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四、

瞬きを、一つ、二つ。

それで、私は夢から覚める。

それで、私は現実に帰って来れる。


「……嫌な夢、見た。」

別に元彼に恋愛的に未練がある訳じゃない。言い聞かせるようにそう思う。

私はそれよりも、多分裏切られたり悪意を向けられたことの方が痛い。

心臓の鼓動がまだ早い。全力疾走したあとみたいだ。


もぞりと、体を揺らす。

腕に力を入れて起き上がれば、ぶわりと掛け布団の中の暖かい空気が逃げていく。


肌に張り付くように乾いた服は、やっぱり不快だ。

乾いているのにべたついているような、気がして思わず襟の部分の匂いを嗅ぐ。

うん、汗臭い。

お風呂入んなきゃ……。


ぺたり。

素足にざらついた畳の感触が心地良い。

庭に面した雨戸に手をかける。

溝が浅くなってるのかヤケにがたつく雨戸を両手で引っ張る。

固いし、重い。

最後の一枚を押込むように、どうにかこうにか雨戸を仕舞いこんで息を吐く。


差し込む日差しが体を照らした。

朝、だ。


ほぉっ、と吐いた息は朝日が反射して、金とも赤ともとれないような不思議な色に染まった。

それも直ぐにほどけて空中に解けていく。


視線を庭へ向ければ、朝露が草木と桜の木を根城にしているクモの巣を飾っている。

更に霜までおりたのか、庭のあちらこちらの土が持ち上がっている。


サンダルを履こうとして……朝露の被害にあったのかびしょびしょになっているのに気がついた。


少しだけ躊躇する。

頭を過るのはめんどくささだ。

結局、好奇心に負けて誘われるように、裸足で庭に降りた。


冷たい。

小さな草の葉一つ一つにまで、びっしりと露はついている。


一歩

水滴が弾け足の体温を奪う。


二歩

草が足首を撫でるのがくすぐったい。


三歩

足の裏はびしょびしょで、たまに当たる小石が痛い。


それもなんだか楽しくて、口の隙間から笑い声が溢れる。


四歩。

細い細いクモの糸。

水滴が空の色を写して白く輝いてうっとおしそうに蜘蛛が長い足を擦る。


五歩。

花子が跳ねる。

水紋が正円を描いて広がっていく。

幾重も幾重も重なって、それはまるで花のように。


六歩。

霜柱を踏む。

冷たくて固くて体重をかけるとぱりぱりと音を立てて壊れた。


楽しくて楽しくて

その場でくるりと回る。

一つ回る度に、嫌な夢の残滓が欠片がぽろぽろと体から剥がれ落ちていくようで。


くるり、くるり

勢いよく変わっていく視界に思考が追い付かない。

青、緑、白、灰、黒

空、草、雲、塀、人影


…………人影?

