第四話 魔導都市ファルメ
書き溜めしていたメモ帳の霊圧が……消えた?(携帯を見ながら)
無闇にアプリの整理なんてするもんじゃありません。絶対に。
あまりに無謀すぎた。
俺は深く後悔する。
体力低、スタミナ低の俺にとって、普通に歩くだけでもキツイのに、無理をするからこうなるんだ。
金と顔しか取り柄がないというのに、無理をするからこんな事になるんだ。
こんな事なら馬車に乗ったまま運んでもらえば良かったんだ。
「……大丈夫か?」
「ぜぇ……大丈夫に、見え、ますか?」
俺は尋ねてくる護衛Bを見ることなく、膝を抑えながら答えた。
くっ……静まれ、我が膝よ。
見ろよ、俺の足、まるで産まれたての子鹿のようだぜ?
流石に子供の体で、スタミナも体力もないというのに30分歩くのは疲れた。
以前の俺ならば1時間歩いても問題なかったのだが、やはりこの体は劣化している。
多分、肉体のステータスを生贄に、顔面のステータスを底上げしたのだろう。
少しは他にも振り分けてほしかった。
身体能力Level1、顔面Level99といったところか。
いくら顔が良くても、ちょっと歩いただけでゼーゼー言ってるのでは、まずモテまい。
寧ろ、だ。
もしかしてこの世界では、強い人間の方がモテたりするのではないか?
だとすれば、本当に俺の価値とはなんなのか?
少し思考がネガティブになっているように感じるが、最初からこんな感じだった気もする。
いや、ポジティブに考えろ。
金では誰にも負けない、と。
……いいのか、それ?
しかし、まだ着かないのだろうか?
一番近い都市と言っていたのだから、そろそろ着いてもいいと思うのだが、それらしい影も形も見えない。
周囲は森で道が狭いとはいえ、都市というのだから規模は大きい筈なのだが……。
くっそ、ヤバい、そろそろ足がもげる。
比喩じゃなくて本当にもげる。
一緒に歩く護衛Bは、少し首を傾げていた。
まあ、馬車内にいる子供達ならもう少し体力あるだろうよ。奴等は鍛えてるわけだしね。
護衛Bも奴隷が鍛える事を知っているからこそ、あまりにスタミナのなさすぎる俺を見て疑問を感じているのだろう。
こいつ……本当に奴隷か?という目を向けてくる。
でも俺にはどうすることも出来ない。
スタミナは金では買えない。
俺のスキルが、又も使えないスキルにランクダウンした瞬間である。
「む……!」
「どうかしましたか?」
膝を見ながら歩いていると、突如隣の護衛Bに足を止められた。
護衛Bが突然剣の柄に手をやり、俺の前に立ち塞がる。
護衛Aに至っては剣を既に引き抜いており、何かと対峙するかのようにその剣先を前に向けていた。
どうしたのだろうか、何かあった?
「ほお、これはこれは、今日は獲物がよく来る」
声が聞こえた。
2人の護衛どちらの声でもなく、聞き覚えのない別の男の声だ。
俺の前に立つ護衛Bの横から、覗き見るようにして前方を確認する。
そこには厳つい男達が何十人という数で立っていた。
上半身は裸で、皮のズボンを履いているのみ。
しかし棍棒や鉄の剣、ハンマーなどと武器は揃っており、全員が全員、獲物を此方に向けている。
その顔には嫌らしい笑みが浮かんでおり、少し嫌悪感が湧いてくる。
「山賊、か……厄介な……」
護衛2人は警戒しながら前に出た。
馬車や俺を傷付けないように、体を張ったのだ。
うーむ、大丈夫、かな?
数では此方が圧倒的に負けてるけど、装備では多分此方の方が上だろうし……。
数か質か、というバトルだろう。
それにしても、異世界に来て初めて見る戦闘が、まさか対人とはな。
血とか……出るんだろうなぁ。
あんまし見たくない……が、この世界で生きるには仕方ないことなのかもしれない、な。
まあ今回は護衛さん達が何とかしてくれるのだろう。
というか、今回は、ではなくこれからも、だけどね。
フレッ、フレッ、護衛A&B!
その戦いは数分ほどで終わった。
まあ、何と言うかね、うん。
……この世界の人間は、化け物か?
