選ばれし学園
午後の気怠い授業がゆっくりと進んでいく。
俺の名前は神成業。
授業というものは退屈だ。
変化も無ければ、特別面白くもない。
緊急事態もなかなか起きたものではないし。
「おい!業!寝るな!今日だけで何度目だ!」
教師――壇上に立つその男は俺に対して罵声を飛ばす。
その眼は半ば殺意とも取れる光を宿しており
その怒りが半端ではないことが窺える。
しかし、この俺はその程度では屈しない。
今一度目を閉じ深い睡眠という名の闇の世界へと往かんとしたあたりで
頭に刺激が走る。
「いい加減にしろ!やる気が無いなら帰れ!」
小五月蝿い男だ。それなら帰ってやろうと思ったが寸での所で踏みとどまる。
…なんだろうか、このどんよりとした空気は。
先から感じるあまり好ましくない気配。
それがゆっくりとこの学校へ、この教室へと接近するのを肌で感じている。
「おい、聞いているのか!」
ガンと目の前の机に大型の辞書が振り下ろされる。
が、しかし今の俺にはそれに構っている暇はない。
何故なら、迫っているからだ。
普通なら絶対に関わり合わない存在が、ゆっくりと迫っているからだ。
闇は確実に、学校へと迫り―――
暗い闇が、今ここに、この空間へと、足を―――踏み入れた。
確かに先ほどまでは感じることはできなかっただろう。
だが、今は違う。
見るがいい。己の後ろに出現した黒衣の男たちを。
「全員動くな!今よりここは我々が管轄する!」
そう、男の叫び声が響く。
目しか見えないフードをつけた男はさらに叫ぶ。
「ゆっくり一箇所に集まれ。変な気を起こせば…」
現れた―――正確には入ってきた黒衣の男たちはその手にあった鉄器を大きく中空へと掲げ…
バンッと―――一つの銃声が響き…
天井からその破片が砕け落ちるのだ。
「きゃああああ!?」
教室内に混乱の空気が渦巻く。
彼等も理解したのだ。
この黒衣の男たちが敵であり、
今この場で己の生を司る者となったことを。
「黙れえ!死にてえのか!
黙って隅に固まっておとなしくしておけ!」
その言葉にクラスの中の人間がおずおずと移動を開始する。
反抗すれば殺されるのは目に見えている。
何故だとかなんでとか言っている場合ではないのである。
―――だが、これはあくまでも一般の行動。
「おい、お前もさっさと動け!でないと、その頭ぶち抜くぞ!」
カチャリと俺の頭に銃口があてられる。
その隙間はさっそく1ミリもなく、男の指が少し動けば脳天は吹き飛び
潰れたトマトとなって周囲に四散するだろう。
絶体絶命―――見事にその言葉が当てはまる状況だ。
元々自分がさっさと移動しないからこんなことになったのだが…
しかし俺はいまだその体を席にしっかりと密着させ…動く素振りすら見せないのだ。
「そうか…そこまで死にたいのか?なら死ね!」
男の指がゆっくりと引き金にかかり今まさに脳天に鉄の弾丸を叩き込もうとし、
「煩わしい。静かにしろ。」
鮮血が、教室に飛び散る。
だがしかし、その血は俺の物でも生徒の物でも教師の物でもない。
「あ・・・?ぎゃあああああ!?」
男は引き金を引くことはできなかった。
なぜならその腕は今や粉々に粉砕され粒子と化して大気へと溶けてしまっているからである。
何故そうなったか。見る人から見れば相当におかしな光景だろう。
何故俺は死んでいないのか。何故男の腕が消えているのか。
答えは一つ。俺の腕が先ほどまでと別に位置にあるというところにある。
