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3章、3

「こんなの、絶対許せない」

 誰が悪いか? そんなの決まってる。

 わたしたちに黒塵を混ぜた、病院が悪いに、決まってる。

「何とか、しないと……」

 こんな酷いこと、止めないといけない。

 この気持ちもみんな一緒だと、わたしは思っていた。

 だけど日羽も、奈緒も、顔を俯けたままだ。

「……どうしたの?」

「本当に、止めるのが、いいのかしら」

「え?」

「もし私たちがこのことを告発したとしたら、きっと……このままではいられない」

「……あ」

「私たちは、きっと、天使ではいられなくなる」

 今の生活が壊れる。

 それは、怖ろしい想像だった。天使さまとしてこれまでしてきたこと。そしてその結果として得られたこと。みんなの笑顔。わたしたちの生き甲斐。

 それがみんな、消えてなくなる。

「……それでも、このことを告発するのが、本当に正しいこと……なのか」

 日羽の表情は、苦悩に満ちていた。

 ようやくわたしは、日羽が何に悩んでいたのか、どうしてこのことをずっと隠していたのか、その本当の理由に気がついた。

 今の生活を壊して、真実を明るみに出すか。

 それとも、天使さまとしての立場を守るか。

 二つに一つ。

 儚のことは、許せない。それは絶対だ。

 だけど、わたしたちは、そして他の天使さまたちも、天使さまとしてのお仕事によりかかって生きている。それは決して、簡単には壊せない。わたしたちだけの問題でもない。

 わたしは、天使さまでなくなったら、どうしていいのか分からない。

 とんでもない二律背反だった。

 どうすればいいんだろう……。

「……わたしは」

 そこで声をあげたのは、奈緒だった。

「わたしは、本当のことを、みんなに知ってもらうのがいいと……思う」

「……奈緒」

「天使の生活が、壊れてしまっても?」

 日羽の問いに、奈緒はちいさく、でもはっきりと頷いた。

「わたしたちは天使さまだけど、でも……」

 奈緒は俯いたままだったけど、声もちいさかったけど、その言葉ははっきりとわたしたちの耳に届いた。

「わたしたちのしてきたことは、天使さまじゃなくても、できるんじゃないかなって……思うんだ」

「……あ……」

 確かに、その通りだ。

 目からうろことは、このことだ。

 わたしたちが普通のひとと違うのは、見た目だけ。

 容姿そのものの影響も、少なくはなかったかもしれないけど。

 でも、決して、それが全てじゃない。

「確かに天使さまは真っ白で、きれいで……それはいいことだけど、でも、そのために病気になって、儚ちゃんみたいに……なっちゃうなんて……」

 涙声。

 奈緒は、聞いたこともない大声で言った。

「そんなの、ぜったい、まちがってるよ……!」

 奈緒が、怒ってる。

 初めて見た……。奈緒がこんなにはっきりと、自分の意見を主張するところなんて。

 だから余計に、その姿が胸に突き刺さる。

「そう、ね」

「……うん」

 わたしは日羽と顔を見合わせ、お互いの気持ちを確認した。

「確かにこんなの、絶対おかしい」

「そのことを知ったからには、必ず真実を、白日の下に」

 喉がつかえそうな、痛くて苦しい気持ちが湧き起こる。

「絶対に」

 儚はもう、犠牲になってしまった。わたしたちも遠くない将来、同じようになるかもしれない。もう手遅れかもしれない。そしてわたしたちの行動で、天使さまたちの生活を粉々に壊してしまうかもしれない。

 だとしても。

「戦おう。わたしたちが、最後の天使さまになるように」

 三人、手を取り合って、頷いた。



「でも、どうすればいいのかな……」

 奈緒の言葉は、もっともだ。戦う、と言っても一体どうすればいいのか。

「うーん。そだな……」

 腕組みして考える。

「やっぱり、警察……?」

 黒塵を体の中に入れてるなんてそんな馬鹿なこと、常識的に通るわけない。どう考えても犯罪行為、いやそれ以前の問題だ。

 でも日羽はわたしの意見を否定する。

「警察は、信用できないと思う」

「どうして?」

「……そもそも私たちがここに来たきっかけ、覚えてる?」

「えぇと」何だったかな。

「健康診断」

「あぁ」そうだ。学校で受けた、年に一度の健康診断。

「あれは、国がそうしなさいと決めているものなのよね。今にして思えば、天使のオーディションを兼ねていたんでしょうけど」

 日羽の口元は皮肉げに歪んでいる。ちょっとこわい。

「ということは、天使病って……」

「国が絡んでいる可能性が、高いと思う」

 敵の正体は、国でした。……いきなりスケール広がった気が。

「だとすれば、警察も信用できないわよね」

「確かに、そうかも」

 というか、そもそも警察に駆け込むにしたってどうすればいい? という話ではある。

 ここは天使病院であり、外との連絡手段は全く、ないのだ。携帯もない。固定電話もない。ネットも書き込みやサイト開設などの情報発信は不可。……こうなってみると、都合悪い情報をリークされないようにそうなってるようにしか思えない。

