第三話 さあ取引だ
ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン。
リズミカルに揺れる荷馬車の中で、俺はそのリズムに合わせて床を叩いていた。
悲壮的な顔の子供達が大半を締める中、こんなどうでもいい事をしているのは俺くらいのものであろう。
まあ、中には豪邸かどこかに買われる事を想像しているのか、ワクワクしてる奴もいるようだが。
多分そういう奴ほど、悪い奴に買われたりするんだろうなぁ。ヤクザとか。
しかし、この中に豪邸みたいな所へ買われる奴はいないと見た。
だってイケメンもいないし、可愛いのもいない。
その点、この新しい体の顔はイケメンである。
生まれ変われて良かった、とこれだけで思えた。
捕まっていたのだけはマイナス点だが、これから自由になれるのであれば、まあ妥協できる。
しかし、この荷馬車、どうも乗り心地が悪いように思える。
尻が痛い。
他の奴等はそんな事考えてなさそうだ。
これは車という便利なものに慣れてしまった者の、障害というやつか。
まあ、そんな事考えていられないだけなのかもしれないけどね。
それにしても、このシーンとした空気はどうにかしてほしい。
なんかこう……息苦しいのだ。
こんだけ沢山の人がいるというのに、誰も喋らないとは如何に。
盗み聞きした所、この馬車が店に着くのが約17時間程度。
今はまだ1時間くらいしか経っていないというのに、暇だった。
誰かが喋り始めてくれれば、この退屈も紛らわせるのだがなぁ。
そう考えていると、突然馬車が止まった。
何だろう、何かあったのかな?
そう思い、俺はコッソリと荷馬車の中から出て確認しようとする。
下を向いている奴、どうでも良くなったような虚ろな表情で座っている奴、馬鹿みたいな顔で有り得もしない妄想をしている奴、様々な奴隷が中にはいるが、こいつらの注意力は等しく散漫している。
ちょっとした隙に気付かれず外へ出ることなど、容易なのだ。
地面に降り立ち、辺りを見渡してみる。
すると、ある事に気付いた。
護衛が……いない?
護衛の人達は、一台の馬車につき2人ずつ配置されている筈。
一人は前方の安全確保の為に前。
もう一人は奴隷の逃走を防止する為に後ろ。
そんな陣形を護衛はとっていると聞いていたが……、何かおかしいな。
馬車も止まっているし、何かアクシデントが起きて後衛の護衛も駆り出された、って所だろうか。
となると、今ここはノーマークなわけで……。
あ、今、いいこと思い付いた。
正直さ、店に引き渡されるのを待つ必要はないと思うんだ。
他の奴等は何らかの事情で売られることになったのかもしれないけど、俺は何もしてないからね。
店に引き渡されるまで待っていたのも、あの場から逃げられなかったからであり、逃げれるチャンスがあるのなら、逃げた方がいいと思うわけよ。
まあつまり、何が言いたいのかというと…………。
このまま逃げても、大丈夫だよね?
両腕は縄に縛られているが、こんなもの、外す方法はいくらでも存在する。
金を払えばやってくれる人くらい見つかりそうだしね。
と思いつつ、腕を乱雑に動かしてみる……と、何故か外れる縄。
なんだこれ、なんなんだこれ?
全く縛れてなかったぞ、やる気あんのかよ。
いやまあ、助かったけれど。
だが、こうなればこっちのもの。
これで逃げ出しても、不自由がない。
さて、ならここにいる必要は本当にないよな。
そうと決まれば、即行動。
奴隷は沢山いたし、俺一人がいなくなった所で気付きもしないし、気付いても子供一人くらい見逃してもらえそうだ。
いや、気付かれたとしても、だ。
金で解決してやろう。
護衛というからには、恐らく金で雇われただけの存在の筈。
ならば金で買収してやるまで。
さて。で、逃げ出すのはいいんだが、問題点が一つ。
異世界や特殊スキルというものがあるくらいだ、モンスターと呼ばれる化け物がいる可能性は、十分あるだろう。
常識に囚われてはいけないのだ。
もしモンスターとかが現れた時、俺は為す術もできまい。
俺の体は子供だし、まずスタミナがないから逃げることすらも出来ないだろう。
別にモンスターがいると決まった訳ではないのだが……ここは異世界、俺のいた世界とは違うのだ。
最大限の警戒はして然るべきだろう。
となると、一番安全な方法は、このまま馬車に揺られて店に引き渡されるのを待つか、ここの護衛を此方に引き込むか。
しかし、馬車の中にはあまり戻りたくない。
あの中の空気は重くて、あまり居心地のいいものではないし、何より暇すぎる。
その点、護衛を雇ってしまえば此方のもの。
色んな事を聞いて回れるだろうし、刺激もあり、街までの案内もいける。
捕獲される可能性もあるが……。しかし、冒険せねば宝は手に入らないという。
リスク一つで恐れるものに、幸運はやってこないのだ!
