五、
2/10に前話の前半千字くらい修正しました。心当たりのある方はお手数ですがご確認お願いします。
サンダルを履いて、庭を歩く。
風は相変わらず冷たいけれど、都会と違ってこっちの方は日差しが温かい。
そこまで広い庭でもないので十数歩で花子の池だ。
池の手前で地面に埋まっている小さな扉を開ける。
中には、水が流れてる。ここの水が、そのまま花子の池に流れ込む仕組みだ。
ここの水はおばあちゃん曰く、地下水の水をくみ上げているらしくて、汲んで飲んでみると結構美味しい。まぁ、普段は庭まで出るのが面倒なのでめったに使わないけれど夏休みに来た頃はよくここの水を飲んでたなぁ、なんて思う。
念のため、浄水フィルターが詰まってないか、空気のポンプが動いてるかを確認してから隙間にねじ込まれている鯉の練餌(おとく用)を取り出す。
……うん、期限も切れてないね。
扉を足で蹴り閉めてから、また歩く。
花子の池は、一般的な石で出来ている。
イメージとしては、旅館の露天風呂なんかによくある、ごつごつした岩で淵取りされているお風呂だ。
中の水はひんやりとしていて、冷たいけれど。
岩の一つに片足をかけて、中を覗き込む。
水は綺麗だ。
水面には適度な数の蓮の葉が、ぷかぷかと浮いている。
花は無いし実も無い。今の時期は蓮もすっかり派手さを失ってる。
さて、花子はどこかな?
花子はやたらと大きい黒い鯉。
黒といっても光の加減で赤や紫に見えることもあって、小さい頃は夜色なんて呼んでいたのを覚えてる。
ここから見た限り、花子は見当たらない。
この池の蓮の葉はそこそこ多い、蓮葉の陰に居られると見つからない時もある。
ただ、普段は人影が池の傍に来れば餌をねだりに寄ってくるんだけど。
池の回りをぐるりと歩いていく。
半周程、歩いた所で花子を見つけた。
……池の底でお腹を見せてぐったりとひっくり返っている。
し、しんでる?!
「は、花子ーー?!!」
私の絶叫に反応したのか、花子がゆらゆらと泳ぎだしてこちらによってくる。
あ、良かった。生きてた。
それでも、なんだか泳ぎ方がよたよたとしていて調子は悪そうだ。
「どうしたん?どっちか食べれる?」
しゃがみこんで、ニンジンの葉と魚の切り身を水に浸す。
花子はつんっと魚の切り身を突っつくも直ぐにゆらっと離れてく。
それでも、こっちが気になるのか縁の側からは離れない。
入れっぱなしにしても、水が汚れるので池から餌を回収する。
うーん、寄生虫かな。
捕まえて塩漬けにした方がいいのか?
こういうとき、スマホが無いのは困る……。
「卵を産んだせいだったりして……。」
ふと、そんな考えが浮かぶ。
いやいや、花子が立派なオスの鯉なのは確認したし。
最近毎日のように愚痴ってたせいかなぁ?
お酒どぼどぼ入れたりとかはしてないんだけど。
「はなこー、げんきだせー。」
ちゃぷちゃぷと、水面を指で叩くと花子が私の指を何度も突っつく。
これは普段通り。
疲れてるだけかもしれないし、取り敢えずは様子見、かな。
蛇の子事と言い、花子の事と言い、トラブルが立て続けに襲いかかってくる。
「泣きっ面に蜂、だっけ?」
あーもー、嫌になるなぁ。
しゃがんだまま、少しだけぽーっとする。
風で蓮の葉が揺れる。
水面が波立ち、波紋が揺れる。
何処からか甘く爽やかな花の香りが運ばれてくる。
遠くからカラスの鳴き声が聞こえてくる。
キラキラと水面が朝日を反射する。
何度か目の風でぶるり、と体が震える。
どれくらいぼーっとしていたのか、いつの間にかすっかり体が冷えていた。
花子の姿もなくきっと、蓮の葉の下に隠れてるんだろう。
「あっ……くぅーー。」
ずっとしゃがんでいたからか、立ち上がろうと足を伸ばすとじんっとした痺れと筋肉が伸びる心地よさが広がる。
かー。
カラスの声が近い。
見上げれば、塀の上にカラスが一匹止まっていた。
油のような、ねっとりとした黒と七色の羽。
くるり、と宝石のような無機質できれいな瞳がこっちを見ている。
「おはよう。これあげるから、花子は狙わないでね。」
もう、用がなくなった魚の切り身をカラスに向かって軽く放る。
放射線を描いてややずれた場所に落ちそうだった切り身をカラスが首を伸ばして器用にキャッチする。
思わず拍手をすると、胸を張りながらカラスが切り身をあっという間に食べていく。
もう一度見てみたいものの、魚の切り身は一つしかない。
流石に、ニンジンの葉っぱは食べないだろう。
残念に思いながら、踵をかえそうと足をあげて。
「人間、げに美味な魚であった。褒美に望みは叶えてやろう。最も安易に魔女の眷属に手を出せば、如何に我が身といえども唯では済まない。故に、その望みは端から無意味であったと言わざるえないがな。」
固まる。
え、なにこのカラス。やけに流暢に話すんだけど。
ふと、予感がして視線をカラスの顔から、足にうつす。
三本、ある。
「三つ足の烏のおじちゃん。」
「その呼び方は、あの化け猫の子だな?実に不愉快だ。我が身、我が言葉はオオヒメ様が使いである。かの方を軽んじる言葉はすべからず控えるが良い。」
「もうちょっと、優しい言葉で。」
「その名は実に遺憾である。」
「もうちょっと、頭悪い言葉で。」
「おじさん呼びとかまじ激おこぷんぷん丸。」
なんだこのカラス。
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