表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/21

 天使さまがテレビの中で福祉活動している。

 隣の美加子みかこがふら〜っと、吸い寄せられるように走り寄っていく。足取りは何だかあやしいのに、やたら速い。

「待ってよ、美加子」

「ごめん、沙凪さなぎ

 白くて長い髪を揺らして謝るけど、視線は街頭テレビに向いたまま。美加子は熱心な天使さま信者だから、天使さまを見るとおかしくなる。

 テレビの中では、天使さまがお年寄りに笑いかけていた。天使さまの白、お年寄りの白髪、病院のシーツ、とテレビの中は美加子の髪みたいに真っ白だった。本当は逆であって、美加子の髪が天使さまみたいに白いんだけど。

 美加子はその様子を見てはぁ……、なんてため息をついている。まるで夢見る少女みたいな、浮いた目つき。テレビの中のレポーターさんも、同じように熱っぽい調子で天使さまを誉め称えている。天使さまたちは今日も、病気の体にも関わらず身を粉にしてボランティアに従事しています、何て素晴らしいことでしょう。隣で美加子がうんうん激しく頷いている。

 でも、わたしはちょっと、冷静だ。

 美加子やレポーターさんみたいにテンション高いひとのほうが普通で、わたしみたいに冷静なのはどっちかというと、少数派。なんで天使さまはこんなに人気があるんだろう、とか思っている。

 病気だから? 天使病なんていう死病に侵されながらも、気丈に社会貢献する姿がみんなの胸を打つ……のかなぁ? 病気なのに働いてるのは、たしかに、すごいと思うけど。あんまり具合悪そうに見えないのは、とりあえず置いておくとして。

 でも例えばわたしが重い病気にかかって、それでボランティアしたとして、ここまで騒がれるものかなぁ?

 うーむ。

 それにしても、天使さま、美人だな。いつも通りだけど。

 これが騒がれる原因かな、とか考えてしまう自分がちょっと嫌だ。

 だって、天使さまたちってば、なぜか美形揃いなのだ。男の天使さまも、女の天使さまも、みんな。さらに頭のてっぺんからつま先まで真っ白だから、ほとんど人間離れして神秘的に見える。さらに、羽根まで生えてるし……ちいさいけど。いわゆる本物の天使と比べて足りないものといえば、頭の上の輪っかくらいなものだ。

「ねえ、美加子」

「なに?」

 テレビを見つめたまま、なおざりな返事。

「なんでそんなに天使さまが好きなの?」

 美加子の白い髪は、もちろん地毛じゃなくて、色抜きしたものだ。天使さまの真似。何も美加子だけじゃない、そんな子は沢山いる。今も周りを見れば、白い髪に真っ白な服を着た子が、探すまでもなく目に入る。

「儚くて、きれいだから!」

 そんなに輝いた目で言われたら納得するしかないです……想像通りすぎるけど。もう、アイドル扱いだ。わたしにはちょっと特別な病気に罹っただけの、ふつうのひとたちに見えるんだけど。

 天使さまたち自身はどう思ってるんだろう。天使病に罹ると入院、それも専用の病棟に入って、残りの人生ずっと暮らすことになるんだとか聞いたことがある。天使さまとしてボランティアするとき以外は、カンヅメだそうだ。

 テレビでちやほやされるのは幸せか、ほとんど病院から出られないのは不幸せか。

「あ」

 そんなことをぼやぁと考えつつ、真っ白な画面から目を背けると、真っ黒い雲が目に入った。地面に落ちて、跳ねる水滴。

 雨だ。

 今日の雨は、結構黒い。

「やだなぁ雨降ってきたよ……」

「黒雨警報、出てたっけ?」

 美加子が雨を見上げて、そう言った。テレビにおける天使さまの出番は終わったようだ。

「出てなかったと思うけど」

 わたしがそう言った瞬間、テレビに黒雨警報を知らせるテロップが流れた。遅いですよ、言うのが。

 とはいえ、道には屋根がついているので、直接雨に濡れることはない。濡れると大人たちがうるさいから、少しは注意しないといけないのがちょっと面倒だけど。

「なんで大人たちは、雨が嫌いなんだろうね……」

 独り言みたいなわたしの疑問に、美加子は律儀に答えてくれた。

「私たちが生まれた頃、雨のせいで結構酷いことがあったらしいよ? そのせいで過敏になってるんだって」

「へぇ……」

 初耳だった。今は少し濡れたくらいじゃ何ともないのに。激しく濡れたことはないから、そのときはどうか、分からないけど。

 まるで天気に従うみたいに、ニュースは暗い内容になっていた。食料自給率下降の一途、配給量減少は免れないか。少年少女十三人が廃屋で集団自殺、現場には麻薬が残されていた。寝たきり老人が配給を受けられず孤独死。先日地下街でテロがあり、幸い死者は出ませんでしたが重傷者三名を含む云々。何となく気分が滅入るので、わたしは目を逸らす。

「いこ、沙凪」

 美加子が、少し先で手招きしていた。目当てのお店はすぐそこだ。

 黒い雨。暗いニュース、そして明るい、天使さま。

 ふと、閃く。もしかして、世の中暗いから、天使さまみたいな明るい話が必要なのかなぁ、とか。

 ……なんていう考えは、すぐにわたしの中から消えて。

 基本的には、そんなことわたしには関係、ない。わたしは美加子ほど天使さまに興味が持てないし、天使さまのボランティアを受けるようなこともない。

 たぶん一生関わりはなくて、今みたいに友だちと楽しんだり、よく分からない宿題で困ったり、家庭の事情で悩んだりするだけの、ごく平凡な日常生活を送って、年を取っていくんだろう……。


 と、そのときは、思っていたんだけど。

 人生とは何があるか、分からないもので。

 まさかこのわたしが、天使さまになるだなんて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>現代FTシリアス部門>「夕空の下の、天使さま。」に投票 ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