仮装舞踏会
夜会の会場へ到着すると、私は彼女に続いて馬車を下りた。
会場の入り口には貴族が大勢集まり、艶やかな雰囲気に包まれていた。
辺りを見渡すと、私と同じように目元にマスクを着けた貴族や、宝石をちりばめた狐の尻尾を付けた貴族女性、吸血鬼に扮した貴族男性など、皆様々に仮装を楽しんでいた。
今夜の夜会は仮想舞踏会だ。
貴族たちが、出会いを求め、一夜の男女の営みを楽しむ。
招待状には自分の名前や身分がわかる事柄は一切書かれておらず、既婚者や、婚約者がいる者もこの舞踏会へ参加していることも多い。
また身分がばれても問題ない貴族たちは服装だったり、着け耳だったりと仮装している中、私のように身元がばれたくない貴族たちはアイマスクなどで顔を隠していたり、顔全体に仮面をかぶっている者も少なくない。
会場をゆっくり見渡すと、薄暗い照明の中、艶やかな雰囲気が漂っていた。
私は会場に入るとすぐに壁際へと移動し、グラスを手に取った。
グラスを持っていれば、声をかけられることは少なくなる。
以前はこの事を知らなかった為、大変な目にあった・・・。
一緒に来ていた彼女は会場に入るとすぐ、お忍びで来ているのだろう第二王子を探し始めていた。
第二王子って確か・・・ブロンドヘヤーで・・うーんそれぐらいしかわからないな。
会場を改めて見渡すと、ブロンドヘヤーの男たちがたくさん目に入った。
この中から探し出すのは至難の技だな。
まぁ、私には関係ないか。
私は壁の側に佇むと、グラスに入った洋酒を口にはこんだ。
微量なアルコールの中に微かに桃の香がした。
会場には多くの貴族たちが集まり、中央ではダンスが始まった。
薄暗い会場を、様々な男女ペアの貴族たちが手を取り体を寄せあっている。
中央に集まる貴族が増えてくると、騒がしい会場内に滑らかなピアノとヴァイオリンの音が奏でられると、ゆっくりとステップを刻み始めていた。
私は誘われないように、また目立たないように壁際にひっそりと佇み、グラスを常に手にしていた。
そんな私の傍に一人の男が近寄ってきた。
「美しいお嬢様、こんばんは」
私は目線を合わせることも返事をすることもなく、ただただ口もとに微笑みを浮かべる。
さっさと向こうへいってくれ・・・。
「一曲いかがでしょうか?」
サッと差し出された手を仮面越しに冷たく見据えると、
「わたくしの持っているグラスが見えていないのかしら?」
日ごろ使わないお嬢様言葉を使用し、暗に踊らないぜと相手に伝えてみる。
「ふふっ、いえ見えておりますが・・・あなたはそのグラスを置くことはないでしょう?」
むむ、ばれている・・・。
退く気配のない、真っ黒な仮面をつけた男に視線を向けると、
「ようやくこちらを見てくれました。私を覚えておりますか?」
うん?覚えているかだって?
私が夜会に参加するのは二度目、普段の舞踏会にもあまり参加しない私に、顔見知りなどいるはずないんだが・・・。
私は黙ったまま男をじっと眺めていると、
「・・・やはり覚えておりませんか。私は一度もあなたを忘れたことはないのに・・・」
そう呟いた男はタキシードから徐に何かを取り出し、私の前へと掲げて見せた。
目の前に見覚えのある青い宝珠のついたイヤリングが現れた。
・・・そのイヤリング・・・まさか・・・。
私はそのイヤリングから視線を逸らすことができない。
だって男が掲げたイヤリングは、初めてこの舞踏会に参加した際、無くしてしまったものだったから・・・。
「あなた・・・あの時の・・・?」
男がゆっくりと頷くと、私のグラスを持つ手を優しく捕まえた。
うそだろう・・どうして今更・・・これはまずい!。
私は咄嗟に男の手を振り払うようにグラスを離すと、グラスはゆっくりと床におちていった。
バリーン
辺りに一面にグラスの破片が散らばった。
男は慌てて私に怪我がないか確認すると、ほっと息をついた。
そんな男から私はジリジリ後退るように距離を取っていると、大きな音のせいか、会場のメイドや執事たち、そのほか会場に参加していた貴族達がわらわらと集まってくるのに気が付いた。
私はサッと人込みに紛れると、男の姿が見えない位置まで急いで移動した。
まずい、まずい、まずい・・・。
会場に居れば・・・また捕まるかもしれない。
ふと辺りを見渡すと、庭に続く扉が開いているのが目に入った。
私はまた人込みの中に紛れ込むと、その扉へ急ぎ足で進み、勢いよく外へと飛び出した。
外に出ると生暖かい風が吹いていた。
私は会場から離れるように、誰もいない薄暗い庭を進むと、ひっそりと佇むバラの庭園へとたどり着いた。
月の光が白いバラに反射し、幻想的な風景を作っていた。
ふとバラの近くにベンチを見つけると、一息つくように深く腰かけた。
はぁ、まさか・・・また出会うなんて・・・。
先ほどの出会った男の事を思い出し、体の温度が下がっていく。
でも、どうして私だとわかったんだ?
3年前に顔を見られていたとしても、今日の私はマスクをしている・・・マスク越しでわかるはずがない。
服装も違う、髪型、装飾品だってあの日とはまったく違うはずなのに・・・。
それに私は珍しい髪色でもない・・・。
あの日と仮面は同じでも、あんなどこにでもあるシンプルな仮面、誰だってつけているのに・・・。
一体どうして・・・?
ベンチでうんうんと唸っていると、誰かがくる気配がした。
私はベンチから咄嗟に立ち上がると、歩いてくる人影に目を向ける。
さっきの男か・・・。
目を凝らしてよく見ると、視線の先にはブロンドヘアーにビシッとしたタキシードを着用していた。
その背中には黒いローブがついており、緩やかな風がローブをなびかせていた。
さっきの男じゃないようだな。
私はほっと息をつき、次第に近づいてくる男をじっと眺めていると、月に照らされた顔は見覚えのある青年だった。
あれは・・・エリック?
私は無意識にエリックへと近づくと、仮面を越しに青い瞳と視線があった。
「せんせい・・・?」
先生と呼ばれ驚きの表情を浮かべると、いつもと違う大人っぽい雰囲気のエリックが小走りで私の前へと立った。