というわけで、俺は護衛達を探し出した。
護衛の2人は馬車の前方にて、何かの動物と交戦していたらしい。
血に濡れた剣を剥き出しに立って、周囲を確認していた。
キョロキョロと見渡す中、護衛の一人と俺の目があった。
驚いたように目を見開くと、凄まじい速度で俺に歩み寄ってくる。
「てめ、ガキ!サッサと馬車に戻りやがーー!?」
俺を怒鳴りつけようとして、しかし護衛は俺の手にある金を見て再度目を見開いた。
ふっふっふ、どうだ?買われるか?
俺の手に握られているのは、元の世界でいう10万。
この世界の通貨は、100円につき銅貨1枚、そして1000円は銅貨10枚。
そして、1万からは銀貨1枚となっている。
個人的には分かりやすくていいのだが、この世界の相場は分からない。
だから俺は10万ーーーつまり金貨1枚をとりあえず作り出した。
因みに、金の事に関しては訓練中にさりげなく子供達から聞いていた。
勉強になったよ、ありがとう。
さてさて、金貨をチラつかせて様子を伺う。
しかし、護衛に動く気配は見られなかった。
ふむ……足りなかったのか?
この世界では、護衛ってのは結構な価値があったりするのかな?いや、前の世界における護衛の価値なんか知らないけどさ。
まあ足りないんだろうと思い、俺は更に金貨を7枚ほど増やして掌に追加した。
護衛の表情に、更なる戸惑いがうまれる。
ふむ、まだか、ならばこれならどうだ!
俺は調子に乗って、更に金貨を4枚追加した。
「ッ!止めろ、止めるんだ!分かった、分かったから。お前の望みは何だ?」
どうやら話を聞く態勢に入ってくれたらしい。剣を腰に差した。
流石お金様、その力は人類を魅力する。
そこに世界の差はない。
護衛はどっかりと地面に座り、腕を組んで俺を見た。
どうやら交渉タイムのようだ。
あまり長居したくないが……まあいい。
俺も地面に腰を下ろして、護衛の目を見つめ返した。
数秒後、もう一人の護衛も追加され、混乱する護衛Bへ護衛Aが状況を説明すると、頷いて俺の目の前に座った。
護衛Bも、既に臨戦態勢だ。
さて、じゃあ俺もサッサと話を進めるとしますか。
「こほん!さて、この馬車の護衛の2名よ。2人に少し話がある。俺は今から脱走を行うが、それを見逃してほしい。それと、近くの街へ案内してくれるか?」
少し偉そうになったかな。
でも最初にタメ口で話しかけて来たのは向こうだし、これは交渉で、立場としては俺と護衛は対等の筈だから、これでも問題ないだろう。
……対等だよね?いや、対等の筈だ。
それに、交渉とは強気でいかなければならない。
対して、護衛Aは少し目を細め、
「それに対し、お前はどんな見返りを俺達に寄越す?」
ここでいう見返りとは、つまりいくら支払えるのかって事だろう。
護衛達の目は、最初の子供を見る目ではなく、大人を相手にしているような目だった。
流石は経験豊富そうな方々、切り替えは早い。
「金貨をやろう。相場は知らないから提案は出来ないが、そちらの望む分だけ支払う」
そう言うと、2人は反対を向いてコソコソと話し始めた。
いくらでもいいぞ。なんせこっちは無限に取り出せるのだから。
成金舐めんじゃねぇ。
さあ来いよ、ボッタクリでも何でも。
一億支払えって言われても支払ってやるよ?
金ならば文字通り無限にあるわけだしな。
勝利を確信し、ニヤニヤしながら2人の返答を待つ。
30秒ほどの話し合いが終了し、2人の護衛は此方へ向き直った。
決まったようだ。
「我々が話し合った結果、奴隷を逃がす危険性とお前に割く時間のロス、そして労働分の代金を合計して、金貨15枚で手を打とう」
ほほう、金貨15枚……つまりは150万円か。
一応、これでも安い方なのかな?
