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うちの子と他所の子を比較しましょう

「姫、姫、私にそのクッキーを分けてください。」



姫の客人たる、人語を解す両生類、蛙の姿を見たのは、庭でアンジェリカからその話をきいた次の日のことだった。


姫様の豪奢を極めたティータイム。その優雅な光景にそぐわない客人。そう蛙である。ついついガン見してしまうが、他のメイドたちはもうすでに慣れたらしく、微かにその醜い蛙に顔を顰めているが、さして気にした様子もない。



「……どうぞ。」



嫌悪感を隠しもしない姫様は蛙の前にいくつかのクッキーを置いた。約束をしたために、このように同居という事態に陥っていて、自業自得としか言えないが、わがまま姫にはちょうどいい。王も灸をすえてやる、といった意図があったのかもしれない。まああのトーテムポールにそんな考えがあるかは謎だが。



「姫、姫。私にはそのクッキーは大きすぎます。私の口に丁度いいくらいに、割ってはいただけませんか。」

「っ……、」



ぐしゃり、姫は片手でクッキーを握りつぶした。粉々になるパティシエ特製クッキー。無残だ。


わがまま姫も、姫だが、それに対するこの蛙も蛙だ。いくら約束をしたとはいえ、図々しい。蛙の面に水とはまさにこのことだろう。わがまま姫と面の皮の厚い蛙。お似合いではないか。


数分もすればしゃべる蛙にも慣れてきた。きっと他のみんなも諦めの境地なのだろう。

約束をしたとはいえ、下賎な両生類の身。果たしてあの蛙はいつまでこの城に留まるつもりなのだろう。王の教育的指導が済み次第、速やかに追い出されそうなものだが。



「姫、姫、私も紅茶が飲みたいです。私にも一口ください。」

「っ!ミーシャッ、この蛙に紅茶をいれなさい!!」

「はい、ただいま。」



ぼけっとしていたところに飛ぶ命令。条件反射的に身体を動かし、一番小さなカップに紅茶を注ぐ。本当に面の厚い蛙。そしてどこまでも意固地な姫様。おそらく蛙は姫様の口を付けた紅茶をもらおうとしていたのだろう。それに気づいた姫様がそうはさせるかとすかさず私に命令をした。なんとも不毛な攻防戦である。さっさとあきらめてしまえばいいのに。



「ありがとう、お嬢さん。お嬢さんはさっきから私のことを随分とみているけれど、私が気持ち悪くはないのですか?」

「両生類は、そこまで苦手としていませんので。」



嘘でも本当でもないセリフを白々しく吐けば、蛙はぎょろりとした黄色い目をぐりぐりと動かしてから、へえ、と一つ声を漏らした。


思わず寒気が走る。


脊髄反射的に、気持ち悪いと思った。今にも叩き潰してしまいたい衝動に駆られる。だがここで潰してしまえば、私の首が飛びかねない。姫はきっと怒ったふりして喜ぶだろうが、王様は怒るだろう。


両生類は両生類でも、うちのオオサンショウウオさんとは雲泥の差だ。身内びいきいや、飼い主びいきと言われてしまえばそれまでかもしれないが、少なくとも、オオサンショウウオさんに見られてこれほどの不快感を抱いたことはない。単純な見た目の気持ち悪さはきっと似たり寄ったりなのに、この差は一体何なのだろう。


なんだか急に部屋にいるオオサンショウウオさんに会いたくなった。夜行性の彼はきっといま水瓶の底で眠っているのだろうが、これがまたなかなか可愛い。


可愛いと思えるから、私はてっきり両生類が好きな人間になっていると思っていたが、この蛙を見て考えを改める。


私は別に両生類が好きなわけじゃない。オオサンショウウオさんが好きなのだ。


あの図々しく、品もなければ優雅さもない蛙と傲慢だがなにげに紳士的かつ常識的なオオサンショウウオさんでは、同じしゃべる両生類でも似ても似つかない。


仲がよろしくないという二匹。オオサンショウウオさんがパクリとあの蛙を丸呑みにするところを夢想した。




********




コックから借りた古いレシピ本をベッドに寝っ転がりながら捲る。



「唐揚げ……カレー……シチュー……刺身、は無理だな。」

「さっきから何をぶつぶつ言ってる。」



怪訝な顔で水瓶から顔を出すオオサンショウウオさん。やはり可愛い。何というか、気持ち悪いのにどこかかわいらしさを滲ませる。



「なるほど、キモ可愛い……、」

「何だ?」

「いえ、蛙の調理の仕方を調べてるんです。」

「……喰うつもりか。」

「私と同じものを食べるのでしょう?」

「蛙を食べるなぞ、気が知れんな。」



一応サンショウウオは蛙が大好物なはずなのに。


コックに話をきいてみれば、存外蛙の調理法は見つかった。かつて肉があまり手に入らなかったころ、蛙は重要な蛋白源だったらしい。いわく、十分に美味しくいただけるとのこと。グルメなオオサンショウウオさんでも、ちゃんと調理すればきっと食べてくれるだろう。


生理的に不愉快な蛙をからりと揚げるには、いつ攫えばいいだろうか。



「今日、昨日お話しした人の言葉を話す蛙と会いました。」

「ほう、それでどうだった。」

「図々しく不愉快でしたね。特に理由のない不快感に襲われました。」

「ふん、だろうな。あのような物体、視界に入れるだけで不快だ。」



吐き捨てるように言ったオオサンショウウオさん。親戚なのか知り合いなのか知らないが、随分と見知った仲のようだ。


不快な蛙。あの蛙はいったいどんなつもりでこの城にいるのだろうか。


見た目だけはいいわがまま姫だが、結局はわがまま姫だ。正直、あの姫と四六時中いたいと思う蛙の気が知れない。



「……オオサンショウウオさんはどうしてこの城にいるんですか?」

「……わたしが君の落としたティアラを拾ったからだろう。」



言外に答えるつもりはないとピシャリと言われた気分だ。わざとらしくすり替えられた答えはあからさま過ぎて追及する気にもなれない。



「そういえば、城の中をむやみに歩かない方が良いですよ。」

「それは昨日聞いた。」

「オオサンショウウオは食べるところが多いそうなので、コックさんに見つかったら捌かれちゃいますからね。」

「さばっ……、ふん、そんなへまなどしない。」

「どうだか。」



不機嫌そうに、ぱしゃんと尻尾で水面を打った。


両生類にしては表情豊かでわかりやすいうちの子は可愛いと再認識した夜。



奇しくも同じ夜、我慢の限界の来た姫様がベッドにもぐりこんだ蛙を壁に叩きつけていた。


呪いが解ける。

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