 じゃあ逃げ出せばいいかというと、これも難しい。ここが何処なのか、いつもヘリで出入りしてるせいで全然分からない。どこかの山の中だってことは分かるけど、歩いて人里までたどり着けるのかどうか。それ以前に、敷地から出るのさえ難しい。

 ともかく、警察のセンが駄目だとすると……。

「あ」

 情報発信の手段、あるじゃないか。

 わたしたちは天使さま。お茶の間の定番だ。

「あのさ。テレビに出たとき、このこと言ってみるってどうかな」

 それも録画じゃなくて、生中継ライヴのときに。

「う、うん。そうだね」

 奈緒はちょっと頬を赤くして、乗り気みたいだったけど、

「そうね……」

 日羽的にはいまいちなようだった。

「きっとすぐ止められてしまうと思うわ」

 そういえば、天使さまが外に出るときには、病院の先生の他に警備員の人が必ず、同行する。今まではわたしたちを守るために居てくれてるんだと思ってたけど……。

「でも、少しでも伝えられれば」

「ここに戻った後で二度と外に出してもらえなくなって、テレビでは良いように情報操作されてしまう……、と思う、わ」

「そうかな」

 テレビの線もだめか……。

 どうすればいいんだろう。

「うー」

 分からない。

 理不尽。

 理不尽だ、本当に。

「だいたい、何だって病院側はこんなことしてるんだろ」

 まさか真っ白な天使さまを作り出して社会貢献させるため、じゃないだろうし。

「社会貢献というのも理由の一つかもしれないけれど」

「え?」

「いえ、現状の天使人気ってすごいでしょう? 社会現象にまでなっているし」

「それは確かにそうだけど……」

「ええ、もちろん結果論だとは思うわ。だけどわたしたちの存在が、不満を逸らすための広告塔プロパガンダになっているのは確かだと思う」

 不満、か。確かに今の世の中、暗いけど。

「それに、美形の人ばかりがここに集まっているのも、そうだと思えば納得できるわ。……というより、それ以外の理由が思いつかない」

「確かにね……でもそれが主目的じゃないよね?」

「そうでしょうね」

「じゃあ何のために?」

 日羽はちょっと考え込んだ。

「……人体実験、とか」

 その口から、気味の悪い言葉が吐き出された。

「黒塵の影響を見るための?」

「ええ。今では濃度が薄まったとはいえ、黒塵は未曾有の大災害。再発防止のため手段は選んでいられない……ということかもしれないわね」

 天使さまそのものはロマンチックな存在なのに、その存在意義を語る日羽の言葉は、ひどく現 実 的(リアリスティック)醜 悪(グロテスク)だ。

 人体実験。たとえ災害対策目的だろうと、黙って薬打って病気にしてしまうなんてどうかしてる。これじゃ今までの天使さまたちも浮かばれない……。

 ……そうだ。

 そもそもこれは、わたしたちだけの問題じゃない。一般のひとに知らせるよりも、まず当事者……つまり、天使さまたちが知るのが先じゃないか?

「そ、そうだね」

 奈緒はその意見に同意してくれる。

「日羽はどう思う?」

「……え?」

 考え込んでいて、聞いてなかったらしい。思いつめたような表情だ。

「無理もないかもしれないけど、そんなに思いつめないほうが」

「ああ、ごめんなさい、大丈夫よ。……それで、何だったかしら?」

「うん、まずは他の天使さまにこのこと、知らせるのが先かなって」

「そう、ね」

 そう言ったきり、日羽はまたすこし、考え込んだ。

「……いきなり全員に知らせるよりも、少しずつ広めていったほうがいいかもしれない」

「うん……そうだね。あんまり大きな騒ぎになって、病院側に知られちゃうとよくないよね」

「ええ」

 とすると、わたしたちがよく知ってるひとからがいいだろう。

「まずは歌撫さまから、かな」

「そうね……」

「よし、じゃあ今から行こう。いいよね?」

 頷く二人。

 日羽の表情は、まだちょっと暗い。いや、奈緒もそうだし、わたしだってきっとそうだ。こんな状況じゃそれも当たり前なんだけど、日羽には何か心に引っかかってるものがあるみたいな感じで、少し気になる。

「少しだけ待ってくれる?」

 そんな日羽はおもむろに立ち上がると、血の入ったマグカップを取って洗面台のほうに歩いて行った。

「あ、それ……これからも使うの?」

 こういうのも何だけど、ちょっと気味悪いのでは……。

 だけど日羽はあっさりしたもので、

「使うわよ」

 そう言って、にやりと笑った。

「だって、わたしたちの血は、黒蜜なんでしょう?」

「……よく覚えてるね」

 それはわたしたちが初めてお仕事に行ったとき、わたしが子どもたちに言った言葉だ。

「だから平気よ。洗えばきれいになるわ」

 にっこりとわらって、蛇口をひねる。

 あのときは何も考えないで黒蜜とか言ったけれど、今ではずいぶん皮肉に聞こえる。

「……まあ、でも」

 日羽は、とつぜん真顔に戻ると、

「私はそういう甘いものは、余り好きじゃないんだけれどね」

 洗面台の上でマグカップを逆さにして、自分の血を捨てた。

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