飼育しましょう
バタバタと白いシーツが風に揺れる。
そのシーツが干された裏庭を、私は籠を持って這いずり回っていた。
「……み、ミーシャ?何してるの?」
「あ、アンちゃん!そっち行ったから捕まえて!」
「行ったって何……キャアッ!?」
草むらから大きく跳躍した蛙が、挙動不審な私の様子を見に来たアンジェリーナの前に躍り出た。決して大きいとは言えないサイズだが、アンジェリーナは婦女子に相応しい悲鳴を上げた。彼女の前で固まる蛙を素手でぱっとつかみ取り籠に放りいれる。こういう時、私との女子力の差を如実に感じる。
「な、なに!なんでミーシャ蛙を追いかけてるの!?」
「あのさ、前にオオサンショウウオを飼い始めたって言ったでしょ?基本的には私たちと同じものを食べるんだけど、図書室で生態を調べたら生きた虫や蛙が好物って書いてあったの。」
ティアラを池のそこから持ってきてくれた割と紳士的なオオサンショウウオさんと暮らし始めて数日。彼のおかげで私もアンジェリーナも罰を受けることはなかった。感謝してもしきれない。そんな彼は宣言通り、私と同じものを、私と同じ部屋で食べて、同じ部屋で寝泊まりしている。
しかしながら改めて彼、オオサンショウウオのことを調べていたら、ずいぶん彼は無理をしているように思えたのだ。一つあげると、食事である。図鑑曰く、オオサンショウウオは生きた餌しか食べないという。ミミズや幼虫、カマキリなどの虫類のほか、蛙や魚も食べるらしい。
だが私はしがないメイド。頻繁に肉、またそれに準じるたんぱく質をあげることは難しい。彼は何の文句も言わず、パンをもそもそと食べているが、あまり我慢させるのは飼い主として不甲斐ないので、こうして仕事後に彼の食料の調達に繰り出したのだ。虫は流石に生理的に触ることができないが、蛙なら、ぎりぎり許容範囲内だ。
すでに籠の中には戦利品で詰まっているのだが、今のアンジェリーナの反応を見て、それらを見せてよこすのは自重しておく。きっと繊細な彼女は籠の中を見れば卒倒してしまうだろう。
「……サンショウウオって肉食だったのね。」
「うん。私も知らなかった。ただ虫とか食べてそうな顔してるけど。」
本人、いや本サンショウウオが聞いたら激怒しそうなことをしれっという。
あのオオサンショウウオはサンショウウオのくせにやたらとプライドが高いのだ。
「蛙……そうよ、蛙で思い出したわ。」
「なに?アンちゃん蛙飼い始めたの?」
「そんなわけないでしょ、あんな気持ちの悪いもの!」
身震いして腕をさするアンジェリーナ。流石に同じ両生類を飼うものからすれば胸が痛い。いや、ペットの両生類のために蛙を乱獲する私が言えたことではないのだけど。
「いえ、むしろミーシャ知らないの?このお城の蛙の話。」
「王様蛙に変えられちゃった?」
「そんなわけないでしょ!不敬罪の極みよ!慎みなさい!」
ほんのブラックジョークのつもりだったが、見事に引っ叩かれてへこむ。アンジェリーナが陰で王様のことを頭スカスカ木偶の坊、という意味を込めてトーテムポールと呼んでいることを、私は知っている。
「それがね、あんたがサンショウウオを持って帰って来た日、王様や姫様たちが食事してた広間に、蛙が来たの。」
「蛙が来た。」
「しかもその蛙しゃべるのよ!」
「蛙しゃべるの。」
ほとんどオウムと化しながら話をきいていくと、金のまりを池に落とした姫は池の淵で泣いていた。しかしそれを見ていた蛙が交換条件を出して金のまりを取ってきてくれた。とってきてくれたのにそこは流石のわがまま姫、早く走れない蛙を置き去りに、城へ走って帰ってきたらしい。そして知らん顔で晩御飯を食べているときに件の蛙が広間を訪れた。
蛙は姫に「同じ食器で食事をとること、同じものを食べること、同じベッドで寝ること。」を条件に出していたのだという。
王様は、約束を破った姫に怒り、蛙の望むようにさせ、姫は泣く泣く蛙との同居生活を送っているらしい。
……聞けば聞くほど聞いたことのあるお話しで。
何から何まで、かのオオサンショウウオと同じではないか。
多少異なるところもあるが大方同じ。何かつながりでもあるのだろうか。
「アンタ気を付けなさいよ。一応その図々しい蛙も客人。アンタのとこのサンショウウオが食べたら一大事よ。」
「それは本気で一大事だね……、気を付けておく。」
思わず冷や汗をかく。姫の客人をメイドのペットが食べたなんてことがあったら一発断頭台だ。しかもあのサンショウウオ、夜中になると水瓶を抜け出して外を徘徊している。歩いた後は水跡が付くというのに、まだ徘徊が私にばれていないと思っているようで、可愛らしいので放置していたが、これはまずい。騒ぎになっていないということは、まだオオサンショウウオさんはかの蛙を捕食してはいないらしいが、早急に注意喚起が必要だろう。
それ以前に、と籠の中に姫様の蛙が混じっていないか物色する。ゲコゲコ、ケロケロ鳴くばかりで、人語を解すものはどうやらいない。
安堵したのも束の間、籠の中身に気が付いたアンジェリーナが絹を裂くような悲鳴を上げ、半狂乱で籠の中身を外へぶちまけた。
「あああー、アンちゃん……、」
「なにアンタ気色悪いことしてんのよ馬鹿ぁ!」
ゲコゲコケロケロ飛び散った。
*********
「今日お昼の蛙捕まえてきたんですけど、食べます?」
「わたしは君と同じものを食べる、そういったはずだが?君もその蛙をたべ、おいやめろ。蛙を頭に乗せるな。気色悪い!」
「ゲコ。」
一匹だけ、部屋に連れ帰った蛙をオオサンショウウオさんに見せるとあからさまに嫌そうな顔をされた。ツンデレか遠慮でもしているのかと思ってピタピタ顔に当ててみたが、果てしなくブーメランな罵倒と共にがち切れされたため、仕方なく窓から蛙を放り投げた。ケロケロと鳴きながら離れていく。生きが良い方がいいと思って生け捕りにしていたのが功を奏した。
「そういえば、勝手に夜、城の中を徘徊するの、控えてもらえませんか。」
「なぜだ。迷惑はかけていないだろう。」
「いや、迷惑ではないのですが、貴方が大事件を起こす可能性があるので。」
水瓶から顔と両手を出し首を傾げるオオサンショウウオさんは愛らしい。
しかしうっかりかの蛙を夜食に食べたとあれば、笑えないのだ。
昼間アンジェリーナから聞いた人語を話す蛙のことを話す。
みるみるつるりとしているはずの額に皺を寄せるオオサンショウウオさん。反応を見る限り、やはり知り合いらしい。しかも、あまり仲はよろしくないようで。
「食べちゃダメですよ。」
「だから蛙は食わんと言っているだろう!」
「じゃあ危害を加えてもダメです。そうなれば私も貴方もここにはいられませんからね。」
なにより、その蛙は夜の間は姫の寝室にいて、その寝室の警備はネズミ一匹通すことなく、ネズミよりあるかに身体の大きいオオサンショウウオさんなど無論、忍び込むことなどできないことを伝えると、不機嫌そうに水瓶の中へ沈んでいった。