ただ俺は腕を動かしただけだ。ただし、目にもとまらぬ速さで、男の手を巻き込みながら。
「腕で済ませただけ感謝するがいい。貴様程度、刹那の時間で塵と果てるぞ。」
さっそく男は何も見ていない。
先ほどまで腕のあった場所を抑え、
転げながら意味のない呻きを幾度となく繰り返す。
それもしかたない、彼らが何者であろうとも、人間という枠から外れる存在ではないのだ。
傷つけば痛いし、腕がもげれば当然悶絶し、気絶するだろう。
むしろ悶えながらもそれに耐えているあたり、この男は一般人よりもできるのではないか。
「き…貴様何者だ!いや、構わん撃て!やつを殺せ!」
入り口付近に溜まっていた男たちがその叫びと共に一斉に発砲を開始する。
空中に飛び出した弾丸はさっそく壁のように俺へと一直線に向かってくる。
絶体絶命―――さっきも言ったがこっちはさっき以上にそれだ。
だが、分かっていないのか。何故俺が動かないのか、
いや、何故薄ら笑いさえも浮かべているのかが。
「―――反転」
瞬間、世界が書き換わる。
皆の目には何が起こったのか分からなかっただろう。
しかし、それは確かに起こった。
「・・・は?」
実に一瞬の出来事。
その一瞬で俺の命を刈り取るはずだった凶弾は、
今確かに命を刈り取った。
しかしそれは俺ではない。
――ゆっくりと、俺に向かって発砲した男たちが倒れこむ。
その体は己の打ち出した弾丸に穿たれ、いくつもの風穴が空き、
さっそくその眼は何も見てはいないのだ。
残る男はわずかに2人。
入ってきたときはその身から周りに発していた殺気はさっそく恐怖に飲まれてしまったのだろうか。
もはや、目の前にいるのはただの大柄の男に変わりはない。
「っ!そうだ!貴様動くなよ!でなければこいつらの中身がぶちまけられるぞ!いいか!」
といって銃口が向けられた先はクラスメイト。
――そこまで大した付き合いでもなかった。
だが、仮にもしばらく一緒に過ごした仲だ。死なれるのは寝覚めが悪い。
「…安心しろ。動く気など毛頭ありはしない。」
その俺の言葉が終わるか否か、その瞬間に銃口を突きつけた男が―――貫かれる。
床から現れたそれ、は確実に男の体を貫通しその命が果てるまで刺し続ける。
「俺が動く必要性はなどありはしない。貴様ら程度これで十分だからな。」
「ひっ…!」
残る最後の男がゆっくりと後退を始める。
恐怖に飲みこまれ、おぼつかなくなった足で必死に逃げ出そうとする。
この部屋を恐怖に包んだ存在だというのに…もうこれか。
自分たちが死ぬことは考えていなかったとそう言うのか。
「あがああぁああぁぁぁぁぁあぁあああ!」
再び現れた刃が男を貫き…そのまま横へと移動する。
叫びをあげていた男の上半身がゆっくりと地へと滑り落ちる。
泣き別れた下半身がゆっくりと膝をつき倒れこんだ。
これで部屋にいた全ての敵は滅した。
唯一生きている男もこれでは行動できまい。
何の目的があったのかは知らないが、少なくとも、部屋に侵入した危険人物はもはやいない。
しかし、俺の目は入り口をとらえ続けている。
何故か?それもそのはず、まだここに現れた気配は…続いているのだ。
それは足音と共に、
「おお、ブラボーブラボー。さすがですねえ。まさかこんなところに本当に居るとは。」
ゆっくりと教室へと姿を現すのだった。
その瞬間、部屋の空気が変わる。
先ほどまでとは違う、濃厚を通り過ぎた極まった殺意が部屋へと充満していく。
現れた男はメガネをかけた、見た目だけならどこにでもいそうな男だった。
