして、なぜか白銀は俺が通っている高校の制服を着ている。
「おい、白銀………なんでお前制服なんて着ているんだよ」
「蒼疾さん、何度言ったらわかるんですか。私の名前は『しろがね』じゃなくて、『しらがね』ですよ。それに、幼馴染なんですから『ミカ』って呼んでくださいよ」
頬をぷくっと膨らませて上目遣いに俺を睨む。
「は、ぁ………なんだそれ」
「なんだそれじゃありません、とりあえず学校に行きましょうよ。家の前でミシェ姉さんも待ってます」
「誰だそれ」
「誰だそれって………もう、そんなことを言っていると怒られちゃいますよ。また寝ぼけてるんですね」
早く着替えてくださいねと言われたのでとりあえず俺は夏服の袖に手を通す。さて、なんだかさらに厄介なことになってそうなにおいがぷんぷんしている。
パジャマの下を脱いでいると扉がノックされる。
「はい、ちょっと待っててくれ」
「失礼します」
待っていてくれと言いながら、待てなかったのか扉を開けて執事服の女性が入ってきて顔を朱に染めた。
「し、失礼しました」
「ああ、もういいよ。どうせ減るもんじゃないからな」
さっさと上下とも学生服となる。いまだに頬を無駄に染めている近藤睦月をじっくりと見た。
「なぁ、大丈夫か」
「え、何がでしょうか。わたくし、いたって健康なんですけども」
「いや、健康ならいいんだ。ちょっと頑張りすぎかなとここ最近思っていたからな」
目をぱちくりした後に嬉しそうにほほ笑んでくれた。
「そうやって蒼疾様に心配されるのは至上の喜びでございます」
「ああ、そりゃどうも」
「学校に遅れそうなのでもう一度起こしに来ました。お二人とも外で待っておりますのでどうぞ、お気をつけて」
俺にかばんを渡して深々とお辞儀をするのであった。
「ああ、行ってくる」
とりあえず、今の俺がしなくてはならないのはこの世界をどうにかしないといけないようだ。
玄関先にいたのは先ほどの白銀と、黒金さんを大きくした女性だった。
「なんだ、今日も遅刻ギリギリか」
「すみません、くろが………えっと、本当、どうやら頭を打って名前を忘れてしまったようなんです」
そういうとため息をひとつ、彼女はついたのだった。
「よもや、わたしの存在がこの程度だったとはな」
「すみません」
「ミシェ姉さん、私のこともあろうことか『しろがね』って呼んだんですよ」
ひどいと思いませんかと黒金さんに言っていた。
「まぁ、いい。私の名前は白銀ミシェルだ。頭を打っても忘れないように気をつけておいてくれ」
「はい、了解しました」
ミシェルさんね。そういえば、あの魔王さんも言ってたっけか。
俺たち三人は歩きだした。白銀、いや、ミカはくるくると廻りながら、ふらふらとしているし、ミシェルさんは冷たそうな表情を一見しているが見守っているようでもあった。
ふと、背後に誰かの視線を感じると耳元でささやかれる。
「放課後でいいから、学校の近くにある喫茶店に来てね」
最後にうふふと笑って声は消え、気配もすでにない。
「どうかしたか、蒼疾」
「いえ、何も」
こちらでも勘付きやすいのか俺のほうを見て首をかしげていた。
「小鳥が俺の耳元でささやいていただけです」
「本当、今日の蒼疾さんはおかしいですねぇ」
なんだか嬉しそうにミカはそういう。俺はため息をつきつつも、そんなミカの後ろ姿をじっと見ていたのだった。
―――――――
「じゃ、デートしましょう」
「はぁ、なんで俺がお前とデートしなきゃいけないんだよ」
学校、俺の隣の席はミカのようだった。そして、放課後いきなりそんなことを言われたのである。
「だって、私たち彼氏と彼女ですよ」
「そうなのか」
「ええ、そうですよ」
だから、デートしましょうと言ってくるミカに俺は告げることにした。
「悪いな、今日はちょっと親戚の姉ちゃんと会わなきゃいけないんだ」
「親戚………ですか」
