表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/21

3章、7

 わたしと奈緒は二人で、テレビカメラの前に座った。

 大きなカメラ。今からこれに向けて、話さないといけない。

 天使さまとして何度もテレビに映り、インタビューも受けてきたけど、今からしようとしてることとはわけが違う。

 生中継ライヴで、わたしたちは告発する。

 日羽がきっかけを作ってくれて、

 歌撫さまや他の天使さま、みんなが立ち上がってくれて、

 浅川せんせに連れてきてもらって……。

 みんなが身を挺してくれたお陰で、わたしたちは今ここに立てている。

 テレビ局側の対応もずいぶんと速かった。今まで天使さまに関しては、国営放送《NHK》の独占状態だったせいかもしれない。内容が内 容(スキャンダル)だし……。

 わたしたちの目の前で、着々と、目まぐるしく、準備は整っていく。

 不安だ。

 うまく言えるのかどうか。

 みんながしてくれたことを、ちゃんと活かせるのか。

 どうしようもなく背中が震える。緊張で喉が強張る。

 羽根が重くて潰れそう。

 はぁ……、と、たまらず特大のため息をこぼしたわたしの手が、そっと握られた。

「……奈緒」

 奈緒の顔は真っ青だった。きっとわたしと、同じ気持ち。

「沙凪ちゃん」

 ちいさくて形のいい唇が、わたしの名を呼ぶ。

 わたしは、奈緒の手を握り返した。

 確かに不安で、緊張しすぎてお腹痛いけど、

 でもわたしは今、ひとりじゃない。

 たいせつな友だちが隣にいて、手を握ってくれてる。

 初めからずっと、共に居た友だち……。

 奈緒がここに居てくれて、良かった。

 大丈夫。わたしは頑張れる。


 そして準備は整った。

 撮影開始の合図が、今――下された。


   *


「こんにちは、みなさん……」

 まず、心を落ち着けるために、わたしは何でもない挨拶を口にした。

「今日は、みなさんに、わたしたちの……天使さまのことを、話したいと、思います」

 カメラから目を外して、奈緒を見た。奈緒もわたしのほうを見た。カメラがなんだか、おそろしかった。

「今日の昼間、わたしの友だち……日羽が、テレビに出ていたのを見てくれたひとも、いると思います」

 スタジオはだだっ広く、今は放送内容ゆえに余分なものが何もなく、だから余計に孤独感が煽られる。

「……日羽の言ったことは、本当です」

 わたしは奈緒の身体を、ほとんど抱くように寄せながら、言った。

「天使病は、作られた病気。天使病なんていう病気は、本当はないんです」

 血に塗れた、自分の左手をカメラの前にかざす。

 奈緒も同じように、血に塗れた腕を見せた。

「わたしたちの血は、赤いというより……黒いです。黒雨と、同じです。黒塵がわたしたちのからだの中に入って……そのせいで、わたしたちの血は、黒く染まったんです」

 喋りながら、わたしの中に、色々な想いが湧いては消えていく。


 初めは、天使病に罹ったなんて、ただの災難だとしか思ってなかった。病気で、入院で、しかも面会謝絶だったから。

 でも、ここのみんなに出会えて、天使さまに対するわたしの気持ちは、すこしずつ変わっていった。

 着実に進行していく症状、刻々と流れる時間が怖かった。

 墓地セメタリの大きさに、圧倒されたこともあった。 

 でも、みんながいたから、やってゆけた。

 そして、みんなで羽根が生える痛みに耐えて。わたしたちは一緒に、天使さまになった。

 そう、やっと、なれたのに。

 みんなで、ずっと幸せなまま、天使さまをやりたかったのに。

 そんなことさえ、叶えられずに。

 わたしたちは、大切なともだちと、離ればなれになってしまったんだ。

 もう、儚には、会えない。


 胸元から、ひぅ、とちいさくしゃくりあげる声が聞こえた。

 奈緒が、泣いていた。

 それを見たわたしも、鼻の奥がつんとなって、喉の奥から詰まるような痛みがこみ上げてきた。

 視界がぼやける。

 奈緒のからだを、ぎゅっと抱きしめた。

「儚は……真っ黒になって……わたしたちの病室から、運ばれて行って……。

 それで、戻って……来なかった……です」

 涙が、どんどん溢れる。うまく喋れなくなってくる。

「……返せとか、治せなんて言いません。そんなこと言っても誰も、何も戻って来ないし……でも」

 わたしは頑張って涙を止めて、きっとカメラを睨み吸えて。

 今、一番言わなければならないことを、一生懸命に喋った。

「でも、これからのことに対しては、何も言わないなんて、できません。だから、はっきりと言います。

 もう二度と、新しい天使さまは、生まれないで欲しい。もうわたしたちと同じ、ありもしない病気にされて死んでしまうような子は、生まれないで欲しいんです。

 わたしたちの身体をこんな風にした人たちを、わたしたちは、許しません。その人たちのしたことの証拠が、ここにあります」

 わたしは、血塗れの腕を突きつける。

 左手を、胸に当てて、はっきりと示す。

「わたしたちの身体が――証拠です」


 言えた。

 ちゃんと言えた、と思う。

 わたしはわたしにできることをやれた。

 これで、いいよね? 儚……日羽……歌撫さま。

 わたしちゃんと、できたよね?

「ね、奈緒……これでいいよね」

 わたしは奈緒にだけ聞こえる小声で、そう確認した。

 奈緒は泣き腫らして、うさぎみたいに真っ赤になった目でわたしを見ていた。

 その瞳は、だけど、何かを訴えるみたいに揺れていた。

「沙凪ちゃん……」

 ちいさく、わたしを呼ぶ。何か、言い忘れたことあったのかな……。

 ――あ、そっか……。

「待ってください」

 わたしは撮影を止めようとしたスタッフのひとを制止した。

「まだ、言うこと、あります」

 スタッフのひとは頷き、わたしの発言を促した。

 そう、まだだいじなことを言ってなかった。

 わたしたちは確かに、望まずに病気にさせられた。それは許せない。

 だけど……。

「わたしたち、天使さまのお仕事は、大好きです」

 袖を掴む奈緒の腕に、ぎゅっと力がこもる。奈緒は少しだけ微笑んで、わたしを見ていた。

 それは、わたしの、偽らざる気持ちだった。

 初めはぴんと来なかった。

 ただ流されるままに天使さまになることにした。

 だけど、みんなと一緒に天使さまをやっている内に、わたしの気持ちは変わった。少しずつ、少しずつ変わっていった。

 今ならわかる。

 断言できる。

 わたし、天使さまが好きだ――。


「暗かった表情が、笑顔になるとき。みんなのよろこぶ顔が、わたしは好きです。天使さまになれて、初めて知ったこの喜びを、わたしは手放したくない。この手でできることを、大切にしたい。たとえどんな結果になっても、わたしは、白くてやさしい、天使さまのままでいたいです――」


 奈緒と二人、頷き合う。

 許せないことがあって、わたしたちはそれを壊そうとした。

 だけど、何もかもを壊したいわけじゃない。

 守りたいものも、ある。

 みんなを強引に巻き込んでおいて、それはちょっとわがままかもしれないけど。

 それでもわたしは、やっぱり、天使さまでいたい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>現代FTシリアス部門>「夕空の下の、天使さま。」に投票 ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