が、しかし、さっそく隠す気も無いのだろう。
その体からあふれ出る目に見えるほどの殺意がこの男がただの男ではないと物語る。
「…お前は?」
「私は桐生 梓馬と言うものです。
どうしてここにいるのかはお判りでしょう?」
「…まさかお前達がこんな場所にまでくるとは、
予想外だったよ。」
俺には魔力とでも言うべき力がある。
その力は世界へと働きかけ、俺の望む結果を叩き出す。
そんな力があった俺だが、ある日、とある危険な連中にその力の存在を知られてしまったのだ。
「安心してください。殺すことはしません。
あなたは私どもにとっては重要なサンプルですから。
ただし、抵抗を試みるならば痛い目は見ていただきますが?」
その言葉への答えだといわんばかりに再び刃をその梓馬とかいう男の下へ打ち出す。
普通の人間であればこれを避けることはできない。
俺の力は俺の望みを違えない。
俺が当たると思って放ったその刃が防がれることも、避けられることもありえない。
「――プロテクション。」
――だがこの男は、梓馬は違った。
男の目の前に出現したのは一見脆そうなガラスの板のようなものだ。
だがあれはそんな生ぬるい物体ではない。
あれは世界に働きかけて作り上げた防壁。
俺の刃と同じ性質の物体。
「…お前も使えるのか。魔法が。」
「あなたほどではありませんが、私もそういった人間の一人です。」
刃が消失する。
あの障壁には何物も通さないという望みがこもっていたのだろう。
故にそれを通り越して梓馬を貫こうとする刃が防がれてしまったのだ。
「おや…生き残りが居ますね…?
あなたがいるかの確認の為に行かせただけなのですが…。片腕が無くては生きていくのも辛いでしょう。」
梓馬の手から黒い弾丸が放たれ
片腕を無くしつつも唯一生きていた男は
一瞬でかっ消えた。助けたのでは無い。
殺したのだろう。
「どうです。私どもについて、その力を提供するのであれば今すぐこの場所を立ち去りましょう。
これ以上被害が増えることもありませんよ?」
「…断る。貴様らのような人の死を厭わないような人間についていくと思うか。
俺の力は俺のものだ。貴様らにくれてやる筋合いはない。」
「それは困りましたねえ…。私としても暴力沙汰は起こしたくないのですが。
仕方ありません。四肢をもぎ取ってでも連れて行くしかなさそうですねえ。」
礼儀正しく響く言葉の中に確実にこもる殺意が俺の体に伝わっていく。
元よりこいつらはこういう連中だ。
人間を物のようにしか認識しておらず
壊れようが砕けようが一切の関心を向けない。
かつて何度かこいつらとやりあった事があるが、その度にそこにいた人間が死んでいった。
当時の俺は力の制御を行うことがまだ上手くいかず、それを見ていることしかできなかった。
だがいずれまた訪れるこの時のために
俺は力を思うがままに制御出来る所まで昇華させたのだ。
こいつらの狙いは俺だけらしい。
だったらば、俺以外の人間がこれ以上巻き込まれるのはごめんだ。
「――対物転送」
その言葉――対象を望みの場所に送る望みを込めたその言葉によって
教室からクラスメイトと教師の姿が消える。
この魔法の効能は学校全体に広がるようにしておいた。
今はこの学校はこの連中と俺以外の人間は残っていない。
「ほう?他人の心配ですか?それよりも己の心配をした方がよいと思いますがね?」
「…心配するような要素はないな。貴様にやられるとでも思っているのか?