まず、山賊の一人が鉄の剣を振りかぶりながら走ってきた。
その動きは速く、一瞬にして距離を詰めてくる。
それに相対したのは護衛Aだった。
護衛Aは鉄の剣を、自身の剣の腹で受け、返す刀で山賊の腹へと蹴りを叩き込んだ。
咳き込む山賊へ、首を叩き切る力強い一閃。
山賊の首ははねられ、血飛沫と共に地面へ沈む。
対する護衛Bは、山賊二人の相手をしていた。
棍棒を持った二人の山賊は、護衛Bの頭目掛けて、ほぼ同時に棍棒を真上から振り下ろした。
その攻撃に、護衛Bは一人の棍棒を剣で、もう一人の棍棒を盾で凌ぎ、左右に払った。
体制を崩す山賊二人へ、捩じ込むように放たれる剣と、叩きつけられる盾。
盾で殴られた山賊は一瞬で意識を刈り取られ、剣で払われた山賊は肉体を斜めに裂かれ、同時にダウンする。
狼狽える山賊共に対し、護衛二人は追い打ちをかけて一気に殲滅した。
えっとね、うん。
……おっそろしいわ、異世界。
え、何なのあれ、何なんですかあれは?
確かに、山賊達は雑魚臭が漂っていたさ。
小物臭い台詞を吐いていたよ。
でもね、護衛二人だって、その辺にいるモブみたいな感じだったじゃん。
最悪は負けて、良くて相打ちかな?と思っていたのだが、結果はこの様。
おかしいな、戦は数じゃなかったっけ。
圧勝じゃねーか!!
「ふん、手間をかけさせやがって。さあ行くぞ」
山賊の残骸を乱暴に足でどかし、何事もなかったかのように歩みを進める護衛A。
何だろう、かっけぇ。
こんだけ強けりゃ、そりゃ奴隷商人だってこいつら雇いますわ。
「ん?どうした?行くぞ」
「あ……はい……」
とりあえず、心に誓っておこう。
この二人に、決して逆らってはいけない、と。
そこから数時間ほど歩いた所で、ようやく姿が見えてきた。
高い灰色の壁だ。
その上から、まるでカプセルのように青い魔法陣が覆いかぶさっている。
見ただけで分かる。
魔導都市ファルメ……!
ついにここまで来たのか!
長い、長い道のりだった……。
いや、一日も立ってないんだけどね?
それにしても、流石は魔導都市。
貫禄が溢れ出ている。
「ここまで来たらいいだろう。我々の仕事はここまでだ」
魔導都市ファルメに目を奪われていると、背後から護衛Aの声が聞こえてきた。
おう、ここまででいいや。
最後まで世話をしてもらわないといけないほど、俺は子供じゃない。
それに、彼等だって仕事があるんだ。
ここで解放してあげるとしよう。
「ええ、有難うございました」
そう言って頭を下げると、護衛二人は適当に手を振って去って行った。
クールだな、あいつら。
本当にモブって感じだったんだけど、理不尽に強かった。
いや、まさかこの世界の護衛は、全員あれくらいじゃないとやってられないのか?
世紀末だな。
さて。
俺は踵を返して、魔導都市ファルメへと向かった。
魔導都市ファルメは、灰色の壁と青い魔法陣に覆われた、要塞のような都市だった。
入り口は小さく、その入り口部分だけは一切の障害物はない。
戦争とかになったら、まず最後まで生き残る都市だと思う。
少なくとも、防衛戦になれば負けることはあるまい。
周囲の全ての攻撃を防御し、正面の小さな入り口からしか突撃できない。
チートだな。
反則だ。
何もないかドキドキしながら入り口を潜ると、俺の目に映ったのは、
「おぉ……」
思わず感嘆の声を上げる。
それも仕方あるまい。
まるで未来都市。
巨大な建物がこれでもかと広がる、夢のような世界だったのだ。
街を歩く人達は、魔法使いらしくローブを着る人達で溢れている。
しかし、そんな人が全てというわけでもなく、さっきの護衛達のように普通に鎧を着てる人もいる。
白いTシャツを着ている人もいて、様々だ。
流石は異世界。
反則的な街並みに、フリーダムな服装。
いやぁ、それにしても、頑張ったなぁ。
奴隷商人から逃げてきて、なんとか護衛を説得して、山賊に襲われ、スタミナを全て生贄にして。
ようやく辿り着いた都市。
見る限り安全で、心が休まる。
あぁ、楽園郷はここにあったのか。
とりあえず俺は、この都市の中を見て回る事に……。
「宿屋一泊銅貨5枚となります」
「はい」
「どうも、確認しました。此方へどうぞ」
宿屋へと俺は赴いていた。
は?なに、見て回るんじゃなかったのか、だって?