「ああ、だから今日はちょっと駄目だ。たぶん、結構大変な用事があると思う。だから、先に帰っていてくれ。わかっているとは思うが、俺の後をつけてきたり、会話を盗み聞きとか絶対にするんじゃないぞ」
「う、うぅ、わ、わかりました」
しょんぼりとした感じで教室を出ていく。俺も急いでかばんを持ってその背中を追い越して行ったのだった。
「今度、絶対にデートしましょうねっ」
後ろからミカの声が聞こえてきたので俺は右手をあげてそれに答えたのであった。
校門近く、歩いて三分程度、走って一分ちょっとのところにファミレスがある。
「な、何名様ですか」
ぜぇぜぇと息をしている俺にも相手は一応、マニュアル通りにやさしく応じてくれた。
「待ち合わせを………しているんですが」
「そ、そうですか」
血走ったような目で探していたためか、ウェイトレスさんは俺のことを恐ろしげに見ていた。しかし、今はそんなことどうでもよかったのであたりを見渡すと、いた。黒いスーツを着ている女性が俺をみてほほ笑んでいる。
「あそこです」
「で、では、後ほどお冷をお持ちします」
俺はその言葉を聞くより先に歩きだし、席に着いた。
「しにが………」
そう言った俺の口に手を当てる。
「あのね、この世界じゃ私のことはサージって呼んでくれなきゃ、い・や」
「はぁ、わかりました。サージさん。というか、名前があるならさっさと教えてくれればよかったじゃないですか」
「死神がそうそう名前を名乗っちゃいけないの」
そういって真っ赤な液体を口にしている。
「で、話ってなんですか」
「そうそう、さっさとこの夢、というかこの世界から抜け出さないと肉体のほうが朽ちるわよ」
「え」
「だから、もうあなたはこの世界の神様のようなものよ」
「でも、魔王の話だったんじゃ………」
「そうねぇ、あなたの周りは全員魔王になるとばかり思っていたけど、あなたのおばあさんは魔王じゃなくて、あなたには神になってほしかったのよ」
最初、サージさんの言っていることが全然理解できなかった。
「あなたの周りは魔王の一般論を唱えていただけ。それにね、人間だって夜になったら世界の一つ、作るわよ」
「どういうことですか」
わからなかったので俺は当然のように尋ねる。
「夢よ、夢。夢の中じゃ誰だって好き放題。そして、死神はそろそろ死んじゃいそうな人の世界に入り込んでまぁ、そこの創造主を襲っていくのよ。ま、当然昼夜問わず、走馬灯を見せて隙を見て刈ったりしているんだけどね」
笑って言うような話ではないだろうが、まだ俺の順番ではないはずだ。それなら今頃刈られているだろうから。
「あの、この世界から脱出するのを手伝ってくれるんですか」
「おかしなことを言うのね。この世界はあなたのものよ。苦しいことなんて念じちゃえばなんでも消せる。欲しいものは全て手に入れることが出来る」
「それなら俺は白銀さんと、黒金さん、睦月に電波勇者、おばちゃん魔王に………死神のあなたがいる世界が欲しいです」
面喰ったかようで俺のことをしばしの間じっと見ていたが、今度は笑いだした。
「なるほどねぇ、これは一本取られたわぁ。それならここ、出ようか」
「はい」
何も頼んでいない俺が払うことになった。恨めしそうにサージさんのほうを見るとほほ笑まれる。
「こういうのはね、男が払わないといけないのよ」
不敵に笑う彼女がいてくれてこれほど頼もしい事はないと思うのだが、相変わらず飄々としている人物だ。
「どうやってあの世界に戻るんですか」
「これがまた手段は簡単なんだけど、結構刺激的すぎるのよ」
「どうやるんですか」
「こうやるの」
彼女はいきなり左手に真っ赤な鎌を取り出した。
「これをね、あなたの首引っかけて私が引いてあげるだけであっちの世界に戻れるの」
「ほ、本当なんですか」
「あん、信じてくれないのなら戻るのは無理よ」
にこっとほほ笑まれてそう言われた。なるほど、確かに刺激的なお目覚め方法だ。