かつて俺に襲い掛かってきたお前たちと同族の輩は皆二度と帰ることはなかったが?」
「ふふ…確かにその通りですね。だが我々とてただやられていたわけではない。
勘違いをしないことですね。黒飛燕!」
そのキーとなる言葉と共に梓馬の周囲にいくつもの黒い鳥の形をした物が形成されていく。
その数は百には及ばずとも五十は軽く超えている。
そして――梓馬の手が前へと素早く動く。
それが作動のキーだったのだろう。その鳥の弾丸が不規則な起動で俺に襲い掛かってきたのだ。
願いがこもった魔法での弾丸はこういったことが非常に容易い。
物理的には相当無理がある非常に不規則な動きはまともな人間からすれば脅威でしかない。
実際俺でもこいつをまともに避けきることは難しい。
出射系統の魔道弾というのは当たる望みが込められるのが基本だ。
となるとたとえ地平線の果てに逃げようが不規則な動きを繰り返しながら
永延と追い続けられるのが基本なのだ。
だから俺は―――迎撃を選択する。
「ルーセントクロス!」
その言葉をキーとして俺の手に光り輝く半透明な剣が現れる。
そのまま手を動かすと――真っ白に光り輝く一閃が黒い鳥弾を一瞬にして破壊する。
この剣が切り裂くのは他者を傷つける邪な感情や目的を持ったもの。
故にこれを振り回しても校舎にはひびひとつ入らない。それがこの剣を作った時の俺の望みだ。
そして前方が切り開かれると、足に一気に力を込めて駆け抜け、否、低空を高速で飛びぬけ
梓馬へと思い切り突っ込む。
きっと普通の人が見れば残像が見えているに違いない。
それほどまでに高速の一撃なのだ。
その一撃は確かに梓馬の体を貫く―――はずだった。
ガキンっ!と、その高速の一撃が何かに阻まれる。
何に阻まれたか?考えるまでもない。
願いで生成された剣を防げるのは、願いによって生成された――同じ魔法で作られた物だけだ。
「シャドウドゥシアー…私の愛杖ですよ。」
「まさか物質固定が出来るとは…
俺以外にここまで魔法を使いこなすやつがいたとはな。」
俺が軽々しく行った魔法による物質の具現化は実の所非常に難易度が高い。
継続的に己の魔力を消費する為にそもそも
魔力が多くないと使えない上、
物質の具現化は魔法の望みでは実現できないため己の意思で一定の形を保つ必要がある。
俺だって相当な練習の果てに身につけたかなりの高等テクニックだ。
それを目の前の男はいとも容易く行った。
この時点で相当な使い手なのだろうと容易に想像がつく。
俺の剣が煌き何度も翻り光の一線が梓馬へと襲いかかる。
しかし対する梓馬など涼しい顔で
その攻撃を軽々しく手に持つシャドウドゥシアーで防御してしまう。
俺の剣戟のスピードも心なしか早くなる。
なにせここまで俺のインチキじみた速さについて来れた存在は、知る限りではこいつともう一人だけだ。
かつて戦ったこいつらの同族には確かに俺のスピードについて来た奴もいたが…
奴はスピード特化過ぎてこちらの攻撃を受け止めきることができなかった。
しかし今俺の目の前にいる梓馬という男は少なくとも俺のスピードについて来て、
俺の攻撃を防ぐ力がある。その上その力はまだまだ未知数で…実に侮り難い。
とはいえ相手は防戦一方。
このまま行けば倒せ――
「直線的で単調な攻撃ですねえ…。こんな技に今までの者たちはやられたとでも言うのでしょうか…?
