第十一話:闇の招き手
第十一話
自称死神の女性に手渡された藁人形。正直、さっさとこんなものは処分したいのだが何分、処分方法などは分からなかったのでとりあえず白銀を頼ることにした。
「白銀―っ」
叫べば助けに来るという言葉を信じて叫んでみたものの、待てど暮らせどあの天使はやってこない。あの翼は飾りではないかもしれなかったがあいつの耳に届かなければ意味などないのだろう。
「あら、今私を呼ばなかったかしら」
そして、白銀の代わりにやってきたのは自称死神の女性である。今度はしっかりと死神の代名詞でもあろう鎌をその手に携えており、黒いローブをまとっていた。しかし、先ほどの千切れたロープは首に相変わらずぶら下がっている。
「あ、いや、あなたを呼んだわけじゃないんです」
「あら、そうなの。駄目よ、こんなところで若い男がふらふらしてると死神に襲われちゃうわ」
あんただろっ。とは言えなかった。先ほどまでとは違って冷たい感じの空気が彼女を取り巻いていたし、俺を見る目がまるで、獲物を狙うチーターのそれとそっくりだった。
「ほら、よく車に乗ったりすると性格変わっちゃう人いるじゃない」
「え、まぁ、聞いたことはありますね」
何気ない会話の隙に俺は逃げようと考える。相手を見据えたまま、後ずさっていき、隙を見て走ろうと考えた。
「私もね、鎌をもっちゃうと性格が変わっちゃうの。刈り取りたい、ああ、刈り取ってしまいたいと思ってね、困っちゃって」
「あ、俺、失礼します」
さっさと回れ右をして走り出す。獣道だったが走る分には問題なく、あまり舗装された道路から離れていなかったため、すぐさまアスファルトの道路へと逃げ延びることができた。ここまで来れば大丈夫、そう考えていた俺はどれほど愚かだっただろうか。
「待ちなさいっ」
「ぎゃーっ」
走るのではなく、滑りながらこちらへと襲いかかってきていた。速さがまず、人間のスピードとは違い、俺の二倍ほどのスピードだ。後ろを振り向いた瞬間、鎌が横にスイングされており、ひざ蹴りを食らったその時と同じように頭では分かっているのだが身体は動いてくれない。
目を閉じることなく見続けていた俺はその時、白銀の姿をとらえることができた。
「だ、大丈夫ですか」
「あ、ああ」
俺は無様に転んでしまい、死神と俺の間には白銀がいてその鎌を白い何かではじいていた。
「くっ、やはり天使がいたのね」
悔しそうに死神はつぶやいており、白銀のことをにらみつけている。
「し、死神が生きてる人間を襲うのは違反じゃないですか」
怖いのだろう、白銀の足はふるえていた。ちなみに、俺のほうは腰が砕けて動けない状態である。
「欲望の赴くままに刈り取ろうとしただけよ。全部、この鎌が悪いの」
「じゃあ、その鎌を置いてください」
てっきり、いやだというものかと思ったのだが、死神はあっさりと鎌を放棄した。彼女が手を離した瞬間、黒い煙のようなものをあげて鎌は消えてしまう。
「あ~、死にたいわ」
「鎌をもっていようともってなかろうと怖い人だな」
「鎌は没収です」
白銀がそういうと死神は俺のほうへと歩いてきていた。
「死にたくなったら私の名前を呼んでね。そうしたら一緒に逝きましょう」
「いやですっ」
「うふふ、待ってるわよ」
忽然と消えることなく、黒いローブをまとった女性は立ち上がるとアスファルトの道をはだしで歩いて行った。完全に姿が消えると白銀が尻もちをつく。
「こ、怖かったぁ」
「白銀、俺は初めてお前が格好良く見えたぜ」
「ははは、蒼疾さんって意外と情けないんですね」
二人して腰が抜けているために立つことができない。これからどうしようかとため息をついていると上から声がした。
「二人とも何をしているのだ」
「黒金さんっ」
上を見上げると漆黒のドレスをひるがえしながら黒金さんが降りてきていた。黒い下着が見えたとは言わないでおこう、何をされるかわかったものではない。
「実は死神に襲われたんです」
「死神に襲われたか」
いつもの淡々とした口調で黒金さんは俺の胸ポケットへと入りこむ。
「うむ、ここがやはりわたしの居場所だな」
「おかえりなさい」
黒金さんが帰ってくるとわかると人間とは強情なもので俺の腰も元に戻った。しかし、白銀はそうもいかないようで腰が砕けて動けないため、俺が背負うこととなる。二本の足で三人分の体重を支えながら俺たちは家に帰ることになった。白銀、黒金さんの両方の体重を足しても十キロいかないんじゃないかと思うぐらい二人とも軽く、ああ、やっぱり人間じゃないんだなと改めて認識させられた。黒金さんの体重はないに等しいと言っていいな。
「死神を見たということは何かしら接点があったということなのだろう」
「死神と接点なんてありませんよ」
胸ポケットの黒金さんにそういうが、今日は後ろにもご意見番がいたりする。
「小さいころに九死に一生の経験をしていたり、何か病気をしていた場合、死神は寄ってきますよ。他に死神にとられないように死ぬのを待っているんです」
「死にかけた経験か」
考えてみるが思い当たらない。一生懸命考えていたのだが、黒金さんが咳払いをする。
「死神に目をつけられていたとは厄介だが、それよりも先に藁人形のほうをどうにかしないといけないな。二人とも探しに行っていたのだろう」
「はい、私のほうでは見つけることができませんでした」
「蒼疾はどうだった」
「ああ、ありましたよ。でも、死神に追いかけられている途中でどこかに落としてしまったようで持っていません」
「ふむ、それもまたおかしな話だな。お前が持っていたという藁人形は本物なのか」
「さぁ、死神から渡されたものですから」
「なるほどな」
黒金さんはそういうと黙り込んでしまった。背中の白銀はおねむの時間のようで寝息を立て始めている。
「ともかく、面倒なことになる前にわたしのほうでも何か手は打っておく。準備はすでにしているのだが心苦しいことなんだ」
「えっと、何をするつもりなんですか」
「どうせ藁人形の一つや二つをどうにかしたところで元を絶たなくては意味などない。あの女から電波な部分を消してしまおうと考えたのだ」
「すごいですね、それ」
「ああ、だがな、消してしまいたいところなのだが残念ながらそこまでの力を今のわたしは持っていない。他人に移すことしかできないのだ。電波のなくなったあの女を説得するなりして考えを改めてもらい、電波を元に戻す。その間電波になるのは白銀が適任だろう」
「ええっ、いいんですか」
「いいも何も、お前の命には代えられないからな。それに、死神に出会ったということ自体が不吉だからな。不安要素は消し去っておきたい」
「白銀、おい、白銀」
白銀に説明しようとしたが、目を覚ましてくれなかった。
「よし、ではこれから儀式を行うぞ」
「え、今からですか」
「ああ、早いほうがお前のためにも、白銀のためにもあの女のためにもなるからな。だが、やはり今日中に行うのはやめておこう」
それだけ言って静かに目を閉じた。どこかくたびれたような表情を黒金さんが見せたのである。おおよそ、疲れなど感じない人なのだろうかと思っていたのだがそうでもなかったようだ。
夜空に浮かぶ月は奇妙に明るいもので、見るものすべてを不安にさせるようだった。
ああ、残念なんがらこれまた名前をお披露目することもかなわなかった。