足がいてぇ。
こんな足がパンパンじゃ、見て回るのも苦痛だよ。
というわけで、俺は周囲の人に聞いて宿屋を発見した。
一泊銅貨5枚らしい。
前の世界では500円、か。
安いのかな?安いんだろうか。
ホテルとか泊まったことないから分からんな。
俺が通されたのは二階の、一番隅にある部屋だった。
剣のマークの彫られた、木で出来た扉だ。
おかしいな、この街、かなり文明が進んでいたように思えるのに、なぜ扉だけは木なのか。
何でここだけケチっちゃったんだよ。
おい。
「では、ごゆっくり」
案内が終わると同時に、案内係と思わしき女性は去って行った。
無駄な事は一切しない。正にプロである。
さて、肝心の部屋の中だが、それは普通に良かった。
まず、部屋の隅に置かれたそこそこのベッド。
部屋の中心に置かれた丸テーブル。
そして隣接する風呂場と便所。
眺めは良くないが、別に不自由のない窓。
そして我が物顏でベッドに座り、窓の向こうを眺めている鶏。
うん、完璧な部屋だな。
住むのに、必要最低限な家具。
そして緊急時の餌を用意してくれるとは。
はっはっはっはっは。
「……笑えるか!」
思わず叫んでしまった。
いや、おかしいだろ。
何で鶏がいるんだよ、何で鶏と同じ部屋を割り振られないといけないんだよ。
なんだ?俺は鶏と同じランクの人間だとでも言いたいのか?
よーしいい度胸だ。
ちょっと苦情でもいれにいくかな。
「コケーッ!」
踵を返したら、今更俺に気付いたのか鶏が声を出した。
うるせぇよ。
肩越しに見てみると、まるで歓迎するかのように羽根を羽ばたかせて俺を見ていた。
何だろう、何て新鮮な気持ちだ。
この何をしたら正解なのか分からない、この複雑な気持ち。
あ、もしかして、これはこの都市では当たり前の、文化みたいなものなのかもしれない。
異世界なんだし、宿屋に鶏を置いとかないといけない、なんて決まりもあるかもしれないな。
誰得かは知らないが。
しかし、だとすると迷惑をかけるわけにもいかない。
ま、どうせたかだか鶏だ。
無視しても問題はあるまい。
にしても、疲れたな、寝るか。
ベッドに向かい、そこを牛耳る鶏と対立する。
「……おい、どけ」
「コケェー……」
俺の言葉に、まるで聞こえてなかったかのように明後日の方向を見る鶏。
まあ、鶏風情に言葉は分からんよな。
ちょっと無理やりどかすことにする。
「コケェ、コケェーー!」
羽根を掴んで持ち上げると、鶏は怒ったように俺を睨みつけて、もう片方の羽根でどこかを指した。
「コケケケケ、コッケェー!」
その先を見てみると、何もない床が示されていた。
「……おい、まさかよ、俺に床で寝ろと?」
「コケ」
当然だとばかりに、俺の言葉に頷く鶏。
あ、こいつ、多分俺の言葉通じてる。
中々面白いことだが、今の俺は疲れているんだ。
ムカつくだけである。
というか、鶏の分際で生意気だなこいつ。
「おい、お前、俺の言葉通じてんだな?」
「コケ」
再度頷く鶏。
そうか、通じてんのか。
「なあ、俺、疲れてんだよ」
「コケ」
「だからな」
「コケ」
「……寝させろ!」
「コケーッ!」
ダメだこいつ、退く気が一切ない。
あー……くそ……。
このままじゃ寝れねぇしなぁ……。
「よし、直談判しに行ってやるよコラ」
「コケェーー!!コケコケコ!」
俺の言葉に、望むところだ!とばかりに鳴く鶏。
そうして俺達は、宿の責任者に会いに行った。
「離れろ鶏!歩きにくいんだよ!」
「コケーッ!」
鶏と喧嘩をしながら階段を下る俺。
周囲から見た時、自分がどう映っているか、というのは考えたくない。
というか、疲れてるから考える余裕がない。
今すぐに、この鶏を放り出さなくてはならない。
こいつを遠ざけなければ、安眠はない。
俺の本能がそう言っている。
階段を降り切り、廊下を早足で歩く。
文句を言いに行く為に。
ほら見ろ、俺の肩に乗るこいつもやる気満々だ。
……なんでこいつ、俺のパートナーみたいになってんだろう。
ま、いっか。
受付まで行き、受付の女性の前に立ち、肩に乗る鶏を鷲掴みにしてカウンターに叩きつけた。
そして言う。
「こ・い・つの引き取りをお願いしに来ました!」
多分、子供の声で最大限だせるドスの効いた声だったと思う。
「コケ!コー……コケケコカー!!」
鶏の奴も思い切り翼をはためかせて、怒りをアピールする。
だがしかし、残念だったな。
人間の言葉を話せる俺と、鶏のお前。
どっちが上かなんて、聞かなくても分かるだろう?