少々幻滅です。」
「ぐっ!」
梓馬の杖から放たれた強力な衝撃波を避けきれずにそのまま壁へと叩き付けられる。
瞬間的に起き上がり今一度攻撃をしようとし―――
俺の頬を真っ黒な弾が通り抜け、かすった部分が――溶ける。
「破壊、分離、分解といった願いがこもった弾丸です。
さしものあなたもこれを喰らうのはつらいでしょう?」
破壊。分離。聞いただけでも恐ろしい願いだ。
魔法による望みでの攻撃は物理法則などお構いなしだ。
故に、この望みをもつ魔法をうければ、当たった個所が跡形もなく分解される。
その結果を証明するがごとく、俺をかすめた暗黒の一撃は後ろの壁を遠慮なく溶かしている。
そしてこの魔法、まさにそれだけに特化しているようなのだ。
魔法に込める望みは単一であるほど強力な効果を発揮する。
今の弾には、当たる望みも、動きを制御する望みもなかった。
即ち、ただただ、破壊に特化した弾丸。
「ほら、もう一度です。
さあ、さっきのように防いでみてくださいよ。瘴死弾!」
その言葉をキーとして、同一の弾丸が数えきれないほど再び形成される。
さきほど打ち払った状況によく似ているが、危険度は段違いだ。
ただただ破壊に特化した弾は、防御壁で防ぐのは非常に難しく、
かといって剣で払おうとしようものなら、その願いの重さが払うたびにのしかかってきて
とてもじゃないが全て払うことなどできやしない。
広範囲に展開されているそれはたとえ当たる望みがなくとも避けきるのは不可能で、
さっそく状況は絶望的と言える。
以前の俺であれば、これをどうにかする手段などありはせず、確実に死を受け入れるしかなかっただろう。
体中が穿たれて、穴だらけにされるのが目に浮かぶ。
「さあ、粉々に分解してあげましょう!」
杖が…振られる。
それをキーとして、凄まじい数の破壊の弾幕が、一斉に動き出すのだ。
さあ、圧倒的絶望だ。もはや受け入れるしかないと言うのか。
答えは否。相手が数で迫るなら…
「フィアディクト!」
こっちは力で持って叩き潰すまでだ。
瞬間、辺りが一瞬で光の世界へと変貌を遂げる。
ただただ他者を傷つけ、死を引き起こす地獄を浄化する。それだけの願いが込められた、爆発的な光。
願いはそれだけ。しかし、それだけの単一の願いは悪意ある全てを浄化せんと圧倒的な裁きの閃光を降らすのだ。
その光は梓馬の弾丸を破壊し尽くし、
それでも有り余る出力で梓馬の障壁を破壊しようと襲いかかる。
「っ!!な、なんだそれはっ!『」
梓馬がうろたえる声が響く。
それもそのはず、広範囲に、しかも強力な望みを込めた魔法を放つというのは…正直自殺行為に等しい。
広範囲に影響を与える魔法というのは実のところ魔力を馬鹿食いする。
今撃ち放った『フィアディクト』も、俺のように魔法が使える存在が下手に撃とうものなら、
一発で魔力が消失、自壊する。
俺のように魔力を持つ人間は魔力で体を支えているらしいので当然と言えば当然なのだが、
その当然があるからこそ、そんな無茶な馬鹿をしでかす輩は早々居はしない。
だがそんな馬鹿を仕出かすことが出来る存在がいる。それこそ俺なのだ。
俺が何故そこまで狙われるのか、答えはそこにある。
俺は身体に秘めている魔力は尋常じゃないくらい多い。
それ故に狙われ、襲われるわけだが…
この魔力を超える輩等そうそう居はしない。
故にことごとく襲いかかる輩を返り討ちにすることが出来たのだ。
そもそものスペックが違うのだ。その程度造作もないことだ。
まあ要するに力によるゴリ押しが俺の戦闘の基本だった訳だが、
だったら今回はどうするのか。
答えは決まっているわけだ。
「うおらぁぁぁぁああああああ!!!」
己の撃ち放った光から飛び出して、
上段に振りかぶった俺の愛剣ルーセントクロスを梓馬に向かって思い切り振り下ろすのだ。
「っ!プロテクション!」
その言葉と共に薄いガラスのような障壁が展開される。
守りの願いにより構成された防御。
確かに強力だ。先ほど俺が放った一撃を軽く打ち消すのでもそれは分かる。
だが、だがな。そう俺は甘くは無いんだよ。
「障壁が…!?」
魔法と魔法がぶつかる時、それが相反する内容の望みだった場合、基本的に
望みの強さが強い方、
乃ち単純で一度に望む物の数が少ない方が強い。そこに魔力の補正も少しは入るが…
正直問題にならないレベルである。
だが、それはあくまでも、普通の場合だ。
俺の守りを貫き梓馬を切り刻もうという願いを剣へと乗せたものと、その攻撃を防ごうという梓馬の願い。
先ほどの考えなら梓馬が勝つだろう。
だが、その梓馬の守りが崩されているのは…何故か。
答えは、込める魔力の量。
相反する願いを俺の尋常じゃない魔力をつぎ込むことによって無理やり押し通そうとしているのだ。
「さっきこの程度かと言ったな…?
