第十話:死神と藁人形
第十話
「蒼疾、わたしはちょっと出かけてくる」
「あ、お出かけっすか」
「ああ、日付が変わる前にはお前の布団の中にいるから安心しろ」
夕飯を作っている途中で黒金さんはどこかに行ってしまった。出かける少し前にチェーンソー女について、あれは後二日ほど目を覚まさないだろうと黒金さんは言っていた。まぁ、強襲されないということは実にいいことだなと思えた。
「白銀、これをそこに並べてくれ」
「はい、わかりました」
黒金さんがいないために白銀と一緒に夕食となる。特にこれといって話題がないと思ったが、今一番重要な話題を白銀に提供する。
「白銀、あと一週間以内に俺の藁人形を見つけてどうにかしないといけないって魔王に言われた」
「へぇ、魔王様に出会ったんですか」
そっちのほうに食いついてきたかと内心、俺って大切に思われていなんだなぁと嘆息しつつ、頷く。
「ああ、って、お前は勇者よりおびえないんだな」
魔王よりも恐ろしい勇者というのも道理かもな。だって、農民Aとかと種族的に違いはないのにやっつけちまうんだから人間兵器と考えていいかもしれない。
「だって、魔王様は元天使でしたから」
「え、そうなのか」
「ええ、神様に反抗した結果、悪魔に堕ちたんですよ。悪魔に堕ちたからといって考えなどは特に変わっていませんし、魔王になったのも一時の暇つぶしですよ」
「………」
なんだか、天界とか魔界ってかなり適当で本当にすごいんだな、そう思えた。
少しの間なごやか~な雰囲気が流れていたが、いきなりご飯を口に含んだ白銀が叫び始めたのである。
「って、今蒼疾さん、呪われているって言いませんでしたかっ」
俺の顔面にびっしりとついたであろう米粒をとりながらうなずく。
「そうだな、藁人形に名前とか刻まれている時点で呪われていること確定だろう」
「あ、あと一週間だって聞きましたけど」
お箸を静かに置いて俺は頷く。
「そうだ」
「何のんきにご飯なんて食べているんですかっ。天使としてこれは見逃せませんっ。急いで見つけましょうっ」
何やら大慌てで準備を始めるがやつが持ってきたのはラヴアーチャーだけだった。
「荷物って言ったらこれしかありませんね。あ、あとおやつを持っていかないと………」
「お前、本当に探す気あるのかよ」
うちの天使は本当に適当だな。これならまだ黒金さんのほうが頼りがいがあるし、大体あの本、天使を使役するとか書いていたが半端な能力しか持ってないし、正直役に立っていない気がしてならない。
「当然ですっ。さ、食べ終わりましたね、行きますよ」
こうして、食後の藁人形探しは始まったのだった。
―――――――
藁人形があるのはどこか………すでに打ちつけられているのならば森だろうということで家の裏側にある山へと白銀と一緒に登る。分かれ道にさしかかり、片方は獣道、もう片方はけものすら通らないであろう小道であった。
「ここからはお互いにわかれて探しましょう。迷子になったな、私の顔が見たくなった、そう思った時は叫んでくださいね。私が飛んで助けに来ますから」
「おお、さすが天使」
後者のほうには突っ込みを入れないようにした。構うと相当漬け込みそうな性格をしているからな。
「お前の翼っててっきり飾りかと思ってたけど見直したぜ」
「ふっふっふ、この翼は飾りじゃありませんからね」
そういって白銀は森の中へとはいって行った。しかし、この見渡す限りの木から探さなくてはいけないのだから大変だよな。
一本ずつ丁寧に探していては日付が変わってしまうだろう。しかし、適当に探していては見落とす可能性もある。
そんなことを考えていると急に頭の中に鐘をつくイメージが浮かんだ。
ふと、右を見ると首をつった状態で女性がこちらへと突っ込んでくるではないかっ。それも一瞬で、彼女の膝が俺の額を思い切りたたく。きっと、ゲームだったならばクリティカルヒットになっていたはずだ。
「ぐはっ」
俺の意識はあっという間に常世の闇へと引きずられていったのだった。
――――――――
「ん」
「大丈夫かしら」
目を覚ますと視界の先には一人の女性の顔があった。
「いたた、あの、あなたは」
「死神よ」
「へ」
病的なまでに肌の色は青白く、生気を感じることは確かにできない。首には首吊りのロープのようなものが途中から千切れてぶら下がっており、小粋なアクセサリーとはさすがに言えなかった。
「この世に悲観して死のうとそこの木の上から飛んだわけなの。そうしたらあなたがいきなり歩いてくるじゃない」
なるほど、それで俺にひざ蹴りをかましたというわけか。しかし、まさか自殺志願者のお姉さんと会うとは思わなかった。
これは厄介なことになったなと思いつつも、膝枕なんて生まれて初めてなので甘えている。きっと、俺って出会い系に登録したら騙される男なんだろうな。
「死神といってもねぇ、無理やり人の肉体をどうこうして連れて行くのも誘拐と変わりないから捕まっちゃうの。今回は特別に膝枕で介抱してあげたからあなたは生き返れたのよ」
「はぁ、それはどうも」
話を聞いて理解した。何を言っているのかはさっぱりわからないし、確実に危ない人だろうということだけはわかった。理想のお姉さん系だが、ここは目をつぶってあきらめたほうがいいだろう。
しかし、考えようによってはこういった人のほうが藁人形のある場所がどんなところなのか知っているのではないだろうか。
「すみません、ここらへんで藁人形を見かけませんでしたか」
「藁人形、ああ、そういえばかわいいお人形さんを拾ったわね。これかしら」
ポケットから取り出したそれを見て俺は固まった。紙に俺の名前が書かれてそれを張り付けており、顔の部分に釘がめった刺し。
「あら、この呪い通りになったわね。あなたの顔にひざ蹴りをしてしまったもの」
クスッと笑って俺のおでこを触る。ひやりとして居心地の悪い冷たさだった。
「神崎君、あなたがもしも死んだ場合、魂は安全に運んであげるから安心してね」
「は、はぁ、ありがとうございます」
「さて、わたしはもう逝かないといけないからまたね」
そういってお姉さんは立ち上がると木を登り始めたが、途中で止まった。
「やめておきましょう、もしもまた、誰かにひざ蹴りをぶちかますなんてこと耐えられないわ。わたしのひざ、まだ痛いもの」
降りてきて今度は本当に夜の森を歩いて行ってしまった。
「あの人、本当に死神だったのか」
俺のつぶやきを聞いている者はだれもおらず、いたとしてもそれは藁人形だけだろう。
ああ、またもや変な人が登場してしもうた。それに、いまだにチェーンソー女の名前も不明という緊急事態。次回こそはひと段落付けておいたほうがいいだろうなぁと思う今日この頃。