「でもね、その前にやらなきゃいけないことがあるのよ」
「やらなきゃいけないこと………ですか」
「ええ、天使ちゃんと悪魔ちゃん、あの落ちこぼれ吸血鬼ちゃんも戻してあげないと置いてけぼりをくらっちゃうわ」
「なるほど………」
「だから、これから刈りに行かないとね」
ほほ笑む彼女は獲物を狩るチーターのような感じだった。
「ああ、そうそう。言い忘れていたけど、しっかりとあなたが見届けないとまた世界を作り出して逃げ出すわ。前回、それであなたはこの世界を一瞬のうちに作り出したのよ」
「はぁ」
「だから、どんなに怖くてもしっかりと見ていてね」
サージさんは俺を見て不敵に笑うのだった。
「今度失敗したら、私は助けてあげないから」
――――――
「ただいま~」
「お帰りなさいませ、蒼疾様………あの、こちらの方はどなたですか」
「睦月、悪いけど向こうを向いて目を閉じてくれ」
「は、はぁ、わかりました」
言われた通り、こちらに背を向ける。目をつぶっているのかは分からないが動かなかった。
さっさと首に鎌をかけ、サージさんはひいた。
俺は目をそむける暇もなかったのだが、想像していたような猟奇的なことが起こったりしない。起こった事と言えば鎌が首を貫通し、それだけだったということだ。血も流れなければ首も落ちない。変化があったとするならば、睦月が俺たち二人の前から姿を消したということである。
「よしよし、よく乗り切ったわね」
俺の頭に手を置いてなでている。
「で、天使ちゃんの部屋はどこ」
「えっと、俺の部屋にいつもいたんですけどここじゃどうなんですかね」
困ったな、普段どこにいるのか聞いておけばよかった。
「ああ、いたわ」
「そ、蒼疾さん、その女のひと………誰ですか」
廊下の奥に、呆然と佇む一人の女子生徒。
「あら、妬けちゃうわ」
「………さっさと終わらせてください、こんな悪夢」
「彼女はそう思ってないかもよ」
「俺が世界の中心ならこんなの悪夢以外でもありません」
素直じゃないわね~と言いながらも、サージさんはしたがってくれた。あっさりとミカの姿が消える。
「さて、対象はあと一人になりました、魔王様」
「なんだか言い方が気になりますけどいいです。じゃあ、後はミシェルさんだけですね」
ミカがここにいたのならば近くにミシェルさんがいるはずだ。俺の考えは適当なのかどうかはさておき、名前を呼んでみる。
「ミシェルさーん」
「呼んだか」
後ろにある玄関からミシェルさん登場。俺は驚いて尻もちをついていた。
「おい、蒼疾。この女は誰だ」
きっとまゆがつりあがって俺のことを睨んでいた。
「え、えーっと………」
「わたしのことを手酷くふったあげくミカに走ったこともまだ話を聞いていないぞ」
「あらあら、ここじゃすっごくやりたい放題やっているのね」
嬉しそうに俺のことを見ている。
「こんなこと、俺はしませんよっ」
「どうでしょうね」
それだけ言うとさっさと相手の後ろに回り込む。ミシェルさんははっとしたような表情になったが遅かった。
「もらいましたよ」
それだけささやくと問答無用で鎌を引いた。当然、姿が消えてしまう。
「ああ、そうでした。最後となったので言っておきますが私があなたの周りをちょろちょろし、今回あなたを助けた理由を先に言っておきます」
「なんですか」
俺の首に鎌をかけて彼女は続きを口にする。
「私はこの世にとどまっている魂を連れていくのが仕事です。ですが、なかなか厳しい相手がいましてあなたの力を借りたいんですよ」
「誰ですか、それ」
「あなたのおばあさんです」
俺はその言葉に反論することが出来なった。なぜなら、すでにその時に俺の目の前にひかれた鎌があったからである。
痛みもなく、何も感じず、俺の意識はあっさりと吹き飛んだ。
こほん、どなたかは存じ上げませんが評価をしていただき、ありがとうございます。さて、次回も読んでいただけると幸いです。