だったらば見せてやる。俺の戦いを、力を、
しかとその目に、身体に!焼き付けるがいい!『ベーレイニガン』っ!」
そのまま圧倒的な魔力を剣へと込め、その障壁を、魔法の願いを潰しにかかる。
破壊、破壊、破壊。
その魔力の塊と化した俺の剣が少しずつ、
しかし確実にその障壁を削り潰し、
「っっああああ!?」
その剣の切っ先が一気に地面へと叩きつけられ、溜まりに溜まった魔力が魔力爆発を引き起こす。
全てが白に染まり、何もかもを覆い尽くす。
純粋な魔力の爆発が破壊の旋風を巻き起こし
―――
耐えきれなくなった校舎が崩れ落ちる。
…だから本気は出したくないのだ。
俺の戦闘のスタイルではどうやっても魔力爆発が起こる為、確実に周囲を破壊してしまう。
魔力爆発は物理的な爆発に近く、魔力を込めすぎると勝手に起きる為、まともに制御もできない。
逆にそれを利用した破壊の一撃が『ベーレイニガン』ではあるのだが…―――
そう思っていると白の世界が開け、
崩れた瓦礫の山が見えてくるのだ。
そうして剣をしまおうとして…今一度その剣を構えるのである。
「ごふっ、がはぁっ!げほ、げほ。く、くく…。成程、成程。これが、
これがあなたの実力というわけですか。まさか、これ程とはね…。
かつての我々のメンツがやられるわけです。」
そう、瓦礫の中から梓馬がゆっくりと立ち上がるのだ。
着ていた服はボロボロで、綺麗だった顔立ちは煤と怪我で見るも無残になっている。
「もはや、お前が生きて帰ることはない。
今際の言葉くらいならば聞いてやるぞ。」
もう、理解しただろう。
何故生きているのかは知らん。だが、すでに満身創痍なのは目に見えるし、
もはや瓦礫だけになったこの空間で俺を阻むものはなく。
もはや、俺に勝てる要素など万に一つもありはしないのだ。
だが…、今、この、圧倒的に俺が有利な状況なのに…。
「…何故、笑う。何がおかしい。」
何故貴様は笑う。何故そこまで全力で笑えるというのか。
さっそく状況が好転することなど無いというのに、何故笑えるのだ。
…まだ、あるというのか。まだこの満身創痍の状況を打破する方法があるとでも言うのか。
「はっはは!あーはっはは!いや、いやいや、まさかまさか、ここまで、ここまで出鱈目だとは!
面白い!面白すぎる!くく、あは、あははは!いいでしょういいでしょういいでしょう!
ならば、私もあなたの為に、全力で事に当たるとしましょうか!」
すさまじく嫌な予感が走り、剣閃を走らせるが、
「イステドア!」
剣閃が弾き飛ばされ、周囲の地面が光を放つ。
そこに現れたのは…紫の光を爛々と放つ、地獄へと繋がる最悪の物体。
――魔方陣。
ズンと、辺りが揺れる。
術者の魂を削って使用するこの魔方陣という物体は門である。
一体どこにつながり、何につながるのか、それは誰にも分からない。
再び、地面が揺れる。
――ただ、一つ分かることは…
「くく…貴方の快進撃も此処までです。
来れ―――」
ロクな所には繋がっていないということだ。
大地が震える。
強大な存在というのは現れただけで周囲に影響を与えるものだ。
それ、は手も足も無く、個なのか集団なのか。果てやそもそも生物なのかも疑わしい。
留まった造形を持たず、その身体と思わしき部分が止まることを知らずにその造形を変え続ける。
化け物だろう。どう見たってこいつは化け物だ。
そこに存在するだけで圧倒的な嫌悪感が襲いかかり、精神が折れかかる。
身に纏う瘴気は触れただけでおかしくなってしまいそうだ。
こいつはそれ程までに謎で意味不明で混沌としているのだ。
―――その名を
「カオス…!」
混沌の使い手、破壊を纏ったこいつの名は、
そのものズバリ―――カオス。
「ふ、あは!あははは!どうです!