ぴたりと、回るのをやめる。

ぐわん、と遠心力に引っ張られて脳みそが揺れるように視界が歪む。

暴れ狂う三半規管をなだめながら、ゆっくりと景色を確かめていく。

庭、池、桜、ホース、家。

縁側に誰か、立ってる。


「…………よ、よぅ。」

ぎこちなく、むっちゃんが片手をあげる。



私は、叫び声をあげて布団に引き返した。








「いや、だから悪かったって。朝飯のお裾分けに来たら返事無いし中で倒れてんのかと……。」

掛け布団からはみ出た私足を、サンゴロウがタオルかなにかで拭いている。

くすぐったくて、足をばたつかせるとみゃっ!と、小さな声がして暫くするとまた恐る恐るふきはじめる。


「…………お裾分け。」

「…………………………作りすぎたマッシュドポテト。」

「まさかの洋風。」

驚きのあまり、顔を掛け布団から出す。


そこにはなんとも言い難い表情をしたむっちゃんが居た。

へにゃりと、眉を下げて胡座をかいて両手で大きな深皿を抱えてる。

情けなさが先行して、眼光の鋭さも気にならないくらいだ。


「…………あー。今度からは勝手に上がり込まないようにシマス。」

「………………。」

「は、腹減ってないか?マッシュドポテトあるぞ?」

「…………。」

「水神の子は、今親父に見てもらってるから…………あ、後で迎えに行ってくる。」

「…………。」

何か楽しくなってきた。


「は、花子の餌やりしてくるからな!!」

目が笑ったのに気がついたのか、むっちゃんは勢いよく立ち上がると庭に飛び出す。

ぐちゃっと、水音が聞こえたあたり、あのサンダル履いたのだろうか……。

後で、タオルを置いといてあげよう。


「おわったにゃ!」

「よーし、ありがとうサンゴロウ!お礼にはぐ……は、汗臭いからなしとして、一緒に風呂入ろうか?!」

「にゃにゃにゃ?!」

その言葉にサンゴロウのひげとしっぽがピーンと張る。


「……もしかして、お風呂嫌い?」

「ち、ちがうにゃ。えーと……えーと。」

落ち着かないのか耳の毛繕いをしながらサンゴロウは、言う。

「ケットシーは、お風呂あんまり好きじゃないにゃ。でも、ご主人様はきれい好きにゃ。側にいるケットシーは、引きずってでもお風呂に入れるにゃ…………ぼくは、ずっとそれがうらやましかったにゃ。」

だから、だから。と、言葉を続ける。

真っ黒な毛並みなのに、照れるようなその仕草に頬に赤みがある気がしてくる。


「おばちゃんと、お風呂は入れるのうれしいにゃ。」

「よし、今から入ろう!朝風呂だね!」

入らないと抱き締められないしね!

サンゴロウに、汗臭いとか言われたら今日の夢より深い傷ができそうだよ私は!


「にゃっ?にゃ?!お風呂にお湯はってないにゃ。」

「じゃぁ、先にご飯か…………昨日のポトフまだ食べれるかな?」

ごそごそと、お布団から抜け出す。

そういえば、寝起きの顔も洗ってない。

そんな姿を見られたのに、心に浮かぶのは羞恥心よりも哀れみだ。そんなブツを見せてごめんね、むっちゃん。


「おばちゃん、またポトフ作ったのにゃ?」

「適当な具材入れて、適当に煮込んで、適当にコンソメの元入れれば野菜食べられるの最高じゃない?」

「うにゃぁ……。」

サンゴロウのしっぽが垂れ下がる。

…………変なもの入れてないし、不味くは無いと思うんだけどなぁ?


「何回目なんだ?ポトフ。」

「五日目にゃ……。」

「毎食?」

「毎食……。」

ん?

縁側でむっちゃんとサンゴロウがこそこそしてる。

まぁ、いいや。ポトフ温めよ。

その前に、タオルかな。


「むっちゃん、タオルいるー?」

「欲しい……のと、飯の前に花子の様子見てくれないか?なんか、餌食べないんだが。」

「えーー、キャベツだろうがポリ袋だろうが何でも食べちゃう花子が?」

そして、何故かお腹を下さない花子が?

ご飯を、食べない?

信じられないけれど、むっちゃんが言うならそうなんだろう。

冷蔵庫から期限がヤバそうな魚の切り身を取り出す。

あとは、萎びたニンジンの葉っぱで良いか。

花子のご飯候補とタオルをもって縁側に出る。


サンゴロウと目配せをするむっちゃんにタオルを差し出すと、ぎこちなく視線を逸らされながらむっちゃんが受けとる。

「あー、さっきのお詫びに朝飯俺が作るよ。」

「そう?温めるだけだからよろしく。パンは棚に入ってる。あっ、タオルは置いていってサンダル拭くから。」

「了解。…………サンゴロウ、飯の作り方教えてやる。味付けをしなおせるだけで大分変わるはずだ。」

「本当にゃ?!」

二人の声は風にのってしっかり聞こえている。

……そんなに美味しくないのかな?ポトフ。



誤字脱字等ございましたらお知らせいただければ幸いです。

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