六、
「お帰りください。」
「ふむ、ふむ。中々面白いことになってるようだな。魔女の孫よ。」
あ、さてはこのカラス、人の話聞かないタイプか。
ぴょん、ぴょんと跳び跳ねながら私を見上げ観察するカラスを見ながら、諦観の念を抱く。
「これ娘。そこまで露骨に顔を歪めるでない。社会人はポーカーフェイスとやらが基本なのであろう?」
「おじいちゃん、どこでそんなこと覚えたの?」
「ええぃ!老人扱いするでないわ!そもそも、先に話しかけたのは娘ではないか。」
「……ただのカラスだと思ってたからね。」
挨拶してるとごみ漁らなくなるんだよ。
普通のカラス。
頭いいんだよ、カラス。喋らないカラスは好きだよ。喋らなければね!
「例え勘違いであれ、縁を投げたのは娘からだろう?それを文句ばかり繰り返しおって。」
ぶつぶつとカラスが言う。
「縁を投げた?」
「…………今時の若い者はあまりそう表現はせんのか?『縁を結ぶ』と言う言葉があるじゃろう?重なる二つの紐をお互いの……時折一方の意思により結びつける。縁を投げるというのは……そうじゃのう、すれ違う紐を重ねるための行為と呼ぶか。」
「…………うん?」
「『袖触れ合うも他生の縁』と言うがな。そこから一歩を踏み出すかは概ね今生の意思に委ねられているものよ。」
「………………???」
「娘、お主さては阿呆だな?」
「わりと。」
首を傾げたカラスに頷いて見せるとこれ見よがしに溜め息をつかれた。
解せぬ。
「挨拶をされたら、返すのが礼儀じゃろう?返礼の結果が顰め面では最初から声をかけるなと言いたくなるのもわかるじゃろう?」
「その例えなら…………まぁ。」
ぎこちなく納得すると、カラスは黒玉の目を私に向ける。
「それにしても……うむ……噂通りちぐはぐじゃな。魂と言動と肉体が全て噛み合っておらん。」
「ギャップが酷いってこと?というか、噂って何さ。」
「いや、もっと根元的な……気質の違いよ。人は雑然としてることは多いがうむ……うむ。」
私の問いには答えず、カラスは私を見つめる。
硝子玉のような瞳は漠然とした怖さと美しさを兼ね備えていて見ているとなんだかそわそわする。
「……なるほど、わかったぞ!」
カラスが飛び上がって、塀に着地する。
視線が合った。カラスの目がにやけるように細くなる。
「娘、お主既に一度ゲームに負けているな?!」
「……は、はぁ?」
ゲーム……??
一体何の話だろう?
心当たりがこれっぽっちも無くて、思わず眉間に皺がよる。
「これは、そうとしか考えられん。じゃが、今のお主はプレイヤーでは無い。可笑しな可笑しな……不正か?それもまた暴かれなければ有効であるが、しかししかし非参加者を巻き込んだゲーム?調停者を騙す手段があるというのか。」
また、カラスが自分の世界に引きこもっている。
こちらとしては、頭がぐるぐるとしていてなんだか頭が痛くなってきた。
そもそも、ここ最近私にしてはいやに悩みすぎな気がしなくも…………。
いや、でも彼氏に振られたんだしこれくらい落ち込むのだって不思議じゃない…………よね?
「まぁ、よい。その答えも恐らくこの縁で紐解かれるだろう。魔女に頼まれているゆえ、悩みに悩んだが結んだ方が面白そうだ。魔女が帰ってきた時の事はまたその時に悩めば良い。」
「あっ、考え事終わった?」
「うむ、深遠なる我が思料を阻まなかった事は褒めてやろう。」
ほっといたら褒められた。
微妙な気分でいると、カラスが羽の下から一枚の黒い封筒を器用に咥えて取り出した。
それを無言で私に差し出す。
宛名は…………読めない。
何語だろう、これ。厨二病語かな?銀のインクで何かが書かれてる。
早く受けとれと催促するように封筒を揺らすカラスの圧力に負けて、封筒を仕方なく受け取る。
開けるのを、躊躇しながらとりあえず裏返してみる。
封は深紅の蜜蝋。紋章は昆虫の羽?
差出人の名前は書いてない。
「うむ、うむ。受け取ったな。その封筒を神域の小僧に見せれば察するだろう。人間への説明は人間がするのが一番じゃからな。」
「神域の小僧?」
「ここ最近、この家に入り浸っておるじゃろう?」
「……あぁ、むっちゃんのことか。」
おばあちゃんが旅行に行ってからこの家に上がる小僧……男性?は、概ねむっちゃん。時偶、薬師のおっちゃんぐらいだし。
「次の満月が、げにげに楽しみじゃのう。」
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