どうですか!これでも貴方は、勝てますか!
その力で潰すことが出来るのですか!」
…確かに、こいつは相当な強敵だ。
動くだけで大地が震え、
攻撃すれば天が裂ける。
そんなとてつもない存在だ。
流石に、こいつを相手に勝利の確信はできない。
それ程までに強大な存在なのだ。
「成る程な。これが貴様の奥の手というわけか。…かくも面倒なモノを召喚してくれる。」
「くく…絶望に飲まれて死になさい。」
その言葉と共に無数の視線を肌に感じる。
カオスは蠢く『何か』である為、
そこに目などという物は存在しない。
だが感じる。俺は今見られている。
肌が逆立ち吐き気が込み上げる。
召喚される存在というのはいつもこうだ。
行う行動全てがこちらにダメージを伴う。
―――汗が、伝う。
「…さあ、行け。カオス!
私の眼前の敵を抹殺せよ!」
刹那、無数の鋭い触手が俺を…貫いた。
そう、貫いたのである。
よける間もない一瞬の出来事。
剣を振ることも、魔法を撃つこともできない。
意識が途切れる前に触手を薙ぎはらうと、
己を回復する望みでもってその
穴を塞ぐ。
「調子に乗るなよ…黒毛玉風情が。」
その言葉と共に、俺は飛ぶ。
そう、飛ぶのだ。
「ふ、くく、何処に行こうと言うのですか!」
叫び声とともに、数え切れない数の触手が一斉に俺に向かって伸び始めるのだ。
だが、同じ技を二度は喰わない。
そのまま俺は神速で飛行を開始する。
音が鳴るほどの勢いで多量の触手を捌く。
相手の攻撃は縦横無尽。
一瞬たりとも気は抜けない。
さっそくその攻撃は圧倒的で、
本気でかかっているにも関わらず、
全く近づくことができない。
それどころか、既に幾つもの傷が攻撃に晒されたせいでついてしまい、
どっからどう見ても今の俺は…押されていた。
「はは!あーっはっはは!どうしました?どうしたのですか!
さっきまでの威勢はどこにいったのです!
カオスの前には手も足も出ませんか!
破壊してみなさい!そのお得意の力技で破壊してみなさい!
あーははっははっは!」
その声を無視して、中空の飛び回る。
さっそく、捌ききれなかった触手がいくつも体中を貫き、
その体にはいくつもの風穴が空き、魔法でなんとか保っている状態だ。
撃ちはなった攻撃は軽々しく避けられ一切のダメージが通らない。
正しく満身創痍。だが、それでも、俺は中空を駆け抜け、カオスの周りをまわり続けるのだ。
「さあ、カオス!止めを刺してしまいなさい!ここが貴様の墓場だっ!」
その一言でカオスの体が一本の巨大な槍のようになり、
一直線にこちらに向かってきた。
衝撃波がでるほどの速さで迫るそれを回避するほどの体力はもはや俺には残っていない。
もはやこれまでか。ここで潰えるのか。
―――なんて、訳、あるか。
目の前でカオスがぐしゃりと音を立てる勢いで何かにぶつかりその勢いを失う。
「っ!今度はなんだっ!」
ゆっくりと半透明のガラスのようなものが俺とカオスの間に現れる。
そうこれは。
「障壁かっ!いつの間に!
だがその程度でカオスを阻もうなど笑わせてくれる!」
その言葉と共に再び触手がカオスから放たれる。
障壁の無いところを狙ったのだろう。
障壁が越えられないならそれが無い場所から攻撃すればいいという梓馬の考えは正しい。
だがこの場合は無意味。
何故なら―――
「なっ!何故攻撃が弾かれる!