うーん、分からんな、この世界は本当に分からん。
まあ、生活するうちに覚えりゃいいか。
とりあえず金貨15枚、2人だから金貨30枚を創り出して2人に差し出した。
「これで足りるな?」
そう聞くと、護衛2人は俺の手から金貨を取り、1枚1枚確認していく。
偽金だと思われてそうだ。
まあ、子供が、しかもさっきまで奴隷だった筈の子供が300万取り出したわけだしな。
俺でも信じない自信がある。
しかし、それらは本物だ。
「……確かに、確認した」
確認し終えると、護衛Aはふぅ、と息を吐き、此方に手を差し出してきた。
「交渉、成立だ」
「ありがとうございます!」
その手を握り返し、今度はちゃんとした敬語にてお礼を言う。
やった、やったぞ!
やっぱり金の力というのは偉大だったんだ。
他のスキルならば、こんな平和的解決はできまい。
護衛Bは俺のそばに立ち、護衛Aが馬車を引く男に何やら話をしに行く。
数分ばかりの口論のすえ、護衛Aは此方に振り向き戻ってきた。
がっくりと項垂れる男。
すまないな。だがこれも俺の為だ。我慢してくれ。
馬車が向きをゆっくりと変えて、他の道を行こうとする。
「こっちの街が一番近い。魔道都市ファルメがある」
護衛Bが教えてくれた。
魔道都市……魔道……魔道……だと?
魔道ってあれだよな、魔法とかそういうのに近いものだよな?
え?マジで?魔法あるの?
「あの、魔道都市ファルメってどんな街なんですか……?」
「魔法による道具が大量に生産されている都市だ。人口の約7割の人間が魔法を使える、恐ろしい都市だよ」
魔法キターー!!
うおおおぉ、テンション上がってきた!
魔法に、魔法道具。
正に男の心をくすぐられる最高の都市じゃないか!!
人口の7割が魔法使えるって事は、金さえ払えば教えてくれる人くらいいるんじゃないか?
いや、ここは異世界だ。
魔法を覚える為の学校もあるかもしれない。
金をどっさり払って無理やり入学させてもらうのもいいだろう。
魔法を覚えたら……くぅ、夢が広がるな。
「魔法ってどうやったら使えるんですかねぇ」
「何でも、自身に宿る魔力を表に引き出して、どうにかして形を作って放つらしい。詳しい事は知らん」
へー、そうなのか。
ま、生きてるうちに覚えられるさ。
何たって、今からその魔道都市に行くんだからな!
それにしても、魔力かぁ。
やっぱりあるんだな、魔力。
そういえばあの診断にも、魔力の事について書かれていたっーー
《魔力皆無》
…………。
そういえば、体力低、スタミナ低、魔力皆無、戦闘能力皆無ってかかれてたっけ。
えーと、魔力皆無ってのは、そういうこと?
まず、この世界の魔法は、魔力を引き出して放つわけだ。
だがしかし、俺は魔力皆無らしい。
でも魔法に魔力は必須なわけで……。
…………。
俺の期待を……男の夢を返せ!
いやいや、そんな、あんまりじゃないか?
いや、だってさ、折角異世界に来れたんだよ?
それなのに、剣も振れない、魔法も使えない、運動能力もない。
俺は一体、何の為に転生したんだよ。
俺が今、唯一誇れるのは、このイケメンフェイスと財力のみ。
そして恐らく、遠い未来もこれは変わらないであろう。
やはり、ただのニートだった人間が、異世界に行けた途端に強くなるなんて、そんな甘い話はなかったのだ。
特殊スキル、《無限の財産》が俺についただけでも、有難いのだろう。
いや、かなり有難い。
だってこれがなかったら、ただのイケメンだったしな。
でもこの体、子供だから大人の女性を魅力する事はできない。
カッコイイ少年……って感じだな。
金に頼る、顔だけ良い少年、か。
相当なダメ人間じゃないっすかね。
いや、逆に考えるんだ。
金があり、将来有望なカッコイイ少年。
うん、それでいこう。
「それじゃ、行くぞ。時間を無駄にするわけにはいかない」
「あ、はい、分かりました」
俺は馬車に並ぶように立ち、護衛Bに先導されるままに歩いた。