見ろ、受付の人もオロオロしてるじゃないか。
「いえ、あの、その、鶏の買取はしていませんので……というか……お客様が後ろに並んでいますので、静かに……」
受付の女性は、まるでおかしな人を見る目で拒否してきた。
え?鶏の買取?
なんでそんな事をしに来たと思ったんだ?
え?だって、この宿屋、鶏が各室にいるんでしょ?
え?
「……まさかさ、お前……ここに居たんじゃなくて、侵入してきたの?」
俺の問いに、誇らしげなトサカを上下に振って頷く鶏。
そうか、侵入してやがっただけなのか……。
……………。
「尚ダメだろ!あー、つーかお前ここの奴かと思ったら、外から入ってきた奴だったのか。
じゃあ後始末は簡単だな。
お前を今すぐゴミ箱に放り込んでやるよ!」
「コケーッ!」
俺が掴もうとすると、凄まじい勢いで逃げ出す鶏。
この野郎、鶏の分際でちょこまかと……。
おかしいな、色が赤いわけじゃないんだが……通常の鶏に比べて、スピードが三倍くらい速い気がする。
「こ、の……たかだか鶏の分際で!」
「コケケケケケケ、コッケェー!」
俺の手が鶏のすぐ近くで空振る度に、馬鹿にしたように鳴きやがる。
ホント……すばしっこさだけなら優秀な奴だな。
受付カウンターの向こうに逃げる鶏。
いや、奴に鶏なんて名前は豪華すぎる。
奴は『アイツ』だけでいいな。
名前を付けるのもおこがましい。
受付カウンターの向こうに姿を隠したアイツを追う為に、俺も受付カウンターを乗り越えた。
周囲が一気にざわつくが、お構いなしだ。
乗り越えた先に、アイツはいた。
此方を見て、勝ち誇ったかのようにトサカを左右に揺らしている。
奴の向かうその方向には、職員用女子トイレがあった。
「逃がすかぁ!」
俺は咄嗟に近くの皿を取り、フリスビーのように投げた。
綺麗な曲線を描きながら、アイツの眼前に落っこちて落ちる。
パリィンッ!
という甲高い音が広がり、破片が飛び散る。
アイツは咄嗟に回避したが……読んでたぜ、その行動はな。
先回りした俺は、飛んできたアイツを即座に確保した。
暴れるが、こうなりゃこっちのもの。
さあ、早くこいつを放り出して安らかな休息を……!!
「お・客・様?」
あれ、おかしいな、背後から何やらドスの効いた声が聞こえてくる。
振り向きたくない。
いつの間にか、俺の懐にいるアイツも暴れるのを止め、頑なに俺の顔を見ようとしない。
俺の顔を見れば、この声の主が見えてしまう、というのが分かるのだろう。
奇遇だな、俺も同じ気持ちだぜ?
後ろ、振り向きたくない。
だが、振り向かなくては、ここから動けない。
覚悟を決め、アイツと共にゆっくりと振り向いた。
そこには、額に青筋を浮かべた笑顔で俺を見る受付の女性と、並んでいたと思われる屈強な方々が……。
「申し訳ありませんが……迷惑をかけないでもらえますでしょうか?早く自室へ戻ってくれます?」
その声は、先程までの大人しめの声とは違う、明らかに怒りの混じった声。
目を離したいが、あまりの迫力に逸らすことすらもままならない。
「はい……」
「コケ……」
俺とアイツは、頷く事しか出来ないのであった。