まさか…私共を障壁で囲んだのか!?
何を考えている!」
カオスは俺の障壁で、―――全方位を完全に囲まれているのだから。
光り輝く半透明の障壁が飛び出す触手をカオスの周囲で押しとどめる。
俺の魔力でもって強化されたそれは強固なる盾となりカオスの圧倒的攻撃をも押し返すのだ。
「貴様いつの間に…あの状況でこんなことが出来るなど…」
確かに、あの状況で、いきなりここまで広範囲に影響を与える魔法を放つのは難しい。
だが…障壁を形作る角にある光―――これが答えだ。
「いきなりは確かに不可能だ。
だから、部分ごとの設定を飛ばして一気に起動した。さながら結界のようにな。」
一度の魔法で形作ることが無理なら、
小さな魔法をあらかじめ設置しておき、
それを同時に起動することでそれを可能にする…。
俺が意味もなくカオスの周囲を飛び回っていたのはこれを設置するためだったのだ。
「くく、驚かせよって…。
こんなもの唯の魔力の無駄遣いではないか!
カオスの攻撃は届かんが、貴様の攻撃も届かない!時間稼ぎにしかならんぞ!さあカオス!この障壁を砕いて今度こそ奴を殺すのだ!」
…確かに、梓馬の言うことも最もと言える。
相手を己の障壁で囲ってしまう行為。
相手を封じることは出来ても、
攻撃をするには自分の障壁を消さなくてはならない為意味がなく、継続的に魔力を持っていかれるので、そのまま行けば先に魔力が尽きるのは己の方だろう。
だから誰もやらないし、やろうともしない。
だが、俺はそのまま空中に飛び上がり、
大きく剣を振りかぶるのだ。
「な、何をしている。」
掲げた剣が―――唸りを上げる。
己の膨大な魔力を惜しみなくつぎ込み、
紫の光を纏い始めた剣が、鈍く辺りを照らし始めるのだ。
風が巻き起こり、鳴く。
掲げた剣から迸る光が、一直線に集結し、
一つの巨大な剣を作り上げる。
―――時間稼ぎにしかならないと言ったな。
確かにそうだ。こんなもの時間稼ぎにしかなりはしない。
だが、逆に言えば、時間稼ぎは、出来るのだ。
魔力がさらに渦巻く。
空間が歪むほどの魔力の塊と化した剣が更に巨大に天高く、圧倒的な破壊を纏い、その刀身に宿る魔力を高め上げる。
「か、カオス!早く!あいつを殺せ!」
その言葉と共に、今障壁を砕き、その束縛から脱したカオスが一気に攻撃をけしかける。
だが―――もう、遅いんだよ。
さっそく、準備は整った。
さあ、覚悟はいいか。
「『ベリタス・ベーレイニガン』っ!!!」
破壊の一閃が、襲い来る攻撃を弾き飛ばし、
空間を壊すかの如き勢いで梓馬へと振り下ろされる。
―――力でもって破壊してみろと、そう言ったな、梓馬。
だったら、そうしてやろう。
寸分違わず、その望みを叶えてやろうじゃあないか。
「ま、『マルチタブルプロテクション』!」
―――何をそう焦る。
お前が望んだ事だろう。
俺はただ、お前が望んだ事を叶えようとしているだけだ。
―――俺の力は、俺の望みを違えない。
「ひっ!」
幾重にも重なった障壁が紙屑の様に粉砕される。
―――俺の魔法は、全てを力で破壊する。
「ひっあぐぁああがああああああああああああ!!!!」
舞い降りた滅びの一撃は、空間までをも吹き飛ばし、
何もかもを飲み込んで、辺りを光で飲み込んだ。
その光が消えた大地で、
何もなくなったその場所で、
俺はただ一人、ゆっくりと剣を収めるのだった。
戦闘シーン書きたかったので